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異世界端役の惨憺たる日々  作者: 小物爺
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第八十八話 端役 スポーツを嫌悪する


転生者の殆どが異世界とパレアスの文化的類似に驚くという話は転生者インタビュー集『re:live』にも散見される。タナトスさんを混乱させた、人名や商品名で起きる固有名詞の混乱を別にすれば、衣食住に科学や芸術、風俗に至るまで相似形であるという。直立二足歩行型の知性体というのは、考えることも似通るのであろう(おっと、多足族と無足種へのデレハラ発言だ)。スポーツもその一つ、パレアスのスポーツは異世界でも一般的らしい。キックボールにフィールドボール、バレルボールにラケットボール……名称とルールの違い程度であり、競技人口割合も似ているというから呆れる。


なぜ呆れるのかというならば、俺がスポーツを憎悪し嫌悪しているからだ。文化的蛮行、疑似戦争であるスポーツが並行世界にも遍く広がっているという事実は、真に平和を愛する俺のような文化人の心を傷つけ、こうした野蛮性を持たぬ異世界が一つでも存在しますように、と流れ星に向かい祈ることを強いるのだ。


ひとりでやる体操というのはマコトに平和なものだ。世界のスポーツは公国早起き体操だけでよいとすら思う。飛ぶのも走るのも泳ぐのも、たかが移動手段だ。速い奴がいてもノロノロ行く奴がいても差し支えない。それをなぜ争うのか。人より高く飛び上がる、目的地までの速さを競う、遠くまで物を投げて喜ぶ、相手を組み伏せる、投げ飛ばす……親の顔が見たい。俺と同程度のスポーツ嫌悪派詩人ヨウサ=ノア=キリコも処女詩集『Waving hair』でフィールドボールに興じる学生への憤激を「親はバットを握らせて/球を殴れと教えしや?」と高らかに歌っている。残念なことにこの詩集は自費出版で17部しか売れなかったそうだが。


大嫌いな理由のもう一つはファンの集団ヒステリーだ。贔屓チームの応援に集まり一丸となって行動する連中を見ると俺は鳥肌が立つ。集団を構成する個体数の二乗に反比例して、その平均知性は低下し感性が鈍化し行動が単純化し扇動が容易になるというゲペルスの第一定理を具現化した存在への恐怖だ。過度の仲間意識と他者への攻撃性、身贔屓と敵への不寛容、ヒステリカルな言動、マスゲーム的統一性……紛れもなく、国策戦争が行われている時期の理想的国民像と一致する。祭礼の参加者や音楽ライブで騒ぐ客の群れ、営業成績うなぎ登りの販売店の朝礼に張り切って参加する連中も同じだが、個の喪失への懐疑という健全な意識が欠落している、と俺は確信しているわけだ。


知性体誰もが持つ、残虐な闘争心を発散させ満足させるための、疑似戦争としてのスポーツなら、一種の対症療法としてまだしも我慢できるが、スポーツの中にビジネスモデルや自己形成プロセスが持ち込まれ教育に浸透し国家間の平和交流にまで利用されるに至り、事は修復不能なまでに悪化した。成功するまで努力すること、ポジティブシンキング、目標設定に計画実行検証修正、勝利第一主義に集団意思統一……考えるだけで大脳が腐敗しそうな汚らわしき単語ばかりである。


俺の偏見は、一般社会常識とスポーツ倫理説(スポーツが社会的存在としての人格形成に不可欠な、知性体の道に即したものだというタワゴトのことだ)に基づきそこら中で無視される。だが思う。戦後はいつか戦前になり、気づくと誰も彼もが戦争に巻き込まれる。命があったらもう一度、俺の偏見を思い出してくれ。国のため、郷土や文化や家族のため、友のためというお題目を唱えれば何でもOK、ルール無制限の贅沢なスポーツを楽しめてるかい? そりゃよかった、あんたはスポーツを愛する立派なパレアス人だ。大したもんだ。


◇◇◇


休憩中の大部屋内に場違いな口論が続いており、周囲の連中は、ああまたやってるよアイツと知らんぷり。おっかない顔で睨みつける主役が暗黒冷酷腹黒ニルなのはともかく、なぜ俺がその相手をしているかといえば、いくら頼まれようが断じて嫌だからである。連帯感や必死な努力、贔屓チームを応援するヒステリー状態は生理的に受け入れられない。スポーツ合法戦争説の信奉者である俺は世間と価値観を共有する気はない。


「狭量さにも程があるでしょう! だいたい私だって他に頼める人がいれば喜んでそちらに頼んでいます。条件に該当するのがあなたしかいないという戦後最大の悲劇に耐えながら頭を下げているのではないですか! いい加減に首を縦にふりなさい小悪党!」


