第四十八話 端役達 弁当を作る
深夜枠での放送にも係わらず中高年に人気の『転生食堂』。原作と監督は転生者のユーニスさん、見た目は20代半ばのパリとした公国キャリア風美女なんだが、前世の性別年齢職業はもちろん不明である。ネコ耳の一年生OLが営業で各地を回り、転生者の営む地元食堂で庶民的料理に舌鼓を打ち「ネコだけどウマー!」という頭の痛くなる一言で終わるこの連作、各地に実在する食堂を訪れて撮影を行うが、キャストも少なく機動性の高い別動隊で撮影を進めているので、ふだんは撮影所をほとんど使わない。
そんなテンショクのスペシャル篇を第三スタジオで撮影するという噂が大道具連中の間を流れた。セルマがテンパラ撮り、フランクがピンで迷宮天井から落ちる大岩の役、メリッサはいつも通り厨房という日、俺はコーさんに相談を受けていた。
「コモノ班改で……何とかなりません?」
……俺の一存では無理っすよコーさん。その改って何ですか?
「とりあえず気にしないで。実際の見学はおよそ40名ですが、外売を含めて……200ほど欲しいそうです」
200……戦力は事実上3名、11時に納品するとして……分量が見当もつかん。
「そのあたりも含めて聞いてきます。一度戻ってまた来ます」
◇◇◇
「200? えーと……ちょっと見当つかないわ。待ってて」
ちょうど小休憩だったメリッサが、厨房のお偉いさんに二言三言尋ねてからすぐ戻ってきた。
「個人営業の店だと、一日で売る量がそのくらい。もし『巨人』で受けるなら厨房スタッフ総出で半日かかるって」
いやー、やっぱりそうだよな。
「厨房って何人いるんだ?」
「今は11人。しかも設備が全てある状態、食材手配済での話よ」
コーさんからの相談は、『転生食堂』スペシャル記念にスタジオ見学を実施し、同時に記念弁当を売りたいというユーニス女史の御希望の実現方法。チート能力とアイテムボックスがあんだろ、美形ホスト軍団を使えば数万食くらい瞬きする間に出来るんじゃねえかと思うんだが、それはユーニスさんの美意識やらに反するらしい。番組のコンセプト上、地元食材を地元で調理するのが当然、それを見学に招待した地元施設の高齢者にふるまい、撮影所入口でも売るというコンセプトの実現を丸投げされたらしい。
「……だよなー。俺に話を持ってくる時点でそもそもおかしい。断るしかねえな」
炊事と料理は違うのだという俺の持論からすると、たとえ金にはなるといってもこりゃ炊事、しかもメリッサみたいな本職が金を貰ってやる仕事である。
「『テンショク』人気だしねー。まあ企画は分かるけど。見学まで来るのね、……厨房施設とかちょっと興味あるから、見にいこうかな」
「既に見学団体は決まってるってよ。地元の施設のジジババ軍団だ。……ふわふか……ふさふわ……ええと……」
するとメリッサの眉が少し持ち上がった。
「もしかすると『ふわふさの揺り籠』?」
「……ああ、そうそう、それだ。獣人専用の老獣介護施設とか」
「……コモノ、悪いけどさ、その話受けてきて。ついでに手伝って」
それだけ言ってメリッサは厨房に消えた。は? 受けるの? 手伝うの?
