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新たな旅路の祝福を  作者: 稀一
一章
10/54

07

 そうしてやってきた中庭。邸の中で一番広い庭で、領内が見渡せる先日の庭へはここからも繋がっている。渡り廊下のようになっている一部から通り抜けられるのだ。


「ではまず魔術の種類から始めます」


 先生はそう言うと杖を持ち直し、宙に何かを描くように動かした。その直後一瞬動きを止めたかと思うと視線を外し、ひとつ頷くとまた動きを再開する。なんだろうと思いつつ見ていれば、こちらを見て口を開いた。


「魔術には三種類あります。魔法陣を使用するもの、呪文を使用するもの、そして精霊魔術という特殊なものになります」


 言いながら杖を止めると、叩くように軽く振る。途端空中に淡く光る魔法陣が現れた。それをじっと見つめ、少し考えて体を傾けてみる。向きが変わっても魔法陣は動かず、私にそう見えている、というよりも、確かに宙に描かれているのだと感嘆の息を漏らした。

 すごい。どうなってるんだろうこれ。


「まずは魔法陣から説明しましょう。魔法陣は今私が行ったように宙に描いたり、物や体に刻んで使うものになります」


 宙に浮いたまま形を保つ魔法陣を指さし、先生は説明を始めた。描いて光ってるけど、魔術は起こらないのかな。というより、魔術と言いながら魔法陣でいいのか。リリシアはまるで魔法と魔術は別物のように言っていたけど。


 えーと、魔術にまず三種類あって、そのひとつにさらに三つ方法があるってことでいいのかな。というか、


「体に刻むのですか?」


 どうやって刻むんだろう。刺青とか? 痛そうだ。


「ええ。体に刻むことによって紙の消費を削減でき、さらに再び魔法陣を描く必要がなくなります。一度体に刻みこむことでそのその魔法陣が消えることはなくなるのです。その上魔力の通りもよくなり、消費魔力がすこしだけではありますが軽減できます。デメリットとしては一度使った魔法陣は決して消えないこと。さらに体に書き込むので、数が限られてしまうことです。描いても、その魔術を一度も使用しなければ消すことができるのです。一度使うことによって定着します」


 つまり鉛筆で描いても泥で描いても使わなかったらいつでも消すことができるということだろうか。咄嗟の時にあると便利、というものを最初から書いておけば、それはとても便利なのでは。使わなければ消せるというところが親切だ。デメリットをそう大きなものに感じないのだけど、そんなこともないんだろうか。


「先生は刻んでいるのですか?」


 聞けば、先生は一度瞬きをすると「一つだけありますよ」とローブのような長袖をまくった。男の人にしては、という偏見を持ちながら白く細い腕を見つめると、確かに前腕に一つ魔法陣が描かれていた。いや、描かれていた、という言い方は正しくないのかもしれない。


 赤黒い抉られたような傷が、つい最近できたのではと言うほど生々しくしっかりと刻まれていた。ギリギリと皮膚を裂く傷が円を描き、文字を紡ぎ。あまりにも痛々しい魔法陣。刻まれている。確かにその言い方は恐ろしいほどしっくりときてしまった。


「先生、それは……」


 思わず言葉に詰まると、先生は一瞬不可解そうな目をして、すぐにはっと目を見張り苦笑した。袖が伸ばされて隠された傷に目を見れば、僅かに逸らされる。


「すみません。自分では見慣れているもので麻痺していましたが、お嬢様のような年齢の子供に見せていいものではありませんでしたね。気分を害されたでしょう」


 誤魔化すように苦笑したまま服の上からそれに手を添え言われた言葉に、ぶんぶんといっそ乱暴な程強く首を横に振った。けれどかける言葉は見つからない。どうやってあの魔法陣が刻まれたのか、あれがなんの魔法陣なのか、私は知らないし聞く勇気もなかった。


