表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新たな旅路の祝福を  作者: 稀一
一章
21/54

05

 驚いて辺りを見回すとすれ違った人も、こちらに歩いてきていた人もすべての人が建物の中へと入っていく。民家だろうとお店だろうと構わず一番近くの建物へ。

 何が起こったのかと困惑していると、リリシアにぎゅっと強く抱きしめられた。驚いて見上げれば、リリシアは真剣な表情でファデル様を見ている。一瞬で重苦しい空気になり、ついていけず戸惑うことしかできない。


「行ってください」


 リリシアに言われ、ファデル様は顔を強張らせると眉を寄せた。今どういう事態になっているんだ。


「っ、行ってくる」


 苦々しげに吐き出された言葉とともに駆けだしたファデル様を見送りながら、何が何だかわからないまままたリリシアを見た。と、すぐ傍の家の窓が勢いよく開き、おばちゃんが顔を出す。


「あんたたち何やってんだい! 早く入りな!」


 すぐにドアが開けられ急かされるままリリシアとともに入れば、おばちゃんはドアを閉め、太い丈夫そうな木の棒を二つ宛がった。窓も同じように。


「まったくぼーっとして、早く避難しないと危ないだろう」


 呆れたように言うとおばちゃんはコップを五つ用意し、そこにお茶を注いだ。よく見ればこの家には私たちだけでなく、どうしてか隅の方で隠れるように小さい女の子と、その子を守るように寄り添う男の子がいた。おばちゃんの子供だろうか。


「あんたたちも飲みな」


 おばちゃんはコップを二人に渡すと、私たちにも渡してくれた。お礼を言ってコップを受け取れば、にっこりと笑う。いい人みたいだ。

 一口飲んでみれば、ほっとする香りがした。鼻腔をくすぐる落ち着く香りに息を吐くと、なんだか少し混乱も収まったような気がする。誤魔化されただけともいうかもしれない。


「リリシア。リリシアも頂きましょう、落ち着くよ」


 ドアの近くで立ったままのリリシアを引っ張れば、少し困ったような様子で付いてきた。


「すみません。ありがとうございます」


 おばちゃんに頭を下げるとゆっくりお茶を飲んで、ほっと息をついたリリシアに「こちらへ」と手を引かれ、傍に行きながら思わず見上げる。離れるなってことだろうか。


「一体何が起きたの?」


 先ほどの鐘の音を思い出し聞けば、リリシアは困ったような表情になった。聞いちゃいけないことなのかな。リリシアが口を開くと、それより先におばちゃんの声がかけられた。


「なんだいあんた、知らないのか」


 呆れたような声で、おばちゃんも困った顔をしていた。子供二人は不思議そうに私たちを見ている。これも常識、だったのか。しまった、と顔を顰めそうになる。またやってしまった。名前以来あまりこういう失敗はしていなかったんだけど。


「あれは街の人間に魔物が近づいて来たぞ! って知らせる鐘だよ。だからあれが聞こえたらすぐに近くの建物に逃げ込むのさ。それこそ他人の家だろうとなんだろうとね」


 それであんたら突っ立ってたんだね、と言われ、リリシアは知っていただろうに、と見上げれば、困ったように笑って私を見た。でもそれなら、ファデル様は。


「あ」


 そうか、ファデル様は騎士だから、街を守りに行ったんだ。命を懸けに行ったんだ。さっきの重苦しい空気はそういうことだったのか。

 親が命を懸けに行った。だから今もこちらを気遣うような様子のリリシアに納得するけど、不思議と不安感はなかった。どうしてだろう。私はそんなに薄情な人間だったのだろうか。たぶん違う。私は魔物を見たこともないし、たぶん、まだ理解していないだけだ。実感がわいていない。だって命を懸けるなんて、あまりにも遠いことの話のようで。