「だから。俺はスポーツと名のつく一切を拒否する生粋のエセ文化人だ。もちろん世間様がどれだけスポーツを大切に思い、取り組み、政治経済医療文化交流にお役立てなさってるかくらいは知ってる。知ってて俺は関わりたくねえ。心正しく清らかな方々の祭典だ。俺が場違いなのはミエミエだろうが。他を当たれ」


「暗愚の小悪党の依怙地な拘りは知ってるわ! でもそもそも、それとスポーツは別でしょう!」


目の前に広げられているのは、皇国各省庁の若手官僚や役人がタレントと共に公国を訪れ、視察や会談の合間にこっちの連中と交流するイベント、親善キックボール大会への出場依頼書。異世界でフットボールとかサッカーと呼ばれる、あのバカげたスポーツである。何が哀しくてだだっ広いグラウンドを何十分も走り回り、ボールを蹴って運ばねばならんのか。蹴り飛ばされた球を頭で受けるのもマゾヒズムの一種じゃねえのか? リンゴ大のボール一個をめぐり敵味方18人と数万人の観客が大騒ぎするフィールドボール同様、スポーツのナンセンス性を代表する競技だ。実家筋の義理でニルがエントリーしメンツを集めるよう依頼されたらしく、帰省後の不機嫌の原因はこれらしい。結局セルマに相談し、事務所の全員に召集がかかり、もちろん俺だけが拒否しているわけだ。


「分かった、俺でもエントリーできるなら、臨時雇用で問題ないんだよな。身体能力の高いのは幾らでもいるだろ? このあいだゲストに出たエシンガーちゃんとか、キャロさんでもイロナさんでも」


近くのテーブルで仲間と飯を食っている大道具バイトの元暴竜族のニーチャン、トリノが「あの、俺でよきゃ……中等学校でキックボール部いたんですよ」と自分を指さした。渡りに舟とはこのことだ。


「おお、立候補してんぞヤミ子。経験者だぜ、ヤツに決めちまえ」


だがニルは依頼書をめくり、参加資格を定めた一行を黙って指さした。


【メンバー8名には、公国暦26年(皇国暦 DEP-S1年)以前に誕生/発生した人類・非人類を必ず一名以上含むようにチームを編成してください】


……何だこの条件。ヤミ子は当然クリア、だがあとは24年生まれの俺しかいないのか? でもオッサンだって幾らでも転がってんじゃねえか。


「……年齢制限か。顔馴染みの監督に頼めよ。ラシードさんでもチーフでも、殺陣師のニコラスの旦那とか」


俺の言い分はマトモである。旗色の悪くなったニルはそれでもどうしても俺を参加させたいらしい。フン!と顔を背け、依頼書を持って大部屋を出ていった。フランクが、リハで一部焼け焦げたメリッサのマントを修繕しながらぶつぶつボヤいた。


「コモノー、お願いだよー、運動嫌いなのは知ってるけどさー、今回だけ……」


「瓦版の営業みてえな言い回しに騙される俺だと思うか? 既成事実を作ったらあとは二度三度、恒例化するに決まってんだろ」


俺と喋りながら見事なクロスステッチでマント端を縫い上げていくフランクの手元を熱心に観察中のアレックスも出場するが、俺には完全不干渉、何も言わない。徹底したスポーツ嫌いに何を言っても無駄なのを知っている。焦げた毛先を衣装部から借りた鋏で整えている(髪も回復魔法で簡単に治せるが、今月も下旬になり回復魔法料金がキビシイ時期だ)メリッサがフランクをなだめた。


「やめときなさいよ、コイツが駄々こねたらまず無理。何とかニルを納得させなさいよ」


◇◇◇


「……公国ランサーズ対アンデッドファイターズは4対3でランサーズが勝ち、勝ち点を85に伸ばしました。2位の……」


『優しき巨人』亭のスクリーンには延々とPリーグの試合結果が流れる。興味なさげに眺めていたメリッサが蒸し返してきた。


「アンタさ……引っかかりも拘りも分かった上でアイツが頭下げてんだからさー、今回ばかりは年寄りらしく、譲ってあげたらどうなのよ……?」


無視してパンで皿を拭い口に運ぶ。俺の食い終わった皿は常に綺麗であり、サブチーフのケイトさんがよく褒めてくれる。


「メリッサ、今回は放っておこうよ。ボク、いちぬけたー」


気配り怪物の台詞が耳に入らなかったのか、まだ続けやがる。珍しく竪琴母娘は沈黙し、茶を飲みながらキックボールのルールブックを読んでいる。


「ねえ、『そういうもんだ』ってことで、考え直してさー……」


メリッサも悪気はないのであり、本心ではニルの心中を思いやっているのも分かる、不愉快ではあるが。コイツが二つ返事で気軽に承知したのもそれだけが理由であろう。あとは白エルフと竪琴母娘に……あれ? 人数は8名っていってたよな?