「さあ、今のことは忘れ授業を再開しましょう」


 ぱっと腕を離すと優しく笑った先生は、「次は」と宙に浮いたまま忘れかけていた魔法陣を杖で指した。


「先ほど描いたものですが、描いている途中魔法陣は見えていましたか?」

「いいえ、描き終わってから、確か先生が杖を一振りすると現れました」


 つい先ほどの光景を思い出しながら答えると、先生は満足げに笑いその通りですと頷く。それに本当にさっきのはなかったことにするんだろうと私も気持ちを切り替えた。


「この手法はまず宙に魔法陣を描くことができるようにならないと出来ない応用なので、今は見せるのみとします。ですがたとえば戦闘のときなどは相手に自分の手を見られないよう指先で描いたり、トラップのように事前に描いておいたりということができますので、追々魔法陣そのものに慣れたらこちらも覚えていきましょう」


 言うと先生は杖を一振り。するとそこにあったはずの魔法陣が消えてしまった。はじけるように光の線が消え、驚いて目を瞬かせる。

 なんだか至れり尽くせりな授業だ。そもそも一対一で住み込み家庭教師なんて言う時点で至れり尽くせりではあったのだけど、内容もしっかりとなるともはや申し訳なくなってきてしまう。教えてもらったことは出来るだけ覚えていきたいところだけど、そんなに詰め込めるだろうか。


「さて次は物ですね。こちらには魔法陣が描いてあります。発動させてみせるので、しっかり見ていてください」


 ひらりと懐から一枚の紙を出すと私に見える様掲げる。確かに描いてある、と頷くと、突然先生の周囲を光が走った。くるくると先生に沿うように何周かすると空気に溶けるように淡く消えていく。仄明るい光が余韻のように風に乗って舞う様はとても幻想的で、息を呑んだ。


「お嬢様、そちらではなくこちらを見てください」


 目を奪われる光景に呆然としていたらそう言われ、慌てて先生の手元を見る。


「あれ?」


 そこにあったはずの紙はきれいさっぱりなくなっていた。そういえば、体に魔法陣の説明をしたときに紙の消費を削減できるとかなんとか言っていた。


「紙に描いたら、その紙はなくなってしまうのですか」


 驚いたまま先生の手を見つめると「そうです」と満足げに笑う。それに少しは期待に乗れているんだろうかと思いつつ嬉しくなった。


「今使ったものは紙ですが、地面に描いたり建物に描いたりすることもできます。魔法陣は消えますが、その場合描いたものがなくなるということはほとんどありません。紙に描くとなくなるのは、魔力が魔術へと変換される負荷に耐えきれず燃えてしまうからなのですが、そこは……見逃してしまいましたか。今回はまあ、いいでしょう」

「ごめんなさい。次はちゃんと見逃さないようにします」


 見てなくて申し訳ないです、と肩を落としながら言えば先生は「期待しています」と笑顔でいい、それに「はい」としっかり頷いた。絶対に次は目を逸らさない。いくら綺麗でもだ。内心むん、と気合を入れる私をちらりと見て苦笑すると、先生は気を取り直してというように人差し指を立てた。思わずその指を見れば、手が強調されるように揺れる。


「魔法陣のメリットとしては呪文を言う時間が要らず、こうして持ち歩けばすぐに使えることです。ただその方法で行くと描いてあるものしか使えませんし、一度使えば先程のようになくなってしまうのでデメリットはあります。かといって持ち歩かなければそばにあるものに描くか、宙に描くことになります。これでは結局慣れなければ描くことそのものに時間がかかってしまいますよね。省略という手法もあるにはありますが、それについても魔法陣に慣れてから教えしましょう。次は呪文の説明に映りますが、よろしいですか?」


 指を下ろして目を合わせた先生に頷くと、杖を持ち直した。先生が手を前に出すのを見る。


「呪文は難しいことはありません。精霊魔術と似ているのですが、それとは違いこちらは決まり文句があります。たとえばこのように」


 ちらり、と一度私の顔を見たのを見て、今度はちゃんと見てますよ、と頬を膨らませたくなった。いくらなんでもまだ魔術が発動してもいないのに目を逸らしたりはしない。前科者とは言え少し不満だ。


「火よ灯れ」


 先生は私の様子にか苦笑して、次いで表情を引き締めるとそう呟く。私に見せるように前に出されていた手に、ぽ、と火がついた。


「えっ、先生、それ、えっ危ないですよ! 早く消して!」


 慌てて周囲に水がないか探すと、先生は大丈夫ですと笑った。え、なにが大丈夫なんですか、火ついてますよ!


