09
「初窓というのは、そうですね、魔力が使えるようになる、通過儀礼とでもいいましょうか。魔玉から魔力が初めて出ることを言います。それを迎えれば、基本的に魔術を使えるようになります。もちろん得手不得手はありますが」
へえ、とまた先生に戻していた視線を自身の手に向け見てみる。もちろんこの体に魔力が通っているのかどうかなんてわからない。血は確かに通ってるんだけど。あれ? 魔力って血みたいに巡ってるものなのかな。よくわからない。
「そしてこの水晶は魔石と言いまして、とあることをすると自身の魔力量を知ることができます。つまり、魔玉という貯水タンクに、どれほど水が入るのかを知ることができるのです」
あ、魔玉はタンクなんだ。ということは魔力は体を巡っているわけではないということかな。ならこうしていてもわからないのは仕方がないのかもしれない。
説明に飽きたのかふらふらと蝶を追いかけようとしたロキシーさんの襟首をつかみ、引き留めながら続けた先生に苦笑する。
「先生、そのあること、というのはなにをすればいいのですか? ただ持つだけではないようですが」
先生の手にある魔石に変わった様子はない。変わらず中にもやが漂う不思議な石だ。先生は私の質問に笑うと、「こうするんです」と両手で持ち直した。
「えっ」
見ていると、突然魔石の中のもやがぶわりと増え、中を満たしてしまった。透明な部分がなくなった魔石は真っ白だ。さっぱりなにをしたのかがわからない。謎の変化に目を瞬かせていると、先生は首を傾げ、何かに頷くと魔石を渡してきた。とりあえず受け取るが、これをどうしろというのだろう。
先生の手が離れると、魔石の中のもやはもとの状態に戻ってしまった。
「先生、今の変化でどうやって魔力量がわかるのですか? もやがいっぱいになったのはわかりましたけど、それだけじゃどれくらいなのかわかりません」
どうすれば変化が起こるのかと強く握ったり指で弾いたりしながら聞くと、先生は目を丸くしてから首を捻った。ぶつぶつと「普通は」だとか「多過ぎる」だとか呟いているが、私にはさっぱりだ。先生はもしかして考えているとき独り言をしてしまうタイプなんだろうか。さっきもそうだったような気がする。
先生のお悩みを視界の端に捉えたまま魔石を弄くり回す。擦ってみても先生のような変化は訪れない。叩いたりしても割れず、存外丈夫だということがわかっただけだ。むなしい。
そもそも先生は何か特別なことはしていなかったように思うのだ。ただ持っただけ。だけど私が持っただけではなにもかわらないのだから、やはり何かはしているはずなのだ。
ううん、と唸っていると先生に呼ばれ、何かと顔を上げればリリシアを呼んでくれと言われた。首を傾げながらも頷く。
「リリシアー!」
少し大きめの声で呼べば、すぐにどこからかやってきて私の後ろに控えた。プロである。
「いかがされました? お嬢様」
振り向くと微笑みながらそう言って小さく膝を曲げスカートをつまむ。なんとも楚々とした仕草で、初めて挨拶の仕方を教わった時はこれが再現できず一人悔しがったものだ。リリシアは十分様になっているといってくれるけど、自覚している。いまだに出来ていない。
「先生がご用があるそうなの。今時間は大丈夫?」
「もちろんでございます」
聞くと、にっこりと笑いながら先生に向き直った。先生はそれに「お忙しいところすみません」と言うと、私から魔石を受け取りリリシアに差し出す。
「少しこれで試していただきたいのです」
そう言うとリリシアはきょとんと眼を丸くし、はぁ、と首を傾げながら魔石を受け取った。そのまま両手で持ち、先生と同じように何かをしたようだけど、霞には何の変化も見受けられない。思わず首を傾げた。わけがわからないまま魔石を観察していると、また魔石が先生のもとへ渡る。その際、
「あっ」
靄が、かすかに増えた。
先生、もしかしてそのためにリリシアを呼んだんですか。
「わかったようですね。この魔石は、魔力の量に合わせて中の靄が増えたり、減ったりします。これでもリリシアさんの魔力量は多い方で、少ない人は靄が見えなくなってしまこともあります」
つまり、リリシアは靄が少し減ってしまうくらいの魔力量で、先生はものすごく魔力量が多いということなのだろう。すごいが、それは本人の前で言うことじゃないと思う。デリカシーがない。ずもも、と顔に影を落としたらリリシアから目を逸らす。
もっと正確にわかるものだと思いこんでいたのはこんなでも現代科学に慣れてしまってたからだろうか。機械があらゆるものを数値化してくれていたもんなぁ。
「ノイマン先生、もしや私で低い場合を示した、ということですか」
不満げな表情で言うリリシアに先生は慌てて謝っていて、それに思わずロキシーさんと顔を見合わせる。にっこりと楽しげに笑うロキシーさんに苦笑して、そしてふと気づいた。ロキシーさんは近くにいると少しひんやりとして、もしかして雪の妖精とかなんだろうか、とぼんやり考えたり。でも魔力の色は青だったような。青は水、なんじゃないの?
