第八話 端役達 業界の深淵を覗く
『転生勇者は獣耳少女の夢を見るか?』はチューニーさんの熱演とレイアさんの色気で遅い時間の放映にも関わらず序盤から高視聴率。特に放映分4話をまとめた魔晶の売れ行きが尋常ではないという。そりゃそうだ、特典としてケモミミガールズの入浴シーンメイキングが入ってるんだもの。
俺たちに二度目のオファーが舞い込んだ。主人公を助ける勇者パーティーを狙う闇ギルドが、禁断の蘇生術で蘇らせた雑魚亡者キャラの一員である。台詞がほとんどないので楽な仕事なんだが、闇ギルドを裏切り命を落としかけ、転生パーティーに救われる女魔導士役が、バンパイアとエルフのハーフという設定。それを演じるハーフエルフの中堅女優さんに、カリム助監督がメリッサを指さし「バンパイアだから話聞いて役の参考にしてみたら?」と言いやがった。少々ビビるメリッサ。先日のニルヴァーナさんの一件もあり、エルフという種族に軽い苦手意識がある俺達なのだ。デレハラには気をつけなきゃ。
銀糸の髪、エルフにしては少々ふっくらした顔立ち、だが目つき鋭いキビキビした動きの女性が「ふん!」という雰囲気を身に纏ってこちらにやってくる。確か……セルマさんという初対面の女優さんである。メリッサより僅かに小柄であるが、なんかコワイ。ニルヴァーナさんと別ベクトル、業界っぽい。
「バンパイアですって? 珍しいじゃない。血に飢えてるときの表情、今ひとつ納得できないのよ。どんな感じ?」
直球が投げ込まれた。さて、どこから説明するべきか。
「……あたし、血が飲めないんで……」
「え? どうやって生きてるの? エナジードレイン?」
「できないです、できたら楽なんですけど……」
矢継ぎ早に質問が浴びせられる。規格外なので何の参考にもならない情報が次々と提供される。
「じゃ、歯とかどうなってんの? 犬歯2本が尖ってんの?」
こりゃこれでデレハラなんじゃねーの?と思うが悪気はなさそうだ。
「あー、ちょっと人より大きいかもしれないけど……」
イーと口を開いてご覧いただく。歯並びはマシ、というか綺麗なほうだ。あまりの平凡さにセルマさんは呆れ、少々イライラなさってる。
「……あのさ、血の渇望を抑えながら、傷ついたケモミミガールズを庇うシーンでアップがあるのよ。食べたいもの食べられないときの顔ってどうなんの?」
……熱出して倒れるんです、とは言えない。
「メリッサ、とりあえずやってみろ」
「えー……こんな感じかな?」
先日腹を減らせて倒れた時のゲッソリ顔を自分では再現したらしい。だが生活に疲れた主婦の顔にしか見えん。周囲をほのかに暗くする哀愁が漂う。
「……悪い、わたしが悪かった。無理しないで。大変だね」
先輩女優に気遣われてしまったのである。
出待ちの休憩中、セルマさんはドッカリとこちらに居座った。姉御肌の御仁。
「今回からしばらく出るんだけどさ、そもそもわたし、ケモミミじゃないわけよ」
ふむ、やや丸みを帯びた耳はニルヴァーナさんよりも人間に近いですね。
「事務所が無理やりねじ込んだのよ。下手したら切られるから何とか現場で工夫してウリの一つも考えろって丸投げされちゃって。こっちも食い扶持かかってるし、頭痛めてんのよ」
……愚痴が始まった。ニルヴァーナさんといいセルマさんといい、エルフの血にはそういう成分が豊富なのかも。おっとまたデレハラだ。
「何かいい手ない? 考えてよ共演者」
「……チューニーさんに相談は?」
セルマさんの顔が微妙に歪んだ。チラとチューニーさん達の座る一角に視線を飛ばし、小声で仰った。
