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新たな旅路の祝福を  作者: 稀一
一章
23/54

07

「やはり、王都に知らせるべきね。原因がわからないからには、調査団を派遣してもらわないと。それにもしかしたらうち以外にもこういう被害が出ているかもしれないわ」


 考えるように沈黙していたエーデリア様がそういうと、それに反応したのはトアレ様だった。顔を青くすると、まさか、と、そんなことがあるわけないと言いたげな顔でつぶやいた。


「もし各地で同じようなことが起こっていれば、まるでキシオンでも起こるかのようではありませんか」


 恐々とした表情にキシオンってなに、とは聞けず、そういえばカンデラという言葉も知らない、と思ってしまう。場違いだ。自重しようと口を固く閉じる。


「縁起でもないことを言わないで頂戴」


 厳しい表情をしたエーデリア様に言われると、トアレ様は申し訳ありません、と視線を下げた。ファデル様も考えこむように視線を逸らしており、場に沈黙が降りる。この空気が耐えがたく、居心地が悪い思いをしながら隠れるように小さくなってお茶を飲んだ。するとエーデリア様もお茶を飲み、息を吐く。


「何にせよ、今すぐ王都に使いをやりましょう。一刻も早く知らせなければ」


 立ち上がるとそう言って、それに「あっ」と思わず声を上げた。その場の視線が私に集まって、少し怖い。本当に場違いでごめんなさい。


「あの、王都なら先生が今行っているので、連絡しようと思えばできると思います。先生の契約した妖精がいるんです。急いでいるのなら、こちらの方が早い、かと」


 視線を迷わせながら言えば、ファデル様が小さく顔を顰め、トアレ様が「先生?」と首を傾げるもエーデリア様は席について私に向き直った。


「それなら、お願いしたいわ」


 私を安心させようとしているのかにっこりと優しく笑いながら言われ、それにはいと頷いた。今は私を落ち着かせている場合ではないだろうに。なんだか申し訳なかった。情けない。

 ロキシーさんを呼べば大丈夫、来てくれる、ってことだったけど、この場に来てくれるのか、それとも単に連絡が取れるだけなのかは分からないので、この場に来てくれる時のことを考えて椅子から降り、少しテーブルから離れる。私の挙動を四対の眼が追って、緊張せざるを得なかったけど。


「ロキシーさん!」


 どこへ声をかければいいのかもわからなかったので前を向いたまま大きめの声で呼べば、現れた光が弾けるように瞬たき、次の瞬間にはそこにロキシーさんが立っていた。どよめく場に思わず振り向けば、見たことのあるはずのリリシアまで驚いてロキシーさんを見ていた。エーデリア様は驚いたというより、興味津々といった風だけど。あれ、リリシアはロキシーさんを見てるはず、だよね。


 気を取り直してロキシーさんを見れば、なあに? といように可愛らしく首を傾げていて、「突然呼び出してごめんなさい」といえばふるふると横に首を振った。どことなく嬉しそうな表情なのが不思議だ。迷惑じゃなかっただろうか。緊急ではあるんだけど。


「お願いがあります。先生と今すぐ連絡が取りたいのです。出来ますか?」


 ロキシーさんはきょとんと眼を丸くすると、合点だ、と先生にやっていたようにサムズアップ。なんだか男らしい仕草が可愛らしい見た目と異様にマッチしていて、つい笑いそうになる。

 ロキシーさんは突き出していた手を人差し指だけ立てた状態にすると、ひゅんひゅんと軽く振った。ロキシーさんが魔術を使う時はいつも指を回しているから、これが魔法陣や呪文の代わりになっているのかもしれない。でも、そしたらどの魔術を使う、っていうのはどうやって指定しているんだろう。

 今は関係のない疑問がふと浮かんで、あとで先生に聞こう、と思考を切る。さっきから先生に聞きたいことが増えてばかりだ。


 キンッ、とグラス同士がぶつかる様な細い音がすると同時に、私の目の前に姿見くらい大きな氷の板が現れた。ロキシーさんがさらに指を振ると、そこに何かが映る。ぼんやりとしていたそれがはっきりすると、驚いたような顔でこちらを見ている先生と目が合った。


