第五話 端役達 初仕事を振り返る
『鋼の転生者』下読みはあっという間に終わった。筋とセリフは分かったもののド素人の哀しさ、イメージが全く湧かない。読書家のフランクはもちろん、メリッサも読書は嫌いではないらしく、互いに勝手な脳内設定を披露しあう。
「いじめるところにリアルさを入れたいわねー。あ、コモノがイカガワシキ行為を想像しながらニタニタして、フランクをけしかけるっての、どう?」
「それだと一部に喜ぶ男性がいそうだよ。殴ったり蹴ったりする場面ね、汚らわしいから迫害するという感覚、ボクは迫害する側の気分が分かんないんだけど。コモノ、どんな感情なの?」
俺もむしろ迫害されて小さくなって生きるタイプなんだがな……。
「生理的嫌悪感か……メリッサ、苦手な生き物とかいるだろ、言わなくていいが」
「ああ、いるわよ。そういうのが傍にいる……ってやだ、気持ち悪い」
「ほらこれだフランク、苦手なものを想像してみろ」
「……昨日の焼き魚の目玉……わー、嫌だ、アレは怖いよ」
これじゃダークちゃんにビクビク怯える間抜け悪党3人組になっちまう。
「分かった! ほら、被虐趣味、サディスト! それなら分かる」
「ああ、それはアリだろうな、ありきたりだが」
「悪徳が栄えるお話だったよね?」
メリッサは客にそういうのがいたから真似てみると言い出した。ちなみに俺はごくごくノーマルである。フランクはむしろヤラレるのがお好みなタイプか?
「その件は記憶にございませーん。えーと、怖がらせるのでなく、気持ち悪く思われるのがいいのかなー」
「それならできそうか?」
「えーと……ダークエルフが苦手なものって何だろう? 光とか?」
「一般論だとそうだけど……この子さ、転生パーティーに拾われるのよ」
「じゃあ普通の女の子が嫌いなものの演技でもするか。俺は素でいけるな」
「「まちがいない」」
そこだけ声を揃えやがった。勝手な推測を続ける。
「粗野なボクらが精霊召喚を強要したけど、怯えていたダークちゃんが萎縮して精霊との交信に失敗したんだと思うよ」
「あたしもフランクに一票。その様子を見たネコ耳ちゃんが、奴隷商人のところで役立たずとして仲間から虐げられていた過去を思い出すのよきっと」
「第三回だったか?奴隷商でのシーンがフラッシュバックで入るかもしれないな。自分の境遇を思い出して義憤を感じた、ってのが自然じゃないか?」
「フムフム……ダークちゃんを見るときの悪の女僧侶、サドと軽蔑半々?」
「役立たずに価値を見出せないから殺すんだよな……酷薄な雰囲気だろ」
「ボクは……むしろダークちゃんを異教徒として見下すのもアリだと思う」
「そうよねー……異種族蔑視、って自然よね。それで考えるかな」
だいたい意見が出尽くして、表情や動きの話になった。何だろう。偶然本好きが集まったおかげか、そこそこ楽しいという気分が……ちと頬が緩んだ。
「……コモノ。縄でしばったダークちゃんの衣装、どこまで切り刻むか考えてんでしょイヤらしい。真面目に考えてよ」
「あまりやりすぎると教会の倫理コードに引っかかるんだよ」
うーん、俺はこの2人に、人類一般の尊厳を著しく貶める方向で貢献しているのではないか。ま、仕方ない。女優さんの衣装を切り刻むなんて……楽しみだイヒヒ。どこまでやっていいんだろう?
「よし、妄想は止めよう。立ち回りってのを練習してみるか」
昨日宿の親爺に大目玉を食らったので、騒いでもよさそうな町の南の河原まで散歩する。初心者冒険者や魔法学校の生徒が訓練することもある定番の場所だ。今日は年配の獣人夫婦、共同で洗濯する小間使いたち程度しか人影なし。
アクションシーンというのはどうやって練習すればいいのか。まずはセリフだけ大声でやってみる。本読みってヤツか。小間使いがこちらを指さしクスクス笑ってるが気にしない。大したセリフもないから、覚えはバッチリだ。台本によると、ダークちゃんの首を絞めて高く持ち上げたフランクが主人公に4つに切り刻まれるのが最初、血飛沫あびて動揺したメリッサがダークちゃんに魔法をぶつける前にダークちゃんの精霊魔法が発動し、風の刃で全身ズタズタにされる。俺はネコ耳ちゃんを人質にとろうと襲い掛かるが、銀の矢を四肢に受けて止まり、唖然と立ち尽くすどてっ腹にいつのまにか主人公の黒剣が突き刺さっていて、血へどを吐きながらバタリ……こんな感じだ。
フランクはざっと縫い直して治癒をかければよい。メリッサは灰になっても数日後に立ち直るし、放置しといても傷が塞がる(貧血で数時間は寝こむそうだ)。だが俺は矢を四本受けた上で腹にブスリだ。死にたくないなー。
3人で実際にやってみる。2人とも倒れるときは本気で倒れている。悔しいので俺も真剣に顔面から倒れてみた。運悪くでかい石に鼻と頬を打った。あ、折れた? 折れたかも。すごい血。メリッサー!
