第五十七話 不手際な引越屋
大した量はないだろうと思っていたライアとアレックスの引越荷物……甘かった。二人が滅多に行かないという下町の乾物屋や八百屋を回って片っ端から木箱を分けてもらい持ち帰る。何十回往復したか忘れたが、ライアが丸っこい字で内容物を書いた紙を貼った木箱が百以上できあがった。重いのは俺一人では無理だ。参ったな。
目分量で荷物を値踏みし、竜車場近くの貸竜車屋に行く。御者は俺がやれば……と思ったがカリヤーマで荷を下ろした後戻ってくるのにまた半日、帰るのに更に半日……仕方ない、中型竜車と地竜、御者と数名の荷運びも手配してもらうよう頼む。結構な金額だ、向こうについたらフランクを拝み倒して幾許か借りないとならねえ。
引っ越しの朝、食が進まない二人に無理やり食わせる。
「今日は体力勝負だ。ライア、もう少し踵の低い靴にしろ」
「……石切場に履いてったのでいい?」
「あれならいいだろう。だけど手を滑らせて足の甲に箱を落としたら大怪我するぞ……アレックス、その格好に長革靴はやめとけよ……」
「問題ない」
開け放した窓から荷車の軋みが聞こえる気がしたので覗いてみた。来たようだ。
「よっし、行動開始だ。下行ってくるからライアは流しを片付けちまえ。アレックス、重いのから運ぶよう指示してやってくれ」
「わかった」「承知」
中型の竜車……だったよな……なんか大きく見えるような……御者台から偉丈夫の中年男が下りてきた。
「ブレイドさんとこっすね?カリャーマの」
「あ、はい。宜しくお願いします。手伝い何人かお願いしてたはず……」
すると竜車の幌を開けゾロゾロと男達が下りてきた。……7人?
「あ、あの……俺、3人ほどって頼んだと思うんだけど……」
すると頬かむりにマスクという中年御者が目じりに皺を寄せて陽気に叫んだ。
「いえいえ、新米ばっかなんで研修かたがた連れてきたんす。不手際あったら叱ってやってくだせえ。おい、ご主人に挨拶しろ」
……中年から壮年、いや若いのも一人いる。みな御者同様、作業着にマスクや頭タオル、3人は分厚い眼鏡をかけている。それが一斉に挨拶しやがった。
「「宜しくお願いしまーっす、ご主人!」」
……ご主人。そうかそう呼ばれてしまうのか。仕方ねえや。
「四階の七号っすよね、それじゃさっそく」
ゾロゾロ勝手に入ろうとするのでギョッとして、声をかけ先頭に回った。御者もついてきて総勢八人、手が多いのは助かる。
◇◇◇
戸口から入ってくる男衆を見てアレックスも少々ギョッとし……まじまじと八人を眺めた。
「「おはようございまーす! 奥さん宜しくお願いしまーっす! 荷造り終わってやすね、どれから行きやすか?」」
唇を開きかけ……次いで考えるように眉根を寄せるアレックスを見かね口を出した。
「そっちの左から重い順に並べてあるから、そこからお願いします」
「「わっかりやしたー!」」
わらわらと動く男たちをまだ眺めているアレックスに近づく。
「どうした、不審者みたいに見えるのか? 安い引越屋なんぞどこもこんな格好だ。新米が多いから人数を多めにしてくれたんだってよ。ライア、ドアを一杯に開いて下に分厚い紙でもカマせて閉じないようにしとけ。業者さんが運びやすいように」
「わかった」
新米ばかりとの話は本当らしく、手際が悪いな……木箱を二人で持ち後ろ向きに歩いていた一番若いのがドアの敷居で躓き転びそうになり、アレックスが慌てて走り寄った。あー、ゲイルの数少ない形見を入れたヤツだな。
「それ、壊れ物も入ってるんで、ちょっとだけ気をつけてくださいよ」
「すんませーん!」「気をつけまーす!」
声だけはどいつもよく通る。陰気な引っ越しよりはマシだろう。俺も右端から下ろすことにしよう。
新米ばかりで不手際とはいえ、俺たちを含めて11人での作業だ。予想より一時間は早く積み終わってしまった。仏頂面のアレックスは敬遠されたのか、オッサン達は俺とライアにばかり指示を仰いでいた。しかしこの幌つき荷車、デカイな。俺が頼んだつもりのヤツの二倍以上あるぞ。御者に尋ねる。
「俺、ホントに中型頼んだはずですけど、コレいくらなんでも……」
「あー、人数多いのと中型が急な仕事で出払ってたんでコレになったっす。気にしないでくだせえ、お値段は変わらないっすから。奥さんと御嬢さん戻ってきたらすぐ出発でいいっすか? ご主人よかったら俺の隣に」
