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異世界端役の惨憺たる日々  作者: 小物爺
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第四十二話 女優 若人に語る

朝、アレックスがサンドウィッチの包みを持ったライアを連れて雑貨屋の倉庫に向かった。しばらく経つと馬蹄の音がかすかに響き遠ざかり、そのあとライアが帰ってくる。メリッサはバイト、フランクは午前中は石切場、午後からニルの買い物に付き合う予定だ。


「ぐふふ。ライア、あたしに付き合って。付き人は一度やったら生涯舎弟よ」


暇を持て余している駄目エルフ、冒険者ギルドの練習場でライアと魔法合戦をする約束だ。まあ安心だろう。


俺は日銭稼ぎに撮影の裏方バイト。先日セルマがチョイ役で出た『テンテン(転生学校の転校生)』の現場設営と撮影の手伝いだ。『テンテン』は少年少女の群像劇になっており、主演クラスは若い子が多い。今日の監督はカリムさんと並ぶ実力派のビートルさん。俺達も何度か世話になっている。


出がけにライアが包みを渡してくれた。サンドウィッチか?


「うん」


「分かった。このグータラエルフを土魔法で埋めて首だけ出して、魔写真撮って友達に見せて幻滅させてやれ」


とんでもない、という表情でブンブン首を左右に振る。


「セルマ、頼むな」

「はいはーい。ライア、本気で来なさいよ。楽しみだわー」


俺は現場に。今日は実際の学校を借りることになっているので直接向かう。


「おはようっす」


ビートルさんを中心に固まっている一群を見つけて挨拶。半数は顔見知りのスタッフである。


「ずいぶん老けた転生学生が来やがったなー」


声がかかりどっと笑い声。ははは、俺を学生役で出したらスゲー絵面だろうな。段取り確認して機材の搬入から。学生役の若者も次々に到着、簡単な打ち合わせ……早々と撮影が終わるかと思いきや、少々問題が発生したようだ。


「……どうもなー。……どう思う?」

「……このセリフが彼女から出るのが……不自然な気も……」


転生部を立ち上げた転生少女が部員集めに奔走するが入部ゼロ。その少女にアドバイスするのが級友なのだが、同年代からの台詞という点で、今一つしっくりこないらしい。


「……コモノー! ちょっといいか?」


ええっ、俺に白羽の矢が? 嫌だよそんな、酸いも甘いも嚙み分けた用務員役とか。


「メリッサ、今日都合つかないか? 女性が一人欲しいんだ」


バイトであることを説明。あちらが本業みたいなものだし、役柄もご勘弁願いたいのではなかろうか。あいつは善人って避けるんだよな。


「……とりあえず大人で別テイク撮りたいんだけどねー……」


……ああ、セルマが暇か。つかまるか? 練習場か、そろそろ家か。仕事が増えるのは喜ぶだろうが、例の件の余波もあるし、この間、生徒の姉役で出たばかりだ。おそるおそる切り出してみた。


「あの……セルマだったら近くにいると思うんですが……」


ところがビートル監督は乗り気であった。


「おお、こないだレステラの姉ちゃんやったよな……助かる! ちょっと声かけてくれないか、来るまでに他の撮りを終わらせちまう。荷運びの小型竜車使っていいから、連れてきてくれ」


ビートルさんもオッサン軍団の一員なのかもしれん。前回の件もあるし現場で少し嫌な思いするくらいは覚悟の上だろう。本人が嫌がったら見つからなかったといって頭を下げりゃいい。まあ気楽な使い走りだと考えて、気の荒い小型竜をなだめながらギルドに。タリナに尋ねるとまだ訓練場とのことで、そちらに向かう。


練習場の奥の一隅に冒険者の人だかり。ああ、あそこだろう。近づくと……なぜお前はアレーア土産の木剣を持ってるの? 魔法合戦じゃなかったの?


「いくわよー! ……ハッ!」


いつか見た石割り剣をライアに向けて一閃。直後土壁がライアの目の前に現れて……ゴス! という音とともに土壁の真ん中に窪みができた。


「そうそう……その速さなら充分。大きいのを作るのは楽みたいね」

「はい。この大きさは得意です」


人目が多いので緊張しているのか、敬語である。セルマに手を振る。


「なに? あんたに手招きされると微妙に面倒な話が来そうな気が」

「俺の用じゃねえよ。ビートルさんの所で……」


事情を説明して断ってもいいぞと匂わせたが、意外なことに快諾した。


「さあライア、女優の仕事よ。舎弟は拒否権なし。行くわよ!」


様子の分からぬライアを引っ張ってズンズン出ていく。一度戻って化粧箱を持たせるか。木刀は絶対置いていかせよう。


竜車でシーンの概要を説明すると、スパリと仕事モードに切り替わったセルマ、ライアは化粧箱を膝の上にしっかり抱えている。前の滞在時に買い与えたシャツとハーフパンツに、アレックスのお下がりらしいカーディガンを羽織っている。


