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新たな旅路の祝福を  作者: 稀一
一章
36/54

03

 エーデリア様に初めてお会いしたのは三歳のころだった。拙い言葉で挨拶をすればあの方は何故か憂いを帯びた表情で、それでも柔らかく、美しく、笑んでくださったのだ。


 ――この子はね、少しお寝坊さんで、まだ眠っているの。


 忘れられるはずはない。

 あの時父様には秘密だと耳打ちをして連れて行かれた部屋で眠る、同い年だという小さく綺麗な女の子。目を開けず、口も開けず、身じろぎひとつしないその姿は美しさも相まって人形のようで、本当に生きているのだろうかとさえ思ったほどだった。


 何故、エーデリア様が俺をあそこに連れて行ったのかはわからない。理由なんてなかったのかもしれない。あの子が目覚めたとき仲良くしてほしいという思いからだったのかもしれない。

 エーデリア様の考えは分からないが、それでもどうしようもなく、あの息さえしていないように静かに眠る姿が忘れられなかった。


 その瞼の奥にある色は、エーデリア様と同じだろうか。髪の色がここまで同じなのだ、きっとそうに違いない。

 そう、思っていたのだが。

 エーデリア様に手を引かれ歩いてくる彼女。どうしてか後ろを気にした様子で振り向こうとしていたが、こちらに顔を向けたとき、絶句した。


 ――美しくない!


 エーデリア様の面影は微かにあるものの、彼女の顔自体に綺麗な要素が少なすぎた。いや可愛くないわけではない。けれど、期待したような美しさは皆無だった。

 穏やかな、見ているだけでほっとするような優しいエーデリア様の表情、に対し、何を考えているのかもわからないような無表情。しかも眼はくすんだ青だ。ファデル様の色だ。エーデリア様の美しい澄んだ緑はどこへ行った!


 父様の後ろで愕然と立ち尽くしてしまった。

 勝手に期待をしたのは俺で、確かに勝手に決め付けていたのは俺だ。しかしどうしても、納得が出来なかった。静かに眠るあの姿は確かに美しかったのだ。記憶違いなどしていない。確かに、この眼で見たとき、美しさに息を呑んだ。


 目の前に来たその顔に眉間に皺が寄る。遠目で見るよりは確かに可愛らしいし、美しいと言えないこともない。だが、違う。違う娘なのではないかと疑うほど、違うのだ。


「よくぞお越しくださいました。お久しぶりですね、エーデリア様」

「お久しぶりですライベル様、シオル様。お会いできて嬉しく思います」


 二人の挨拶を聞きながらじっと娘を観察する。お辞儀はするものの表情は変わらず、無表情だ。


「そちらがお嬢様ですか。お会いできて嬉しいです」


 父様は気にした風もなく地面に膝をつけ挨拶をし、娘はそれに改めてゆっくりと、上品にお辞儀を返す。すると見る間に口角があがり、目も細まった。笑顔、なのだろう、これは。確かに一見綺麗に笑って見せているように見えるが、どこかぎこちない。父様もそれには気付いてるようで一瞬驚かれていたが、すぐまた笑みを浮かべた。


「これは、これは、ご丁寧にありがとうございます。ライベル、とお呼びくださいレディ」


 丁寧に、それこそ王様にでも謁見するのかというほど丁寧に礼をした父様に娘は「へぁ」などと間抜けな声を洩らし、ほんのりと頬を赤らめた。なんだか腹立たしい。

 和やかな雰囲気に眉間にさらに力が入る。エーデリア様は愛しげな眼で娘を見つめており、それにだけ心が休まる様な気がした。


「あてっ」


 突然叩かれた頭に驚けば、父様が苦笑を浮かべている。なんなんだいったい、と驚いていれば背中を押され、されるがまま前に出た。


「シア様はしっかりしておられますね。それに比べうちのシオルときたら、お恥ずかしい限りです」

「あら、そんなことありませんわ」


 「ねえ?」と目線を合わせ笑うエーデリア様に思わず顔が熱くなる。母様はお綺麗だが、エーデリア様にはかなわない。兄様の婚約者もだ。こんなに綺麗な女性はこの方以外見たことがない。思わず緩みそうになった口元に気づき、はっと娘を見る。こちらをじっと見ており、思わず睨んでしまった。驚いたのか、娘の体が半身ほど下がる。


