忍者サダノブの冒険 ~はじめてのおつかい~
この物語をサダノブに贈ります。
昔々のお話しです。
あるところに、小さな忍者村がありました……
一
「サダノブ、お前も幼年組を卒業して、しばらく経ったな」
初夏の明るい日が射す渡り廊下にて、白ひげの大柄な男性が、目の前の子供忍者に声を掛け腰を下ろした。
その子供忍者、サダノブは、縁側に腰を掛けてクナイを磨いていた。
磨く手を止め、クナイを置き、白ひげに向き直って座る。
「はい、忍者のお仕事も大分慣れました。お掃除とか、修行とか」
「そうか、そうか。今日はな、少しお前に頼み事をしようかと思ってな」
その男は、胸のふところから、一本の巻物を取り出した。
「これを、隣村の与平さんの所に届けて欲しい。井戸が干上がってしまったそうでな、この忍法が必要なのじゃ」
サダノブは両手でその青緑色の細い巻物を受け取ると、白ひげにたずねた。
「この巻物の忍法は、どういうものなんですか?」
白ひげはニカッと笑い顔を作り、答えた。
「地下の水を引っ張り出してくる忍法じゃ。サダノブが使うと、井戸一つくらいが丁度良い加減に元通りになるだろうと思うてな」
「僕で出来るかなぁ……」
サダノブは少し肩をすくめ、うつむき加減になった。
「なぁに心配いらんさ。いつも巻物保管庫で忍法の勉強をしているのは、ワシはよく知っておる。堂々とやってくると良い」
サダノブはまだ少し不安が残るような表情を浮かべていたが、その不安を振り切るように首を縦に振った。
「はい、分かりました、届けます。何か注意することとか、ありますか?」
「夕暮れ前には戻ってきなさい。まあ、隣村まで歩いて一時間じゃ、今はまだ昼だから、気楽なもんじゃろう」
「そうですね、それじゃ、今から準備をして出発します」
サダノブは白ひげに頭を下げて、立ち上がった。
二
紺色の、自分専用の忍者服に着替えたサダノブは、巻物をしっかり胸に納めて村を出た。
空は明るく、小鳥がピィピイとさえずっている。風も涼やかに吹いていて、サダノブは気分が良かった。
しばらく歩いて行くと、大きなカエデの木があった。少し喉が渇いたので、サダノブは休憩することにした。
持ってきた竹筒の栓を開け、よく冷えた麦茶を喉に流し込んだ。頭がキーンと冷えて、気持ち良いと感じた。
汗を拭い、また歩き始めようとしたとき、後ろから人が来るのが分かった。
遠目でだが、怪しい。忍者のように感じられた。
(忍者なのかな……誰だろ。この辺りには、他に忍者村なんて無いのに)
サダノブは少し不安に思いつつカエデの木を後にして、少しその忍者らしい人物と距離を置くように早足で歩き始めた。
が、それは無駄であった。
向こうからサダノブに、急速に近づいてきたのだ。
その人物は、左手に染みだらけの包帯を巻き付け、足早で追いかけてくる。
何だか危ない気がしつつ、ちょっとふりかえりその人物を見てみると、目は真っ赤に開かれて、口は半開きに開き、赤い舌が覗き見えていた。
直感的に危ない男だと思ったサダノブは、逃げるように足を速めた。
しかし、その男は一瞬の間に、サダノブの前に回って立ちふさがった。
「うわっ、あ、あの、なんですか」
サダノブは驚いて思わず声をうわずらせた。
近くで男を見てみると、茶色の普通の着物が不潔そうであった。
「きみがサダノブ君って言うのかぁ。お前、良い巻物持ってるよなぁ」
ゆっくりとした口調。
けれど、そこには脅しをかけるような凄みがあった。
「ま、巻物なんて持ってません!」
サダノブは答えた。
が、つい巻物を隠している胸元に手をやってしまった。
「ほぉう、そこにしまってあるんだなぁ。おい、よこせそれ」
男が一歩近づいた。サダノブはその迫力に動くことも出来なかった。
「早くよこさないと、すこぉし痛い思いをしなくちゃいけないことになっちゃうよぉ?」
