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新たな旅路の祝福を  作者: 稀一
一章
9/54

06

ここから少しずつ修正が入っていきます。精霊の設定が少しだけですがかわります。基本的に授業の回は説明回のようなものになります。退屈かとは思いますが、お付き合いいただければ幸いです。

「ああ、なんだ、冗談か」

「そうだ、冗談だ」

「じゃあ結局きみは何なの?」

「さあな。私は私が何かという答えを持っていない」


 はたと首を傾げる。そうなのか。なら答えられなくてもしかたがない。


「私の名はアストラ。見る者の望む姿形で現れ、そしてこの世界は見る者の世界に変わる。この世界は私の世界であるが、その前に君たちの世界だ」


 彼女、アストラはそう言い立ち止まった。


「君は君としての生涯を終えた。後悔しかない、そんな人生を終えた。私にはわからないが、君とっては確かにそうだったんだろう。だから君はここに落ちてきた」


 そう言いながら私の手を取る。


「君がどうして新たな生を歩みだしたのか、そんなことは知らない。それこそ神のみぞ知る。だが君はここに来て、私に言った」


『もう一度、もう一度、もう一度、お願いだから、もう一度だけ、私にチャンスを下さい。生きることを許してください』


「今の生は、君の望むところではなかったのだろう。君には私に頼んだ記憶すらないはずだ。私だって頼まれただけで、それを叶えたいと思っただけだ。それだけ。でも君は歩んでいる。もう一度、新たな生を歩んでいる。神がそれを与えたのか、それとも無意識に私がそれを与えたのか、私にはわからない」


 アストラは顔を上げ、私の眼を見つめた。思わずびくりと肩が跳ねて、アストラが目を細める。


「今も言ったが、確かに君の望むところではなかったのだろう。君は存外、頑固だったらしい。新しい生を与えられたのに、五年間ここで眠っていた。何が不満だったのかは知らないが」


 つまり。それは、つまり。


「私は、ちゃんと今を、シアとして生きているということなの?」


 夢でもなく、幻想でもなく、確かに現実として、シアが、私が、生きているということなの?


「そうだ。君は生きているんだ」


 生きている。あそこで、確かにシアわたしが。

 だけど、梨夏わたしの最期を知らない。私は、梨夏わたしの最期を知らないのだ。


「私はどうして死んだの? お母さんは、お父さんは、どうなったの?」


 アストラは答えず振り向いて、また歩きだした。繋がれた手に引かれ、力なくついていく。

 私が死んだ。死んでいた。(梨夏)は死んでいた? じゃあどうしてシアは、私が、私として生きてるの。


「君がどうして死んだのか、君の両親がどうなったのか。そんなことは私の知るところではない。君が思い出すしかないだろう。君だけが知っている君の人生だ」


 振り向かず、歩き続けたままアストラはそう言った。

 冷たい、とは思わなかった。

 不思議なことに、死んでいると言われたり、色々驚くようなことばかりだっていうのに混乱はしていない。アストラにつられでもしているのかもしれなかった。彼女はずっと無表情だ。前にここに来たときから変わらず、ずっと。


「きみ、随分と知らないことが多いんだね」

「私は私として在るだけだからな。私を知る必要も、君を知る必要もない」

「ならどうして私を今歩かせてるの」

「暇つぶしだ。この世界はあまりにも狭かったから、君に歩き回ってもらう必要があった。ほら、次の場所だぞ」


 言われ前を見て、思わず瞬きをした。

 思い出したくない、けれど十分な思い出が詰まった場所。


「学校……」


 小学校だ。しっかり記憶に残っているんだろう、校門から、その周囲の道、そこから通学路へと続いていた。

 もちろん、いやなことばかりじゃなかったはずだ。それでも私の人生を変えたのはここだし、母と父の生活を狂わせてしまったのもここだ。


「随分と不思議な表情をしている。泣きたいのか、怒りたいのか、悔しいのか」


 そんな顔を私はしているのか。


 「どうでもいいがな」と言いながらアストラは校門を抜けて、私は慌ててついていこうとして、踏みとどまる。入りたくない。思い出したくない。いや、思い出そうとしなくたって消えやしない。心にこびりついた汚れかなにかみたいだった。


「早く来い」


 校庭の真ん中で、アストラが振り向いて待っている。

 踏み出そうとして躊躇った。浮かせた足を戻して、またアストラを見る。アストラは変わらぬ無感動な瞳で私を見ていて、それに笑った。あの目を見ると、なんだか大丈夫な気がしてしまうのだ。