◇◇◇
再びギルドに歩きながら首を捻ること十数回、思い出した。安宿時代にメリッサが逃げ出したバイト先ではなかったか。……ふーむ。ま、色々あろう。
「コーさん、やります。200食、当日11時納品で」
「助かったー……いやー、お願いします。領収書は全部こちらへ」
「あ……アレルギーとか、好き嫌いってのは問題ないんすか?」
「ええ。当日は施設職員の聖教会資格者が2人つくそうです。僕も心配だったので聞いておきました。常食というのかな、高齢者向けであることを考えたり、特別に配慮する必要もないそうです。そこまで女史から注文出てたら……考えたくなかったですよ」
肩の荷を下ろしたらしいコーさんと、少し先の見込みを確認する。
「セルマとニル、どうです? オッサン組は気を使って……いや、気を使ってないフリをしてるからいいんすけど、元の事務所とか同僚とか……」
「セルマは全く問題ないですよ。やはりあの広告、露骨だけど効果ありましたし、転生系の方々は理解あるし。ニルは……まあ、仕事始めた頃を思い出すけど、皆さんと現場が重なるうちに、おいおい空気も元に戻るでしょう。僕は心配ないと思います。特にニルは心配されないほうが向いてるでしょ?」
「はあ……そうっすね。了解です」
「気苦労多くて大変ですねえ。そうそう、主任とチーフ、奢りがいつなのかって少しイライラしてますよ、気をつけて」
げげげ。年末ニルが集めてきた俺の罪状一覧、あれについて新年最初の現場で文句をいったら倍になって返ってきて、一度奢れと脅迫されているのだ。
「僕は5の付く日だと都合がいいんですけどねー」
コーさんにも催促されたので逃げ出す。難問は一度に一つずつにしてほしいものである。とりあえず弁当問題の目途をつけることにしよう。
みな帰宅して夕飯後、食堂で作戦会議を開始。今回はメリッサの仕切りで進むことになる。
「まずね……フランク、お弁当箱、何かアイデアあるかしら?」
工房に服飾、つぎは指物師。器用の百貨店であるフランクは首を捻った。
「うーん、お弁当箱かー……ライアはアレックスに大判のハンカチで渡してたよね。あれどうかな」
「ジミ子、どんな中身にするつもりなの?」
「一口大のサンドウィッチ。これなら食べやすいし、具でバリエーションをつけるのも簡単だし。穀物やパスタよりコストかかるけど、手間がかからない」
端役ハウスで200人分のパスタやパエリア……何日かかるか分からねえや。
「紙箱でもいいんじゃねえの?」
「そうだけどね。ただ布なら、記念にもなるんじゃないかしら」
なるほど、無地の布に絵でも描かせりゃ……あ、あれだ。
「布の手配ができて下絵がありゃ、ニルバッグで世話になったヤツに頼める。ただ200枚だと……10日は欲しいけどな」
「……よし。じゃあこれでどう?」
フランクがスケジュール表にメリッサの言葉を書いていく。メリッサがメニュー決定、食材リストアップと手配。フランクはセルマ監修で下絵を描いて俺に。俺が布手配とイラスト発注。日持ちのする数種の具材は5日前から少しずつ作って保存、パンは市場の店に予約して当日朝に俺とフランクが引き取りに。こんな感じで予定はできた。なんと当日夜中の2時から製作開始、これじゃその日は仕事にならねえ。俺は大道具免除を打診し、フランクは石切り場休み、メリッサもシフト日をずらしてもらうことにした。セルマは前日仕事だが、当日は休みである。
おおまかな行動指針ができたところで一息。貧乏生活順応中のセルマは最近ほとんど酒を呑まず、俺たちに付き合って茶ばかり飲んでいる。
「『テンショク』のトルパさん、いい作品にあたって良かったよねー」
ハーレム系のレギュラーはなかったはず、あの決め文句はトルパさん本人が呑みにいったときの口癖で、それを聞いたユーニスさんが一発で決めたらしい。
「酒乱も使いようだ」
「撮影のとき残さずぜんぶ食べてるんだってさ。シーズン終了まで大丈夫かしら?」
「そうだ、番組に出たメニュー、一つか二つ入れなくていいのか?」
「無理無理。アレ、地元産の珍しい高級食材しか出てきてないのよ。『巨人』にも置いてないわ。ケイトさんが時々お客さんに絡まれて難儀してるし」
「そうそう旨いもんが転がってるわけじゃねえしな」
「ジミ子、噂のシーズポークは?」
「おまえまでソレか。あれも無理ね、原価率考えると」
「ぜんぶ細かく刻むのー? 包丁はボクも手伝うよー」
「うん、できたらお願い。手回しのグラインダは使いたくないのよ」
「味が違っちゃうの? 食感とか」
「そうね、ぜんぜん、とはいわないけどさ。でも、違う」
セルマが頷いている。メリッサが問わず語りで続けた。