 私は自分の命が終わったことも、覚えていないのに。


「そんな暗い顔すんじゃないよ! 安心しな! あたしたちにゃ天下のファデル様がついてんだ!」


 突然明るい声で言われ、出てきた名前にも驚いておばちゃんを見ると、なんだあの方も知らないのかい、と心底呆れた顔をされた。それに首を横に振る。

 知ってはいるけど、天下のって? さっきもすごいのだろうなとは思ったけど、団長だし。それでもそんなに、ファデル様がいるだけで命の危機を感じないぐらい凄い人なんだろうか。

 あまりにも自分の親のことを知らなさすぎる。誤魔化すように目を逸らした。


「なんだ、知ってんならわかるだろ。あの方が付いてればあたしたちゃ安心さ。すべて押し付けるようで申し訳ないけど、それでもあたしたちにゃなんにもできないからね。大人しく守ってもらうことしかできやしないよ」


 目を伏せて顔を逸らし、お酒でも飲むみたいにぐっとお茶を煽るとおばちゃんは私を見た。


「ところであんたら、なんで鐘のことも知らなかったんだい。街の人じゃないのかい?」


 その不思議そうな顔にリリシアを見れば、「どうしましょう」と漏らした。でも私も不思議だ。高さはあるとはいえそう離れていないのだから、邸にも鐘の音が聞こえていいはずなのに。


「実はその、シア様は領主様のお子でして」


 なんと言ったものか、というように良い淀むリリシアに首を傾げる。そんなに言いにくい内容なのだろうか。領主の娘というのは領民には知られてはいけないの? ターウのおじさんに知られたのはなんとも思っていない様子だったのに。何かが違うんだろうか。

 リリシアの言葉におばちゃんは目を見開くと、あれまあ、と驚いたような顔で私を見た。


「つーことは、なんだいあんた、ファデル様の娘かい。はあー」


 感心したように呟くと目を丸くして見つめられ、居心地が悪く身動ぎする。おばちゃんは数回瞬きすると、「五歳か」と呟いた。それに首を傾げると、にかっと太陽のように笑う。なんだか表情がコロコロ変わる人だ。


「うちの娘も五歳なんだよ。アンナ、おいで」


 言うとおばちゃんは子供たちの方を向くと徐に名を呼んだ。小さくなって守られていた女の子がちらりとこちらを見て、怯えたような顔をする。私が怖がられているのか、それとも知らない人が怖いのか。


「トフィー、連れてきてやってくれ」


 おばちゃんは呆れたように片眉を上げると今度は恐らく男の子の名前を呼んで、彼はそれに顔を上げると小さく溜息をついた。女の子の肩が震える。彼はそんな彼女の背を優しく撫でると先に立ち上がり、慌てたように見上げる彼女の手を取った。


「行くよ、アンナ」


 小さな優しい声で彼女を呼ぶと、頷きが返される。私たちはその二人のやりとりを見守っていて、なんだか変な気持ちだった。私が向こうへ行って挨拶するのでは行けなかったのかな。

 二人はゆっくりとこちらに向かってきて、その様子を見ていて気がついた。女の子の方は足を怪我しているようで、引きずって歩いている。包帯の巻かれた足が見えて、なるほど、それで一人で来れなかったのかと内心頷いた。でもそれなら尚更私が向かった方がよかったのに。


 目の前まで来てくれたけど俯いたままの彼女。彼は困ったような顔をして私と彼女を見ていた。さてどうしようか、と私も困ってしまう。おばちゃんの言い方からすると、話してみろってことなんだろうけど。

 俯いて小さく肩を震わせる彼女を見る限り、突然会話を弾ませる、なんてことはできなさそうだ。私だってどうすればいいのかわからない。こんな風にお膳立てされて誰かと話すなんて初めてのような気がした。あれ、先生は含まれるのかな。どうなんだろう。


「はじめまして、私はシア。あなたの名前は?」


 話しかけると、びくりと肩を跳ねさせて私を見た。どうしてそんなにも怯えているのか、こっちの居心地が悪くなるほどの目。表情も、態度もだ。腰の引けた様子で彼にしがみついているせいか私より身長は高そうなのに顔に向ける目線が低くなる。


