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新たな旅路の祝福を  作者: 稀一
一章
17/54

二 魔力と魔術

 あれから三日。相変わらず自分の中の魔力は見つからない。


 もしこのまま使えなかったらどうしよう。ずっと魔力がわからないままで、魔術とか言ってる場合じゃないなんてことになったら。先生は厭きれてしまうだろうか。それは嫌だ。見放されてしまったら、それはとても嫌だ。

 瞑想してみたりとか試しに呪文魔法を唱えてみたりと色々やってみてはいるのだけど、どうしても見つからないままだった。アストラはまだ使い方がわからないだけだといってたけど、いつになったらその使い方がわかるようになるのかもわからなくてどんどん不安になってきた。あるならそのうち使えるようになる、なんて楽観視できる時間を過ぎてしまったのだ。


 先生はこういうことに詳しいらしい知人に会いにいってくる、と今朝旅立って行った。長くても三、四日で戻ると言ってはいたけど、まだ全然うちにいなかったのに、と少しだけさびしい気持ちになる。でも先生と話したいときはロキシーさんを呼べば大丈夫だと言われているからそこまででもない。ロキシーさんと友達になったから、私が呼んだら来てくれるんだって。すごい。やっぱりロキシーさんは妖精でも先生の説明で聞いたようなタイプには思えなかった。あ、もちろん話したいときなんて理由じゃなくて、魔力が掴めたらその時も要連絡。つまりまだ見放されてはいない。


 さて、そんなわけで、今日からしばらく自由時間です!

 と、いうのは冗談です!


「シア、その、なんだ、元気?」

「はい、元気ですよ」


 ファデル様との交流が始まりました! 気まずい!


 いえその、剣術を教えてくれるのはありがたいんですが、そのどう接していいか分からない感ばりばりなのをどうにかしていただきたい。エーデリア様はあんなにも自然なのに、何故そうなってしまうのか。おかげで私も戸惑うばかりだ。やっぱり一緒にいる時間がエーデリア様よりも短いからだろうか。外の仕事だとどうしようもないことだけど、その前にファデル様自身の性格によるものでもあるような気がする。


「それじゃあ……うーん」


 悩み始めてしまった。苦笑を浮かべたい気持ちになりながら辛抱強く待ち、待ち、待ち。さっきの元気? の一言が出てくるまでですでに三十分は経過していそうなのでもう何も気にしない。扱いのわからない娘と二人きりにされた父親ってこんな感じなんだな、と前の世界では味わえなかった新鮮な気持ちと暖かい気持ちで待つことにします。普段娘との時間が取れない分、頑張って! と当事者であるくせに応援したい気持ちになる。

 実はあの日「明後日から」と言っていたのが延期になったのにはわけがあるらしい。そのわけ自体は聞かせてもらえなかったけど、まあ仕事の関係だろう。


 一人ああでもないこうでもないと悩んでいる様子のファデル様から視線を外し、先生とリリシアに聞いた話を思い出す。確かシルラグル領の自警組織でもあるコルト騎士団――王都から要請がかかればそちらを優先する国の組織であり騎士団という名の軍部の一部――というところの団長をしているらしい。つまり隊長さん。偉い人だ。リリシアが言うには、このシルラグル領の周りの領が国に逆らおうとしていたので、ファデル様の旧姓であるパストルク家から、当時すでに騎士団長をしていて、簡単に言えば国の人間だったファデル様を婿にという政略結婚だったらしい。その結婚に国としてどういう利益があったのかは私にはよくわからないけど、シルラグルの名を繋ぐためにファデル様は婿養子。結果どういうわけなのかさっぱりわからないけど周りは大人しくなって、エーデリア様とファデル様はラブラブ夫婦、というわけらしい。


 やっぱりわからないのだけど、なんで国の人をちょっと血の気の多い人たちに囲まれてしまった関係ない家に婿に出しただけで騒ぎが収まるのか。ファデル様があたりを牽制して歩いたというならわかるけど、そもそもそれだけをすればいいなら結婚する必要もないわけだから、そうでもないようだし。

 政治はわからないな、と考えることを投げ、まだ悩み続けているファデル様を見た。私がいることを忘れてないだろうかと心配になるくらい真剣に考え込んでいる。もしかしてこれからする特訓の計画でも立てているんだろうか。