十数年住んできたアパートだ。経緯がアレではあるが、同じ階の方々が見送りに来てくれた。ライアの所にも数名の学友らしき少女の姿が。うち2人はエルフだ。ああ、セルマの演技を見に来た、喧嘩友達か。湿っぽい挨拶になりそうだが、2人も苦手だろう。声をかけるか。この先会えないわけでもねえし。
「アレックス! ライア! そろそろ出ねえと着くのが夜になっちまうぞ」
2人はオッサン達とともに幌の中に入り、竜車が走り始め……め……目の錯覚かな俺? なぜ竜車を引く地竜が道幅一杯のデカイ翼を広げてるのかな? ペガサスじゃあるまいし。な、なんか微妙に揺れてるのは気のせいかな?
「じゃあ行きやしょうか」
「おい! これ何で翼広げてんだよ」
職人と労働者には相応の敬意を払い丁寧に話すのが俺の流儀だが、ちょっとワケワカランことになってるので素に戻ってしまった。
「あー、旦那さん天界竜は初めてですかい?」
「いやいやいや! 見たことくれえあるよ凱旋パレードとか転生勇者とか。俺が頼んだのは中型の二種地竜だったよな? 地竜にいつから羽が生えるようになったんだよ!」
「あー問題ないっす。地竜が出払ってて、たまたま」
おい待てよ、天界竜持ってる運輸業なんてあるのかよ! アンタ免許は?
「えー問題ないっす。二十年無事故無違反っす。じゃあ出しやす。おーい、出すぞー」
後ろのオッサンどもに声をかけると「アイアイ、キャプテン!」という呑気な声が返ってきた。ライアは浮上時に竜が発する結界を感知したのか、目を丸くして見る見る小さくなるアパートを眺め、アレックスは額に手を当てている。俺に手配を頼んだことをつくづく後悔してるんだろうが、俺の罪じゃねえ。公都の大手だからと安心していたが、メチャクチャな竜車屋があったもんだ。
「三号線は少し混んでやすから湾岸抜けていくっすよ」
勝手にしてくれ。空路の混み具合なんて知らねえよ。天界に誘拐されるんじゃなきゃどうでもいいよ。軽度の高所恐怖症なんだよ俺は。
◇◇◇
同年配の御者は結構話し好きであった。見事に天界竜を操りながら当たり障りのない質問をしてくる。商売柄、接客の躾が行き届いてるんだろうか。
「……こんなこと言っちゃ叱られそうっすけど、やっぱ自営業ってイイっすね」
「いや、食うための仕事なんて同じだろー。オッサン、長いの?」
「親も爺さんもコッチの業界だったんすよ、まあ世襲みたいなもんっす」
「違う仕事やろうとか、は? 親の仕事って嫌じゃねえ?」
「あったっすねー、俺次男なんで、とにかく別の事やりたかったすよー。そう言ったら爺さんが『じゃ一度だけやってあとはお前の好きにしろ』っていうんで、一度きりと割り切ってやったんすよ。そーしたら『一度やったら死ぬまでやんなきゃダメに決まってんだろうが!』って親爺に叩かれて、はや数十年」
「わー……イヤだな、でも職人気質の家系だな」
「そうっすよ。旧弊で保守的この上なし、体罰上等の荒くれっす」
背後ではオッサン軍団がライアばかりを質問攻めにしている。俺が引越バイトやってたころなんぞ、客をそっちのけで身内でボソボソ話す連中ばかりだったが随分変化したもんだ。妙に世慣れてる。バイト親爺なんてそんなもんか。
「お嬢さん、エルフの子と知り合いなんっすね」
「スゲエっすね、おっかねえヤツばっかだと思ってたのに仲良しなんて」
「土魔法っすか、いいっすねー。俺も物置とか壁とか作りたいっす」
「洗い物してやしたね、料理とかやるんすか?」
丁寧語でボソボソ喋るライア、アレックスの声は全く聞こえん。そのうちにいちばん若い金髪が御者に声をかけた。
「親方―、俺たちそろそろ腹減ったっすー、飯マダっすか?」
確かに昼時だ。仕方ない、どこかで飯を奢るか……御者入れて八人分かよ。
「俺達は構わねえから、なんか適当な飯屋のあるとこで降りてくれる?」
「じゃお言葉に甘えてそうするっす。近くに結構旨いとこあるんすよ」
業者さんだけあって、こういう情報は当てになりそうだ。
「安いトコで頼むぜ、飯代くらい出すから」
「あー問題ないっす。金なんぞ払わなくてもいいくらいっす」
今度は心配になってきた。人の食えるものを出すんだろうな?