「俺の代わりを数えても7名じゃねえか。結局誰か頼むことになるんだろ? 役員になんとかさせろ」


就寝前、ライアが寝転がる俺に尋ねた。


「コモ。ニルさんが理由を離さないのがイヤ、なの?」


事情があるなら話せヤミ子のバカたれ、と思う部分もある。それはそうだが、その台詞を言語化するのも俺は嫌いである。俺の内部に優しさや思いやりが存在していないためだ。俺はタオルケットをひっかぶった。ベッドの上から呆れた溜息が二つ聞こえた。


◇◇◇


闇エルフは信じられない手段を使った。これほど汚く邪悪で全ての尊厳を踏みにじる行為が許されるとは世も末である。コーさんと共に俺の前に現れたニルが示した便箋は、魔映画人協会カリャーマ支部から魔導士ギルドへの通達であった。


◆◆◆


・皇国主催の親善キックボール大会の応援団として、一時雇用を含む全協会員から抽選で選ばれた該当者に応援参加を義務づけることといたします。厳正なる抽選の結果、姓名がC、O、Tで始まる方は必ず応援に参加してください。公国旗と横断幕、応援用メガホンは当日支給いたします。


・勧告を無視した組合員および一時雇用者は向こう一年間撮影所への出入りを禁止いたします。


・当然のことながら、出場者は応援団への参加義務が免除になります。


◆◆◆


カリムさんにビートルさんにラシードさんにニジスキー監督、ペンタクスチーフにブロニカさんにコーさんに……誰一人としてCもOもTも入っていない。Common-Ordinary-Tricksta……俺が狙い撃ちされた。


「どうするの? もちろん応援団の一員として、揃いのフェイスペイントをして、横断幕の端を持って、試合中声を枯らして叫び続けるのよね? それとも頭を下げて、ライアープロ選抜チームに参加させてくださいませと頼むのかしら? 今朝の闇占いは中吉だったから気分は悪くないのです。どうしてもというなら冷酷な闇の具象としての私も考え直さないこともないでしょう……」


呆れるコーさんの横に立つニルはご満悦の表情である。工作しなきゃ、魔映画人協会が日雇いにまでこんな指示を出すわけが無い。かなりデカい影響力……金髪の容疑者は素知らぬ顔でメリッサの着付けを手伝っている。俺は夕方ニルの楽屋に無言で顔を出し、出場者一覧に名前を書き殴った。


親善試合は、学生のフィールドボール試合でよく使われるナイクアンの多目的スタジアムで行われることになっていた。直通竜車の送迎付きである。ユニフォームはフランクが衣装係に話して余り物を貰い、仕立て直して染めた。一枚、バカでかいのがある。


「お前のか? それにしてもデカい……ゴールの後ろにでも下げるのか?」


フランクの答えで、ライアープロ第八のメンバーが判明した。


「これはプレゼンスのだよー」


俺は大笑いしたが……翌日、それが本当だったことを知った。ナイクアンに到着し、選手控室に陣取ると、プレゼンスが入ってきたからだ。同時に今日の審判団が挨拶に訪れ、馬を見てギョッとしたがペットだろうと思い直し、メンバー表とポジションの確認に移った。


「コモノさんがキーパーですね。バックスがフランクさんとライアさん、ミッドフィルダーがアレクサンドラさんとプレゼンスさん、他がフォワード……」


顔とゼッケンの確認。左のミッドフィルダーとして呼ばれたプレゼンスが嘶き、さすがに審判が笑い出したが、まっすぐマネージャーが暴言を吐いた。


「輜重課主任で俳優のプレゼンスは馬頭族だ。何か問題でも?」


「う……モロ馬でしょ! 馬はさすがに……」


「再び言おう。プレゼンスはれっきとした馬頭族、ライアープロダクションの輜重課主任であり、現在作成中の舞踊劇では主演を務めている。チームの一員として親善試合に出場することに何か問題でも?」


「だから! 馬はダメ。これ、100%栗毛の馬じゃないですか! 頭だけじゃなく、全身、蹄の先まで馬でしょ!」


審判団が常識人で構成されていることを俺は喜び、もっと言ってくれ出来れば没収試合にしてくれと祈ったが、ヤミ子が説得を引き継ぎ審判団の前に立った。


「事務所を代表し、少しだけ話させていただきましょう。ニルヴァーナ=クロウスカイは今回の試合への参加を公国魔大陸、ダークエルフ最高評議会から依頼され、クロウスカイ家の名の下に出場するにあたり、新興の弱小事務所を経営中であることを申し立て、若干の便宜を諮ってもらう黙約を取り付けています。わがプロダクションは彼、入社半年の馬頭族、プレゼンス輜重課主任をメンバーとしてエントリーしました。貴方たちの眼という節穴に彼が馬だと見え、それを理由に出場を拒否する場合、我々はエントリーを辞退し、何が起きたかを公国と皇国双方に詳細に報告することになるでしょう。三度繰り返しましょう。プレゼンスは馬頭族。宜しいかしら?」