 踏み出した先は、本当に何の変哲もない小学校だった。私の記憶の中の、私が通っていた小学校。校門を抜けた先はすぐに校庭で、木に囲まれた学校の敷地は存外広い。マラソンのトラック用に細い縄が地面に杭で打ち込まれ、それが校庭を丸々囲んでいた。四隅より少し真ん中寄りにはそれぞれ埋め込みじゃないサッカーゴールがあって、校門から見て左に遊具の群れ。


 懐かしくはあった。とても。同時に嬉しくもあった。どんどん疎遠になっていった友達との思い出がよみがえってくるようで、懐かしくて、嬉しくて、悲しい。


「ここも、人がいないんだね」

「君がそうしてるんだ」


 ゆっくり歩く私に、退屈だ、と漏らしながら合わせて歩いてくれるアストラに笑う。「ごめんね」と軽く謝れば、一瞥を向けられただけだった。

 校庭には誰もいない。街にだって誰もいなかった。病院の待合室にも。私の世界とやらは随分とさびしい仕様になっている。


「きみは学校が見たいの?」

「違うな、世界を広くしたいだけだ。君がここに無意識でも来る限り、ここは君の世界だから」


 よくわからない。アストラの世界だというなら、アストラが広げればいいのに。アストラの世界である前に私の世界、という意味がいまいちわからなかった。共有、って言う意味じゃないのかな。


「そんなことより、話さないといけないことがある」

「話さなきゃいけないこと?」


 首を傾げながら話を促せば、アストラは「そうだ」と頷く。


「君が今生きている世界は、アスフェルートという。今の君が確かに生きている、あの世界だ。君が前に生きていた世界とは違って、魔法も、剣も、所謂化け物もいる、そんな世界だ」

「化け物って?」


 思わず聞き返せば、アストラは昇降口のドアを開けるよう私に指示しながら話を続ける。


「ドラゴン、スライム、ゴブリンにグールにゾンビにヴァンパイア、そういった類のものだ」

「え、グールとゾンビって違うものなの」

「違うものだな。だが違いなんてものは師に聞け。今は時間が惜しい」

「随分ぐだぐだしてるのに」


 うるさいと話をしめられた。ひどいなぁ。


 下駄箱を通り過ぎ、階段を見つめる。上らず右に行けば一年生の教室、左に行けば二年生の教室、上って二階に行けば三年と四年、さらに三階に行けば五、六年生。私は三階に上がったことはないから、きっと階段はない。


「上れ。一階はもう出来上がっているだろう」


 アストラの言葉にそっかと相槌を打ち一歩足を掛ける。どういう基準で出来上がるのかいまいちよくわからない。私に先に行かせるのとか、ドアを開けさせるのとか、必要なんだろうけど。

 階段の折り返しを曲がる。学校に入る時は随分とためらったのに、実際に現場を見ても大した感慨はなかった。


「何か思いれでもあるのか」


 真ん中で一度振り向いただけなのに、アストラは立ち止まって聞いてきた。目ざといというか。


「嫌な思いれだけどね」

「なんだ?」


 言え、と促してくるアストラに、「とりあえず進もう」と歩いて世界とやらを広げながら。


「私ここで後ろから突き飛ばされてね。不幸な事故っていうか、軽い悪戯の、いつもの遊び半分のいじめの延長だったんだろうけど、勢いよく転げ落ちちゃって、怪我しちゃったの。小三の知識しかない私にはお医者さんはちゃんと話してくれなかったし、今話してもらっても結局よくわからないと思うけど、簡単に言うと首から下が動かなくなっちゃったの。それであそこにずっといたわけ」

「そうか」


 普通ならお気の毒にぐらい言うような告白に、聞いてきたはずのアストラはただ簡単に一つ頷くだけだった。なんだかそれが少し嬉しかった。


「ここはもう出来上がったな。出るぞ。次はどこに行くんだ」

「どこだろうね、やっぱり通学路かな。久しぶりに家みたいし」


 とはいっても、私が入院してしばらくしてからアパートに引っ越したらしいから、現実の家は知らないんだけど。違うかな。もう帰ることができる場所じゃなかった。私の家ではなかったのかもしれない。両親の家。