「……役に立つと思う? 筋金入りのケモミミ至上主義者に聞いても、どうせウサミミとかタヌミミのハリボテ渡されて終わりよ」
……そこまで重症なんですか。お察しいたします。お大事に。
「……アクション方面はどうなんです?」
「それか……今回、わたし魔導士系じゃない? 風と樹木の精霊系は使えるんだけど、そもそも風って目に見えないじゃない。それってどうなの?」
メリッサがニルヴァーナさんにズタズタに引き裂かれた様子からすると、やられる方には威力が実感できるんだが……見映えねー……風に色をつけるとか。
「樹木巻きつけて締め上げるとか、ありきたりで。あー……わたし剣士役もらいたいのに、なんで来ないのよー……」
「剣、得意なんすか?」
「そっちは経験長いから自信あるの。でもねー、主演やメインヒロインと被るからって、なかなか使わせてもらえないのよ」
転生者はなにゆえ剣に執着なさるのか。メインウエポンに幾らでも強力なのをお持ちなくせに、トドメは必ず大剣である。たしかにビジュアルのイメージは大切だ。うーむ、中堅どころにも悩みは尽きないもんなんだな。フランクがふと思いつきを口にした。
「……キャラ作りって、別の部分でやることあるよね? 蜘蛛が苦手とか、甘いものに目がないとか」
「そうよね……セルマさん、好きなものって何かあります?」
メリッサが尋ねた瞬間、ハッとしたセルマさんが勢いよく立ち上がった。確信に溢れたその表情、う、何か開眼したようだ。
「それ! あんた達、いいこと言った! それだ! じゃあね!」
先ほどを上回る勢いでズンズンとカリムさんに歩み寄り、何やらまくし立てている。リアリティとかスポンサーとかタイアップとかの単語がちらちら聞こえる。渋い顔で聞いていたカリムさん、主任のペンタクスさんと大道具チーフを呼んで、色々打ち合わせに入ったようだ。
「……ナニかしら。なんかツボに入ったのかしら」
「うむ、プロって感じだな。ああいう人は尊敬するにやぶさかでないぞ」
だが俺はこの感想を即座に引っ込めることになった。その理由は、だ。
◇◇◇
禁断症状で顔面蒼白、びっしり浮き出した脂汗、止まらぬ手の震え、わななく口元に虚ろな目。濃い緑のマントに魔法杖をかざし、傷ついたレイアさんを背にしたセルマさんである。「ウラギリモノ」と唸りながら亡者役の俺たちは彼女に迫る。公国早起き体操第三の二つ目の動きをご想像いただけば当たらずとも遠からずである。両手を前に伸ばして手首だけ動かす、アレだ。
セルマさんは原初的な渇望を理性で抑えながら、必死でケモミミ娘を庇おうとするがどうやら限界が近い。血の宿命には抗えないのか? その時、背後に小さな転移ゲートが開き、チューニーさんの声が朗々と轟いた。
「吸血と精霊の忌まわしき混血の定めを耐え忍んできた哀れな娘よ! ケモミミへの献身、見事だ! ささやかな褒賞を贈ろう、我がアイテムボックスの逸品、受け取るがよい!」
ゲートから投げ込まれた円筒状の物体を、セルマさんが杖を持たないほうの手で伸びあがってキャッチ……ようやくこの辺りにも入荷するようになった、魔界小麦100%の低温醸造、キリリとした喉越しが大人気の発泡酒『バッドワイズ スパルタドライ』350ml缶、キンキンに冷えて汗をかいている。
「こ……これは……伝説の聖なる飲み物!」
セルマさんの驚きに、閉じかけたゲートからチューニーさんの台詞が応える。
「ク……ククク……公都限定販売のその品、ついに全国へ!」
「ありがとうございます! 勇者様!」
プルタブを口に咥えて引きちぎり腰に手をあて一気飲み、プハー!