こういうのを脅迫、恫喝というのだ。アレックスとニルは町会世話役ケイウンさんと良好な関係を保っている。当然である。ヤクザ者は同類を知るのである。審判団がスゴスゴ出ていき、しばし経ってから一人ずつ計量に呼ばれることになった。


キックボールは、多様性に富み身体能力にも大きな差異があるパレアス各知性体が公平な試合を行えるよう、種々の工夫を取り入れている。異世界のサッカーとの大きな違いだ。まずフィールドプレーヤー7名の身体能力平均値を比較し、暫定的にゴールの大きさが決められる。平均値が等しければ双方のゴールが同じ大きさになるが、まずあり得ない。能力の低いチームの味方側ゴールは小さくなる。その後、7名の平均値と敵ゴールキーパーの能力値を比較する。虚弱なキーパーなら守るべき自陣のゴールは更に小さくなる。身体能力のぶっちぎりに低い俺が竪琴チームのキーパーに選ばれた唯一の理由だ。試合中は魔法類の使用は一切禁止、うっかり使用した場合一発でレッドカードだ。ただしフィールド外での回復魔法使用は無制限、相手選手に全治一か月以上の重傷を負わせた場合はペナルティボックスに30秒間入る。


俺はろくずっぽルールを知らないので、とにかく飛んでくるボールを防ぐ、それを味方に投げる、この二つだけやれと言われている。


「アレックス、二つ目は難しいでしょ、一つ目だけに専念させたら?」


セルマの提案に堅物は頷いた。


「うむ。そうするか」


幾らなんでも馬鹿にしすぎだろ! だが俺の守るべきゴールは高さが俺の肩あたりまで、幅も身長と同じ程度。これにはホッとしたが、向こうのゴールの寸法も決して大きくはない。七名の各種能力測定中、測定器メーカーのサービスマンが呼ばれたという。計測機故障で数値が異常を示したわけではないと分かるまで時間がかかった。


予想通り、12000人収容の観客席に人影はまばらである。こちらと皇国のキャメラが数台、あとは義理で来させられた非番の役人……と思ったら、チューニーさんとクラインさんが観にきていた。よほどヒマだったのだろう。


対戦相手は役人に同行したむこうの若手俳優。溶岩人、スケルトン、鉄巨人とアルミ族の混血、竜人のイケメン若手男優さん、豹娘さんと邪教死霊召喚士にサキュバスの双子というアイドル系メンバーだ。スケルトンさんと豹娘さんの人気が特に高いそうだ。新作キャンペーンも兼ねていると聞いた。


「精霊系種族がいないな……事情でもあんのか?」


鼻を鳴らしたニルの代わりにセルマが答えた。


「向こうの人たちは気位や体面もあるし、親善使節とのバランスを考えたんじゃないかしら……録画を編集して皇国ネットワークで流すんですって。お母さんに手紙で知らせたら、放映日を知らせなさいって言われちゃった」


親善試合のうえにタレント同士だ。怪我することなく盛り上がり、弱小プロはうまいこと相手を引き立ててボロ負けすりゃいいと思うんだが、ゴールが小さすぎて、わざとらしくミスするのも難しそうだ。そんなことを話すと、六人と一頭は怖い顔になった。アレックスが簡潔に言い切った。


「勝利を目指す。力の限り守れ」


なんで?


「礼を尽くすがゆえに全力を投じるのだ。竪琴の加護のあらんことを」


俺以外の五人が唱和し、プレゼンスが一声高らかに嘶いた。


◇◇◇


ド素人の集まりなので15分ハーフである。コイントスで竪琴チームが先攻となったが……開始の笛から三秒後、キックオフでアレックスがバックスのフランクに球を送り、フランクが山なりのボールをゴール前に蹴りこむと、フォワード陣より速くゴール前に走りこんでいたプレゼンスの頭にドンピシャリ、鉄アルミ巨人さんの股下を抜いて一点先取。魔女三人とハイタッチして戻ってきたプレゼンスがポジションにつく間もなく、今度は相手チームの豹娘さんが双子サキュバスと華麗なパス回し、気づくと溶岩人さんの豪快なシュートを真正面で受けた俺はボールと共にゴールに嵌り込んでいた。アレックスの怒声が飛ぶ。


「馬鹿者! しっかり構えんか!」


キックオフのたびに点がボカスカ入る。前半終了時で18vs18のイーブン、俺は18発のシュートで手足や首を折り、魔法料金カツカツのメリッサに迷惑をかけていた。


「どうする? ボクと代わるー?」


考えてみれば射撃の的になってるのと同じだ。回復魔法の魔通信速度制限がかかったとメリッサが報告し、頼み込んでバックスと交替し後半に臨んだが……今度はうってかわって全員が俺にボールを集めてくる。遥か彼方の戦闘ならシランプリもできるが、眼の前に転がっているボールに相手チームの選手が突っ込んでくるのでは、じっとしてるわけにいかない。竜人さんとスケルトンさんが俺を交互にマークして、デカイ翼や骨でタックルをかましてくるたびに吹っ飛ぶ。主審の近くにはサキュバスさんが張り付き、短いスカートをヒラヒラさせて注意をそらすから反則をとってくれない。ウチの連中は抗議するかと思いきや、みんなで俺を指差し腹を抱え、もっとやれと敵をけしかけている。終いには相手チームの選手も面白がって、自分たちのボールをわざと俺にパスして、俺が蹴り損ないすっ転ぶ様子を見て大受けしている。転生さんの声援とは無縁な演技指導が飛んでくる。