「先生!」


 黒い眼が見開かれて、勢いよく振り向いたのか揃えられていない跳ねた黒髪が揺れている。首まで隠れるローブは相変わらずで、今朝別れたばかりだというのになんだかその姿を見てほっとしてしまった。

 ひょっこりと、私の横から顔を覗かせたロキシーさんに、先生は目を丸くすると納得したように頷き、苦笑して息をついた。


「突然ごめんなさい。用事のお邪魔にはなっていませんか?」


 なんだか書類の積まれた部屋にいるのを見て思わず聞けば、先生は大丈夫です、と後手で何かを殴りながら言った。悲鳴が聞こえたような気がするんだけど、いまのは気のせいだろうか。


『どうしました? なにか緊急でお話でも?』


 微笑んで首を傾げられ、「実は、」と話そうとして、私に事態が説明できるかどうか悩み、口を噤む。「お嬢様?」と不思議そうな顔をした先生に、「エーデリア様に変わりますね」と横にずれ、振り向いた。突然名前が出たからか一瞬目を丸くするも、エーデリア様はすぐに表情を引き締めると氷の前に立つ。

 ファデル様はなんだか不機嫌だった。浮気でもすると思ってるんだろうか。先生若いし優しいし、鋭い目をしていない時はかっこいい顔してるし、心配してしまう気持ちもわからないでもないけど、あんな風に見てるだけでこっちが恥ずかしくなるような夫婦をしているくせに心配症なんじゃないかな。絶対ない。安心していいと思う。


「本来の業務とはかけ離れたことになりますが、お願いしたいことがあります」


 エーデリア様の表情につられてか先生も表情を引き締め、「なんでしょう」と氷に体ごと向き直った。後ろからちらちらとピンクがかった金髪が覗いていて、やっぱり用事の途中だったんじゃ、と申し訳なくなる。先生は優しいから、きっと用事の途中でも大丈夫ということだろう。


「王都にはつきましたか?」

『ええ、もう昼前には王都に着き、今は知り合いのところに来ています』

『友達って言えねーのかよ。つーか相手じょっおっ』


 真剣な表情のまま先生が頷き言葉を返すと、後ろの金髪の人だろうか、随分とダルそうにゆったりとした人の声が聞こえて、先生の手がまた後ろに向かったかと思うと沈黙した。先生、野蛮です。さっきのも気のせいじゃなかったんですね。


「無事についたようでなによりです。実は、突然で申し訳ないのですが、王城に向かってほしいのです」


 先生はぴくりと片眉を上げると、「それはまた」と視線を逸らす。後ろでまた金髪が蠢くのを察知したのかそのままの体勢で本を投げ、見事的中させていた。先生の謎技術はどこで手に入れたんだろう。


「近頃、シルラグル領の周辺で、というより、この領を目指しているのでしょう。魔物が急増しています。数も増え、強力になっていっています。今まではなかったことです。この異常を、どうか国王陛下へお伝えください」


 先生は少し考えるように顎に手を当てると、すっと視線をこちらへ向ける。エーデリア様は随分厳しい表情で、それだけ緊急のことなのだとわかる、けど、国王に知らせるのか、と少し驚いてしまった。そういう、地域の相談部署みたいなものはないの。


『それだけでは、王城へは入れませんよ。難しいと思います』

『お前その口で』


 眉を寄せて言う先生に金髪がまた口を挟み、黙らされる。彼は一体なんなんだろう。というか何者なんだろう。あんなに攻撃されてるのに元気すぎやしないか。あ、そっか、先生が手加減してるのか。


「カンデラの森級といえば、良いですか。それも、これまでの間で随分と強いものが増えてきています。数も今までは二、三匹だったのが、今では二十になります。これは明らかに異常です。すぐに国中の領に調査団を派遣すべきだと、思いますが? 被害は、もしかしたらうちの領だけではないかもしれない」