「イヤー! 血は苦手だって言ってるでしょ!」
「我慢すると言ってたじゃねーか!」
「ダメ! 心構えがマダなのー!」
乙女みたいな戯言をいいながら暴れるメリッサをフランクに捕まえてもらい、目を閉じたまま治癒してもらう。おい、そこは頭だ、確かに髪は薄いが治癒魔法は効かんのだ。不毛の地に水を撒いても草は生えない。わざとやってるなお前。
「はー……でもさ、なんとかなるかな。倒れ方、気合入ってんじゃない」
「本番はこれに矢と腹の痛みが加わるんだよな……フランク、身軽だな案外」
「メリッサの断末魔の表情、迷宮で死んでた冒険者より苦しそうだね」
素人どうし励ましあう美しくも寒々しい風景のあと、1人ずつ抜けて2人の演技を眺めてみる。抜けた一人が本職の方々のセリフも読み上げてみる。ダークちゃんやネコ耳ちゃんのセリフを裏声で、しかもマジにやってみた。お、二人も気合い入ってんな。声がさらにでかくなる。交代でやってみたが、自分よりも2人のほうがマシに見えてしまう。
「自分より下手に見えたら、実は自分と同じ力量だと思えって言葉を読んだことがあるよ。いいことじゃないかな」
「……コレさ、あとで見せてもらえるのかな。あたし……かなり恥ずかしいけど見たい気分があるわ。うん」
メリッサの言葉に納得する。恥ずかしい。怖い。でも見たい。フランクも同じだろう。よし、もう一回やるか。何とか使っていただきたいもんだ。
本番は早朝の迷宮を借り切って行われた。撮影担当の魔導士は何人もいてチームのように整然と動く。俺たちみたいな端役は10人ほど、迷宮で主人公たちと談笑するパーティーや迷宮管理人の役らしい。コーさんに紹介されて3人で挨拶する。助監督のカリムさんという人と撮影班のペンタクスさんというチーフカメラマンが中心のようだ。
リハに主役は出て来ず、代役を幾つもこなす専門の人が中心になって進む。俺たちのシーンは2つ、ダークちゃんを引きずりながら迷宮に入るシーンのロングショットと、終盤の立ち回りだ。撮影担当がどこにいるかを念入りに教えられた。転生くんやネコ耳ちゃん、ダークちゃんの表情に被らないよう動くのが鉄則である。俺はネコ耳ちゃんに飛び掛かるときの剣の動きがクローズアップの邪魔になると怒鳴られあちこち直された。うーん、難しい。何度も素振りをする。撮り直しになったら罰金とか払うんだろうか……。
◇◇◇
「とっとと歩け、役立たず!」
盗賊1である俺がダークちゃんの腰のあたりを棒で叩く。叩く音は後で被せるのだそうだ。勢いよく、だが当たる瞬間力を抜き、ダークちゃんが前のめりに倒れるタイミングに合わせてまた力を入れて振りぬくという気配りの演技だ。
「汚れた上に……役立たずじゃ……売り物にもならねぇ」
フランクが首輪につけられた縄を引きずりダークちゃんを吊り上げ、自分の目の前に顔がくるよう持ち上げる。強靭な繊維がダークちゃんの衣装に結ばれてるので、実はフランクが腕力でダークちゃんの革帯ごと持ち上げている按配になる。首の縄がたるむとマズイので、カメラに入らない角度から左手で縄を手繰りピンと張り切ったように見せている。図体がでかいくせに器用な奴だ。
「私が始末しましょう。邪竜神に、黒き血と引き裂かれる肉を捧げましょう!」
残虐行為への期待を抑えられないといった表情でメリッサが冷酷な台詞を続けた。邪竜神を信仰する僧侶なので黒一色の僧衣である。
「ケケケ、できるだけ苦しませてやれよ、できるだけな!」
被虐趣味の下卑た表情で俺はフランクに声をかける。この後の演技が気になって剣に手をかけたくなるがじっと我慢。わずかに左に移動し、ダークちゃんの顔が屈辱と苦痛に歪むのを遮らない位置に動く。
「まずは……首を引き抜くか……」