男の顔は、もうサダノブの目の前だ。
サダノブはそれでも、胸の巻物をギュッと握りしめ、守ろうとした。
「ふぅーん、そんなに大切な巻物なんだぁ。じゃあ、無理矢理うばおうか」
サダノブが冷や汗を流して固まっていると、男はすばやく手を組み印を作った。
「忍法 くもの糸!」
男がフッと息を吐くと、そこから大量の糸が吐き出されて、サダノブの身体をグルグル巻きにされた。
サダノブは必死にもがいたが、手も足も、全く動かす事が出来なかった。
「まぁ、これだけ日が良いから、誰か見つけてくれることだろうよ」
男はサダノブに巻き付いた糸の中に無理矢理手を突っ込み、胸の巻物を奪い取った。
「じゃあなぁ、まぁせいぜい、もがいてみろよ。どうにもならんだろうがなぁ」
男は笑いながら、来た方向へと戻っていった。
サダノブはその後、たまたま通りすがった同じ村の忍者に発見され、村へと帰る事が出来た。
三
「はてさて、困ったのう。水来術の巻物がうばわれてしまうとはな」
薄暗い、ろうそく二本だけが照らす室内。
少し高くなった所に、円座を敷いてあぐらをかいている白ひげが、目を伏せを腕を組んでいる。
「村長様、申し訳ありません」
「いやなに、サダノブが頭を下げることはない。ワシの責任じゃ」
村長、と呼ばれた白ひげは、うなだれたまま、ため息をついた。
村長とサダノブは向かいあって座り、後ろには集合を掛けられた他の忍者達が集まっていた。
「サダノブから聞いた話によれば、その忍者は『水尾凶平』という相手じゃ。サダノブに怪我が無かっただけ、まだ良かった」
「でも村長様、巻物はうばわれてしまって、僕は悔しいです。グルグル巻きにもされちゃって……」
「グルグル巻きで済んで良かったのじゃよ。凶平は邪魔者と感じれば手持ちのクナイで相手の首を即座に斬る。お前がそうされなんで、良かったのじゃ」
だがしかし、と村長は続けた。
「水来術の巻物はどうにかせんといかんな。忍術に長けたものであれば、村一つ、里一つ水に沈める事も出来る忍法じゃ。小五郎、おるか」
はい、と言う落ち着いた言葉と共に、後ろから漆黒の忍者服を身にまとった、口元も黒い布で隠した長身の忍者が、サダノブの横に進んだ。
その人物が腰掛けようとするや、パッと立ち上がったサダノブは抱きついた。
「小五郎先生っ」
「サダノブ、まぁそんなしょげた顔をするなよ。怖かったろう、無事で何よりだった」
サダノブの顔がゆるんだ。いつも授業を担当してくれている小五郎の声は、優しく感じられた。
「小五郎よ、水来術の巻物が悪用される前に、取り返してくれ。これは指令だ」
「分かりました」
「小五郎一人にやらせても良いが……サダノブの悔しさもあることだ、小五郎、下忍三人を連れていけ」
「では、当の本人のサダノブと、戦闘に長けたリン、力と忍力で応用の利くケンタロウの三人で良いですか」
「良かろう。上忍一人と下忍三人の組み合わせであれば、いざ万が一戦いになっても五分の戦いが出来るじゃろう」
それでは、と小五郎が立ち上がり、リンとケンタロウの名を呼んだ。
浅い紅色の忍者服に身をまとう細身のリンと、群青色の忍者服をまとうガッシリした体型のケンタロウが、サダノブの横に来て座る。
「サダノブ、災難だったな」
と、ケンタロウ。
ケンタロウは既に背中に忍者刀を刺し、準備万端である。
「あんた、足手まといにはならないでよね。あたしと先生でも十分なのに」
リンが言った。
ふわりと長い黒髪が揺れた。
四
「この辺りで、巻物が奪われたのか、サダノブ」
背が高く、引き締まった体つきの上忍、小五郎が言った。
小五郎の背中には忍者刀がクロスして二本刺してある。
サダノブは小五郎の目を見てうなづいた。
ふと、リンが話に割って入る。
「こんな、さえぎるものも何も無い道の真ん中で、逃げたりしなかったのあんた」