◇◇◇
リバトフの東を流れる川沿いの街道に降りた。御者の腕は見事なもんだ、目をつぶってたら気づかなかったかもしれない。大戦前からある紡績場の先に、数台の竜車が止まっている居酒屋風の木造店舗がある。
「着きやした。ちょっと席とれるか見てくるっす」
御者は小走りで入り口に向かう。オッサンたちが三々五々降りて伸びをしている。ガタイのいい奴が多い。荷運びの要領さえ覚えりゃ戦力になりそうだ。
「アレックス、大丈夫か? 顔色は悪くねえけど……熱でもあるか?」
「……問題ない」
「オッサン共の臭いに酔ったか? 人足にしちゃ小綺麗な連中だが」
「……そうかもしれん」
「ライア、連中の食事に付き合うぞ」
「わかった。あとどのくらい?」
「今の混み方だと2時間はかからねえな。日暮れまでには片付くだろう」
よく来るのだろうか、御者の知らせを待たずにガヤガヤ喋りながら店に向かうオッサン達の後についていく。どいつもこいつも食いそうだなー。
……あれ、地竜の竜車が数台止まってるんだが、客がいないぞ。
「「「いらっしゃいませー!」」」
女給仕や厨房から声がかかる。適当に座るか。大テーブルに座ったオッサンたちの脇にある4人掛けの席に陣取った。水とメニューを持った若い女がくる。
「いらっしゃいませー」
ありゃ、美形だ。転生ハーレムメンバーレベルの美人のネーちゃんがメニューを差し出すので受け取る。……おい、アレックス。
「受け取れ、お姉ちゃんが固まってんぞ」
「……!!……は……恐縮……」
なんかおかしいな。ライアも少々心配顔である。疲れが出たのかな。
「あんま二人は食欲なさそうなんで、軽いもの2つと飲み物を」
厚紙に手書きのメニュー、可愛い字に味がある。テーブルの連中がお勧めを教えてくれるんだがバラバラだ。
「ご主人―、軽食ならサンドイッチ旨いっすよ」
「ちょいと辛いのが好きなら、ミートローフどうっすかー」
「魚介のピラフ、俺のイチオシっす」
するとアレックスがやにわに姿勢を正しメニューを凝視。穴が開きそうだ。
「……!!……私はこれをいただこう……」
三種のミートパイだと? おい、けっこう重いぞガッツリ系だぞ、体調悪いときに無理すんな。
「断固としてこれだ。ぜひとも」
「はーい、ご注文を繰り返させていただきまーす。クラブハウスサンドと魚介のピラフに三種のミートパイ、お飲み物は冷たいの一つとあとは温かいので。しばらくお待ちくださーい。オーダー入りまーす」
楽しそうに仕事する女だ。誠に結構である。厨房を見ると……若い女性ばかり数名、なんか陽気にやってるな。オッサンたちのオーダーも大量に入ったはずだが、オーダー一つ入るたびに「ワーイ」「ヤッター」「バッチコーイ」と厨房から嬌声が上がる。昼間から酒でも飲んでんじゃねえだろうな。
「お姉さーん、鶏の焼いたヤツ、ライム絞ってくだせー」
「はいはーい。あー、種まで入っちゃったー」
「問題ないっすー。俺のじゃないっすー」
馴染みなんだろうか。ずいぶんいい加減な飯屋である。
◇◇◇
どれも旨い。ライアはピラフをさっさと平らげて俺のサンドイッチを半分持って行った。せっかく頼んだミートパイにろくろく手をつけぬアレックスを見かね、フォークを出す。
「……旨いぞコレ。ライア、アレックスが食わねえなら貰っちまえ」
「……アレク、いいの?」
「いや! もちろん頂く。ライアもぜひいただ……少し手伝ってくれ」
