先触②
また明日ね、そう言って私は陸斗を見送る。
陸斗の姿が見えなくなった後、私は誰もいない無駄に大きな自分の家に靴を脱いで上がる。
この家がこんなに広く感じるようになったのはお母さんが死んでからだろうか、
ふとそんなことを考えながら買ってきた夕飯の材料を台所に並べる。
―もうこんな時間か、お父さんが帰ってくる前に夕飯を作っておかないと、ああ、お風呂も沸かさなくちゃ…。
風呂の湯沸かし器のスイッチをオンにした後、陸斗が持ってきてくれた挽肉をボウルの中に落とし、調味料を加えて両手でぐちゃぐちゃ、とつぶしていく。
今日も言えなかったな、そういうモヤモヤを挽肉をつぶすのと同時にはき出していく。
陸斗に自分の気持ちを伝えようと、これまで何度もチャンスを作ってきた。
でも、肝心の一言、残された最後の一言が言えない…。
心の中で思っていることが口に出せない、私はいつもそうだ。
その証拠として、私は今でも陸斗のことを「りっくん」と呼んでいる。
こんな呼び方、陸斗もきっと嫌がっているだろう。でも…、今の関係を壊したくない、呼び方を変えて、自分の気持ちを伝えて、それで陸斗との関係が壊れてしまうなら、ずっと今の関係のままでいい。
やはり私は臆病者だ。
私は挽肉をつぶす。ぐちゃぐちゃと、つぶす。
ピーマンの肉詰めが完成しても、お父さんは帰ってこなかった。
私は先に夕飯を食べることにした。お父さんに「今日帰り遅くなるの?」とメールを送った。
しかし返事はない。
夕飯を食べ終わってしまった後、風呂も先に入ってしまった、それでもまだ、返事はない。
私はさすがに不安を覚え、陸斗に「りっくん、夜遅くにごめんね。もうお父さん帰ってきた?」とメールを送った。
すると、陸斗から返信が来た。
[帰ってきてるよ、今日は珍しく早上がりだったみたい]
どうやら陸斗のお父さんは既に帰ってきているらしい。
しかも早上がりだったということは、もしかしたら誰かと飲みに行っているのかもしれない。
私はそう考えを落ち着かせた後、陸斗に「そう…、わかった、ありがとね。おやすみ。」と返信をした。
飲みに行くなら連絡くらいして欲しいものだ。
家事を済ませて、私は布団に入る、明日も学校だ、そんなことを考えながら…。
目を閉じて浅い眠りに入る直前、リビングの電話が鳴っていることに気づいた。こんな時間にいったい誰が…。私は重い足取りでリビングに向かった。電話は鳴り止まない。私は不審に思いながら受話器を手に取った―。