ちょっと責めるような口調だった。
「逃げようとしたよ。でも、後ろにいたはずのその忍者、瞬間移動みたいに前に来て……」
「それで手出しも出来ずに奪われちゃったって訳ね。情けないわ、それでも男?」
まぁまぁ、と小五郎が中に入る。
「凶平を甘く見たらいけない。アイツは極悪非道の、流れの忍者だ。人の命など微塵も大切に思っていない」
「流れ、って?」
リンの疑問符に小五郎は答えた。
「普通忍者は、何処かの里に所属して活動する。それが流れ者の忍者は、所属する里が無い。当然給料も無いから、大抵は悪事を働いて生活をしているんだ」
「グルグル巻きにしてほったらかしにするような忍者が、そんなに強いのかしら。サダノブの力不足な気がするわ」
「まぁサダノブが子供忍者だったからこれで済んだんだろう。大人の忍者であれば、斬られてあの世行きだったろう」
会話の内容の割に、幾分和やかな雰囲気が流れていたが、ケンタロウはハッとしたように前を、遠くを凝視した。
「小五郎先生、向こうから、忍者の気をまとった人間が来ます」
「そうか、さすがだなケンタロウ。お前の見通し力は大したものだ。隠れるぞ」
小五郎は横の林に静かに入っていった。三人もそれに続いた。
じっと息を殺してしゃがみ込み、四人はその忍者らしい相手が近づいてくるのを待った。
男の歩みはゆっくりで、酒でも飲んでいるのか真っ直ぐには歩いていない。フラフラと、キョロキョロするようにして歩いていた。
その男が、距離にして十歩辺りまで来た時、サダノブは急に立ち上がった。
「あっ、あの時の忍者! 巻物を返せ!」
「あ、あんた?! いきなりあんたが出てどうするのよ!」
不気味な忍者、凶平は、林の中の四人を眼中に捉えた。
凶平は、左手の包帯が地面につくほど長く垂れ下がらせている。茶色の着物を着ていて、一見忍者の服装では無い。
けれど、よく見ると、腰にクナイが差し込んであった。錆びたクナイが、数本。
凶平は、サダノブに気味の悪い視線を向けながら言った。
「ほぉ、巻物を取り返しに来たのかぁ」
「そ、そうだ! 大事な巻物なんだ、返せ!」
サダノブが精一杯の勇気を振り絞って叫ぶと、凶平の視線はサダノブから外れた。
「村一番の上忍の小五郎と、ひよっこの下忍三人か。まぁこりゃ大した組み合わせだなぁ」
「まぁ……バレちゃったからには、隠れている意味は無いな。リン、ケンタロウ、サダノブ」
小五郎が林から出て街道に立った。腕組み、凶平をこれでもかと睨み合つけている。
サダノブたちも林から出たが、既に視線と視線で戦いが始まっているようで、怖かった。
「奪った巻物を渡せ。さもなくば、こちらとしても実力行使をせざるを得ない」
「渡せだぁとおぅ? これを買いたいという奴は幾らもいるんだよぉ、渡す訳無いだろうが」
「ま、そうなるだろうな。三人とも少し下がっていなさい、危ないから」
そう言うと、小五郎は一歩前に進んで凶平との距離を詰め、背中に刺した二本の忍者刀をゆっくり抜いて、構えた。
凶平もまた、腰から錆びたクナイを二本取り出して、両手で構えた。
サダノブ達は、小五郎から五歩ほど離れた後方に移動した。
睨み合いが続く中、辺りの空気が冷え込んでいくように感じられた。
五
睨み合いはかなり長く続いた。少なくともサダノブには、そう感じられるほどの長さだった。
だがその張り詰めた空気は、瞬間に打ち破られた。
パッと刀を放り投げた小五郎と、クナイを投げ捨てた凶平が、同時に複雑な印を組みだした。
次の瞬間、もの凄い風とも衝撃波ともつかない波動が、サダノブたちを襲った。
「うわっ!」
思わず目をつむったサダノブが再び目を開いた時、光景は一変していた。
何も無かったはずののどかな道には、丁度小五郎のいた辺りに無数の鋭い金属が突き出していた。当の小五郎は既にそこにはいなかった。