 空を見上げる。中庭は今日も心地のいい風が吹き、オレンジの屋根は綺麗で、空も晴れ晴れと澄み渡っていた。雲ひとつない晴天です。おかげで少しだけ日差しがきつめ。気がつけば庭が勉強場所になりつつあります。私は嬉しいけど。でも色んな勉強を見てもらうっていう体で雇われている先生はもしかしたら肩身が狭いかもしれない。いや、ちゃんとこの三日間他の授業もしましたよ。やっぱり庭で。

 あれ、そういえば雨が降ってるの見たことないや。降らないってことはないと思うんだけど。今度先生かアストラに聞いてみようかな。考えてなかったけど、世界が違うということは季節の区切りも違うかもしれない。そもそもない季節とかもあったりしたら少し寂しいものがあるけど、どうなんだろう。季節はあっても梅雨とか、そういうものはなかったりするかもしれない。


 また視線をファデル様へ向ける。反応はない。騎士団の仕事であまり時間が取れないと言ってたから、今日は貴重な休みなんだろうにこんなことをさせて申し訳なく思う。本当に。疲れてるだろうからゆっくり休んでもらいたいところだけど、剣術に関しては自分が教えたいとファデル様は張り切っていたらしい。心配だとこっそり訴えたらなにも気にせず授業を受けてあげてとエーデリア様にお願いされてしまった。


 そういえばアストラのいる世界へは寝ていれば必ず行くわけではないらしい。この三日のうち、一回だけ行かなかった日があった。どういうことだろうとちょっと考えてみたら、どうやら行きたいとちょっとでも思うと行くらしい。便利な条件だ。でも初めて行った日はどうしてだったんだろう。知らない場所に行きたいなんて思えるはずもないのに。


「よし、」


 なにやら考えがまとまったらしいファデル様に、気付けば外れていた視線を戻すとかっこいい笑顔を向けられてしまった。うっハンサム。この顔がお父さんとは、きっと前の世界なら自慢になってしまうレベルだろう。


「シア。シアはどうして剣術に興味をもったんだい?」


 優しい声で聞かれた言葉に、一瞬きょとんとしてしまう。突然なんの話だろうと思ってしまった。てっきりすぐに実技というか、剣術の訓練が始まるのだとばかり思っていたから。なるほど、まずはコミュニケーションというわけね! それにしても動機からだなんて面接のようだ!……もしかしなくとも訓練前の面接なんだろうか。


「邸を散策していたんです」


 少し考えてから口を開くと、なんの話をしだしたのかわからなかったのだろう、笑顔を浮かべたままのファデル様が不可解そうに首を傾げる。それを見て小さく笑いながら続けた。

 あの日、初めて遠目でだけれどみた光景を思い出す。


「そうしたら前庭について、柵の向こうを見たんです」


 中庭から前庭へと続く渡り廊下の下、石畳で整えられた通路を振り向く。あそこを通れば、またあの光景が見られる。


「とても広かった。とっても。とーっても。街の周囲に広がる自然が、空が。全部広かったんです」


 振り向く。ファデル様はまだ要領を得ないようで不思議そうな顔をして私を見ていた。


 ほんとうはね、たぶん剣術じゃなくてもよかったの。きっとね。だって私は体を動かせることに感動しっぱなしだった。動けることが、動くことが、楽しくて仕方なかった。今だってまだはしゃいでるけど、相当だったと自分でも自覚できるくらい。

 だからきっと、動ければなんでも良かったの。ファデル様には失礼な話だけどね。


「私、その時に初めて見たんです。剣を振り、汗を飛ばし、ひたすら自身を磨くために訓練をする騎士団を」


 小さく、ファデル様の眼が見開かれる。すぐに細まった目は私を見ると、柔らかな笑みに変わった。団長だということだから、きっとあそこで訓練していたのはファデル様が教えている若者たちだったんだろう。弟子、とは少し違うかもしれないけど、教え子がよく見られるのは嬉しいだろうな、そりゃ。


 私、実はノイマン先生にも、ファデル様にも、その名に恥じない教え子でありたいなと思ってるんですよ。誰かが私のことを話したとき、二人が胸を張っていられるようなそんな教え子に。


