ありふれていたもの
「明日から学校か…。」
はぁ…とため息をついて布団に入った。
戸田陸斗は近所の高校に通う高校生である。
成績は至って普通で、部活はやっておらず、
いつも家に帰っては部屋にこもってゲームばかりしている。
今日も日曜日だったのだが、食事、風呂、トイレ以外は部屋を出ておらず、
一日の大半をゲームに費やしていた。
翌朝、朝食を食べると、
「行ってきます…。」
と気の抜けた声で家を出て行った。
いってらっしゃい、と元気な母の声が聞こえる。
月曜日は嫌いだ、休み明けだというのに授業が7限まであるし、その中に体育の授業もある。
運動は嫌いだ。できないわけではないが、汗をかいて疲れるだけのあの不毛な時間が大嫌いなのだ。
「りっくん、おはよう。」
後ろから呼び止める声が聞こえた。彼女の名前は瀬川莉奈、僕の幼馴染みで唯一の女友達だ。お互いの父親の勤める会社が同じであるということもあり、赤ちゃんの頃からの顔馴染みだ。
「莉奈か、おはよう。」
莉奈は僕とは対象的に、非常に活発でいつも明るく振る舞っている。
誰にでも明るく接するその性格からか、男子の間ではいつも注目の的となっている。
それ故に、僕のことを「りっくん」と呼んだり、仲良く話したりしている姿を見られると、他の男子から邪険にされたりする。
僕に友達が少ないのはこいつのせいじゃないか、と思ったこともあった。
毎朝僕と莉奈はたわいもない話をしながら一緒に学校に通っている。
といっても、特にこれといった約束をしているわけではない。
僕が歩いているところに莉奈が話しかけてくる。これの繰り返しだ。
教室に着くと、僕の席に誰かが座っていた。
「おお、陸斗、やっときたか。」
遅かったな、と言いながら僕の元にやってくる、彼の名前は田川博貴、
僕の数少ない友達の一人だ。
いつも同じ時間に登校している僕に「遅かったな」と言うくらいにはマイペースな奴だ。
「昨日な、部活で…、あ、せ、瀬川さん。おはようございますっ。」
前々から気づいてはいるが、こいつはどうにも莉奈のことが気になっているらしい。
莉奈の前ではいつもこんな調子だ。それより昨日の部活で何があったんだ…。
「おはよう、田川くん。」
莉奈の方はというと、こいつのそんな気持ちなんて全く気づいていないようだ。
―頑張れ博貴、応援してるぞ。
ちなみに、僕も莉奈も博貴も中学校からの付き合いで、何の縁があってか高校でも三人一緒のクラスである。
僕の友達は片手で数えられるくらいしかいないが、その中の二人が同じ学校の同じクラスにいるというのはなかなかありがたいことである。
午前の授業が終わった。
これから昼食を食べるのだが、莉奈は他の女子と、博貴は部活仲間と一緒に食堂で食べるので、僕は教室で一人弁当を食べる。
最初の頃は寂しかったのかもしれない。
しかし、長い間一人で過ごしていると、孤独にも慣れてくるもんだ。
「りっくん、今日は一人なの?」
莉奈が僕の前に座って言った、いつも一人だよ、と心の中で呟きながらうなずいた。
「今日はお母さんがお弁当作ってくれたんだ。よかったら一緒に食べよ?」
教室にいる男子からの目線が怖い。だが断る理由もないので一緒に食べることにする。
「あ、玉子焼きが入ってる。りっくんのお母さんの玉子焼きおいしいよね。いいな、欲しいな。」
わかったよ、と一つ玉子焼きを分ける。
周りの男子から感じる視線で胸が痛い。午後の体育で何かやられるかもしれないな。あぁ、胃が痛い。
「ありがと。お礼に私の唐揚げ一個あげるね。はい、あーん。」
やめてくれ。
そんなこんなで昼休みが終わってしまった。
数学の授業が流れるように過ぎてゆく。この次が体育だ。
この数学の授業が大幅に延長してくれればいいのになぁ、なんて考えているとチャイムが鳴った。
今日の体育ではバスケットボールをする。なるほど、悪くない競技だ。
「ボールが来たら俺に回してくれよな。」
博貴が大きな声で言った。言われなくてもそうするつもりだったが、
わざわざ男子全員の前で言ってくれるとは、僕もやりやすくなった。
僕の役割は簡単だ、味方からボールが回ってきたら博貴にパスを出す。
敵がボールを持っていたら、ディフェンスをしている素振りをする。それだけだ。
試合が始まった。僕のチームは見たところ博貴以外に運動のできる奴はいなさそうだ、
対して相手のチームは運動部だらけだ。普通に考えて勝算はない。
「陸斗、こっちだ。」
僕は博貴にパスを出した、パスだけは得意だ。僕が投げたボールは正確に博貴の元に届いた。
博貴が相手のディフェンスをどんどん突破していく。
しかし肝心のシュートが決まらない。ボールのリバウンドを相手にとられた後、瞬く間に突破されてしまった。
そして、博貴の元に常にマークが2人ついている状態になった。つまり僕たちにはもう為す術はないのだ。
「陸斗、お前が行け。」
博貴が言った。まあ、そうするしかないか。
「戸田が行ったぞ、止めろ。」
僕は慣れないドリブルでゴールの元に突っ走った。
僕が自分で攻めるとは思わなかったのだろう、僕はゴールの目の前にたどり着いた。
「打て!」
博貴の叫び声と一緒に僕はシュートを打った。
そこで試合終了のブザーがなった。このシュートが入れば同点だ。
「入れ!」
カンッ、とゴールの縁にはじかれる音がなった。
まあ、入らないよな…。
体育の授業が終わった後、博貴が寄ってきた。
「惜しかったな、でもナイス攻めだったぜ。」
ありがとな、と返して僕は着替え始めた。
運動は嫌いだ、しかしこういうのは悪くないかもな。
僕はそんなことを考えた。
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僕らの日常は他人から見ればありふれているものなのかもしれない。
実際、僕にとってもそれはありふれていたものだった。
もし、人が他人とは違う何かを求める生き物なのだとしたら、
そんなどこにでもある日常、それは「幸せ」と呼べるのだろうか。