そして間髪入れずに、凶平の立つところに極大の稲妻が落ちた。辺りは晴天で、雲一つないのに。
凶平はと言うと、苦も無い様子でその雷光を避けた。ドン、ドンと更に立て続きに二発稲妻が落ちたが、いずれも凶平は後ろに飛び退き、それをかわした。
金属の刃がせせり立っているさっきの場所より少し下がった位置に、小五郎はスタッと着地した。
お互い、最初の大型忍法を外した結果となり、しばし沈黙が流れた。
今度は睨み合いというよりは、じりじりと相手との距離を測りながら、互いに少しずつ距離を詰めた。
「さすがに流れの忍者は強いな。『雷光陣』を全てかわされるとは」
「ふはっ、はははっ、お前の忍法は遅いんだよ! 俺様の動きには追いつけない!」
言うと、凶平は地面のクナイを拾い上げ、そのまま一気に距離を詰めてきた。
詰められた側の小五郎の手には、忍者刀は無い。ゼロ距離になる瞬間小五郎は胸元から鉄のクナイを素早く出して、凶平のクナイを受けた。
「自慢の忍者刀、光月・紫月を手放したのは失敗だったなぁ、このまま殺られろ!」
力では凶平が勝っているようで、小五郎はそのクナイを押し留めるのが精一杯の様子だった。
だが小五郎も負けてはいなかった。その場で何やら唱えると、口からいきなり大きな炎の玉を吐き出した。
凶平は首を倒して避けたが、間近の炎をかわしきれず、髪の毛が随分焼けた。チッ、と凶平は舌打ちし、飛び退いた。
そのわずかな隙に小五郎は凶平の頭越しに大きく飛び上がった。
金属の山に引っかかっている光月と紫月を拾い上げ、更に跳躍して凶平の後ろに回った。
「雷光陣はかわせても、これはどうかな、凶平」
言うや、小五郎の姿が消えた。
その次の瞬間、凶平の手の中のクナイが一瞬見えた小五郎の忍者刀に強く弾かれて、宙に舞って地面に落ちた。
ただ凶平も凶平だった。
腰から更にクナイ三本を取り出し、一見何も無いところに向けて放った。
と、それらは全て甲高い金属音と火花を散らし、全て地面に叩き落とされた。
だが、サダノブの目で見ても一瞬、小五郎が刀を振りクナイを叩き落とす姿が止まって見えた。
「遅い! 忍法 傀儡糸!」
凶平はその両手からいきなり、サダノブを縛り付けたような糸を放った。
その無数の糸は、一瞬止まっていた小五郎を瞬時に絡め取った。
「ぐっ、しまった」
「あーあぁ、こうなったらもうどうしようもないねぇ小五郎くん。そろそろ仕舞いにしようかね」
凶平は地面でもがく小五郎にゆっくり近づいていき、歩を止めた。
胸から短刀を取り出して、鞘から抜き、その刃をぺろりと舐めた。
とその時、凶平に向けて突然手裏剣が飛んだ。
不意を突かれたのか、凶平はそれを短刀で防いだものの、視線が小五郎から逸れた。
手裏剣を投げたのはケンタロウであった。ケンタロウはその力故に使える大人用の忍者刀を抜くと、そのまま凶平に飛びかかった。
だがしかし、所詮は下忍の攻撃。忍者刀と短刀、武器にはかなりの差があるはずなのに、その短刀一本でケンタロウのフルパワーの斬撃は受け止められた。
それでもなお力一杯、ケンタロウは忍者刀を押し込んだ。
「はぁー、大した師弟愛だねぇ、小五郎くん。これで余計な犠牲者まで出さないといけなくなったよ」
凶平は刀を受けたそのままで、ケンタロウの腹を思い切り蹴りつけた。ケンタロウは見事に吹き飛んだ。
それを見たサダノブは、ケンタロウの下に駆け寄ろうと動き掛けた。だがリンが、それを制した。
「あんたはまだ下がってて。まず私が行く。あんたは先生の援助に入って」
リンは立ち上がるや高く飛び上がり、凶平の頭に向けて紅色のクナイを次々投げつけた。
最初の一本二本こそ凶平は短刀で受けていたが、クナイはまさに雨あられと降り注いだので、凶平もさすがにその場を飛び退き、クナイを避けた。
リンが着地し、忍者刀を抜いた。そのまま忍法を詠えた。