「これは私の魔力で出来ているので、私自身は熱くありません。もちろんお嬢様が触れば熱いですし、燃えますが」


 先生の説明に伸ばしかけていた手を引っ込める。まじまじと見ても確かに先生の手は燃えていないようだし、とくに汗をかいているわけでもないあたり痛くも熱くもないんだろう。はあ、と間抜けに口を開けてそれを眺め、ふと自分の手を見つめた。


「……火よ灯れ?」


 出来心である。私にもできるのかな、とテンションが上がってしまったのだ。先生の真似をして呟いて、しかし前に出した手には火などつきはしなかった。ぱちりと瞬きをしながら指先を見つめてしまう。


「突然出来るようになったりはしませんよ。これから色々教えますので、徐々に進めていきましょう」


 そう苦笑した先生に言われ、少し恥ずかしくなった。ノリノリでお人形遊びでもしているところを覗きこまれた気分だ。いや、自分から目の前でやってしまったわけだけど。


「呪文のメリットは魔方陣を覚える必要がない、ということでしょうか。デメリットとしては唱える時間ですね。慣れれば短い言葉だけで使うことができますが、そうでなければ戦闘にはなかなか向きません。なんの属性の、どのような魔術を使うのかがまるわかりですから。相手に教えながら使うようなものですね」


 そう平然と続けた先生に真っ赤になっているだろう顔を手で扇ぎながら、誤魔化すようにそう言えば、と切りだした。


「精霊魔術は特殊だと言っていましたが、他のものとは違うのですか?」


 先生は私の照れ隠しに気づいたのか気づいていないのか、「ふん」と珍しい頷き方をするとそのまま精霊魔術の説明に入った。


「通常、魔術は自身の魔力を魔術を使うためのエネルギーへと変換し、使用することになります。しかし精霊魔術は、精霊に頼み、それが聞き入れてもらえた時のみ使用できるのです。つまり精霊にお願いをするということです。精霊は基本的に拒絶をしません。願いの代わりに私たちが魔力をささげるからです。精霊は魔力を糧に存在しています。とは言いますが、精霊も妖精に比べれば、という話で、必ず聞き入れてくれるわけではありません。聞き入れてくれても魔術の精度にばらつきがあったり、適当だったりもします。威力が安定しなければ安心して戦闘に用いることはできませんよね。精霊魔術は才能に左右されるのです。どれだけ精霊に愛されているかだとも一説では言われていますが、純粋に精霊がその者の魔力を好むかどうかとも言われています。つまり人格説と魔力説の二つがあるのです。本当のところはわかりませんが、ともかくまともに使える人は限られます。ちなみに私は精霊魔術はからっきしです。どうにも、嫌われているようでして」


 苦笑した先生は目を逸らすと「はは」と乾いた笑いを零した。なんだか気の毒に思える。

 それよりも、と思考を逸らした。気のせいかと思っていたが、先生は先ほどからどの魔術に対しても戦闘に戦闘にと、戦う時にどうなのか、というコメントを入れるのだ。もしかして先生は戦闘狂だったりするのだろうか。


「それに対し妖精は気紛れです。魔力を捧げても叶えてくれる可能性は低く、契約でもしない限りはまず聞き入れてもらえません。本当に気分屋です」


 へえ、違うものなのか、と内心驚いてから、うん? と首を傾げた。一拍置いて、「えっ?」と口から洩れる。先生が首を傾げたのを視界に納めつつ、口を押さえた。


 精霊が、いるのか、この世界には! 精霊魔術と言うから薄々そうじゃないかとは思っていたけど、すごいな、見てみたいなあ。精霊かぁ、どんな姿をしているんだろう。やっぱりとんがった耳になんがふわふわした服と綺麗な羽かな。蝶のような羽かもしれない。