右手に力を入れるフランク。そろそろか? ダークちゃんのか細い声がここで来るはずだ。……短剣を抜き、衣装の指定された位置にあてる。
「……助け……助けて……まだ……」
フランクも俺もメリッサも、嘲り笑いを続けながらも全身緊張している。
「……死にたく……ない……」
「承知!」
稲妻が閃き、フランクが血しぶきをあげダークちゃんが崩れ落ち、転生さんが無表情に立つ。さあ、本番の始まりだ!……………
「はい、終了でーす。お疲れ様でしたー」
全身風魔法でズタズタに刻まれたメリッサが「ふーっ!」と声をあげ、ずりずりとフランクの方へ。俺も矢が刺さったまま、フランクの下半身を拾いにいく。
「おーい。生きてるーー?」
「だからボクは死んでるって言ってるでしょ?」
「気分気分。コモノー、いっぺんにやるから右側ももってきて」
転生勇者カシアスさんの必殺剣の1つは腰を両断して浮き上がった上半身をV字型に切りつけ、右半身、左半身、頭から胸の3つに分けるというアースVスラッシュという技だ。二週間後には本当に天界竜と戦う予定とのことである。切り口が鮮やかな上に魔剣の能力で切断面が新鮮なまま、縫合も不要なくらいなので、くっつけるのは楽そうだ。4分割されたフランクを丁寧に並べ、切断面に隙間ができないよう押しつける。力がいるからメリッサにも手伝わせたいんだが、全身風の刃で切り刻まれた上に僧侶服がズタズタで服の機能を果たしておらず、色々マズいし貧血もひどそうだ。俺は腹の傷だけ塞いでもらって我慢している。
スタッフさんから大判の敷布を借り、メリッサをす巻きにして休ませる。フランクもすぐ本調子というわけではない。初仕事だからきちんと挨拶したいという二人を止め、血だらけの格好でコーさんに挨拶をした。
「はい、お疲れ様。これからレギュラーと打ち合わせがあるんで、明日の午前に事務所までギャラを取りに来てください。そこで次の話をしましょう」
「ありがとうございました」
撮影担当の魔法部隊の方々にも挨拶。
「あ。お疲れさん。3人とも大丈夫?」
「はい、有難うございます、休んでれば平気です。それで……」
ポケットからアレを出し、恐る恐る頼む。「初めてだったよな、内緒だぜ」と快諾してもらえた。やった! これは嬉しい。
機材運搬用の竜車に空きがあったので、メリッサとフランクの重傷コンビを宿の近くまで載せてもらうことにした。俺は別行動。白い大判の安シーツが一枚、木の丸棒を1本。丸棒にシーツを巻き付けて、食物を買って2人を迎えに行く。明日金が入らないと厳しいことになるが、今は気にするのをやめよう。
2人は魔導士ギルド脇の石段に腰かけて待っていた。何とか見られる格好に着替えている。メリッサはズタボロ僧侶服の欠片を記念にもらってきた。フランクの私物の斧の柄にはダークちゃんのサインがある。けっこうミーハーだな、お前。
「コモノはファン心理って理解できないタイプの人間なの?」
「いや、……サインをもらいにいった経験はねえけどな、握手くらいなら」
「ダークさんに『またご一緒できるといいですね』って言われた!」
そうかフランク、お前の顔が赤みを帯びているのは血しぶきを洗い落とてないからだと思ったが……そうか。確かにスリムな美人ではあった。まだフラフラするメリッサを二人で抱えて宿に戻る。
「おお……ひでぇナリだな。話聞いてなきゃ焦るとこだったぜ」
親爺さんには二人が同居する経緯や先日の詫びもあり、事情を説明しておいた。
「……んで、なんとかなったのか?」
「ええ、明日ギャラ受け取る時に、次の話も貰えるかもしれません」
「ほほう……吸血姉ちゃん、普段からその位化粧してたらどうよ」
「いえ、あたしなんか全然……フランクが凄かったですよ、主演クラスの女優さんから声かけてもらってたし」
「ボクなんか無我夢中で、気がついたらバラバラでした」