旨いもんを食う時のコイツの味わい方を飽きるほど見てきた俺であるが、なんだその神妙な苦行尼僧のような顔は。確かにスパイスが効いてるがいい味出してるぞ。裏の焦げたとこもウマイ。パリパリ食感と香ばしさ、分かってるね。
オッサンたちも賑やかに食っている。厨房はヒマなのか、代わる代わるオッサンたちのもとに女……オッサン達が贔屓にしてる理由が判明した、美人しかいねえぞこの店。気立てのよさそうなネーちゃんと年増達だ、転生者には店の場所を決して口外しないことを誓おう。女達はこっちのテーブルにも必ず愛想をふりまく。
「お水いかがー?」
「お嬢さん、余ってるから氷の上からお茶足してくるわよー、グラス貸して」
「ご主人、パイどうでしたー? 焼き加減とかー」
「旨い旨い。ふつうの店で焦げたの出すとこは無いけど、俺はお焦げ好き」
注文取りのネーチャンがガッツポーズ、俺の脛になぜかアレックスの長革靴の先端が衝突したが……なんなんだ。
よほどヒマだったのかネーチャン達は見送りについてきた。天界竜を見ても驚かず、鼻先や鱗をペタペタ触り撫でている。街道沿いでは珍しくないのか、顔見知りなのか。だが確かに安かった。何かの折にもう一度来たいもんだ。
「いやーいい店だ、驚いた。オッサン達よく来るの?」
「しょっちゅうっす」
「羨ましいねー。夜は飲みに?」
「あー、だけど酒が過ぎるとドえらく叱られるっす」
「ハハハ、オッサンはどの子狙ってんのよ?」
「あー、あれみんな所帯持ちっすよ」
「マジか! 俺たちのテーブルに注文取りに来た子もか?」
「そうっすよ。おーい3番!」
番号で呼びあうのかアンタ達、変わった業者だなつくづく。
「なんすかー」
「旦那さん、テーブル担当を気に入ったって言ってんぞ」
「そっすかー、今度伝えときやすよー」
何気なく後ろを見たらアレックスが凄い眼力で睨んでくる。な、なんだ? あの眼は俺がやらかしたバカ騒ぎでアレックスが恥をかかされた時の眼だ。
「あースンマセン奥さん、ただの冗談っすー」
「たかが酒場の給仕女っすー、奥さんと比べるのが間違ってるっすー」
アレックスの剣幕に気づいたらしい御者と若いのが相次いで声をかけ、馬車のオッサン達は微妙に悶絶している。客の手前、笑いたくても笑えないってヤツか。アレックスの頬に血が昇る。うー、剣呑であるな。自制しよう。
◇◇◇
『優しき巨人』亭通用口と我が家の間の路地はでかい竜車で塞がれ、オッサン達のうち二人が前後に立って近所の人相手に交通誘導を始めた。馴れてんな。
怪物と吸血女がスタンバってくれており、あっという間に荷下ろしと配置が終了してホッとする。ブレイド家代々の肖像画はフランクの部屋の屋根裏に余裕をもって収納できた。引越屋の連中にメリッサが気を使って茶を入れてきた。みんなで家を眺めながらゴクゴク飲んでいる。
「いいっすねー庭。このサイズっすよ、庭ってのは」
「ガーデンテーブル……やっぱこの大きさっすよ、鉄板っすよ」
「そうっすよ、俺こういうトコ住めたら思い残すことないっす」
「シーズとか近いっすよね」
「海と山……幾らでも時間潰せるっす」
「野郎ども、そろそろ行くっす。んじゃ旦那さん、有難うございやした」
勘定も受け取らずに帰ろうとするので慌てて呼び止めた。
「いいっすよ、飯ゴチになったし」
「いいわけねーだろ。ちょっと待ってろ逃げるなよ空飛ぶなよ」
フランクに数枚の札を借りてむき出しのまま払う。
「釣りはいいや。綺麗なネーチャンの店も教えてもらったしよ」
「ハハハ、じゃお言葉に甘えるっす」