 わあわあと内心大興奮でそこまで考えて、また首を傾げた。待って待って。


「精霊と妖精は違うものなのですか?」


 どっちも羽が生えていたりひらひらふわふわきらきらなイメージしかない。

 首を傾げた私に先生は目を丸くすると、一瞬目を細めた。それにあ、と思っている間に「そうですね」と視線を上げる。今のはなんだったんだろう。


「違いますよ。精霊はこの自然の中に漂っているのです。生きている、いる、ある、学者など人によって言い方は変わりますが、今私たちがいる庭にも精霊はいるでしょう。通常精霊は人には見えません」


 そう言いながら先生は庭を見回し、私もつられて視線を迷わせた。確かに、ここにいるっていうなら見えない。すこし残念だった。


「稀に精霊の姿を見ることができる者もいるそうですが、私は今まで会ったことがありません。対して、妖精は自我があり、思うまま姿を現したり消したりすることができます。特定の個人のみに見えるようにすることも、すべての人に見えるようにすることもできるのです」


 全く違うものらしい。妖精は見えるのか。見てみたいな。さっき考えたような人の姿か、もしかしたら動物かもしれない。そもそも精霊と妖精が別の存在なら、全く違う見た目な可能性だってあるのだ。そわそわと未知のものに思考を巡らせつつ、先生の話の続きを聞いた。


「自我がある、と言いましたが、それにより契約をすることが可能になります。私も一応契約をしていますが、妖精は気紛れにもほどがあるので、呼んだら確実に来てくれる、ということはありません。それと、契約をするとその妖精が姿を消そうとしても見ることができます。もちろん近くからいなくなれば見えなくなりますが、姿を隠すことはできなくなります。ですので、契約を嫌がる妖精は多いです」


 姿を隠せなくなるから嫌、ということはもしかして、妖精は人が好きじゃないんだろうか。

 試しに呼んでみましょうか、と笑うと、先生は杖を一振り。私には何が起こったのかわからないけど、先生にはわかったらしい。少し驚くように目を丸くしていた。


「先生?」


 どうなさったのですか、と首を傾げると、先生は軽く首を振りなんでもありませんと笑う。


「珍しく、彼女が来てくれたものですから少し驚いてしまいました。ロキシー、姿を見せてください」


 先生は私から少しだけ視線をずらして何かに呼びかけ、それがおそらく妖精の名前だったのだろう。静かに、私の真横に女の子が現れた。


「……」


 ぽかん、と口を開けてしまう。突然ぽっとなんの前触れもなく姿を現したことにも驚いたが、それだけではない。


 普通の女の子だった。私と歳も変わらないくらいの、大きさも形も、普通に女の子だ。栗色の髪に桃色の瞳と色彩こそ人間離れしているし、可愛らしさも比べ物にならないが、僅かに耳がとんがっているような、と気のせい程度の、特筆するほどもないくらいには人と同じ形をしていた。

 可愛らしい顔を朗らかに弛め、私を見つめている。


「え、先生、彼女が妖精なのですか」


 驚きが抜けないまま先生に問えば、そうです、と先生はなぜか微笑んで答えてくださった。

 少し、いや酷く身勝手な話だけど、私の中のキラキラひらひらな妖精のイメージが、ガラガラと崩れ去って行った。

読んでくださりありがとうございます。


↓用語説明

◇魔法陣

魔術を使うための図形。


◇呪文

魔術を使うための文言。


◇精霊

世界に存在している通常目には見えない超常的な存在。詳しく解明されていない。

これにお願いをする、という形で精霊魔術というものが使える。


◇精霊魔術

精霊にお願いをし、それを聞き入れてもらうことで行使できる魔術。ただし結果は才能に左右されるため、これをメインにしている使い手は少ない。


◇妖精

精霊とは違う生き物。同じく詳しく解明されてはいないが、悪戯好きの個体もいれば人間嫌いもおり、個性が存在する。見た目も一律ではなく、人のような姿をしているものから動物や、形容しがたい姿のものまでいる。妖精の国があるという噂も。

契約をすることができるが気紛れなため、契約に応じてくれる保証はない。断られてもなにもデメリットはない上、もし成立しても後々発生するデメリットは性格の不一致くらいなので、出会ったら契約を持ちかけてみるのもいいかもしれない。なお、悪戯に魔力を使われる可能性もあるので注意は必要だ。

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