「二人で遊んできなさい。私はエーデリア様と少し話がある。仲良くするんだぞ」


 少し乱暴に頭を撫でながらそう言った父様は、オーリに何かを言うとエーデリア様とともに邸の中へはいって行った。残るということは、オーリが俺たちにつくということだろう。

 オーリは嫌いだ。兄様のことが好きだから。


「失礼いたします、使用人のオーリと申します。旦那様方が戻られるまで、お傍につかせていただきます。何かあれば私へ、なんなりとお申しつけくださいませ」


 頭を下げたオーリへ娘は挨拶し、俺を見たと思うと空を見上げた。一体なんだと思っていると今度は庭へ視線を移し、庭師のギンザに会釈していた。娘の髪についた作り物の花が目につく。

 なんとなく、ざわりとして心が落ち着かない。


「おい」


 庭の方に顔を向けていた娘に声をかければ、一拍置いてこちらを向いた。その顔にはやはり感情が見えず、苛立ってしまう。他の娘たちは俺が声をかければ笑顔で振り向くのに。

 伯爵家の男児だ。次男とはいえ、将来は安泰を約束されているようなものなのだから、媚を売るのが道理といえよう。それなのにこの娘ときたら、いくら同じ爵位とはいえ無愛想すぎやしないか。


「お前、花が好きなのか」


 つい険しい顔のまま聞けば戸惑うように目を泳がせたが、「それなりに」と頷いた。それを聞いて娘の手首をつかむ。一瞬強張るがそれだけで、されるがままついてくるようだった。戸惑う声は聞こえるが、大人しくついてきているのだから問題はない。

 もともと今日はエーデリア様が来ると聞いていて、ずっと楽しみにしていたんだ。だというのに父様とお話とは、ついてない。三日前まではゆっくりお話出来ると言っていたのに。これだから大人は信用ならない。


 このオーリもだ。

 無言で付いてくる姿を睨みつける。オーリは意に介さずと言った様子で俺の顔を見もしない。だが視線はこちらに向けられていて、たどれば俺が掴んだ娘の腕だった。少しだけ、赤くなっている。

 舌打ちしたくなる衝動を抑え手を離す。娘は戸惑うばかりなのか、控え目に声をかけてくるだけだ。それは無視し、進む。オーリがいると言うだけで口を開けたくなかった。


 忘れはしない。兄様に媚びるようにしな垂れかかり耳元で囁いていたあの姿。許せはしない。

 ――あんな婚約者など裏切ってしまえばいい。どうか私を選んでくださいませ。


(許せるわけがない!)


 思い出そうとしているわけでもないのに甦る記憶に怒りで頭に血が上り、ふと気が付けばすでに林に突入していた。後から音が付いてきていないことに気づき振り返る。


「どうした」


 娘はついてくるのをやめ林の前で立ち止まっていた。オーリもだ。頭の中であの日聞いた言葉が響く。オーリを見る度、怒りに腸が煮えくりかえりそうになるのだ。ふい、とこちらに向けられた視線に、カッと頭の中が爆ぜる。


「お前は向こうに立っていろ!」


 感情に任せ怒鳴りつければ、娘は肩を跳ねさせ後ろを振り向いた。驚かせてしまっただろうかと思うものの、無感動に頭を下げ体の向きを変えるオーリに苛立ちが募る。怒りを吐き出すように息を吐き娘に近寄れば、娘は俺とオーリを見ていた。突然のことに驚いたようにも見えるが、表情が変わっていないあたりどうなのかはわからない。どうしてこの娘はこう無表情なんだ。


「どうした。着いてこい」


 何故立ち止まったのかと言外に含めば、娘は自分の服を見下ろした。


「ああ、ドレスではまずいか」


 女性は難儀だな。公式の場などではズボンは許されないと聞く。今回は他領へ出ているわけだから、当然のごとくドレスだろう。

 担いでいくわけにもいかないしな、と考えていると、娘は失礼します、と静かに告げスカートを持ち上げた。


「なっ、にをしている!」


 突然露わになった白く細い足に戦慄けば、娘は笑顔を浮かべ首を傾げた。


「こうして進めば、ドレスは無事でしょう?」


 とんでもない娘だ。どう考えても、エーデリア様の娘とは思えない。


「さあ、参りましょう。領主様方のお話もいつ終わるかわかりませんし、急ぎませんと」


 笑顔のままそう言う娘を窺いながら従う。確かにその通りだ。だが、しかし……。

 ついに目が覚めたのは半月ほど前のことだと聞く。外にはでてもいなかったのだろう。窓からの陽も当たらなかったのか、露わになった足はいつかきいた雪と同じ色なのだろうなと思わせるほど白いもので、少し不安になる。今更だが、こんなに歩かせて大丈夫だろうか。よく見ればスカートを持つ手も真白い。細く、他の娘とは似ても似つかない華奢なものだった。美しいと思うよりも先に、大丈夫だろうかとさらに不安になる。