「それで、アスフェルートの説明はもういいの?」

「ああ、忘れていた。どこまで話したか。そうだ化け物までか」

「そうそう」


 階段を下りて昇降口から校庭に戻る。アストラは少し遊具に興味を示しつつ、そのまま校門を出た。少し駆け足でついていく。


「君が今生きているのは――」


 追いつくとアストラは話し始めて、それに相槌を打ちながら、なんだかとんでもない世界に生まれたんだなぁと実感する。昨日までなんにも知らなかったのに。

 魔法に、剣に、モンスターがいて、そういうファンタジーな世界。この頃はそういうものに憧れて、本当に魔法が存在すると思ってて。だって日常の中には不思議なものであふれていた。


 ちらりと振り向いて、手を振った。もうこの世界であろうとも、こっちに来ることはないだろう。





「あれ」


 目が覚めてしまった。起き上がって、部屋を見渡す。

 世界はまた様変わりして、いいや変わってはいないけど、私は金髪で、小さい体になっていた。シアだ。今を、確かに、現実というこの場所で生きている。


「生きなきゃ」


 生まれたのだから。生きているのだから。生かせてもらっているのだから。


「生きたい」


 ぎゅっと拳を握る。いつもの行為。何度目が覚めても繰り返し動く体に感謝して、私は今日も生きていくのだ。

 目を瞑り、深く深く息を吸いながら上を向き、ゆっくり息を吐いて目を開けた。


「よしっ」


 ベッドから飛び降りる。ぼふんとクッションに撥ねられ、床に着地。見事な着地っぷりだ。この体の動きはもうばっちりといえよう。相変わらずガリガリのままだけど、きっと一週間やそこらで変わりはしないものなのだろうし、あまり気にはしていない。

 エーデリア様は今日も来た後だ。日はもう完全に上っていて、地上を照らしていた。なんだか申し訳なく思うと同時に少し残念にも感じた。


 しかし時間がないって、こういうことなんだろうなぁ、とぼんやり理解する。私が起きると、あの世界の私は眠るか、消えるかしてしまうんだろう。だから急いでたんだ。結局家に着く前に起きてしまった。悔しい。アストラのために世界を広げてあげたかったとかじゃなくて、私が家を見たかった。今日も行けるだろうか。というかもし私が消えているとしたら、アストラは道の真ん中で一人取り残されてしまうのか。いいやそもそも、私がこんな風に過ごしている間、あんな寂しいところにずっと一人でいるのか。

 考えながら準備運動のように体を動かしていると、コンコンと控え目にドアがノックされた。


「どうぞ」


 動きを止め返事を返せば、古めかしい音をたててドアが開いていく。この一週間とちょっと毎日聞く音だ。


「おはようございます、シア様」

「おはようリリシア。ノイマン先生はもう起きてらっしゃった?」


 腰を落として挨拶してきたリリシアに私もパジャマだけどつまんで挨拶。リリシアに教えてもらった時は、この動作にお姫様か何かになったような気分でちょっとドキドキしたものだ。


「ええ、起きていらっしゃいましたよ。そういえば今日の授業は午後からだそうです。なんでもノイマン先生は必要なものをそろえに街に出るとかで」


 つまり、勉強道具の買い出しということね、と苦い気持ちになる。でもって質問できるのは午後か。


「教えてくれてありがとうリリシア」

「いいえ。さあ、着替えて朝食に参りましょう。エーデリア様がお待ちですよ」


 なにを聞きたかったのか覚えておかなくちゃ、と思っていればそう言われ、それは大変だと着がえを急いだ。

 ファデル様の名前が出なかったということは、恐らくすでに出ているか外泊かだろう。やっぱりファデル様も仕事が忙しいようで、邸にいないことが多いどころか、帰ってこないことがたまにある。やっぱりお仕事はなにをしているのか、早く知っておくべきかもしれない。でも直接今更仕事何してるんですかなんて聞けない。いや、もしかしたら先生に聞けばいいのか。リリシアに聞いたらファデル様まで話が言って悲しませてしまいそうだけど、先生ならどうだろう。様子を見てその選択も考えておくべきかな。