「私も、ああやってみたいと思ったんです」


 ふに、と頬を弛めて私も笑うと、ファデル様は驚いたように目を見張って、すぐにくしゃりと嬉しそうに笑った。





 九割本心一割嘘を交えた動機でファデル様を何故か異常に喜ばせてしまったようで、初日だというのに結構過酷。

 剣を持って走る、素振り、は良かったのだけど、それを繰り返していると徐々に疲労が溜まっていく。剣が予想以上に重くて腕が震えるしもはや腕自体が鉛のようで、これはきつい。まさかの素振り十回いかなかったけど笑ったら怒るよ。ファデル様は唖然としてた。でもちょっとほら、冷静になって考えてみてファデル様。私、五歳。私、まだまだ筋肉ない女の子。私、動くようになったの最近。ね、ほら、ほら。皆様忘れてませんか。私まだ五歳ですよ! 鉄の剣振り回して元気いっぱいで居続けられるわけがない! え、それとももしかしてそれが普通なんですか。嘘でしょ。十回出来ただけでも、凄いと思うんだけど。


 情けないことを考えながら地面に寝そべり荒い呼吸を繰り返す。一回素振りしては剣を持って走り、素振り、走り、を繰り返してとうとう倒れた私に、唖然としていたファデル様は我に返ると慌てて駆け寄ってきた。様子見て訓練はしましょうね、切実に。


「すまない、まさかここまで体力がないとは」


 言いながら抱き起こしてくれたファデル様に胸を抉られた。やっぱり体力ないのか、これ。一般的な五歳ってもっと元気に動き回れるってこと? ありえない。五歳児怖い。


「ご、めんな、さい。私から、お願い、した、のに」


 ぜえはあ言いながら謝ると、ファデル様に慌ててこっちこそすまないと言われてしまった。ああ、情けない。悔しい。五歳児とか女の子とか言い訳でしかないことは本当は分かっていた。落ち込んだ。


「もう休憩にしよう。まずは体力作りからだ」


 困ったような、でも優しい笑顔で言われ、荒い息のまま深く頷いた。走り込みとかからかな。がんばらないと。

 息を整えようとしつつ深呼吸を繰り返していると、ファデル様は少し考えるように宙を見つめ、すぐに頷くとリリシアを呼んだ。どこからかすぐにやってきたリリシアは「何でございましょう」、とスカートをつまみお辞儀。いつ見ても流れるような自然な動作だ。


「休憩を取ろうと思う。何か飲み物と、シアに今日のおやつを持ってきてくれないか」


 それを聞き、リリシアが返事をする前に私が反応してしまった。ぱっと顔を上げると、二人して眼を丸くする。リリシアはくすりと笑うと、「任せてください」とファデル様に返事をした。そうして私を見ると、にっこり笑う。


「シア様、今日のおやつはシア様の大好きなマアムですよ」


 ほんと! と疲れた体に鞭をうち起き上がる。私の喜びようにリリシアがまた笑うのを見て少し拗ねてしまいそうだ。子供なのでいいと思います。


「まだマアムが採れたのか。今日のマアムで今年は食べ納めかな」


 ファデル様が驚くと少しつまらなそうにそう言い、それにぎょっとする。そんな、今年はもうマアムが食べられないの? 旬が過ぎたってこと? そっか、この世界には温室とか、冷凍保存とか、ないっぽいもんなあ。


 ショックを受けているとリリシアが申し訳なさそうな顔をして謝ってきた。リリシアが悪いわけじゃないと首を振ると、頭を撫でて「来年、またたくさん食べましょう」と優しく笑った。

 そうね、また来年。なにもこの先もう食べられないというわけじゃない。それに魔術を覚えれば、もしかしたら冷凍しておく術も手に入るかもしれないし。

 わくわくしながらまた寝そべると、ファデル様が他にも何か言いつけているようだった。何だろう。


 すぐに用意されたお茶とマアムでファデル様と休憩をとり、ゆったりと過ごした後、リリシアに着替えさせられた。はて、体力をつけるというからいったいどんな運動をするんだろうと思ったのだけど、この格好は運動に向いているようには見えない。

 綺麗な白い半袖シャツにレースのリボン、ふわりと柔らかく広がる黄色いワンピースに、茶色い靴。ついでにかわいらしいお花をあしらったハンドバッグだ。まるでどこかへお出かけ、と言った体である。


「これから街に降りるそうですよ」


 不思議そうにしている私に気づいたのか、リリシアに微笑みながら言われ首を傾げた。街、というと、あの柵の向こうに広がっている、色どり豊かな、街、だろうか。つまり本当にお出かけ? お出かけ。初めての、お出かけ……!