「端役君! 後ろだ、下段の蹴りが来るぞ! そう、そこで顔から突っ込め!」


「無様に球体に翻弄されし生き様、このチューニーがしかと見届けた! そこだ、召喚士のフェイントに釣られ転ぶなら今の機を逃すな! クククク!」


……俺一人が土だらけになり汗まみれになり、27vs27のドローで試合終了。グラウンドに数か所擂鉢状の穴が開いていたが、それはヒマになったセルマがスズメを真似てプレゼンスと一緒に作った穴だった。


◇◇◇


中央に整列し握手と挨拶に記念撮影。終盤に出来た擦過傷や擦り傷はメリッサが治してくれなかったので、シャワーを浴びた後、控室の救急箱から絆創膏を出してそこら中に張ることにした。


「じゃ、お先。……ニル、あんまりカッカしなさんなよ」


メリッサを先頭にみな出ていき、俺とニルが残った。どうやらここからが本題のようだ。しばらく経つと、マネージャーのフリをしていたが明らかに文官らしい青い肌の魔人さんが呼びに来た。


通されたのは、観客席の上に作られた、グラウンドを見下ろせる大きい窓のある貴賓室っぽい部屋。10人ほどかけられる大テーブルの片方に、どれもそれなりの地位にあるらしい皇国側の官僚や役人……窓側に座っているのはダークエルフ、あとの三名は魔人系のようだ。なぜかニルは逆側の席に俺一人で座るよう目で促し、自分は卓の短辺に当たる下座に座った。会釈と取れる程度に頭を下げると、窓側の男が名乗った。


「皇国外務省公国局、ブラックラウドだ」


皇国の連中、軍の上層部や官僚は氏族名だけを名乗るのが通常だ。


「知性大戦従軍者の戦争後遺症観察期間の終了に伴い、ニルヴァーナ=クロウスカイの皇国政務権返上、財産権移譲、遺族年金に関し本人より申し出があった。家格を考慮し、異例ではあるが現地にてリスニングを行い決定を下す。宜しいな」


……宜しいも何も……無礼を承知で俺は腕を組み、卓の中央に置かれたでかいコサージュを睨みながら暫く唸った。脳内で単語から確認する。戦争後遺症観察期間の終了ってのは……ニルが後遺症扱いだったってことだろう。政務権返上は……家格に保障されている皇国中枢部での任官を断るつもりか。財産権は一族の分与分か、本人の財産か? だがニルの親族について俺は何も知らん。遺族年金は……薄々察してはいたがマザーレス・チルドレンの三人分が支給されているのか。皇国から籍を抜くのか? 四人は苛立たし気な表情になりつつある。戦争で敗北させ属国化した二流の種族に時間を無駄にさせられるのがお好みではないのだろう。腕組みをやめ、顔を上げた。


「……分かりました。何なりと」


必要なら深層心理探査でも結構ですと付け加えたが、表情は動かなかった。俺についてニルが何か予備知識を与えてたんだろう。現行皇国軍の制服らしい格好の魔人が尋ねた。


「意図的に思想干渉、心理操作を行ったかね?」


……コリゃビックリだ。俺は顎を落としそうになり、慌てて両手で押さえた。


「……失礼しました。えっと……お……私の価値観は遠慮なく開帳してますが、知人と交わす無駄話という認識でしたね。思想や心理に影響を与えようとした覚えはありませんよ」


第一その能力もないっすよ、と呟いた。どうやら型通りの質問だったようで、すぐ次に進む。


「家族構成を答えたまえ」


「内縁の妻一人、子一人。ほかの親族は全て死んでます」


「内縁とは?」


「アレッ……アレクサンドラ=ブレイドは二級公国民の資格を頂く家系でした。準公民に入籍した場合、公国民資格を失い護衛騎士としての勤務が不可能になります。そんなわけで、内縁ってことです」


取るに足りぬ口論をしたのだった。俺が入り婿になればよいと言いやがったのだ。そんな格好悪い真似ができるか、俺はこの姓を結構気にいってるんだと怒鳴ったら、数時間後に丁寧に謝罪しやがった。呆れたヤツだ。


「両親の家系は?」


「親爺は職人でした。リバストン近郊の出身で、トリクスタってのはあの土地にある社の一つ……ギルド員解放令のころ、村中いっぺんに与えられた姓だと思いますよ。母は網元の娘で、出身地は32年の噴火と地殻変動で没したトゥリース群島の一つでした。記録は全部消失してますけど」


