【番外編】媚薬攻防戦➀
美紀の手には七色の小瓶が握られている。目の前には圭織が僅かに口をつけた珈琲とフォークの入れられていないチョコレートケーキが見えた。美紀は新作のチョコレートケーキを食べようと圭織を喫茶店に誘い出したのだ。美紀は店内を見渡す。客はまばらだ。よし、いける。いや、いこう。美紀は思った、圭織がトイレに立った今が最大のチャンスであると。美紀は汗ばむ手で小瓶の蓋を引き抜く。そして、腕を伸ばし圭織のカップに小瓶を傾けていく。
緊張と興奮で手が震えている。
「……美紀?」
降ってきた声に美紀はゆっくりと顔を上げた。美紀の瞳に訝しげな顔をした圭織が映る。
圭織は美紀を見たまま、椅子に座る。
「あら、おかえりなさい」
美紀は微笑み、小瓶をそっと引っ込めようとする。そう、今日の圭織も最高に素敵ねと自らに言い聞かせながら美紀は平静さを保つ。だが、案の定、圭織に手首を掴まれてしまう。
「……何よ?」
美紀は困ったような顔を作り、わざとらしく小首を傾げた。掴まれた手首がとてつもなく痛い。
「何って……それはあたしの台詞なんだけど。てか、その瓶は何? え、もしかして毒とか入ってる? わわ、きっとあれだ。愛を受け入れてくれないならいっそのこと殺してしまおうとかそんな感じでしょ?」
圭織は得意げに言った。美紀は笑う。圭織は最近、そんな物語を見たのだろうかと。
「そうね、そういう考えの人もいるようだけど……私は違うわ」
「じゃあ、何なの?」
圭織は言った。その言葉に美紀は言葉を詰まらせる。
「ねぇ、言えないの?」
圭織が掴んだ手に力を込めながら凄む。
「い、痛いわよ……」
「じゃあ、言いなさいよ」
「……媚薬よ」
美紀は聞こえるか聞こえないか解らない程の音を吐く。その瞬間、心臓が跳ねる。
「はぁ?」
圭織が眉を寄せた。その様子から聞こえていないようだ。美紀は圭織の顔を眺めた。見ても見ても見たりない。何もかも愛している。
「ねぇ、ちょっと聞いてる? 聞こえないんだけど……もう一回言ってくれない?」
圭織が言い、息を吐く。僅かに苛立っている。
「だから……媚薬よ」
美紀は僅かに声を尖らせる。改めて口に出すと何だか恥ずかしい。そして、美紀はちらりと圭織を見た。体が熱い。
「え、冗談でしょ?」
圭織は目を丸くし美紀を見つめている。
「……」
「え、本当に?」
美紀は頷く。
「へぇ、そっかぁ。そうなんだ……」
圭織はうんうんと頷き、瞬く間に美紀の手から小瓶を奪い、やがてにやりと笑った。
次は圭織のターンです。