「まだいるのかな……年配の回復師さんで……食事補助を根気よく、いつまでも続けてて、上役にしょっちゅう嫌味言われてた。厨房で何でもかんでも細かく擦りつぶしてるのを悲しそうに見ててね。あの人だけは嫌じゃなかったわ」
こういうとき俺たちは何も言わないのである。セルマが悪戯っぽい顔で両手で手刀をかざし、小刻みに動かした。
「まっかせなさーい。アングル流包丁術の前に敵はないわ」
「はいはいありがとさん。せいぜい期待しとくから」
「やったことないけどさ、『泉』のほうがみじん切りに向くと思うのよ」
「やめろ。貴重な食い物をお前の石割剣の生贄にすんな」
◇◇◇
フランクの下絵はコーさんから貰った宣材のパンフを元に、セルマのアドバイスで仕上がった。俺は古道具屋の伝手で大判の布地を3巻き仕入れ、フランクと2人で裁断し縁をかがり、できる端から以前頼んだ絵師の卵のところに持ち込んだ。
「今度はトルパさんですか。そろそろメリッサさんの、作りません?」
多分にマニア心に溢れた絵師である。こりゃ卒業後も一本立ちは難しいだろう。
中身は末広がりの8種。野菜の一部は話を聞いたタナトスさんが寄付してくれた。とにかく切り刻みまくる。セルマが砥石を使えることを初めて知った。
「剣を学ぶものの常識よ」
確かにやたら切れて切れ味が落ちにくい。意外な特技があったもんだ。
「フランク、郵便受けのところにノボリを立てよう。切れない包丁研ぎます、五本で1セル」
「ハハハハ。案外繁盛するかもしれないよねー」
寸胴鍋を2つ借りてきて作ってるのだが、本当にこれが無くなるのであろうか。ほぼ予定通りに進み、前日は全員早寝に決定。石工の親方から運送用の荷車も調達済だ。寝ようとしたらフランクに声をかけられた。
「メリッサの希望って、珍しいねー」
「だからおまえも気合入れてんだろ。縁のかがり方がライアのエプロン並みのクオリティだ」
「まあねー。全部売れるといいねー」
◇◇◇
一人前は本当の一口大、各種2個ずつで16個。年寄り向けだというのに、辛い、苦いという味付けも入れてある。パンも4種とこれまた凝っている。パンを切る、ペーストを塗り具材を挟む、切る、包む……ここまで大変なのは、聖水作成バイト以来だ。役立たないのであろうか、メリッサは冷却用の氷作成以外、一切魔法を使わなかった。5人前ずつ袋に入れ、それを俺の部屋に置きっぱなしの木箱に入れる。何とか入り切った。膨大なパンの耳が激闘を物語る。
「じゃ行くわ。お疲れ、片付けて休んでろ、売り子は俺とフランクで十分だ」
フランクはまたエプロンを2枚作っていた。『転生食堂』ロゴとトルパさんのイラスト入り。これ着てりゃ何とか格好はつきそうだ。
「いや、行くわ、あたしも」
獅子奮迅のメリッサは疲れているだろうに、エプロンのまま表に出てきた。セルマも体操着に腰エプロンという前衛的な格好、二人ともスッピンにサンダルである。木箱でよかった。荷車の上に乗っているのが家財道具なら、安宿を追い出された貧乏住人の一行にしか見えん。
「フランク、いいぞ。出してくれ」
◇◇◇
セルマにはフランクと共に撮影所外での売り子を頼んだ。40個入りの木箱は俺一人では少々重く、メリッサと2人でヨロヨロ運ぶ。
「フランクに頼んでアンタが外売りをやればいいじゃない、あー重い!」
「しょうがねえだろーが! 俺に依頼来て、ユーニスさんに直接渡す約束になってんだからよ」
そこら中にいる関係者に挨拶される。夜逃げかー? という声はチーフだろう。
第三スタジオはミーティング中だった。奥に小さい食堂を再現したセット、トルパさんとスタッフがその前で打ち合わせ、ユーニスさんは入口近くに陣取る団体見学者に、気持ちのいい声で撮影の様子を分かりやすく説明している。
殆どが車椅子、男の獣人が半分より少し多い。年配獣人特有の抜け毛、あちこち地肌が露出し、耳や尾などが皺だらけ。俺の加齢臭をからかう連中ばかりだが、獣人の年寄りってのは、その……もっと直截的な死を意識させる臭いである。施設職員と思しき制服を着た若い獣人女性と中年の人間女性が付き添っている。メリッサの話していた年配女性はいないようだ。
そのまま昼休憩となるらしい。ユーニスさんが昼食を配るよう指示した。俺が職員に挨拶し、渡す許可を貰う。中身を伝えると若い方の眼が少しキツくなった。
「……サンドウィッチ? 具材はちゃんと擦りつぶしてあるんですよね?」
きたきた。こんな時はもちろん、はいご注文通りに、はいその通りです、はい大丈夫ですを連発するに限る。ようやく許可が下り、俺とメリッサで配り始めた。
「……メリちゃん? あらー、ひさしぶりねー……」