 エーデリア様が睨みつけるように先生を見て、先生は目を細め、「わかりました」と頷いた。と思うと後ろを振り向き、金髪の彼を持ち上げた。


『聞きましたね? 異常事態です。本当にどうにかなるんでしょうね』

『お前ね、ほんと人使い粗いな。つーかまあ、エーデリア様がいれば何とかなんてなると思いますけど?』


 先生が氷の前に突き出した彼は面倒そうに頭を掻くとそう言い、一つ溜息をつくと途端に表情を引き締めた。顔だけでなく雰囲気まで一瞬で様変わりし、何が起こったのかと瞬きを繰り返す。さっきの余計な力をすべて抜きました、というようにゆるく立っていた人はどこへいったんだろう。でも今の彼には似合わず先生に襟首を掴まれたままだった。格好悪い……。

 彼が出てきた途端エーデリア様の表情が険しいものになり、大人しくふらふらしていたロキシーさんまで顔を顰める。びっくりして一歩下がってしまった。二人共、顔、今怖いことになってるんですけど。


『事態は把握しました。すぐにでも動きましょう。しかし、その前にひとつ、ある可能性を提示させて頂きたい』


 彼は目を細めこちらを見ると、今までのようなだるそうな声ではなく、はきはきとした声で「ひとつ」と言いながら指を一本立てた。どこかで見たことのある仕草に首を傾げそうになって、気のせいだろうと思考を切り替える。エーデリア様は胡乱気に彼を見て、腕を組んだ。


「なにかしら? リーレン・ブラヴァウト魔術師長補佐様」


 様、とつけながらなんでかエーデリア様のほうが偉そうに見えるのは気のせいなんだろうか。こんな場合じゃないだろうに、なんだかエーデリア様は見下すような視線を向けていた。

 ガタリ、と後ろから音がして驚いてみれば、ファデル様が両手をテーブルに付き、目を真ん丸くして腰を浮かせていた。トアレ様もぽかんと口を開けている。エーデリア様の発言に反応したのはお二人だけじゃなくて、リリシアまでもが目を白黒させていた。一体どういうことなのか理解できていないのは、またも私だけのようだ。ロキシーさんは分かっていると思うけどそれよりも只管氷の向こうの彼に眼垂れている。


『いえね、先ほど彼から話は伺いました。お嬢様の件、五歳の誕生日を無事に迎えられたこと、お祝い申し上げます。そちらにいらっしゃるのがそうでしょうか』


 ふい、と向けられた視線に驚くと、「何を言うつもりだ」と言いながら後ろの先生が彼の襟を掴んだ。後に引かれているみたいで、首に食い込んでいる。せ、先生それはさすがにまずいと思います。「白々しい」と目を細めたエーデリア様に彼は笑うと、人差し指を振った。


『何、簡単なことです。お嬢様の魔力量はまだ調べられていないそうで。事情もお聞きしました。いろいろと案は出ていますし、これらでほぼ確実に魔力を掴めるとは思います。が、それよりも、うちの方で新しく出来たものがありましてね、これならまだつかめていなくても、魔力量自体は測ることができると思うんですよ』


 手に持った紙を見せつけるようにひらりと振りながら言い、「まずは測ってみましょう」と笑顔。なんだか胡散臭いような気がする笑顔にまた一歩下がれば、彼が杖を振った。すると後ろに立っていた先生の足元で魔法陣が光り、突然のことにぎょっとしている様子が見える。私も慌てて思わず氷に張り付けば、先生は向こうから消えてしまった。

 ぽかん、と固まっていると、すぐ後ろで短い悲鳴が聞こえた。どしゃ、と何かが落ちるような音も。振り向けば、宙に浮いた魔法陣の下に先生が落ちていた。


「せっ、先生!」


 慌てて駆け寄り「大丈夫ですか」と支えようとすれば、ロキシーさんに足を踏まれたときみたいな目で氷の向こうを睨みつけながら「大丈夫です」、と優しく私を制した。それはそうだ、私じゃ支えられるわけがなかった。ちょっと情けない思いをしながら立ち上がった先生を窺えば、「本当に大丈夫ですよ」と頭を撫でられる。


 う、れしくなんてないよ別に。こんな事態になってるのに不謹慎に喜んだりなんてしてないですよほんと。

 歪みそうになる口元に力を入れれば、先生が膝を折って目線を同じにしてくれる。なんだか恥ずかしくて視線をそらせば、「ありがとうございます」と言われてしまった。なにもしてませんよ私は!