「……、忍法 大火炎斬!」
リンが叫ぶと、その手の忍者刀は真っ赤な炎をはらんだ。振り抜くと、その炎が地を這い空を切って凶平に向かった。
炎の勢いは凄まじく、地の草は灰も無く焼き払われ、サダノブの目には炎の回りの空気が熱で激しく歪んで見えた。
さすがにそれをそのまま受けるのは躊躇したのか、凶平は飛び退いた。
だがリンも負けていない、返す刀でもう一波、炎を送り付けた。
「むぅ、忍法 水遁!」
凶平は素早く片手印を組んだ。凶平の前に突如水の壁が現れ、炎はそれに当たって消滅するように消えた。
リンの刀は未だ激しい炎をまとっている。凶平の顔は、僅かながら歪んだ。
サダノブは、二人が睨み合いをしている隙を縫って、糸に巻かれた小五郎をヤブの中に引き込んだ。
糸を切ろうとしたが、クナイでは歯が立たなかった。サダノブの忍者刀もまた、せいぜい糸に傷が付く程度であった。
「小五郎先生、糸が切れないので、ちょっと熱いかも知れないけど我慢して下さい」
サダノブは両手を合わせた。
「火遁!」
サダノブの指先に着火した火が、小五郎とその糸を包み込んだ。糸は大きく炎を上げて燃え尽きた。
「あちち……ありがとな、サダノブ。お前の忍力は、いつもながら大したものだよ」
「先生、でもまだリンが」
小五郎は目を半分伏せた。少し考えるようなそぶりであった。
「サダノブ、お前確か、巻物忍法の読解は得意だったよな」
「えっ、あ、はい。巻物保管庫の巻物は、大体ですけど読めます」
「それなら、これを使え」
小五郎が胸元から、紫の太い巻物を取り出した。
「これは本来、上忍以上が使う秘伝の巻物だ。内容が二つある。右から左に詠唱すれば、何人かまとめて村の広場まで瞬間移動が出来る。三人が逃げるには最適だろう。逆に左から右に逆の詠唱をすると、上級の召喚術が使える。渡しておくから、タイミングを見て、必要に応じて、お前の判断で使え」
サダノブの手に巻物が置かれる。
サダノブは困った。
小五郎先生を置いて逃げるなら、話は簡単だ。リンも呼び寄せて、右から左に詠えて逃げれば良い。
けれど、それだと小五郎先生は一人で凶平と戦う事になる。先生は強いけれど、相手も相当強そうだ。
ただ、上級の召喚術なんて、使ったことが無い。読めても使えない、では、タイミング次第では致命的になる。
逡巡している間にも、戦況は変わっていた。リンが炎を、小五郎が雷撃を放ち、少しずつ凶平を追い込んでいた。
ともかくもサダノブは、吹き飛ばされて動けないでいるケンタロウの近くまで駆け寄った。
「ケンタロウ、大丈夫か?!」
「あ、あぁ。大した事、無いと思う。でもリンが心配だ、あいつ、突然忍力の限界を迎えて忍法使えなくなるから」
リンを見た。さっきまでの火炎の色合いが、若干浅く、弱々しくなりかけていた。
サダノブは叫んだ。
「リン! 一旦こっちへ!」
不意の声に油断が生じたのか、リンの動きが止まった。その瞬間に凶平はリンめがけてクナイを投げつけた。クナイはほおと髪をかすめた。パッと血が飛び、黒髪が散る。
リンは急いで後退し、サダノブ、ケンタロウの元に駆け寄った。
「何よいきなり! 今良いところまで追い込んでたのに!」
「でもリン、もう忍力が底を突きかけてるんじゃないか」
ケンタロウが言った。リンは言葉に詰まり、顔を曇らせた。
サダノブは二人に、さっき小五郎から渡された、紫に金襴で装飾された太い巻物を見せた。
「この巻物で、三人まとめて村まで逃げることも、また別の方法だと戦うことも出来る。どうする? 僕らがこれ以上いても、足手まといになりかねないよ」
「あんたねぇ、この状況で先生だけ置いて逃げるなんてあり得る?! 戦うに決まってるじゃない!」
「け、ケンタロウはどう思う?」