犬獣人の小柄な婆さんがメリッサに気づき、他にも何名かが思い出したようだ。柔らかい表情で話しかけられているのを済まなそうに躱しながら、メリッサは手早く弁当を配り終えた。中年の責任者っぽい女がメリッサに尋ねた。
「あなた、うちで勤めてたことあるの?」
「いえ。なんか似てる方と勘違いなさってたみたいで……すみません」
ああそう、という表情で、若いのと一緒にユーニスさんのテーブルに向かった。あら、爺さん婆さんのメシ、見てなくていいんかい。弁当はメリッサの指示で、不自由な手でも開きやすいよう、布を縛らず重ねるだけにしてある。広げたジジババから、おおとかアラという雰囲気が伝わった。さっそく思い思いのヤツを手に取り、しみじみ眺めて匂いを嗅いでいる。胡桃だよ、肉の佃煮だ、これは大陸ワサビだね……食い始めてからも大らかな雰囲気が継続している。俺はこういうときそっぽを向くことにしている。こんな時の顔を見られるのが一番キライなヤツはいるものなのだ、人間でも非人間でも。
何となく立ち去りかねていると、ユーニスさんがメリッサに歩み寄り、二言三言囁いた。そのままでいいとか、ものの二、三分よ、なんて声が聞こえてくる。ありゃ、エキストラで食堂セットの一角にでも座らされるのかな? 近所の主婦的服装で来たのがマズかったかな。
メリッサはこちらに顔を向け、しみじみ地味な顔を僅かに不愉快そうにしかめると、顔をパンパンとはたき、セットにいる助監督のほうに向かった。施設職員の若いのが俺のほうに寄ってきた。
「あの……御免なさい……てっきり弁当屋さんの方だと……あの人、女優さんだったんですか?」
こんなとき何と答えるかは決まってるのだ。あいつもそう答えるであろう。
「いえいえ。ただの端役ですから」
◇◇◇
メリッサは食堂の一角で、地元の常連客として名物の裏メニューを頼み、それを聞いたトルパさんが迷った挙句に同じものを頼むという流れ。スタンバったあたりで弁当を食い終わった数人が指さしている。メリちゃん、メリっさんなんて声が聞こえる。アシスタントが見学者に静かにするよう手振りで知らせ、ユーニスさんのよく通るキュー出しが場を静めた。
「シーン11、用意……スタート!」
◇◇◇
カットの声の少し後で俺は立ち去ることにした。終了直後、何人かのジジババが熱心に拍手し、ユーニス監督とトルパさんが笑顔で頭を下げていたが、もちろんその拍手を受けるに値するヤツは終了直後に裏の通用口から出ただろうと予想していたからである。案の定、門に向かいスタスタ歩く地味女の颯爽とした後姿を発見する。
「お疲れ。ギャラ出るんだろうな。臨時収入はフランクに報告だ」
「どうかしら。なんかワケ分かんないうちにやらされてたけど。まあいいわ」
こういうとき俺は何も言わないのである。向こうも喋りたくないのが分かっているからである。でも放っておくと、何かが零れてくるときもある。
「逃げ出してずいぶん経ったのにねー。覚えてたんだわ。レムルスさん、カトゥマさん、ドルテスさんはまたお尻触ろうとしてきて、ミオルさんはずいぶん毛が抜けて……」
こんなとき、おまえも覚えているんだからお互い様だろ、というのは野暮である。俺は小悪党なのだ。こいつの演技のような拍手を貰えるとは思わんが、せいぜい役目くらいは果たすべきだと思う。
「それより、だ。門のあたりにいるデコボコ二人組なんだがな。妙に肩が落ちていて、木箱の上に置いてある包みが非常に多く見えるんだが、それは俺の気のせいだと思うか? 勘だと半分近く残っている。もう一時半、メシ時を逃した不良在庫だ。一人前16個、160の半分は80人前。1280個の一口大サンド、しかも乾燥した季節、パンは適度に乾いているはずだ。さあ走れ吸血女、あれを売り切らんと10日は昼飯にアレを食わねばならん」
途端にメリッサは荷車のそばで消沈するセルマに突進し、肩を揺さぶり売り子としての無能さをこきおろし始めた。体操着がマズかったと弱弱しく抗弁する声も聞こえる。俺はフランクに顎をしゃくり、荷車をひいて撮影所構内を一周することを提案した。ジミ子とグタ子は放置しよう。あのナリでは売れる可能性はない。俺やフランクみたいにパリッとしたエプロンで清潔感をアピールしないとな。だが最悪も覚悟しようじゃないか。足が出たとこで構わねえ。請け負った金額は2個で1メリ、全部で100メリだ。だが原価率45%でメニューを作ったメリッサは、きっかり45メリ分の領収書しか渡してこなかった。いったい幾ら散財したことやら。まあ端役ハウスの稼ぎ頭がたまに道楽したとこで、何とかなんだろう。ほれフランク、カリムさんの後姿だ。一個持ってって売ってこい。さあ走れ。




