埋まらない
取り戻すことが出来なかった。圭織はいつもと同じように騒いでいるが、美紀には何となく無理しているように思えた。美紀自身の足取りは重く、楽しい思い出になるはずの水族館は悲しさだけを生む。ぼんやりしながら、美紀は圭織とエスカレーターに乗る。イルカショーは二階で行われる。イルカショーまでそれなりに時間はあったが、良い席でショーを見たいと思った。
ステージを囲むように真っ青なベンチを半月を描く。プールには四匹のイルカの姿があった。イルカは柔らかく浮かんでいる。とても、リラックスしているように思えた。冷たい風、美紀はきゅっと身体を縮ませた。水族館の周囲に、風を遮るような建物は立っていない。
「意外に人がいるのね」
無意識に漏れた声に圭織が「そうだね」と頷く。
ベンチには疎らに人が座っている。ショーまで三十分。人々は貸し出されたブランケットを膝にかけ、チュロスを食べている。
「甘い匂いはチュロスだったんだね」
圭織は笑う。美紀は見惚れてしまう。この笑顔も圭織の魅力のひとつだ。
「ね、何本食べる?」
にっと圭織は笑う。
「何本って?」
美紀は目を丸くする。チェロスは、何本単位で食べるものだろうか。
「一本……半?」
美紀は言う。二本は多い。食べれるとすれば、一本と半分だろう。ふふと圭織は笑う。美紀の答えが正解であるかのように。
「そっか、そっか。了解。買ってくるよ、美紀は席取ってて!」
圭織は背を向け、美紀から離れていく。
チュロスなのかチェロスなのか、迷いますね。