「逃げるべきだと思う。村まで逃げられるなら、村長様も含めて加勢を呼んだ方が良いよ。ただ何にしても、僕の忍力をリンに分けるよ。いざ戦いになってもいけるように」
ケンタロウは印を組んで言葉を唱え始めた。光がケンタロウの印の先に灯り、それがリンを照らす。
サダノブは迷った。今ここで戦うべきか、逃げて応援を呼ぶべきか。
応援を呼びに行っている間に、先生はやられてしまうかも知れない。
けれど、召喚術が成功する保障も無いし、そもそも召喚術でも勝てるかどうかは分からない。
「助かったわケンタロウ、ありがとう。これでもう一度戦えるわ。サダノブ、あんたがどうするかは知らないけれど、私は戦うからね」
リンの瞳には決意があった。それを見て、サダノブの心も決まった。
戦う。
どんな召喚術か分からないけれど、使ってみる、と。
「リン、この巻物の太さから言って、忍法の発動までかなり掛かると思う。それまでの間、何とか先生を助けて、せめて負けないでいて」
「百も承知よ、負けるつもりで戦うバカがいると思ってんの」
「ケンタロウ、お前には僕の忍力のサポートをして欲しい。上忍以上が使える忍法、僕だけの忍力だと発動出来る自信が無いから」
「分かった。俺のタンクが空っぽになるまで、忍力を分けるぜ」
「作戦は決まった。リン、ケンタロウ、頼んだ」
任せて、とリンは飛び出し、ケンタロウとサダノブはヤブに隠れた。
ケンタロウはどっしりと座り込んで、印を組んだ。
六
サダノブが巻物を開いていくと、そこには忍者文字がずらりと並んでいた。
巻物保管庫にある巻物には、下忍でも読めるようにふりがながふってある。
けれど上忍以上が用いるこの巻物には当然、ふりがななど無い。
忍法は、途中で読むのにつまづけばそこでおしまいだ。発動しない。
いかにスムースに、全ての文字を読み上げるか。それが忍法発動のコツだ。
サダノブは並んでいる文字をじっと見つめた。
行を追っていくと、最後の一文字だけ、見慣れない文字があった。
「ケンタロウどうしよう、この最後の一文字だけ、分からない」
「俺にも見せろよ」
印を組み、サダノブに光を当てながら、ケンタロウは巻物をのぞき込んだ。
「多分だけど……これは『テイ』で合ってると思う」
「どうしてそう思う?」
「昔、俺のじいちゃんが見せてくれた巻物に出てきてた文字とかなり似てる。て言うか、記憶に間違いが無ければ、同じ字だ」
「これは『テイ』と詠むのか。他の文字は、難しいけど全部読めるから、行ける。意味は全く分からないんだけれど」
サダノブは、忍法詠唱の基本となる印を組んだ。
そして、ゆっくりとだが、忍法の詠唱を始めた。
「うわっ、この忍法、忍力の消耗が凄いな……」
ケンタロウは呟いた。ケンタロウの指先の光が、まるで吸い取られるように、サダノブを照らす。
ヤブに隠れて忍法の詠唱と、そのサポートとをしている二人。
一方で、小五郎とリンとは必死になって戦っていた。
「忍法 十字光輪斬!」
小五郎が光月と紫月を思い切り振り抜いた。切っ先の鋭い輝きが光の刃になって、距離約三歩先の凶平を襲う。
「土遁防壁!」
凶平の目の前の道が突如壁のようになり、光の刃は砕かれて散った。
リンは高々と飛び上がり、眼下の凶平に煙玉を投げつけた。煙玉は見事に炸裂し、辺りは視界が悪くなった。
その隙にと、リンは凶平の背後に回り込んで、火炎刀を思い切り振りかぶった。
だが、それがいけなかった。
煙でせっかく視界が悪いのに、リンの刀は炎で輝いてしまっていた。
「後ろからなぞ甘いわ!」
素早く振り向いた凶平が、大きく蹴りを放った。ギリギリのところでリンはそれをかわしたが、体勢が崩れた。
「リン、下がれ!」
小五郎の声が響く。視界は煙で悪く、どの方向から声が飛んだのかリンには分からなかった。
リンはともかく凶平から、素早く数歩、後ろへ飛んだ。しかし凶平はそれを追うように駆けた。