 急げばすぐにつくだろうが、急いで娘はついてこれるだろうか。体が弱くはないのだろうか。そう考えているうちに目的地ももうすぐそこになり、少しだけ開いてしまった距離を待つことで埋める。隣に来た娘が特別疲れた様子がないことを確認し、進んだ。


「ここだ」


 数歩で林を抜けると色鮮やかな花たちが出迎えた。心が洗われるような心地になりながら眺めていると、娘から感嘆の声が漏れる。

 そうだろう。そうだろうとも。これはギンザに余った種を貰い俺がここまで育て上げた、自慢の花たちだ。さすがにギンザのように先を見越して美しくすることはできないが、これだって十分美しい。


 見とれている様子の娘になんだか少し照れくさくなりながら手を引けば、突然で驚いたのかよたよたとついてくる。しまった、声をかければよかっただろうか。娘は花を踏まないよう気をつけてくれているようで、その心遣いに少しだけ胸が温かくなる。しかし俺は慣れているからともかく、慣れていないと難しいのではないだろうか。見た目からして体重などたかが知れている。花はわざと踏んで強くするくらいなのだから、そう気にしなくとも構わないのに。

 様子を見つつ中ほどまで進み立ち止まれば、対応しきれなかった娘がバランスを崩す。慌てて手を支えにさせれば娘もなんとか踏ん張り、体勢を立て直した。しかし、奇声の多い娘だ。


「これは俺が育てているんだ」


 しゃがみ、ついこの間蕾がついたばかりの花を撫でる。昨日はまだ咲いていなかったのに今はもう立派に花弁を広げていた。

 「そうなんですか」とそっけない反応に不満を感じ見上げれば、娘は笑っていた。挨拶したときのような笑顔ではなく、小さな笑みだったが、確かにエーデリア様のように優しく微笑んでいた。


 つい、顔を顰める。


「綺麗ですね」


 その柔らかな笑顔でそういった。不満なわけではない。むしろ嬉しいくらいだ。だが娘の笑顔が見れただけで喜ぶなんて子供っぽいまねはしたくなかった。

 そのまま見上げていると娘は笑顔を消し、小さく首を傾げる。残念には思うがこのまま沈黙を保つわけにもいくまい。


「エーデリア様に花を贈りたい。どれがいい?」


 もともとそうするつもりだったが、娘がいるのならそれを利用しない手はない。より喜んでもらえるならそうするべきだ。だが娘はまっすぐ俺を見て、首を傾げた。


「? エーデリア様の好みを聞いているんだ」


 分からなかったのかともう一度聞けば、さらに首を傾げる。こちらも思わず首を傾げれば、娘はやっと口を開いた。


「ごめんなさい、知りません」

「なんだって?」


 やっと口から出た答えに眉を寄せると、娘は困ったように肩を竦める。


「エーデリア様の好みを存じ上げないのです」

「娘だ、それぐらい知ってるだろ」


 それにさらに首を傾げ、そうか、と思いついた。もしやこの娘、俺がエーデリア様に恋慕の情でも抱いていると思っているのか。ませた娘だ。何も、男性から女性への贈り物が必ずしも気を引きたい故とは限らない。ファデル様とエーデリア様の仲はよく耳にするし、エーデリア様は恋慕などというような感情の及ばないところにいる。勘違いも甚だしい。


「隠していないで教えろ」


 失礼な娘に苛立ちながら詰めよれば本当に分からないのだと首を振られた。


「なんでそんなことも分からないんだ」


 「どうしたもんか」とぼやきながら項垂れれば、娘は申し訳なさそうに視線を下げる。


「何か一つでいい、エーデリア様の好きなものを知らないのか?」


 暫く経っても一向に口を開かない娘に問えば、また悩みだし、突然ぱっと顔を上げた。


「トリルがお好きだと聞いたわ」

「生き物を言われても困る」


 今すぐは調達できないし、貰っても困るだろう。俺の言葉に娘はまた視線を落とし落ち込んだ様子を見せ、それに溜息が洩れる。

読んでいただきありがとうございました。

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