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異世界端役の惨憺たる日々  作者: 小物爺
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第四話 音楽では 愛も平和も 訪れぬ

魔法の属性っていうと、聖と邪に光と闇、炎水風土、あと雷が一般的か? 白黒赤青など色魔法ってのもある。さてこの世界には稀に『音』属性を持って生まれる変な魔物がいる。強大でもなく甚大な害もないので放置されており、こういう魔物の巣食う音迷宮に潜るのは純然たる道楽、定年後の趣味の部類である。


弦士や鼓士という職業はどこにでもあるんじゃないのかな。音属性の魔物には剣や魔法が効かず、文字通り『音』で戦うしかない。音迷宮が発見された初期のころ、実力派パーティーが珍しがって挑んだものの、通常武器や攻撃がほぼ効果なし、魔音に酩酊してフラフラになって帰ってくるばかりだった。耳栓をして挑む奴らもいたが共振作用で音情報を伝えてくるため敗退、風魔法を用い自らの周囲を真空にして音魔法を無効化しようと試みたバカは酸欠で倒れた。転生者も何ら実害のない魔物討伐なんかに手は出さない。


聖教会にこの話が届き、体面もあるので聖歌騎士隊や公国弦楽師団を、遂には聖教会フィルハーモニーにパイプオルガンまで持たせて送りだしたが聖属性の音も効果なく、実害はないため公国は警告板だけ立てて放置することにした。その後、この噂を聞きつけた下層出身のバカどもが手持ちの楽器を持って突入し、下町や娼婦街で流行っていた猥歌をガナり演奏したところ……これが効いた。邪道・不条理・ダメな音楽を聴くと活動停止する魔物達。演奏の反社会性に比例して魔物が倒れるわけだから、音楽的ダメ出しダンジョンともいえる。


弦楽器を用いる『弦士』、打楽器を使う『鼓士』という資格の国家管理も検討されたが、大した実害のない魔物討伐に予算をつける官公庁はない。国家資格にしたところでだ、音楽で平和は来ないし愛も得られるわけがない。戦場に楽器だけ持っていって前衛音楽やってみろ。2秒で粉々、ハチの巣だ。


そんなわけで社会的ニーズ皆無、転生者すら関心を抱かない音魔物討伐だが……数寄者というのはどの世界にもいる。ワケワカラン音楽を演って悦に入る、しかもそれが魔物討伐に繋がるならメチャ面白いという暇人が。討伐に効果的なのが、各種の楽器音を歪め捩じり原型を留めぬほど破壊して出力する音魔道具『エフェクター』だ。市場規模は非常に小さいが、愛好の士とタワケ者はそれなりに存在し、珍奇エフェクターは引退冒険者や世を拗ねかけた無軌道な若者たちにそれなりの値段で売れる。俺はそっちの世界にかなりコミットしてるのだ。


◇◇◇


「よっしゃ! 少々テストするぞ。メリッサ、音遮断魔法って使えるか?」

「……うん、何とかできるけど……何すんの?」


助かった! テストのたびに街を出て人のいない洞窟まで機材を運ぶ必要がなくなる。今日は部屋で試してみよう。


「フランク、ベッドのマットレス外して干してくれ。窓からぶら下げて。布団ばさみを忘れるな。なくなったら今夜から俺の就寝時間が拷問時間になる」


マットレスの下から現れたのは20台を超える俺の魔導アンプコレクション。メリッサのおかげでデカい音が出せそうだな。ではマホシャルにするか。納戸から愛機のケースを取り出す。51年製グラコ、ドラゴンキャスター。


「……へー……コモノ、弦士だったの? 遊び人なのね」

「……弦士……ボクは本で読んだことしかないよ。それが魔楽機?」


楽器というのは音楽をやるための正統な工芸品だ。音楽なんて立派なもの俺にはできぬ。音魔物専用の邪道楽器は『魔楽機』と総称されている。何事が始まるかと見守るメリッサに消音を頼む。


「さっき作った箱は歪属性を付与するんだ。まずこれが使わないときの音」


クローズドヴォイシング、バイオリン奏法で柔らかめの和音を鳴らす。


「!!……綺麗……その顔で綺麗な音……あり得ない」

「魂が洗われる……ボク、魂ないけど」


微妙に失礼な評価だなー。俺のグラコとマホシャルに詫びろ。


「さて、お前たちが寄付してくれたOA90のおかげで完成したこの魔楽機を作動させるとこうなる。音量小さ目でやるが、苦痛だったら止めるからな。すぐ声をかけるか蹴飛ばすかしてくれ」


ゲインは2、ボリューム4。スイッチオン! 