「亡者ども! わたくしは生まれ変わりました! 血の宿命を克服し、聖飲料の祝福を与えてくださった転生勇者様にお仕えします! かかってきなさい!」
初めて受けたが精霊魔法の樹木って、非常に痛い。節くれだった樹木で締めあげられると肉体がそっちはマズイという方向に変形し、灌木の棘が容赦なく突き刺さるのだ。レジスターの触角攻撃に慣れているフランクには楽な仕事のようだが、俺とメリッサは喉が枯れるまで悲鳴をあげ続ける羽目になった。
セルマさんのご提案はメインスポンサーの聖教会担当者にもご快諾いただき、新たに売上第三位の発泡酒企業がタイアップで提供につくことになった。聖教会の壁にバッドワイズの看板がひと夏掛けられることになる。セルマさんの演じる魔導士の役名はスパドラに変更され、ケモミミガールズの終盤の入浴シーン直後、必ず風呂上がり姿でプハー! とやるスパドラ嬢のアップでエンディングというお約束ができたのである。
「いやー、助かったわ。こりゃいけるわ。事務所から叱られたけど問題なし。メリッサ、あんたのアドバイスのおかげ。ありがと」
メリッサのどの発言が酒乱魔導士の役作りに貢献したのか、俺には理解できない。一瞬でもプロ魂に感嘆してしまった自分が恥ずかしい。この人、ダメな人だ。酒に飢えた表情という思いつきで演技に開眼してしまうあたり、限りなくイカン人種だと思う。
「そんでさ、お礼に、ギャラのいい仕事ひとつ回してあげるから。……カリム! ちょっと!」
結果オーライでホッとしたカリムさんがこちらにやってくる。
「なに、別のお酒のタイアップ? そりゃ無理だよセルマ」
……業界暗黙の了解らしいな、セルマさんの酒好きは。
「ケモミミの入浴シーン、わたしじゃなくて、この子じゃダメなの?」
「ぐへ? は?」
「湯煙で顔見えない、肢体どアップのヤツ、特典で入れてるじゃない」
……知らなかった。そうだったんですか。
「レイア相手じゃ敵わないけど、ほら、そこそこあるし、いけるでしょ?」
ワナワナしながらそこそこと評価された胸部に目を落とすメリッサ、邪神の祭壇に備えられる生贄の表情の練習中である。そりゃちょっと、いくら何でもマズイ。
「待ってくださいよ! コイツ、そういうのは遠慮したい質でして、勘弁してやってください」
「なに、コモノっていったっけ。あんたが困る理由でもあんの?」
「全く無いっす。……いや! そうじゃなくてですね……」
「じゃ、いいじゃない。ギャラいいのよ」
押し問答が耳に入ったようで、ペンタクス主任まで顔を出した。
「いいじゃねえか。 メリッサ、一度出てみろ、顔映さねえしよ」
「みんな初めのうちは抵抗あったみたいだけど、女性としての美しさを見せることで自分の演技の幅も広がって、同性のファンも増えたって言ってるよ」
カリムさんまで怪しい口説きにかかった。フランクはろくろく理解せずにウンウン頷いている。メリッサは痙攣するみたいに首をブンブン振り続けるが、誰も気にしていない。俺は地味女のために、せめてもの抵抗を試みた。
「あ、あのー……本人もすごくコンプレックスとかあるみたいですし……」
「ダイジョーブ大丈夫だいじょぶノープロブレム。女優が一度は通る道よ」
「次回は『ハガテン』と『テンケモ』、同じ日にボクが撮るからちょうどいいでしょ。じゃペンタクス、準備よろしくね」
「おお、『テンケモ』特典の撮り、2時間ありゃ十分だ。コモノとフランク、そいつ逃がさず連れてこいよ。お疲れ!」
三人がさっさといなくなり……途方に暮れる。そもそも事のおこりはカリムさんがセルマさんを俺たちに押し付けたからだ。カリムさん、いい人ではあるが、柔らかな人当たりで下っ端をヒドイ目に遭わせるのも得意なんじゃないか? とにかく小刻みに震えている吸血女を何とかしてくれんか。………
……というわけで、だ。メリッサがぶんむくれなのである。俺の対応が一連の悲劇を引き起こしたと主張し、俺を悪の総帥扱いである。そんなに出世したくないのだが。フランクに意見を求めても「全部コモノが悪い」と言われた。どこがどうマズイのか。
さて明日の午後、いよいよ撮影である。本の読み合わせでもメリッサは完黙を貫き続けた。どうなるか分からんが、俺としてはカリム助監督様に土下座を敢行し、メリッサにとって不名誉な『テンケモ』特典デビューを阻止する予定である。なお共益費管理主任フランクの綿密な測定により、あの日以降昨晩までのメリッサ入浴所要時間が前月比60%増、3人の共有品である安物ボディソープの消費が5割増になっているとの報告があったが、俺はフランクの肩に手を置き、首を二、三度振って告げたのだった。
「忘れろフランク、ヤツには何も言うな。損失補填は俺がやろう」
微妙な女ゴコロ、ってモノはいつの時代も、どんな種族でもムズカシイ。