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新たな旅路の祝福を  作者: 稀一
一章
11/54

08

 まじまじと、目と鼻の先にある顔を見つめる。四つん這いの彼女――彼女と言っていいのかわからないけど――は朗らかに笑い、じっと私を見つめていた。少し視線を下にずらせば、今の季節には合わない、随分と暖かそうな服を着ている。水色のAラインのような厚手のコート。大きな木のボタンに襟にはもこもことファーのようなものがついていて、とても可愛らしい。


 また目を見る。パステルピンクの愛らしい瞳はにこにことどうしてか嬉しそうに私を見つめ、逸らされることがなかった。何を言えばいいかわからず、思わず瞬きを繰り返す。


「ロキシー、こちらへ。いつまでもそこにいてはお嬢様も困ってしまいます」


 名を呼ばれると彼女はこちらに身を乗り出したまま顔だけを先生の方へ向けた。先生が苦笑をすれば彼女は目を丸くし、ひとつ瞬き。また笑顔を浮かべると、すくりと立ち上がり先生の傍へと移動した。ピタリと横に立った姿に「すごい」と思わず感嘆の声が漏れる。


「ロキシーさんは、先生の言うことを聞いてくださるのですね……」


 先ほどの妖精の説明からは想像できないような予想外の従順さに目を瞬かせていると、先生はいいえと首を振った。それに首を傾げる。


「普段は言うことなんてちっとも聞いてくれません。こうしてあらわれてくれたこと自体驚きでっすっ!?」


 先生が苦笑しながら首を振ってそう言うと、彼女は私に向ける朗らかな笑顔を崩すことなく素早い動きでドスリと、先生の足の甲に踵を埋めた。

 初動の見えなかったその攻撃に目を白黒させていると、先生は一拍置いて声もなく崩れ落ちるように蹲り足を押さえて震えだす。思わず恐々としながら見るも、彼女はなにもなかったかのように笑顔を浮かべたままこちらを見ていた。


 えっなにこれこわい。


「せ、先生? 大丈夫ですか?」


 うろたえつつ先生に近づき肩に手を添える。すると彼女、ロキシーさんは溜息を吐くような仕草をしたかと思うとつい、と先生の足を指さし、ひゅんひゅんと二回指を振った。ふわりと青みがかった光が先生の手で押さえられた足の甲を包み、先生が涙目でギロリとロキシーさんを睨めつける。

 あ、初めて会った時の先生のようです。おかえりなさい。


 思わず肩に置いていた手を離し後ずさると、先生ははっとした様子で私を見てバツが悪そうに目を逸らす。立ち上がりローブを払うと、「ありがとうロキシー」と随分力のこもった手で頭を撫でていた。ロキシーさんはそれに顔を顰めつつ、されるがままに頭を揺らす。拒絶しないところを見ると、あんな攻撃をしていたがやはり仲はいいのだろう。

 先ほど怯えて逃げたくせに、ついついそれを眺めてしまう。別に少しうらやましいとか思ってません、と誰にともなく心の中で言い訳をしながらも、視線が下がってしまう。


 なんだか歳の離れた兄妹の喧嘩のようにも見えて、本当に少しだけ、少しだけうらやましいと思ってしまったのだ。梨夏も私も、一人っ子だしなあ。

 リリシアにだって、エーデリア様にだって頭を撫でられたことはある。だけどファデル様は、まだ一度も撫でてくださったことがないのだ。考えてみれば梨夏もあまり父と触れあうようなコミュニケーションはとってこなかった。ファデル様に抱きしめられて緊張してしまうくらいには、慣れていない。だけど。

 爪先を見つめた。なにもいじけているわけではない。ほんとだ。ほんとだったら。


「お嬢様?」


 不思議そうな声で呼ばれ、顔を覗きこまれて、それに慌てて「何でもありません」と返した。先生は「そうですか」と小さく首を傾げながら、ロキシーさんから手を離す。


「今のはロキシーが私の魔力を、無断で、使い治癒魔術をかけました。わかりましたか?」


 無断で、と言うことを強調した先生に今度はロキシーさんがギロリと先生を睨む。だが今度は足は出ず、ふんとそっぽ向くのみで終わった。それに密かに安堵しつつ、「はい」と頷く。