リンと凶平の距離が詰まった瞬間、小五郎が煙の中から突如現れ、凶平に向けて刀を振り下ろした。
さすがに小五郎の斬撃は素早く、リンに近づく様に動いていた凶平の肩をかすめた。
「ぐっ!」
肩を斬られた凶平がうめいた。更に小五郎はもう一本の刀を振り抜いたが、それは避けられた。
凶平は少し下がり、クナイを腰に収めた。
「リン、忍法が来るぞ、構えろ!」
リンは無言でうなづいて、素早く防御忍法の印を組み、唱えた。
「くくくっ、読みは当たっているがなぁ、そう簡単に防がれても困るんだよなぁ、忍法 轟音撃破!」
と、凶平が叫んだ瞬間、もの凄い爆発音と爆風が響き渡った。
辺りの木々は大きく揺れ、二人は後ろに大きく吹き飛ばされた。
先に起き上がったのはリンだった。リンは再び忍者刀を構えたが、異変に気付いた。
音が聞こえない。刀を構えれば、カチャッという金属音が必ずするのに、それが全く聞こえなかった。
リンは小五郎を見た。小五郎は地面に尻を付いたまま、耳を指さした。どうも小五郎も耳をやられたらしい。
凶平が、ゆっくりと歩んでくる。小五郎も立ち上がり刀を構えるが、どうもふらついている。
リンもリンで、クナイを構えるも強いめまいを感じた。爆音の効果をもろに喰らってしまったようだった。
次の瞬間、凶平の姿が視界から消えた。
と、小五郎が激しく蹴り飛ばされ吹き飛び、ついでリンも蹴り倒されてその場に沈んだ。
二人が地に伏す事態になったその時、遠くのヤブから黒い影が立ち上った。
七
サダノブは、必死に、間違えないように、指で文字を追いながら詠唱していた。
遠くからドカンというもの凄い音がして一瞬気がそれそうになったが、あくまで目の前の巻物に集中した。
「さ、サダノブ、まだか……俺の忍力ももうすぐ限界だ、何とかなってくれよ……」
無言で頷き、サダノブは更に続けた。指先は最後の一行に達していた。
「ケイ、サク、リョウ、カン、ジツ、ム……テイ!」
テイ。その最後の文字を読み終えた瞬間、サダノブは強い悪寒とも寒気とも付かない感覚に襲われた。
サダノブの回りには黒い影が立ちのぼった。ユラユラと揺らめく影は、濃密で、不気味であった。
サダノブは立ち上がり、大きく息を吸った。
そして全力でもって、言い放った。
「忍法 召喚術!」
地鳴りがし始めた。ついで地面が、地震のように揺れ動いた。
ヤブの先の街道の土が、ぐっと盛り上がった。
「おぉサダノブ、忍法成功か?!」
「うん……成功したらしいよ」
土の盛り上がりは増えていき、またその盛り上がり方も次第に大きくなっていった。
そして次の瞬間、地面から髑髏の群れが突然沸き上がった。一体二体では無い、サダノブの目から見ても優に二十体は超えていた。
骸骨たちは皆、武士が用いる長刀、全て錆びているのだが、それを真っ直ぐ構えた状態であった。
カタカタと時折骨が鳴るのがヤブまで聞こえ、気味悪かった。
「ありゃ何だサダノブ、骸骨の武士みたいだけど」
ケンタロウは、忍力の使いすぎか少し青ざめた顔をしつつ、サダノブに尋ねた。
「資料室で見た事がある。傀儡戦士って呼ばれる、不死身の存在だ」
「不死身? 死なないのか」
「倒されても、あらかじめ呼び出す時に使った忍力が戦士たちに残っている間は、何度でも復活するらしい」
その傀儡戦士は、全員揃って前を向き刀を構えていたが、動いてはいなかった。
召喚術は指示が必要――ふとそれを思い出して、サダノブは叫んだ。
「く、傀儡戦士たち! 僕たちの敵を排除して!」
サダノブがそう叫ぶと、骸骨たちは一斉に前へと進み出した。
骨の鳴る音、刀の鳴る音。骸骨たちは真っ直ぐ凶平たちがいるとおぼしき、煙った方向へと進んでいった。
この異変にいち早く気付いたのは、小五郎だった。リンに手で合図し、横の林に入るよう指示した。
リンは耳こそ聞こえなかったが、地鳴りも地震も感じた。