 思わず期待を込めた目で見つめれば、リリシアはにっこりと笑う。「さあ」と手を差し出され繋いだ。


「準備もできましたし、旦那様のもとへ参りましょう」


 手を引かれ、大人しくついていきながらもワクワクは止まらない。邸の玄関に着くと、リリシアはファデル様に頭を下げ、外套を羽織った。メイド服で歩きまわることはないらしい。


「行くとしようか」


 穏やかに笑うと、リリシアからファデル様へ私の手が渡された。なんと、ファデル様と手をつないでいくらしい。

 緊張から少し手が強張り汗をかきそうになるものの、努めて冷静になれるよう頭の中で他のことを考える。アストラはなんであの姿なんだろうとか、先生の知り合いってどんなひとだろうなとかそういうことだ。


 邸を出て門を抜ける。初めて門の外に出たけど、やはりこの邸の立地は不思議だ。完全に崖の上としか言いようがない、わりとギリギリのところに建っていた。それをまじまじと見ていれば「行こうか」とファデル様が声をかけた。見上げればリリシアも私を見ていて、完全に私待ちだったようだ。申し訳ない。

 なんでも歩きで行くらしく、崖の上の邸から下の街まで、ゆるい坂になっている道を下っていくらしい。待って、軽い山登りじゃないかこれじゃあ。いや今は下りだけど。もしかしてここの登り降りに慣れて体力をつけましょうってことだろうか。

 先のことだけど、今歩いている坂を上って帰ることを考えると今から気が滅入りそうだった。だって想像以上に長いのだもの、この坂。





 途中私の足と体力が限界になり何度か休憩をとりながら下って来た街。その入口に立ち、私は呆然と目の前の光景を見ていた。

 上から見ると随分小さい街に見えていたけど、こうして前に立てば、今の小さい私には大きさなんて把握できないほどだった。坂を下りながらどんどん大きく見えていく街に何度驚いたことか。


 中央の通路はうねりながらも奥まで続いているようで、その道の両側に露店が連なっている。瑞々しい、見ただけで新鮮なのだとわかる果物や、奇麗な装飾や模様の食器、よくわからない道具を売っているお店もあれば、明るい陽の光に煌めく宝石から、焼きたての匂いが漂うパン屋さんまで、色々なお店が競って声をあげていた。お客さんも元気だ。あちらこちらのお店を見ては立ち寄り店主に声をかけ、談笑している。

 活気づいた街。どこを見ても元気さが伝わってくるようなそんな街だ。上から見ていただけではわからなかった光景。


「すごい」


 足元から鳥肌が立つような感覚が這い上がりじんわり融けた感動に、ファデル様と繋いだ手に無意識に力を込めた。


「さて、行くとしようか。私は一度訓練所の方へ顔を出してくるから、リリシアとともに街を見て回るといい。きっと疲れなんて吹き飛ぶぞ」


 言われ、また私の手がリリシアに渡された。コクコクと頷きながら、もうすでに疲れなんて吹き飛んでいる私は今すぐにでも街に飛び出したかった。二人に苦笑され、少し恥ずかしくなるもそれでもはしゃいでしまう心は隠せない。


 ファデル様と途中まで一緒に訓練所に向かい一旦別れ、訓練所の近くをリリシアと二人でうろうろする。可愛い雑貨屋さんもあれば、落ち着いた雰囲気のカフェに武器屋さんまであった。手を引きあちこち見て回っては質問ばかりする私に、リリシアは楽しそうに笑って応えてくれた。

読んでくださりありがとうございました。


↓用語説明


◇騎士団

軍部の一種。王国の組織。


◇コルト騎士団

ファデルが団長を務めている騎士団の名前。シルラグル領を守備している。


◇パストルク家

ファデルの実家。王都在住。

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