ニルの視線がこちらに当たっているのを感じながら答える。文官たちが小声の異国語で囁いている。信用できるか、調べさせるかとか言ってるんでしょうね。ブラックラウド氏が尋ねた。


「純人復権・解放同盟との関係を手短に」


げ、まだそれを引きずってますか。紙一枚にまとめて持ち歩くことにしようか。


「生き残りの五人のうち、モデラ=スウフウ伍長はすぐ俺達と別れました。シグベルト博士と一緒にジラルから地中を抜けようとして、そのまま行方不明です。残りはご存知の通り、テスタロッサ博士にお会いして、そちらの戦後処理の士官さんに一回目の心理探査受けた後に放りだされて、45年の末から2年くらいですかね……インテルメ村で過ごしました。レガート=モトローラ軍曹、テヌト=オトゥール伍長、アレグラ=マッカーティ伍長はエイプの牙の捜索を続けることで一致したんですが、俺……失礼、私は組織を作ってく過程で様々な小競り合いが起きるのがどうにも性に合わなくて、荒事に巻き込まれるのもウンザリでして、何か分かったら連絡するとモトローラに言い残して逃げ出したんです。音迷宮を一人で探索し始めて、それ以降はほぼ没交渉。47年当時は組織名もないし、まだ三十人ほどだったし、非人類嫌いの連中も主流派じゃなかったんですけどね……そんな感じでしたけど?」


スウが無茶をした理由を俺たち四人だけが知っていた。恋人にもう一度逢う、それだけがヤツの望みだった。俺の夢に時々現れるスウは四角い顔に照れたような笑いを浮かべ、常に隊長殿の後ろに控えてるから、そうなったんだと思う。特に突っ込まれることもなく、一番下座に座る短髪の男が、これで最後だと質問した。


「現在の職業を」


「えっと……日雇いの準公民です。こっちでいう、フリー……」


そこで初めてニルが口を開いた。


「株式会社ライアープロダクション最高名誉職、筆頭下働きです。証明の必要が?」


「いえ、結構。公国軍と公国行政府に所属しないことが明らかなら構わない」


最高名誉職なのかい、知らなかったよ。右から二人目が卓の下に用意していた書類を出し、向きを変え俺の前に三枚並べたが……はい、読めません。いつもアレックスから内容を理解しない書類にサインするなと言われているので、内容を聞かねば。あと、控えを貰わないと家に入れてもらえないかも。二人目が眼鏡を出し、書類を指差しながら聞き取りにくい早口で説明した。


「これはクロウスカイ家から預かった除籍証明への同意書……人類が『縁切り』『勘当』と呼ぶものと同種だ。隣は彼女の財産分与権放棄書、そしてこちらは遺族年金を含む彼女の遺産相続に関する書式だ。こちらの公用語で記載しているが、パレアス知性会議加盟国全てで通用する。正副二通にサインを」


……ここまでで堪忍袋が満杯になった。


「失礼します……ニル! 俺の暗く愚かな小悪党脳に理解できるよう、言い換えてくれ。簡潔で構わねえ」


ニルは四人を等分に眺めた。微かにブラックラウド氏が頷いた。真面目モードの冷淡な顔でなされた説明に俺が納得したかは別の問題だが。


「大戦の心理的外傷で狂疾を患い、経過観察期間が過ぎても治癒不能と判定されたので、クロウスカイ家は私の皇国における権限を全て剥奪するの。領地の一部を現金化して支給する代わりに財産権も全て放棄。戦後年金は私の死まで継続支給。家格の裏付けが失われたため、三通ともに保証人が必要なだけです。丁寧な字でさっさと書いてくれれば終わるわ。急いでちょうだい、みんなを待たせているのですから」


……ふうむ、だったらなぜ早めに話をしておかねえんだよ。アレックスの方がふさわしいだろうに、セルマに頼めば問題なかろうに。だが俺にしやがった。参ったな……一つだけ確認しよう。


「ニルヴァーナ=クロウスカイ。この中の一つにでも、どの単語にでも、おまえが納得できねえ部分は無いのか? あるなら言え、そんなもんにサインする気はねえぞ」


四人はまた異国語で小さく囁き始めたが、どうせ不遜とか無礼とか、聞き飽きた単語ばかりだろう。俺が乱暴に滑らせた書類を興味なさそうに眺めたニルは、ふと三通めに目を留め、それを示しながら異国語でブラックラウド氏に強い口調で話しかけた。……ほらみろ、やはりそういうことがあるだろ? ニルは自分のペンを出すと、三通目の一語を二本線で消して上に何か書き加え、指を当て簡単な魔力を発動(印を押すのと同じようなものらしい)、それをブラックラウド氏に渡した。彼はその部分を見て顔色を変え、俺を指差して激しい口調でニルと言い合ったが、内容はサッパリ。ニルが条件を呑ませたらしく、ブラックラウド氏が好きにしろという表情で人類そっくりに肩を竦めると、三通が俺の元に帰ってきた。ニルが俺にペンを渡した。