『おーい、なごやかな雰囲気作ってる場合じゃないだろうが。さっさとそれ使ってくれえ』


 氷の向こうからまたダルそうになった声が聞こえてそちらに視線を向ければ、先生も見る。ただし先生は険しい表情で。


「お前、使い方も知らせないで何言ってんだ。しまいにゃ破るぞ」


 不快だ、というように顰めた顔と低い声で言うとポケットからさっきのものと同じらしい紙を出す先生に、「困るのはお前だ」と面倒そうに首を傾け彼は言う。名前、なんだっけ。


『その紙に掌乗っけて、測定開始って言ってみろ。あ、まずはお前がな』


 先生は訝しげな表情をしつつも言われたとおり紙に掌を当て、小さく「測定開始」と呟いた。すると、紙が前に見た先生の魔力と同じ黄色になり、そこに何かが浮かび上がったのである。正面にいたところから、横に移動して紙を覗き込んだ。気がつけば反対側からロキシーさんも覗いている。ところでロキシーさん、さっき先生が落ちてきても氷の向こう睨んだままでしたね。先生の心配は?


「八千、七百九十二?」


 たしかに、その数字が書いてあった。


『相変わらずとんでもねーな。俺がやった時は四千五百六十一だった』


 だからこれはなんなんだ、というように先生がまた睨みつけると、彼はおどけたように肩をすくませる。


『魔力値だ。魔石なんかに頼らなくても、確かな細かい数字が分かる測定紙だよ。うちの魔術師長が神経質でな、自分の魔力量を正確に知りたくて、十五年かけて作った。ついでにそいつの魔力の色もつくからいいだろ、それ。まあ、まだ試作段階だけどな』


 思わず目を丸くしてしまった。その場にいた全員が紙を見つめて、沈黙。全員の心の声が手に取るようにわかった。私でも思ってしまう。言っていいだろうか。


「魔石、要らないですね」


どころか、魔力色までわかるというなら魔石よりよっぽど優秀なだ。


『ははっ、お嬢様わかってるじゃないですか。俺もそう思いました。ま、まだ表には出てない品ですからね。遅ればせながらお嬢様の誕生日プレゼントってことで、どうぞ』


 にや、と口の端を片方だけ器用に釣りあげながら言われ、まじまじと紙と彼を交互に見る。エーデリア様がちょっと貸して頂戴というので、先生の手から渡った。


「……あら、あら」


 普段の穏やかなエーデリア様に戻った様子で先ほど先生がやったのと同じことをすると、こちらも先ほどのエーデリア様の魔力色に染まった。数字は見えないけど、感心したように頷き驚いていないところを見ると、予想したあたりのものだったんだろうか。

 じっと見つめていると「気になる?」と優しく微笑まれた。さっきのエーデリア様を見てしまうとなんだかこの微笑みが嘘のように見える。どっちが素なんだろう。どっちも素なのかな。つい首を横に振ると、「そう?」と微笑んで紙をリリシアに渡した。

読んでくださりありがとうございます。


↓用語説明

◇カンデラの森

強い魔物がうようよしている森。


◇キシオン

おとぎ話に出てくる架空の存在(であるとされている。真実は謎)。絵本に描かれ、ものによってそれが何かは違う。魔物の大軍であったり、魔王のような存在であったり、天災であったり。その話の結末は酷く悲惨なものであり、どうあっても抗うことのできない超常的なものを表している。


◇魔術師長補佐

王都の王宮の宮廷魔術師の魔術師長の補佐。副魔術師長、魔術師副長ともいう。正式名称は宮廷魔術師魔術師長補佐副魔術師長。王都で役人になった人の中で魔術が二番目に凄い(魔力量が多いだけではだめで技術やセンス、新たな発想などが求められる。が、基本的に技術)。国王に謁見も当然のようにできる。


◇魔力値測定紙(試作品)

宮廷魔術師長が自身の魔力量の正確な値を知りたくなり約15年かけて作った。魔石要らずの涙目品。

掌を紙に乗せテスルと唱えると、その人物の魔力の色に紙が染まり、魔力量の正確な値が浮き出る。

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