気配を感じたらしく、メリッサの部屋からライアとアレックスが顔を出した。
「奥さんと御嬢さん、どうもっす、お疲れさまっしたー」
「失礼するっすー。公都においでの折はまたの御贔屓をー」
「知り合いにー、素敵な新居への引越だったって自慢するっすー」
音もなく翼を広げ浮かんだ天界竜が北東の雲間に消えるまで、二人は窓から不手際な引越屋を見送っていた。愉快な台風のように引越屋が去っていき、頭数が増えただけの変わり映えがしない暮らしが戻ってくるわけなんだが……アレックスの不可解な様子の原因が判明したのは二か月後のことである。
◇◇◇
「……だから。お前は慣れない家事で目に見えぬストレスを抱えているだけだ。なんで飯ごときに剣術的気合を注ぐんだ。たまにはコレでいいんだ」
ライアほどの家事適性がないアレックス、自炊で節約するのに貢献しようと無理して飯当番を引き受けているので、それを見かねて引きずるようにして『優しき巨人』亭で夕餉の最中である。
「貴方に収支を語る資格はない。フランク殿の苦労を察する」
家計簿なんかデカブツにつけさせておけばいいのだ。足りなければ足りないなりに何とかなったりならなかったりする。もっともアレックスにこうした感性の片鱗も理解できないのは承知しているわけだ。
「……アレク、コモ。あれ……」
いつもの口論をする俺たちを等分に見比べた後、俺の背後の大型魔晶スクリーンに目をやるライア。振り返ると、公国の第二皇子夫妻と特別顧問の王弟、側近連中が魔大陸外遊からお帰りでインタビューに答えて……あれ?
「おい……アレックス……」
「あ、コモ、左の人も……」
魔族と共同開発予定の鉱脈豊富な群島の視察を終え、今後の展望について語っているのは間違いなく引越屋の若い金髪ニーチャン、となりに座っているのはミートパイを運んできた美形のネーチャンだ。左に控える現公国帝の弟君とやらは天界竜を見事に操った御者そっくりの目鼻だちによく通る声、後ろに控える騎士団長は最初の荷物を柱にぶつけてよろけた黒縁眼鏡、その若奥様は厨房で鼻歌を歌いながらライムをしぼっていたし、精霊外務通商大臣はエルフと友達って凄いっすーとライアに話しかけていたオッサンに瓜二つ、それに……どいつもこいつもスゴーク……見覚えがあるんですけど。
「……と……いうことは……」
「……あの……私の化粧箱を落とした引越屋さんって……」
そうだったんですか。なんか変な、素人じみた連中だと思ってたら……そういうことだったの。おい、もちろんお前は……。
「どうしたコモ。フォークが止まっている。代わりに食べるか」
「……ああ……頼む。ミートパイでなくて申し訳ない」
「構わん。あれはお二人の思い出の料理だと聞いていた」
同じく手を止めて固まっているライアの皿にも手を伸ばしている。ライアよ、分かっただろう。人の罪を被って文句ひとつ言わず、家名は剥奪され系譜は途絶え、お前以外のほぼ全てを失った堅物のことが。歴史になんぞ残らない。ただ俺たち3人、奇妙な引越屋と賑やかな飯屋に不快感は抱いていないだろ? それでいいんだ。惨めな筈の都落ちだろうが、その責めを負う連中が、できる範囲で精一杯の誠意を見せてくれた事で折り合いをつけてくれねえか? 少なくともお前の母親は納得してると思うぞ。俺? 俺かい? いやー納得してねえな。もう一度、今度はもう少し猥雑な感じの出し物を見せていただきたいもんだ。あそこまで芸達者なら次も期待できるだろう。フフフ。クックック。