「ここだな。書くぞ。取り返しはつかんぞ?」


「早くしなさい、端役」


得意の煽り文句を聞かされたので、次々に名を書き殴る。ニルが書き換えた部分にはお馴染み謎の曲線がクネクネ、馬語のほうがまだ見やすい。


俺が都合六か所のサインを終えると向かいに座る四人が全て確認し、控え三通をニルに渡した。文官の魔人はすぐ席を立とうとしたが、ブラックラウド氏がそれを制した。


「先ほど最後と言ったが、訂正する。フランク=シーカーという不死人について。信に足る人物か?」


んんんん? ブラックラウド氏の雰囲気が変わった。ニルが何か咎める口調で叫んだが取り合わず、俺の顔を見ている。こりゃ……正直に答えてもよさそうだ。


「まーったく信用できませんね。アイツくらい何を考えてるか分からんヤツに俺は逢ったことがありませんよ……ただ『たべないものは ころさない』ことだけは保証しときましょ。保証人のサインが必要なら、幾らでも」


それを聞いたブラックラウド氏は軽く頷き、挨拶もせず立ち上がって、こう言った。


「大叔母様を宜しく、と伝えてくれたまえ」


四人は音も立てず整然と出ていった。上品に閉められた扉の向こうを睨むニルに俺もこう言って帰ることにした。


「キックボールで疲労困憊だ。おぶってくんねえか、大叔母様よ?」


◇◇◇


事務所一同が待つ老舗の大陸料理店『ラッキー・グリッター』に向かう途中、ニルが仔細をポツポツと口にした。ダークエルフの各種手続きは一族の長老が同席して闇精霊の洞窟で行うのが常識なのに、ニルがいくつか横紙破りを要求したのが揉めた理由だったという。悪しき先例を作らないようにという配慮の結果、キックボール大会をダミーとしてやってきたらしい。御大層なことだ。


「里帰りで最終処分が下ったの。四半世紀に渉る経過観察でも狂疾が好転せず、むしろ悪化。ニルヴァーナ=クロウスカイの公職復帰は不可能と判断し、政務からの追放を一族の総意として採択。財産分与後、クロウスカイ家との交流は、緊急時を除き禁止」


緊急時、の一言があるのは救いだ。完全に実家と縁が切られた、というわけでもないのだから。ブラックラウド氏はニルの従兄弟の遠縁で、クロウスカイ家から分家のブラックラウドに移籍して修業中の若手ホープだった。症状とは何か? 『閉ざされた空』に対するダークエルフ流の信仰に疑問を抱いたあたりか? 大陸料理店がそこら中に並ぶ通りを歩きながらニルが続けた。


「『高貴なる闇の威光』を端的に示す言葉があるわ。暗愚はご存知かしら」


戦中に配られた種族特性一覧に書かれていた、あれのことだろうか。


「『力はただ示される』だったかな」


「では『力』とは何かしら?」


「そりゃ軍事力や権力であり、知的能力であり、富に地位に名声に……公国が最高法で『実力』って書いてる類のモン、一切合切ひっくるめたイメージだろ?」


「フフフ、そこは人類らしい受け止め方ね。力とは闇。あらゆるものがそこに集まり、高密度のため何物も逃れられなくなった闇。光に照らされてできる影や、光の届かぬ闇というものとは本質的に違うの。根源であり、善悪を超えた真理の居場所、それが闇」


物理学的な信仰対象に聞こえる。高密度で光すら逃さないっていったら、事象の地平線といったかな、アレと同じだ。


「闇を信じ定めとする者は闇への義務を負うのです。冷淡で酷薄、合理的に切り捨てた結果もいつかは闇に集まる。だから果断に迅速に、合理的に冷酷に決断を行う。それが皇国の政務で私たちが長年重宝され、重用されてきた理由」


いつかライアが読んでくれたニルの講演録でも、似た話を聞いていた。話の着地点が分からないが、こういう話を聞くときに性急に先を促すのは……礼を失するというものだ。俺は大陸風の饅頭や揚げ団子の屋台を眺めながら黙って歩いた。


「『閉ざされた空』への一族の畏怖はこれに似ていたわ。信仰の対象である闇を具現化した鈍色の塊。闇がただ示され、そこには闇の威光の全てがあると考えた……同意しないのは、変わり者、異端者だけね」