ズギャーーーーーーン………………ジリジリジリ………ザザー……。


これですよ。コレ。ダイオードクリッパにOA90を使うから出せる独特の温かみのある歪み。生音の倍音もしっかり残り、艶のあるこの音と芳醇なサスティーン。伝説の魔工房、今は亡きシンエンの名機『ベイブ・クライング』の魔回路でなければ出ません。アングラ音迷宮の雄、ネイキッド=ラリーズを制した連中はこの音を武器にしたという伝説もある。俺の聖書である自作魔楽機エフェクター解説書の著者、オーツ・カーキラに3秒祈る。心の師匠、俺は今日も生きています。よし行け! 前衛弦士界の伝説的存在、デレル・ベンリーの初期の名曲を弾きまくる。コキ、パキ、グジュ、カコーン。フニャー。ピロー………………。


「コモノー! この大馬鹿野郎! 今すぐ出ていけーっ!」


ドアが凄い勢いで開き、背をもたせかけ目を閉じプレイに陶酔していた俺は部屋の反対側まで吹き飛ばされた。え、親爺さん? あれ? メリッサの消音魔法は?


「…………………下に来い。あと、この先も同居するんなら、少しは化け物どもにも配慮してやれ」


足音荒く階下に降りる親爺。吹っ飛ばされた俺の下には目を回しているフランクとメリッサ。あ、気絶したから魔法切れたのね。失敗失敗、えへへ。


◇◇◇


二人の呼吸は確認したので階下におり、親爺さんに事情を説明し土下座する。今までこの安宿に迷惑をかけたのは家賃溜めた件だけである。小心者は息を殺し密やかに暮らすのが社会への礼儀なのだ。お説教の合間にお詫びを続け、迷惑料として些少ではあるがお布施を差し出した。こういうのは金額ではない。気持ちである。精一杯の誠意をなにとぞ……。


「……二度目はねえ。他の客全員に詫びてこい」


えー、9部屋ありますよ、3階右のご主人はB級パーティーの偉丈夫ですよー。


「うるせえ。とっとと行け」


お詫びのご進物まで用意して各部屋を回り、大陸ヘリクダリ亀のように頭を下げる。全部屋回り終えるころには日が暮れかかっていた。水バケツを持っていき2人にぶっかける。起きてくれ。すまん。


「コモノ。三箇条にもう一つ付け加えたいんだけど」

「まさかボクが臨死体験できるとは思わなかったー」


ハイ。申し訳ありません。今回の過失は認めましょう。


「お前らがいるときは二度とやらないと約束する。ところでコレ」


先ほど完成させたベイブクライングを掌に載せると、2人は耳に手を当て震えだした。目が恐怖でウルウルである。泣くな。


「いやいやいや! コレ売ってくるから。今日は読み合わせ止めて外で飯食おう。その程度の金にはなるはずだ。奢りだ」


フランクは耳から手を外し、おそるおそるベイブクライングを指先でつつく。


「……今は魔音出さない? もう死んだの?」


いや、ただの魔道具ですから。小型の魔晶で半年は動くから。


「……お金になるんだ……売れるの?」

「ああ。涎を拭いて外に出る準備しとけ。すぐ戻る」


馴染みの店に行く。定期的に捌いているので話が早い。運よく引退冒険者で歪みモノを欲しがってる客がいたようで、半金を受け取った。


「お待たせ、今日は日替わり定食以外でも許可しよう……ほら」


金を見せたら驚かれた。半金だというともっと驚かれた。

飯屋に向かう。メリッサが意外にも感心してくれた。もちろん金額に。


「あの音はともかく、コモノがそういう職人だったってのはラッキー」


細いが意外に丈夫かもしれない金蔓を見つけたので縋るか検討中といった顔だ。フランクは両手のぶっとい指を素早く入れ替えして指算中。


「例の収入が……週3日ボクたちが迷宮で素材集めて……ボクがバイトして……メリッサも……コモノがああいう道具を毎月2つ位作れば……」


「2つか、どうかな……素材入手も運、買い手がいつもいるわけじゃねえし」

「でもさ……雨露しのぐだけよりずっとマシ。大きい部屋に移れるかも」


出ていくという選択肢もあるんだぞ。狩らぬペガサスの羽算用もやめろ。


「ボク……いつか、屋根裏のある家に住んでみたいんだよねー」


秘密の小部屋、アジト……いや、コイツのことだから童話の影響かな?


「これは何としても最初の仕事、しっかりこなしたいわね。血が苦手とか言ってられないや。二人も少し

痛いのとか、軽く死ぬくらいは我慢してよね?」

「ボクは大丈夫! コモノ、これって『希望に至る病』なのかな?」


だから哲学書から離れろフランク。あとメリッサ、俺は普通に死ぬから我慢はできない。軽くも重くも適度にも死ねない。とはいうものの、三人で初めて食堂に入り、別々の定食を頼み互いのオカズをつつきあう間、ああ他のオカズを少しずつ食えるのって有難いな、とちょっと考えた俺なのだった。

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