 食堂につくと、エーデリア様は少し疲れたような顔をしていた。どうしたんだろうとは思うけど、なにもわからない私が口を出すというのも憚られる。

 ついつい挨拶を忘れて窺っていた私に気付いたエーデリア様は、いつもと変わらない柔らかな声音で「おはようシア」と微笑んだ。





「先生、文字の練習をするのですよね?」


 目の前、テーブルの上に広がる謎の道具を見ながら首を傾げると、先生はそんな私を見て何故かおかしそうに笑いながら「そうです」と頷いた。なにがそんなに愉快なのですか。

 微妙な心地になりながら、昨日リリシアが持ってきてくれた段を上る。届いた椅子に一人で座り先生を見た。先生は目が合うとそんな私に何故かまた笑って、向かいに座る。


「これは文字の学習用具です。お嬢様は読むことは出来るようですから、筆記を学んでいけばよろしいかと」


 言いながら謎の道具、私から見ると何の変哲もない木の板を持つと、私に差し出してきた。

 先生の言う通り、何故か話すことと読むことは出来るのだ。読むことができるならそのうち書くこともできるようになりそうだけど、やっぱり早いうちから練習しておかないととんでもない汚い字になってしまうかもしれない。ありがたいです先生。


「ですが、これはどう使うのですか?」


 一応受け取り眺めてみるが、やはりどうみてもただの板だ。ひっくり返してみたところで裏も何も変わらなかった。もしかしてノートが存在しない世界なんだろうか。これがノート代わり? と戦々恐々としていると、先生は「こう使うんです」と板を私の手から受け取り、その板に向かって挨拶をし出した。

 え、先生どうしたんですか。


「ここになんと書いてありますか?」


 ちょっと心配していると先生は私に板を渡して、何もなかったはずの面を指さした。指されるがままに見て、目を丸くする。


「おはようと書いてあります」


 さっきまでは確かになにもなかったはずなのに。


「それはその板に向かって言った言葉を文字に起こしてくれるものです。それをなぞるまでがその教材なのですが、なぞるものはペンでも指でもかまいません。自動修復の魔術ががかっていますから、たとえナイフでなぞろうとも問題はありませんよ」


 ええ? とまたひっくり返したり叩いてみたりしていると、先生は苦笑して私の手を止めさせそう言った。これに魔術が掛かっているのか、とまじまじと見つめてしまう。


 魔術はずいぶんと便利なものらしい。使い勝手がいいというか。勝手に直る魔術だなんて普段使いのものにかければずっと使っていられるってことなんじゃないだろうか。いやでも、かけた魔術の効果はずっと出続けるものなのかな。機械だって作っただけじゃ動力がなければ動かないけど、魔術はどうなっているんだろう。

 不思議だ、としげしげ板を見つめていると、先生がまた笑った。それに目を向ければ咳払いを一つして、


「今日は、魔術の勉強にしましょうか」


 と、今日の予定変更を告げた。思わず目を瞬かせ、板を見つめる。そうしてハッとした。

 もしかしてもしかしなくとも、魔術への興味でそわそわしているのがばればれだったようです。恥ずかしい。そんなに駄々漏れだっただろうか。

 思わず頬を押さえる。今日は朝からこれを探しに買い物に行ってくれたのだろうに、私の興味のせいでそれが台無しになってしまう。けど魔術を学べるのは素直に嬉しいおかげで断る言葉が出てこない。なんといえばいいやら、と先生を窺っていると、苦笑された。


「興味があるのはいいことですよ。文字の練習は……そうですね、その教材は差し上げるので、暇なときにでも進めてください」

「ご、ごめんなさい」


 どうぞ、と手で示され、拒否できない自分を恥じつつ謝罪すると先生は「いいえ」と笑った。


「それでは庭に出ましょう。魔術の基礎からやりますよ」

「はい!」


 いよいよだ、と思わず元気な返事が出てしまって咄嗟に口を押さえる。先生は困った風に笑った。

 ごめんなさい先生。やっぱり興味は隠せません。ああ、と内心嘆きつつ部屋を出る先生を追った。足取りは隠しきれずうきうきしたものになってしまい目を逸らしたが。


 一度教材を取ってくるという先生に申し訳ない気持ちになりながら部屋により、幾つかの本と杖を持って出てきた先生にどうしようもなくわくわくしてしまう。杖だなんて、まるで魔法使いみたいだ、と思ってから、魔法使いなんだった! と一人で興奮していた。

読んでくださりありがとうございます。

今は視点の区切り以外大体一話一万字行くか行かないくらいで切っていますが、もし読みづらいなどあればご意見くださいませ。


↓以下用語説明

◇アスフェルート

シアの生きている世界。梨夏の生きていた世界とは全く違う世界。

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