はて、と首を傾げていると、若干疲れた様子の先生が戻ってきて、ロキシーさんに体をよじ登られていた。やっぱりどうみても、ロキシーさんは先生に懐いている。少し羨ましい。もし私が妖精と契約することがあったら、ロキシーさんと先生みたいに良好な関係を築きたいな。
リリシアはもう戻ったようで、姿は見えなかった。
「それでは、お嬢様の魔力量を測ってみるとしましょう。魔力を込めるだけで測ることができますから」
言いながら魔石を渡されとりあえず受け取りはするが、魔石をじっと眺める以外どうしようもなかった。
(魔力を込めればいいって言われましても……)
思わず内心でぼやきながら先生を見上げる。先生はただ微笑んで私を見ていて、さあどうぞ、と声に出されなくても雰囲気だけで思っているのは丸わかりだった。さてどうしたものか。本当に魔力なんてものが、私の体の中にあるんだろうか。先ほど思いつく限りのことは試したのだ。気合も入れてみたし、あるかもしれない魔力もあると思いこんでやってはみた。しかし結果は空振りもいいところ。魔石の中は何一つ変わらない。
ということは、もしかしたらこの常時ある程度の魔力が、私の魔力なのかもしれない。
「先生、変わりません」
「お嬢様、まずは魔力を込めなければ」
自己完結しかけ、先生にこの程度です、と差し出すも、どうやら先生からは何かがわかるらしい。なぜだろう。魔力が扱えるようになった人にだけわかる何か、というものでもあるのかもしれない。いよいよもって八方塞がりだ。魔力の存在を知らない体で生きてきた私には、突然あるから使ってみて、といわれてもその存在がわからない。
「魔力の込め方がわかりません」
心底困りながら見上げれば、先生も困ったような顔をしてしまった。なんだか申し訳ない。でもわからないものは分からないので、正直に言う以外どうしようもないのだ。待たせるのも悪いし。
「込め方、ですか……。通常、なにをせずとも無意識に魔力を認識しているものなのですが」
どうしたものか、と言った様子で顎に手を当てる先生にさらに申し訳ない気持ちになりながら、自分でもどうしたものか、と己の体を見つめた。知識のない私がどれ程考えたところで答えは出ないかもしれないけど、教えてくださいと言っておいて使えないだなんて、いい迷惑だ。先生に申し訳ない。
「そうだ」
先生が小さく呟いた。思わず見上げれば、目を軽く見開いて、ロキシーさんを見た。ロキシーさんは小首を傾げるとすぐに頷いて、合点だ、と言わんばかりに腕を振る。
「お嬢様、一度魔術を受けてみましょう。今は怪我などもしていませんが、ロキシーに治癒魔術を掛けてもらいます。そのあと私も掛けますので、なんとか感じ取っていただきたい」
か、感じ取るって、そんなことを急に言われても、と突然のことにうろたえてしまう。あ、でも確かに、さっきまでは見るだけだったものを私にしてもらうのではまた違うなにかがあるかもしれない。
こちらを向いたロキシーさんに思わず身構えながら待つと、ロキシーさんはまた指を振る。すると私の体を青い光が包み、それが少しだけひやりと――けれど不思議と冷たさを感じない――したような気がした。体の中にじんわりと広がった不思議な感覚に瞬きを繰り返す。
「次、行きますよ」
言いながら先生が素早く杖を動かし魔法陣を描いていく。それをみてそう言えばロキシーさんは魔法陣や呪文がいらないのだな、と思いながら、黄色く光るのを見ていた。
使えませんでした。それはもう、ものの見事に、魔力の魔の字も自分の中に見つけることができませんでした。
先生の魔力も、ロキシーさんの魔力も、どちらも感じることは出来た。そこまではよかったのだけど、どうしても自分の中の魔力というものがわからない。どうすればいいのかすらさっぱりだ。自分の中になにも感じられない。そもそも体内を探る、なんて、そんな難しいことどうすれば出来るのか。
難しい顔で悩む先生を前に縮こまる。私がこの世界の人ではなかったから使えないのかもしれない、だなんて思っていたりもするのだけど、それを言うわけにもいかないしこの体自体はこの世界で生まれたものだ。中身とは関係がない可能性の方が高いだろう。
ああ、もう、ままならないなあ。
ぐっと俯いたまま拳を握る。この自身の不甲斐なさを思い知るような気持ち、先生の前では二度目だ。泣きこそしないけれど、どうしようもなく申し訳ない気持ちになってしまう。
