消えていった日常
朝、陸斗が目を覚ますと、父が声を荒げて電話をしていた。
「どうしてもっと早く言わなかった――もういい、今から行く。」
会社でトラブルでもあったのだろうか、僕は特に気にすることもなくリビングへ向かった。
「陸斗、すまない、急用ができた。俺は今すぐ行かなきゃいけない。」
話し声が漏れていたのでなんとなくそんな気はしていた。
「俺に何かあったら母さんの事は頼んだぞ。」
何を縁起でもないことを・・・、でも、ただ事じゃないらしい。
僕は父さんを玄関まで見送りに行った。
「あと・・・、莉奈ちゃんのことも、守ってやってくれ。」
そう言うと父さんは駆け足で家を出て行った。莉奈のことも・・・か。
ふと時計を見ると、自分も少し急がなければならない時間になっていることに気づいた。
「行ってきます。」
と元気に叫んだところで、僕は駆け足でいつもの道を走った。莉奈がもし待っていたらどうしよう、そんなことを考えながら・・・。しかし、莉奈の姿はどこにも見当たらなかった。先に学校に行ったのかな、そう考えると僕は走るスピードを落としていった。
ところが、学校に着いても莉奈の姿はなかった。莉奈が学校に来ないまま朝礼のチャイムが鳴った。
「誰か瀬川さんが欠席するという連絡をもらっている人はいませんか。」
先生がクラス全体に問いかけた。どうやら無断で欠席しているらしい。莉奈が寝坊することはまず考えられないし、何かあったのかもしれない。こんな時、僕が携帯電話を常備していれば・・・。僕の携帯電話は今も布団の上に転がっている。
朝礼の後、博貴が僕の元へやってきた。
「お前、瀬川さんといつも一緒にいるだろ。何か聞いてないのか?」
そう言われてもな・・・。博貴は莉奈のことを心配しているようだ。僕も博貴と同じで、莉奈のことが心配で気が気でなかった。
そんな心境の中、今日の全授業が終わった。終礼が終わると、僕は全速力で家に帰った。そして自分の布団の上の携帯電話で莉奈にメッセージを送った。―しかし、返事はこない。しばらく待っていると母が下階から呼びかけてきた。
「帰ったらまず手を洗いなさい、今変な病気が流行っているらしいから。」
変な病気・・・? 僕は手を洗った後、テレビに映っているニュースを見た。
「――速報です。現在東京都港区で急激に広まっている謎の病気『スーサイド症候群』による死亡者数が2000名と増加していることがわかりました。原因は未だわかっていませんが、できるだけ外出を控え、マスクの着用やや除菌などの予防を徹底してください。繰り返します・・・。」
港区というと、父さんが働いている場所じゃないか。そう母に言うと、父さんは大丈夫だ、と強く返された。そうであることを祈るばかりだ・・・。
そう思った矢先、ふと僕はある事が頭をよぎって全身の血の気が引いていった。
―――莉奈は、この病気にかかってしまったのではないか。
僕は急いで部屋に戻り、携帯電話を確認した。莉奈からの返信は未だ来ないままだった・・・。