「……アンナ」


 今にも彼の背中に隠れてしまいそうな様子で小さく告げられた名前にほっとする。これで何も返されず逃げられてしまったらどうしようかと思った。梨夏含め、こういう子と会話をするのは初めてのことだった。「あなたは?」と彼にも視線を向ければ、何だか面倒くさそうな動作で目を向けられる。


「……トフィー」


 答え方は似ていたが、どうやら正反対の兄妹のようだった。面倒そうに視線を逸らしながら吐息混じりに帰ってきた名前に目を丸くしそうになる。溜息のついでに教えてもらえたみたいな感じだ。アンナの傍を離れないし、さっきも様子を見ていたところから優しいお兄さんなんだろうとは思うけど。


「二人とも、どうぞよろしく」


 スカートをつまみお嬢様お辞儀。トフィーは片眉を上げただけで興味が失せたようにすぐにまた視線を逸らした。アンナは面食らったようにぽかんと私を見つめ、ゆっくりと首を傾げる。それにできる限り穏やかに笑おうとすれば、なぜか隣のリリシアがたじろいだ。なぜ。


「ちょっとちょっと」


 おばちゃんに声をかけられ見れば、苦笑。呆れが少し混じっているような笑顔にまた何かしくじっただろうかと身を固くしてしまう。


「あたしらみたいなのにそんな行儀いい挨拶しなくていいよ。恐縮しちまう」


 一切恐縮なんてしていない様子で言われても微妙なものがあるが、アンナの様子を見るともしかしたらそうなのかもしれない。ならどうすればいいんだろうかとリリシアを見上げれば、困ったような顔をした。さっきからリリシアを困らせてばかりのような気がする。なんだか申し訳ない。私が至らないばかりに。


「ごめんなさい、邸から出たのは初めてで、今まで年上の方としか話したことがなかったものだから、どうすればいいのかわからなくて」


 困惑したまま言えば、おばちゃんは目を丸くした。「なんだって」、と思わずというように漏れた言葉を聞くに、相当驚いたようだ。


「五年も、外に出たことがなかったのかい」


 あ、そうか、しまった、五年の間の私はもしかしたら出たことがあったのかもしれない。ちらりとリリシアを伺えば、不審な目は向けられていない。大丈夫だったようだ。やっぱりこれから先普通に過ごしていこうとするなら、五年間のことは知らないといけない。何をして、何をしなかったのか。

 どう聞くのが自然だろうかと頭の隅で考えながら、おずおずと前に出てきたアンナを見る。アンナは変わらず怯えた様子で腰が引けているが、ちゃんと私の顔を見ていた。


「よろ……しく、ね」


 最初は私の目を見ていたかと思うと逸らして言われ、なんだか不思議な気持ちになる。嫌ではない。嫌とかじゃなくて、なんだろうこれ。根気強く相手を待てそうなこの気持ち。


「うん、よろしく」


 トフィーは無言で立ったまま、そんな私たちを見ていた。





「何だい、じゃああんたら、今日はファデル様と出てきたのか」


 目を丸くしたおばちゃんに言われ、リリシアはそれに頷いた。

 アンナはまだ怯えた様子だったがなんとか私にも慣れたようで、トフィーとともに向かいに座っている。おばちゃんの隣だ。リリシアは私の隣でおばちゃんと向きあっている。


 トフィーが暇だろうからと部屋から持ってきてくれたゲームを、ルールを聞きながら進めつつなんだかなと内心苦笑。騎士団が街の外で魔物と戦っているというのに、私たちはゆったりとお茶を飲み雑談を交わしているのだから、なんとまあのんきなことかと思わないでもないけど、今私たちにできることは何もないし慌てていたって仕方がない。何より、おばちゃんのファデル様への信頼が伝染ったような気分で実のところ気分は落ち着いていた。