「青っぽい光が先生の足を覆って、そうしたら先生が復活したように見えました」


 答えれば、先生は復活という言葉に苦笑しつつ「そうですね」と頷き、ロキシーさんの肩を叩いた。


「その光はロキシーの魔力の色です。魔力はその人の得意な属性によって色が変わります。もちろん個人個人で些細な違いはあるのですが、赤は火、青は水、緑は風、黄色は雷、茶色が土となります」

「では先生は雷が得意なんですね!」


 宙に魔法陣を描いた時も、紙の魔法陣のときも黄色に光っていた。思わず手を合わせて言えば、先生は「よく見ていましたね」と笑顔で頷いて、それに少し得意げになる。調子に乗ってしまいそうな自分を自覚しながら、顔がにやけていそうな気がして誤魔化すように髪を弄った。


「では、折角来てもらえましたし、何か他にも魔術を使ってもらいましょうか。何がいいか……」


 「攻撃魔術は物騒ですし」と先生が顎に手を当て悩んでいると、ロキシーさんが先生のローブを引っ張った。先生が「なんです」、と視線を下ろすと、私に任せてくれと言わんばかりの自信たっぷりな、キラキラした表情で先生を見上げており、私はそのあまりに可愛らしい姿に笑ってしまいそうになる。先生はまっさきに攻撃が出てくるあたり、私の中で戦闘狂説が色濃くなっていくのでした。

 と、そこでふと疑問をひとつ。先生に声をかければ、ロキシーさんと先生が二人してこちらを見た。「なんですか?」と聞き返され、それに少し考えてから口を開く。


「ロキシーさんは先ほど、先生の魔力を使って魔術を行ったのですよね? なら、どうしてその魔力は青なのですか?」


 単純にロキシーさんが自分の魔力で魔術を行った、というだけなら水が得意ということなのだろうけど、先生はロキシーさんが先生の魔力を使った、と言ったのだ。先生は私の疑問に視線を外し、「ああ」と頷きながら口元を擦った。


「精霊は人からもらった魔力をそのまま使用するのですが、妖精は違います。妖精はもらった魔力を体に取り込み、瞬時に自身の魔力へと変換し使うのです。これは妖精と精霊の在り方の違いに関わってきますね。ですから、厳密には妖精魔術と精霊魔術は違うのですが、今の研究段階では正確なことは証明できていないので、同じくくりになっています」


 妖精が魔術を使う場合、それはあくまでも妖精が使っているだけで契約している人が使うわけじゃない、ということか。精霊魔術はお願いをしなければ魔術を行使できないけど、契約した妖精の場合は妖精が勝手に魔力を貰って魔術を使える。指示をする必要も、お願いする必要もない。


「ということは、魔術がうまく使えない人にとっては妖精は救世主のようですね」


 気紛れにでも、魔力を貰うことで魔術を代わりに使ってくれる。力になってくれる。それだけなら精霊も変わらないけど、精霊は契約をすることができないのだ。才能がなければ使えないというところもネックな気がする。でもどちらにせよこの関係は需要と供給であるように思うのだ。共存している。

 なんとなく嬉しくなってロキシーさんを見ると、先生と二人きょとんと目を丸くして私を見ていた。思わずええ? と首を傾げる。真ん丸く開かれた桃色に、何か変なことを言っただろうかと少し不安になってきた。


