3部
この学園には風紀委員が決めた校則がある。
完全下校時間30分前以降は不用意に校内に残らない事...。
残る場合は“携帯電話とスマホの電源を必ず切る事”である。
「俺は八飼信哉、B組だ。よろしくな、C組の榊正輝くん☆」
「ん? 何で俺の名前を知ってる」
時間は04時25分、完全下校時刻35分前である。
信哉と正輝は西校舎から手近な校門へと少し早足で向かっている最中である。
先程まで白く輝いていた太陽も赤みを増しながら西の空に傾き始めていた。
「藤蒼学園の全生徒、教員のデータはすべて頭に入っている。美男美女は特にね」
「はぁ...?」
信哉がそうウィンクして答える様に正輝は少し引き気味になった。
「(やれやれ、変なのと知り合いになっちまったなぁ)」
「あ~、今俺の事変な奴だど思ってるだろぉ~?」
「ああ。…違うのか?」
「くッ...少し傷付いたぞ...」
はっきり言った正輝の言動に少なからずショックを受けたのか、信哉は頭を抱えながら北門の柱に踞る。
「(ちょっと言いすぎたか?)」
そう思い俯いていた信哉の顔を窺おうとすると...
「そんなドストレートな物言いが好み(タイプ)だ!」
「立ち直り早っ!」
突然顔を上げて叫ぶ信哉に慄く正輝。
彼のメンタルの強さに驚愕するが、同時に呆れもしていた。
「と、言う事で茶でも飲みに行こうぜ!」
「門限あるから無理」
何の脈絡もなく誘おうとする信哉にハッキリと断る。
「あ~、家厳しいの?」
「いや、寮だが」
「何処の?」
「ちみっこい大学生が寮長している...」
「うわっ、第3かよ...確かにあそこは門限厳しいし俺には風当たり強いな」
う~んと顔を上げて考え込む信哉に正輝はふと今朝寮長から言われた事を思い出した。
「そう言えばデカい女の寮長が、『この学園には誰彼構わず口説きまくる1年の最低下衆野郎がいるからもし出会ったら相手にしないか、一発 殺っとけ』って、言ってたな」
「一発...俺はヤるのもヤられるのも好きだぜ☆」
謎のキラキラポーズをとる信哉を目の前にして、本当に殺してしまった方が良いのだろうか?と正輝は真剣に考え込む様に自分の顎に手を当てる。
「じゃぁ、電話番号だけでも教えて。スマホ位持ってんだろ?」
「あ~、寮で支給されたのなら...」
そう言い上着のポケットから白い携帯電話を取り出す。
「はっ!?ガラケー!?」
「何か不都合でも?」
「普通、支給するならスマホじゃねーの?“アプリ”使えんのかぁ?」
「よく分からん。そもそも通話とメールが出来れば充分だろ?」
正直細々したのが正輝は苦手なので最小限の機能さえ使えれば良いと考えている。
その辺りは初日にルームメイトから教わっているので問題無いと思っている。
「ちょい貸して」
そう言い信哉が正輝の携帯をポチポチと操作し始める。
「うわっ、このボタンを押す感触懐かしい!...つか、こいつガラケーの癖に“アプリ”入ってんのかよ!スゲーな」
「あのさ、その“あぷり”って何?」
「おいおい、アプリ知らねぇの!...そんじゃ、お兄さんが手取り足取り教えてーー」
「遠慮しておく」
正輝の言葉にまたガックリ項垂れる信哉。
“アプリ”と言うのは今 藤蒼学園で流行っている携帯、スマホ用のコミュニケーションツールの事である。
誰が作ったのかは定かではないが、通話・メール・チャット等の生徒間で必要な機能が充実している。
中でも特徴的なのは“学園の敷地内でしか使えない”点である。
「まぁ、簡単に言えば学園内でのみ使える便利なアイテムみたいなもんだ」
「今一分からん、電話だろ?」
「公共の基地局を通さずに学園内の無線ネットワークを経由して通話、通信するから通話料がかからねーんだよ。まぁ、そんなこと言わずに使ってみ。大体の生徒はこれでやり取りしてるからさ。登録は...してあるみたいだな」
そう言いながら手馴れた様に自分のスマホに正輝のIDを登録していく。
「ほい、IDは生徒手帳の学籍番号だから」
「ふーん...って、顔近ッ!」
携帯の画面に目を落としている隙に信哉が迫って来た。
目付きがかなり怖い。
「俺は男と見つめ合う趣味は持ち合わせてないぞ!」
「みんな初めはそう言うんだよ...でも段々と気持ち良くなってくるから、さ」
じりじりと巨木に迄追い詰められてしまい、終いには腕を押さえつけられてしまった。
「大丈夫......、痛くしないから...」
「くッ......」
段々と近付いてくる信哉の顔で自分が次に何をされるのか見当が付いてしまう、が彼の目に逆らうことが出来ず硬直してしまっていた。
最早此処までかと思った時、突然のほほんとした熊のイラストが視界を遮った。
「はいは~い、セクハラ行動は此処迄ですよ~」
熊の下敷きを正輝と信哉の間に挟み込んだ...白と黒の袴を着込み、学ランを羽織っている生徒――真神涼風がそこに居た。