【番外編】クリスマス①
圭織は息を吐き、瞬きをする。昨日は眠れなかった。頭がぼんやりする。圭織は睡眠不足を感じながら夕方まで仕事を行っていく。何も変わらない一日のサイクル、それなのにクリスマスというだけで圭織は自らの孤独をひしひしと感じてしまう。誰よりも不幸な気がすると圭織は自嘲する。周りが羨ましかった。
「あーあ、ちゃんと楽しめるかな……」
圭織は呟き、職場から街に向かう。
アーケードは人、特にカップルばかりが目立つ。圭織は足早にアーケードを抜け、待ち合わせの場所に歩いた。雪の降らないクリスマス、何だか珍しい。それにいつもより暖かいような気がする。
「美紀」
圭織は人混みの中から美紀を見つけ叫んだ。美紀は微笑み、圭織の前に立つ。美紀は圭織を見上げ、口を開く。
「お疲れ様」
「うん、美紀もね」
圭織は言い、美紀が小首を傾げた。
「圭織、元気がない?」
その瞬間、圭織は吹き出した。何故、解るのだろうと。だが、美紀は目を丸くし立ち竦んでいる。
「圭織?」
「え、あ、ごめん。なんか驚いちゃったの。昨日さ、休みだったわけだけど何の予定もなくてだらだら過ごしてて……そしたら、テレビはずっとクリスマスのことばっかじゃん? あたしの人生って何なんだろうって思って……もう、あっという間に孤独死じゃんか。だから、美紀に会うのもすんごく憂鬱だったんだ」
「……私は逆に楽しみにしてたわ。クリスマスに圭織と一緒に過ごせるなんて夢みたいなことだから」
「そんなに? 言ってくれたら一緒に過ごせたのに」
圭織は今までのことを思い、笑う。だが、美紀は真面目な顔をしたまま頷いた。圭織はその顔にどきりとする。
「美紀?」
「……今まで遠慮してたのよ、あんただって恋人と過ごしたいと思ってたから」
「え、あ、うん……でも、別に良いのに……」
圭織はしどろもどろになりながら美紀を見つめた。美紀は嘆息する。
「そうね、もう遠慮しないわ。圭織に遠慮しても無駄だから」
「無駄って失礼な」
「そう? 本音だけど……でもね、ずっと嫌だった。あんたが誰かと抱き合ってるかと思うとね」
「だ、抱き合ってるかってちょっと……」
美紀の言葉に圭織は狼狽えながら声を震わせる。なんてことを言うのだ。だが、美紀はくすりと笑い、圭織の頬を指でつつく。
「顔、赤いけど?」
「なっ、煩いな! てか、時間は大丈夫なの?」
圭織は顔を背け、唇を尖らせる。美紀は笑い、圭織の手を取った。
「え、あ、ちょっと……」
「良いじゃない。たまにはこんな日があっても」
美紀は言い、楽しそうに歩き出す。圭織は唸りながら美紀とともに歩を進めた。
「此処よ」
美紀は優雅に微笑んだ。予約の店は地下にあるようだ。
「あ、此処か……なんか凄いね」
「そうね、お洒落かも」と美紀は笑う。圭織はお洒落な入り口にたじろいでしまう。アルコールを飲まない圭織にとっては未知の世界だ。
「圭織、入りましょう?」
美紀は言い、細くて急な階段を静かに降りていく。圭織は美紀の後を追い階段を降りていった。
「此処、段差があるから気を付けて」
階段の下で美紀は言った。
「あ、うん」
圭織は伸ばされた美紀の手を無意識に触れ、左右を見渡す。黒で統一された店内は美しく、そして、高級の香りがした。圭織は苦笑する。こんな店は初めてだ。
「圭織」
「ん?」
視線が合った瞬間、美紀は切れ長の瞳を細めた。
「貴女が好きよ」
「え、ああ、うん……」
不意打ちに圭織は曖昧な返事をし、息を吐く。顔が熱い。美紀はくすくすと笑っている。ふと、若い男が近づいてきた。
「加藤様、お待ちしておりました」
若い男はお辞儀をし、「コートをお預かり致します」と微笑んだ。圭織は美紀の手を離した。どぎまぎしてしまう。
「ええ、ありがとうございます。お願いします」と美紀はチェスターコートを男に手渡し、「圭織、貴女は?」と笑う。余裕綽々なのだ、何だか悔しくなる。
「ちょっと待って」
圭織はまごつきながらグレイのコクーンコートを脱ぐ。
「焦らなくていいのよ」
「だって……」
圭織は子供のように言った。美紀は楽しそうだった。そして、男は「お待たせしました」と奥の個室に圭織と美紀を案内したのだ。
クリスマス書き終わりませんでしたので明日、続きを書きます。ちなみに圭織の方が美紀より身長が高いです。