ふ、と先生が息を吐いた。それにはっとして顔を上げると、先生は疲れたように目を覆っていた。それはそうだ。私に色々教えるために朝から動きまわっていたのだから。だからこそ、それに応えられない自分が情けなくて仕方ない。
「今日は、ここまでにしましょうか。なんとか考えてみます」
疲れの滲む声音に胸のあたりが僅かに痛むのを感じながら、「はい」と頷いた。ロキシーさんはそっと私の手を握ると元気を出して、というように優しく笑い、頭を撫でて消えていく。どこに行ったんだろう。妖精には妖精の帰るところがあるんだろうか。
「今日は、ありがとうございました」
頭を下げてお礼を言うと、先生はそれを見て少し首を傾げつつ「明日また頑張りましょう」と笑ってくれた。優しい先生だ。本当に頑張らないと。
魔力。以前の、前の私にはなかった不思議な力。本当にこの体にそんなものがあるんだろうか。あるならどうしてわからないんだろう。前はなかったものならわかりそうなものだけど、それとも前には無かったからわからないのか。
この体にあるのかないのか。その答えが欲しかった。
(今日もいけるかな)
夢と呼んでいいのか、あちらの世界というべきなのか。目を瞑っただけで行ければいいのに。
雪の小鳥を見ながらぼんやりと頬杖をつく。向かいに先生は座っていない。
文字の書き取り練習用の板に思いつく言葉をぽつぽつと呟いてはなぞりながら観察してみたのだが、修復されるときも文字が浮かび上がる時も、魔力がこれに他敷いて動いているのかわからなかった。これには魔術がかけられているはずのに不思議だ。というかああやって先生たちが魔術を使うときは魔力が色で見えているけど、体内にある時はどうなっているんだろうか。いくら自分の体を見つめたところで何の色も見えなければ、何かを感じ取ることもできない。先生たちだって色のついた魔力に包まれているわけでもないのだ。
肩の力を抜くように大きく息を吐く。溜息しか出てこない。見つめ合う小鳥はきょるんとした瞳で私を見ていて、それにさえ責められているように感じてきた。
「あれ」
そういえば、この小鳥は雪でできているのだから、融けてしまうんじゃないだろうか。
じわりと焦りが滲む。ロキシーさんはもう帰ってしまったし、どうしよう。先生に、でも冷蔵庫なんてあるのかな。いや冷凍庫? ええどうしよう。
(とにかく先生!)
先生のところへ行けば何とかなるという焦り特有の短絡的な思考で駆けだす。雪の小鳥を抱え先生の部屋へと向かった。抱えていたら融けてしまうとか、ここまで融けずにいたのは何故かとかまで頭も回らず、とにかく急いで見せに行かなければと猛ダッシュしていた。
仕方がない。初めて勉強や生活に必要なもの以外でプレゼントされたものなのだ。それもかわいい妖精さんに。
「先生!」
部屋の前まで来てドアをノックすれば、先生がドアを開け口を開いた。「なんですか」というその問いかけを聞き終わる前に逸る気持ちを抑えることもせず小鳥を上へ、先生の顔の前へ突き出す。
「先生、雪が解けない魔術をかけてください!」
きょとんと目を丸くし動きを止めた先生に対し、私はこれ以上ないほど真剣な気持ちで言った。
「……」
と、いうのに、先生からの返答がない。あれ、と小鳥を腕ごとどかし先生の顔を見ると、何故か笑っている。え、どうしてそこで笑うんですか。真剣な問題ですよ、これ! 大切なことなんですから!
もしや冗談か何かだと思われているのか、と真剣な気持ちを伝えるための言葉を捻りだそうとしていると、先生はふと息を漏らした。
「ロキシーの魔術がかけられているので、雪でできてはいますがその小鳥が融けたりすることはありません。安心してください」
そう笑いながら頭を撫でられ、思わず思考が停止した。先生の言っていることもほとんど頭に入らないまま固まってしまう。頭の上を少し乱暴に行ったり来たりする手の平に、ぶわわわわっと背筋をよくわからない感覚が走って、気恥しくてたまらない。これは何と言う感覚だろう。
居た堪れなくなって俯き気味にきょろきょろと忙しなく視線を動かして誤魔化そうとするけど、どうも、背筋はざわざわしたままだった。
悪くはない。嫌なわけではなかった。ただ慣れていないから、どうすればいいかわからない。
「えっと、あの……その」
すぐに離れていってしまった手に頭が少しだけ寒くなったような気がして、ほんの少し感じる名残惜しさに困ってしまう。どうしました、と先生が首を傾げるけど、それになにを言えばいいかもわからずただ首を横に振る。
気持ちを切り替えて顔を上げ、「少し質問をいいですか」と尋ねた。
読んでくださりありがとうございます