「なぜ、救世主なのですか?」


 心底わからない、というように先生が聞いて来て、「え」と声が漏れた。ロキシーさんも答えを待っているように綺麗な目を瞬かせ、思わずたじろいでしまう。


「なぜって、だってその、魔術がうまく使えない人がいて、魔力が使われないとしますよね? その人がもし妖精と契約できたら、自分の魔力をいくらでも使ってもらって魔術を行使してもらうことができるんですよ? いくら気紛れだってその人のことを気に入ったり、魔力がいくらでも貰えるという利点があれば、お願いを聞いてくれたりすると思うんです。自分で魔術を行使することができない悔しさは残るかもしれないけど、それでも自分は妖精に魔力を与え、その魔力を貰って妖精が魔術を行う。この協力関係はとても素晴らしいものではないかと思います。出来ることを相互に提供することで、えーと、例えば戦う術のない人がお金を払って護衛を雇い守って貰うように、戦う術を持つ人がお金を貰い雇い主を守るように、です。精霊魔術でも代わりませんよね。どっちも、才能がなければ使えないとか、まず妖精と出会えなければ使えないという点はありますけど……」


 上手い例えや言葉が思いつかずだらだらと話してしまったが、そういうことだ。最後の最後で例えを思いついてよかった。まとまらないままぼんやり話が終わってしまうところだった。でもこの例えで伝わるだろうか。出来ることを相互に提供する、というのは的を得ていると思うんだけど。

 黙ったままの先生に不安になりつつちらりと見れば、先生は黒い眼が零れんばかりに目を見開いて、私を見ている。ロキシーさんもまた目を丸くしていた。やっぱり例えが悪かったのかなと視線を逸らす。


「あ、あの、いえ、もちろん普通に魔術が使える人が契約すれば、例えば戦闘の時なんかは魔力をあげておいて、自由に攻撃させて自分も魔術を、なんていう共同戦線が出来てしまいますし、差自体は縮まらないかもしれません。けど、でも」


 段々と視線が落ちていった。指を組んでそわそわと動かす。どうしようか、なんの反応もない。やっぱりおかしなことを言ったのかな。もしかして当たり前のこと過ぎてなにを言ってるんだこいつはと思われているのかもしれない。救世主と言う言葉が大げさすぎたのかも? しかもついつい先生に感化されて戦闘で例えてしまった。


「お嬢様!」


 おろおろと視線を迷わせていると、先生が突然大きな声で私を呼んだ。驚いて、こちらも大声で「はいっ」と返事を返し先生を見る。見て、驚いてしまった。


「せ、先生?」


 先生は興奮した様子で「それです!」と叫んだ。私だけでなく隣のロキシーさんも肩を跳ねさせ、目を見開いて先生を見上げている。そんな様子に気づいたらしい先生がコホンと小さく咳払い。視線を外し、「すみません」と小さく謝った。


「え、い、いえ、その、私の方こそすみません」


 小さく頭を下げて私も視線を外す。なにがなんだかわかっていないのは私だけなのか、ロキシーさんは溜息をついて首を振っていた。少し居心地が悪い。

 「気を取り直して」と先生が笑う。私もそれになんとか気持ちを切り替え先生を見た。よくわからないままだけど、説明がないということは私が気にしなくてもいいこと、なんだろう。多分。


「ではロキシー、何か危険のないものをお願いします」


 そういえばロキシーさんにお願いしていたところだった、と今更思い出す。すっかり話の腰を折ってしまった自分に気付いて恥じつつ、ふふんと得意げに笑うロキシーさんを見た。スッと右手を上げると人差し指を立て、ゆーらゆーらと揺らしていく。だんだんと大きい動きになっていくそれを見ていると、


「う、わ、わ、わ!」


 ロキシーさんの指の軌道にちらりと現れだした白い粒が、徐々に徐々に増えていった。次第に指が見えないくらいその白い粒、雪が渦を巻き、勢いを増していく。それに驚く私にロキシーさんが満足げに笑んで手を止めると、渦巻いていた雪が勢いを失い、そうしてその数を減らしていった。現れたロキシーさんの手には、真っ白な小鳥が。


「うわー!」


 その小鳥は動きこそしないけれど、細かい彫りが羽の一枚一枚まで思わせ、つぶらな瞳がこちらを見つめていた。小さく傾げられた首にときめきを隠せない。

 ロキシーさんは満面の笑みを浮かべてさらに小鳥の乗っていない左手を一振り。可愛らしい小鳥を青い光が覆い、それがなにをしたのか私にはわからなかったけど、ロキシーさんはそっとその小鳥を私に差し出した。


「え、いただいていいんですか?」


 大きく何度か頷いたロキシーさんに、押さえられないときめきを感じながらそっと手を伸ばす。そこに乗せられた小鳥はひんやりとしていて、雪で出来ていることを実感した。両手に包むように乗せ、真正面から雪の小鳥を見つめる。


(かっかわいい……!)