サダノブの忍法が上手く行ったのかは予想も付かなかったが、小五郎の指示に従い大きく退き林に隠れた。
小五郎は、煙玉を一つ取り出すと地面に叩きつけ、より視界を悪くしてから林に飛び込んだ。
「んー、なんだぁあ、二人とも逃げ出したかあ? ん、いや待てよ、なんだこの気配は」
凶平が振り抜いた時には、濃い煙の中から一体の骸骨が突出して来ていた。
「なっ、召喚術か?! しかも傀儡かよっ!」
凶平は急ぎ印を組もうとしたが、先頭の骸骨が刀を大きく振り降ろしたので、印を崩して避けざるを得なかった。
骸骨たちは、皆揃って凶平を向いていた。リンと小五郎は、林の中からその様子を見ていた。
先頭の一体は、素早い凶平の蹴りを受けてガラガラと砕けた。
だが他の骸骨たちが、凶平の回りを取り囲む様に陣形を整えていった。
砕かれたはずの骸骨も、いつの間にかまた元の姿に戻り、刀の切っ先を凶平に向けていた。
すっかり取り囲まれた凶平の姿は、骸骨たちの姿に隠されて見えなくなった。
ただ、その陣形の中心から、凶平の叫び声が、けたたましく響いていた。
「大丈夫だったか、みんな」
激しい刀の音を鳴らし続ける陣の外側に、サダノブたちは集結した。
「はい、無事に召喚術が使えました」
「ケンタロウも補助に入ったのか、サダノブ一人だけでは、この数は呼べないだろうからな」
「俺も頑張りましたぁ、もうヘトヘトですよー」
「リンも大丈夫だったか?」
「私は平気よ。ちょっと蹴られたお腹は痛いけど」
それじゃあ、とばかりに、小五郎は骸骨たちの方を向いた。
「おーう、凶平さんよお。水来術の巻物を返してくれるのなら、この骸骨をどけても良いが」
「なにおぅ、うお、一度手に入れたお宝、そんなに簡単に、うわっ、ぐわっ」
「段々ピンチになってるじゃねーかよ。無理せず渡した方が身のためだぜ? 傀儡戦士は相手が死ぬまで戦い続けてくれる優秀な戦士だからなぁ、どうするんよ?」
「えぇい、くそっ! 仕方ねぇ!」
骸骨たちの集団の中から、何かが投げられて飛び出してきた。
丁度小五郎の手に着地したそれは紛れもなく、サダノブが奪われた水来術の巻物であった。
「おー、ありがとねー。じゃ、俺たち帰るから」
「ちょっ! この骸骨どもをどーにかしてくれんじゃねぇのかよ?!」
「引っ込めた途端にまた襲われたらたまんないからねえ。一時間ほどそのまま戦っててよ。そうしたら退くようにしておくから」
「畜生! そんなに俺を殺したいのか!」
「殺してもそんな簡単に死なんでしょうあんた。じゃ、まぁテキトーに」
小五郎が印を組み何やら呟くと、骸骨たちの動きが一瞬止まった。しかしそれも一瞬の事であって、すぐまた剣戟の音が戻った。
「さあ、帰ろう。村長も心配して待っていることと思うよ」
「はい!」
三人は声を揃えて答えた。
背中の遠くに阿鼻叫喚を聞きながら、ふわり吹く風を感じつつ、四人は帰路に就いた。
(了)
この作品は、私の息子「サダノブ」に初めて読ませる小説、という位置づけで執筆しました。
まだ小学3年生で小説に馴染みがないため、まるで自分が活躍しているような感覚を持ってもらえる様にと工夫するのが結構大変でした。マンガ解説系の図鑑とかばっかり読んでる息子なので、活字オンリーのものにはまだ慣れていないのです。
因みに、そんな教育的な関係上、妻の厳しい校閲もビシバシ入り、なかなか仕上げまで持ち込むのに時間が掛かりました。ただその分、小説の出来映えとしてはある程度のクオリティーを確保出来たかな、と思っています。
サダノブ本人に読ませると、「最高!」と嬉しい評価ももらいました。
個人に宛てて書く小説、というのもあまり無い話だと思いますが、読み物としても普通に読んで頂ける作品には仕上がっている、と思っています。読了、ありがとうございました。m(__)m