先夜、ルツリザ夫婦から聞いた話を思い出した。繋がる要素を感じる。


「そういうことだと、皇国中枢の実権を握ってるオマエの同族連中は『閉ざされた空』を守りたいってことか?」


ここでニルは意外なことにかぶりを振った。


「二派に分かれたわ、出現の直後から。侵攻大隊の膨大な魔力が顕現して閉鎖空間を創造したと考える者たちは神聖視し、保護と監視を主張した。戦後増えてきたのは、閉鎖空間が十全な形で閉じておらず、フィアレス要塞側の施設の影響で不安定、または完全化を停滞させられていると考える者たち。彼らは『閉ざされた空』を十全なものにすることが『力への意志』に適うという仮説の下、積極的な関与を検討している。……貴方ならどちらの立場も分かるはずね?」


『閉ざされた空』が完成品なら保全し、不完全なら完成させてやりたい。理屈は分かる。だが信仰対象が不完全なので、信者が加工しようってのは……珍しい考えだ。


「『不完全な神への信仰』というのはおまえらの方では異端なのか? 不完全でもそのままでいいじゃねえか、っていう連中はいねえのか?」


「そういう暗く愚かな考えを持つ者は政務に携わる資格を失うの。お分かりね、皇国も『閉ざされた空』を開くことを真剣に検討しているのだから……」


またも先夜の会見を思い出す。親の敵を討つことも、信仰対象を救うことも、どれも知性体の理性的行動だ。そのままにしておけとか、笑って眺めとけってのは異端になる。自分で開くのを待ちましょうなんて……大馬鹿の戯言だな。


◇◇◇


活気溢れるバイキング形式の店に入った。このあたりは戦前から大陸出身の魔人さんが素性を隠し、そこら中に安い食い物屋を開いていた地区である。竪琴チームは本日の対戦相手と一緒に二つの円テーブルに座っていた。すでに皿が一面に並び、テーブルの朱色が殆ど見えない。


「お待たせ……ってこともねえか。ども、今日はお疲れさまっす」


何度も翼アタックをかけてきた竜人さんがグラスを渡してくれた。


「小悪党さんっていうんだって? いいね、愉快だね。まあ一杯」


両チーム相乱れ交流会になっている。セルマはサキュバス姉妹と意気投合し、飲み比べの最中。豹娘さんは剣士役が多いらしく、アレックスと古の剣士談義。メリッサ、ライア、召喚士さんは目を瞑って口に放り込まれた食材を当てるゲーム、フランクがスケルトンさんと不死属性の苦労話で盛り上がっている。さっそくニルがいちばんでかい皿を持ってバイキングコーナーに突撃し、俺はブラインド食材クイズに参加することにした。ライアの隣に座ると女召喚士さんに挨拶された。


「あ、お父さん、お疲れさま! 魔晶頂いたわ、必ず見るわ」


『セルメル』を一個ずつ進呈し、お返しに向こうで始まった新作の番組宣伝用グッズを貰ったそうだ。


「どれどれ、メリッサ、傷を早く治せそうな食材をくれ」


眼を瞑り口を開けて待っていると、何かが運ばれたのでモグモグ……額と頭頂部がカッと赤熱し、口の中に痛みのような辛さが。慌てて発泡酒を飲み、ゲホゲホ。召喚士さんが不思議そうな顔をする。女性に多い辛い食い物マニアのようだ。


「え、辛かった? ウソでしょ、こんな爽やかな甘みの炒め物……」


辛いのばかりなら自分で調達せんとならん。ニルと入れ違いにバイキングコーナーに向かうと、ライアもついてきた。アレックス用の苦くない料理を数皿見繕うつもりらしい。匂いからして甘い、揚げた肉と果物の甘酢かけを取りながら尋ねてきた。


「どう、だった?」


「特に問題なし、と言っておこう。サインを数回しておしまいだ……あ、コレ、エルフ語にソックリだな。さっき見た」


細切り肉と野菜の炒め物は人気があるらしく残り少ない。その皿のデザインの一か所に、ニルが書き直したのと同じ模様がのたくっている。ライアも覗き込んだ。


「読めるか?」


エルフ文字まで学習しているから当てになる。


「うん。……コモ、どんな書類だったの?」


「ニルの保証人というのか、身元引受人というか、そんな感じだ」


ライアは瞳を微かに大きくすると何かに納得したように頷き、言い聞かせるように俺に告げた。


「……読み方は、ニルさんに聞いて。ライアが教えるのは『正しくない』とおもう」


プラムの甘露煮をたっぷり添えた皿を持ってライアはテーブルに戻った。俺はアスパラガスとニガウリの炒め物を皿にとりながら決意した。では、聞くべきではない。忘れよう。きっとこの謎文字は、俺の精神に有害なダメージを与えるたぐいのものだ。キックボールなんかに無理やり付き合わされたのだ、これ以上ヤミ子に付き合うのは御免被る。そうだ、ブラックラウド氏の伝言があったな。大叔母様を宜しく、だったな。さっそく伝えねば。こういうことこそ忘れてはいけない人生の瑣事なのだ。重要に見えるものは片っ端から回避しよう。キックボールのボールと同じだ。追いかければロクでもない結果が待っている。


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