面白そうに話を聞いてくれた親爺さんが、一番安い酒を1本くれた。
「まあ、祝いだ。騒ぐなよ。二度目はねえぞ」
「気をつけまーす」
まずは3人汗と汚れと血を流し、買ってきたもので飯にする。2人とも食う量は大したこともなく、好き嫌いも一般的。メリッサは納得のニンニク、あとアスパラガスとマヨネーズが嫌い、フランクは元の形が分かる肉塊と目のついた魚が苦手。伝説の怪物としてどんなものなのか、君たちは。お母さん、ちょっと心配よ。
「あたしをバンパイアというカテゴリーに入れた責任者に言っといてよ」
「『食に貴賤なし』という言葉があったよ。コモノだって魚が苦手だよね」
はいはい。さて、外も暗くなった。針金を窓の両側にかけ、店で買ってきた丸棒をひっかける。シーツを垂らして即席のスクリーンに仕立てた。テーブルにグラス3つと安酒を置き、そこでポケットから例のものを取り出して見せる。
「あ、記録用の魔法水晶でしょそれ? 貰ってきたの?」
「いや、前から持ってた型遅れ。長い時間は無理だけど……俺たちの出たシーンは数分なんで、何とか入り切った」
撮影の魔導士隊に頼んで、編集前のを複製してもらったのだ。
「見られるの!? ……わー……見たくないような見たいような……」
「どんな風に映ってるのかなボク」
「灯り消すぜ。音は入ってないんだ、勘弁してくれ」
部屋を暗くすると、廊下の常夜灯と窓から入る薄明かりだけになる。卓上の結晶だけがほのかに白く輝いている。
「じゃあ映すぞ。……3、2、1……スタート」
白いシーツに映るのは、ダークちゃんを引きずって迷宮に入っていく悪役3人。ロングショットだが顔が分かる。自分の顔が映るたび、当の本人が息をのみ、そして微妙な顔になる。俺もだ。
「……歩き方変じゃない?……裾があんなに開いてたんだ、恥ずかし……」
「……わ、ボクのアップ!……ここ、ダークさん痛かったかな……」
すぐにラストのアクションになった。本放映では編集が変わるらしいが、そんなことは気にならない。立派な悪役ができてるかな。冷酷な暗黒女僧侶、暴虐な人造人間、姑息で下賤な盗賊……照れくさいもんだ。これを人が見るのか。
2人の要望でもう一度映す。自分の場面より人の場面の話ばかりする。
「ぜんぶ見たい。ダークさんのこの後が知りたい」
「ダークちゃんとネコ耳ちゃん、転生さん奪い合うのよね。どんな話かな?」
「おお……続きも見たいもんだ」
俺が矢を受けたシーンで魔晶力が切れ、部屋は元のように薄暗くなった。喧騒が遠くから聞こえる。ふーむ。酒に手を伸ばし封を切る。メリッサは口元に手を当てている。ぐ、という呻きみたいな声が聞こえた気がするが、見ると頬が緩んでいる。フランクは目を閉じて両手を動かしている。演技の復習でもしてるのであろうか。少しずつ注いだ酒を二人の目の前に押しやった。
「何とかなったのかもな。乾杯でもするか」
俺たちに? 前途に? いや、そんな大それたもんじゃない。たった数シーンで消えていく連中に、どんな前途があるか分かりゃしねえ。
「今、かな? 俺は今この瞬間に乾杯してもいいと思った」
過去からも未来からも隔絶した現在を全速力で突っ走り続ける。そういう絶えることのない現在、「今」の連鎖が人生なのだと、そんな言葉を読んだことがある。一説にはそれがインプロヴィゼーションというものだという。よくは分からない。でも「今」っていうのが性に合う。伝わるかな。
「……うん。そうね。とりあえず、お疲れ」
「あ、次もぜひ呼ばれるように! このシリーズまた出たい」
「それはどうかな……」
3つの形もサイズもバラバラなグラスが不器用にぶつかり、ゴンとくぐもった音を立てた。銀食器やクリスタルの器なら澄み切った音を響かせるんだろうな。でも俺は、俺たちにはこの間の抜けた音が似合ってると思ったんだ。