「折角のお父さんとの休日だってのに残念だったね」


 リリシアに向けていた視線をこちらに向けて言われ、一瞬戸惑う。急に話を振られるとは思わなかった。


「いいえ、ファデル様がお忙しいのは知っています」


 「街を守る騎士団の団長様ですから」といえば、おばちゃんは不可解そうな顔をする。返答を間違っただろうかと頭の中で繰り返してみるも、おかしな所はない、はずだ。


「あんたもへんな子だね。親のこと名前で呼んでんのかい」


 ああ、そうか、そこか。確かに変だよなあ、と思いながら、なんとなくまだお父さんお母さんとは呼びづらいと顔を顰めそうになる。呼びたくない、わけではないのだ。ただここまで名前に様付けで呼んできたし、何よりあの二人の顔にお父さんお母さんは似合わな過ぎる気がした。かといってパパママでは私が恥ずかしい。

 なんと返したものか、と答えようのない言葉に困っていると、また鐘がなった。まさかまた魔物が来たのかと思えば、おばちゃんはそれを聞いて息をつき、窓とドアのつっかえ棒を外しに掛かる。もしかして今の鐘の音は騎士団の帰還でも知らせているんだろうか。ということは、魔物に勝ったのか。


「リリシア」


 見れば、リリシアもほっとしたように息をついていた。安心させるようとしているのか笑うと私の手を取り、「迎えに参りましょう」という。やっぱりリリシアは、私がファデル様を案じていると思っている。間違いでは、ない。それはそうだ。人が魔物と命を懸けて戦っていたのだから。でもリリシアが思っているのとは多分、違う。

 やっぱりこれではいけないのだ。いつかは受け入れなければならないのだろう。今だって何も、お二方が両親なことが嫌なわけじゃなかった。認めていないわけでもない。お二人は確かに私の両親に他ならない。だけど。


「訓練所まで迎えにいってやりなよ。娘がお疲れ様なんて言ってくれりゃ、ファデル様だって喜ぶさ!」


 カラッと明るい笑顔で背中を叩かれ、リリシアを見れば「行きましょう」と笑う。アンナとトフィーに別れを告げれば、アンナは微かに笑い、トフィーはひらひらと手を振った。


「ありがとうございました」


 最後におばちゃんにお礼を言えば、「いつでも来な」とまた太陽みたいな笑顔で言われた。領主の娘というのはそう簡単に外に出てていいものなんだろうか。今度聞いてみよう。

 おばちゃんのもとを出て元の道へ出る。そこから来た道を引き返して、ターウの屋台のところまで戻ってきた。確かこのまま右へ進めば騎士団の訓練所だ。


「きっと驚かれますよ」


 悪戯に笑んでいうリリシアに「そうね」と返しながら、おばちゃんといいリリシアといい、街のだれもが騎士団の無事を疑っていないようで眉を寄せそうになる。鐘がなった後はまた街に人が溢れて、さっきまでの静けさなんて幻だったかのような喧騒。笑顔ばかりが見えた。


 この不安は、私が騎士団の強さを知らないからか。だってまだ姿を見ていないのに、どうして無事だなんて思えるんだろう。もし魔物が強かったら? 油断していたら? 先生にはこのあたりに強い魔物はいないと教わったけど、万が一ということだってある。ファデル様自身が言っていた。命懸けの仕事なんだと。

 こんな私だって、親の心配くらいはする。


「お嬢様?」


 俯き加減で歩いているとリリシアに呼ばれ、見上げる。不思議そうに私を見たかと思うと、「大丈夫ですよ」と微笑んだ。

 そうか、みんなはファデル様を知ってるから安心できるんだ。私は知らないから、不安に感じるんだ。


 なんだか少し呆然としてしまって、会話も少ないまま今日まで来てしまったことを後悔する。私がまともに会話した相手なんて、リリシアとノイマン先生しかいない。食事のときのエーデリア様たちとの会話なんて会話に含まれない挨拶程度のものだ。知らなければ好くことだってできない。当然のことだ。

 帰ったらお二方とお話をしよう。いっぱい。五年の間はどうだったのか知らないけど、少なくとも、私は全然お話をしていないから。

読んでくださりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