 あぁああ、と悶えたい気持ちに苛まれながら見つめていると、先生の存在を忘れていたことを思い出した。思わずはっと顔を上げる。先生はなんだか微笑ましいものを見るような表情で私とロキシーさんを見ていた。

 やめて! そんな目で見ないで!

 叫びたい気持ちになりつつ「んっんん」とひとつ、場を誤魔化すように喉を鳴らす。先生はそれに苦笑すると私の気持ちを察してくれたのか表情を引き締めた。ロキシーさんはにこにこしたままだけど。先生察しが良くて助かります。


 魔法陣、呪文、精霊と粗方説明し終えた先生は私を見て、何か思うところでもあるのか口元を手で隠した。小さな声で何かを呟いているのは聞こえるけど、何を言っているのかまではわからない。じっとその様子を見ているとロキシーさんが私の元までやってきて、コートのポケットから何かを取りだした。


「それはなんですか?」


 問いかけると差し出され、少し待ってもらって小鳥を離れた地面に避難させた。雪でできているようだから融けないか心配だけど、手に乗せているよりはましだろう。そう言えば融けていなかったなと手の平が濡れていないことに内心首を傾げつつ、受け取った。

 渡された石を眺める。私の手では両手でないと持てないような大きさの丸い石だ。石の中で何かもやのようなものが漂って、向こうがはっきり透けて見えることはないけど綺麗な石だった。もやのないところは透けているから本当は透明なものだったのかもしれない。だとしたらこのもやはなんなんだろう。それにこのつるりとしたなだらかな表面。家具などを見た時のほんの少しの歪さもなく、正確にきれいに削られていた。


 というか、これはどうやってあのポケットに入っていたんだ。


「ああ、そうですね、まずは魔力量を測ってみましょう。最近だったとはいえ初窓からも時間はたっていますし、魔玉も安定しているでしょうから」


 ふと手を下ろした先生が近づいて来て、ロキシーさんの頭を撫でる。よくできました、といったところだろうか。ロキシーさんも満更ではないようで笑みを浮かべていた。

 それにしてもまぎょくやしょそうっていうのはなんだろうか。そういえば前にもしょそうという単語は聞いたことがあったような。


「先生、それは一体なんですか? 聞き覚えのない単語です」


 とりあえず石を先生に私見上げる。一瞬目を丸くするとすぐに頷き、受け取りながら「説明がまだでしたね」と笑った。


「すべてが解き明かされているわけではありませんが、多くの生き物には魔力があります。そしてその魔力を作るのが、魔玉です。それが体のどこにある、と言った詳細はわかりません。過去には分かっていたのかもしれませんが、それが記載されている資料はどこにもないのです。ただ生き物は魔玉を持っており、それが魔力を作り出している、と、古い文献には記されています。この魔玉にも病気があり、魔玉暴走というのですが……それはまたの機会に説明しましょう」


 多くの生き物、ということは、魔力がない生き物もいるんだろうか。そもそも魔力ってなんなんだろう。普通に受け入れてしまっていたけど、不思議だ。私にもあるんだろうか。いや、なければ魔術が使えないのか。

 思わず自分の体を見下ろし、意味もなく手のひらを見つめる。ぐっぱっと開いたり閉じたりをしてみるも前に生きていた体と違いはないように思えた。もしかしたら、前の世界の人たちも気付いていなかっただけで魔力があったのかもしれない。

読んでくださりありがとうございます。

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