到着してライアを隅で待たせ、ビートルさんの所に。セルマは例の件以降、一貫して丁寧語で皆に接している。今日もきちんと挨拶をした。


「お声かけていただいてありがとうございます。ぜひやらせていただきます」


手書きで修正された台本をもらい、予備の衣装や不足する小物をスタッフに頭を下げて借り、準備のため空教室の一つにライアを伴い入っていった。


「コモノ! 反射板頼む、あと2枚欲しい」


撮影班の魔導士さんから声がかかり、俺も撮影準備に走った。


◇◇◇


部室予定の部屋がある建物の前に佇む転生少女とセルマのシーン。他の撮りは終わっているので手持ちぶさたなのか、またはセルマ見たさか、他の出演者の少年少女が遠巻きに眺めている。俺の背後でタオルと飲み物の瓶を持ち緊張気味で立つライアが珍しいらしく、ちらちら視線を向けられているのが分かる。


「……スタート!」


一拍置いてセルマの台詞。妹に頼まれた届け物を持ってきたセルマが、帰り際に顔見知りの少女のただならぬ様子を心配して声をかけたという設定だ。


「……転生部の創設を諦めてしまうんですか?」


「はい」


転生少女、目を落とし力なく頷き、部屋の前に張った手書きの部員募集チラシを剥がし、くしゃくしゃにする。セルマは静かに歩み寄り、少女の手からチラシをゆっくりと取り上げ、優しく皺を伸ばし、しばらく鑑賞してから目を上げる。


「……なぜかしら?」


少女は力なく、そっぽを向いて答える。


「だれも見てくれません。無意味でした」


「いいえ」


思わずハッとした。ライアも同じだ。優しくさえ聞こえる、たった一言の「いいえ」が、決して強い口調でないにもかかわらず確信に溢れていたからだ。セルマはほんの少し腰を落とし回り込み、少女の顔の真正面に自分の顔をもってきた。


「いいえ。それは間違いですよ。あなたがこれだけの思いをこめたチラシ、必ず見てくれた人がいます」


思い出す。ジゼルちゃん、ブロニカさんの娘、ライアの同級生。


「あなたの知らないところで必ず見てくれています。必ず。ただ、あなたがあきらめたら、あなたは見ている人に気づけないで終わってしまうの。だから」


セルマは少女の手に、丁寧に皺を伸ばしたポスターを返した。


「続けてちょうだい。あなたのために。見ている人のために」


◇◇◇


「カット! テリア、お疲れさん! セルマ、助かった!」


律儀に少女にも挨拶をして、セルマが戻ってきた。


「ライアー、タオルー。ちょっと暑かった、この衣装」


タオルと飲み物を渡し、セルマが汗を拭い終えるのを待ってライアは尋ねた。


「セルマさんは女優? 剣士? 魔法使い? 全部?」


「剣術は習わされたし好きだけど、仕事じゃないわ。魔法は覚えが早かっただけ。女優のつもりよ」


「……ずっとなりたいって、思って、なった?」


「そうでもないわねー。基本は逃げ。ちょっと面白そう、お金になる。そんな程度の動機だったわよ」


「いつごろ決めたの?」


「えー、何歳何か月の何時何分とか? ないない。そんなにはっきりした立派な動機はないわ。しっかりした動機のある人って少ないんじゃないかしら」


「じゃ、決まらないのは悪いことじゃない?」


「……さあね。いい事じゃないかもしれないし。でも決められないんなら仕方ない」


ここでライアはチラと俺の顔を見た。


「……『そういうもん』なの?」


「ハハハ! その口癖の主が使ってると腹が立つけど、でもそうね、そういうもんなのよ。そういうもん」


「……わかった」


「はい、撤収! 着替えるわよ」


◇◇◇


機材の撤収作業を終えるまで二人は俺を待っていた。ここから歩くと結構距離がある。「途中までなら乗せられるぞ?」と声をかけてもらったがセルマは遠慮した。竜車を見送り、最後に校庭を出る。荷物を引き受けて後ろから歩いていく。ライアがまたセルマに尋ねた。


「アレクのどこが、すごいと思う?」


とまどったようで、うーん……と暫く考えた後に訥々と話し始めた。


「手紙のやり取り以外、数日しか見てないけど……あのさ。わたしは女優なの。さっきのもわたしで、今話してるのもわたし、他の役を演じてもわたし」


ライアの頭が律儀に、セルマの言葉の切れ目にあわせ、小さく上下している。


「アレックスはねえ……演じるってこと、絶対しないんじゃないかしら。まっすぐな心で、まっすぐにぶつかって、いつも完全なアレックスであって、決してブレない……そんな印象があるわ。そこが凄さ、かな」


「演じるのは……いけないこと、ってこと?」


「うーん……そうじゃないの。そうねえ……ああ、こうも言えるかな。演じるってのは、たとえ今見てくれる人がいなくても、必ずいるって信じて演じるの。でもね、誰も見ないからって諦めてる演技、見られる必要はないって開き直ってるのは演技じゃない。わかる?」


「……わかる気がする」


「そしてね、アレックスは外に向かって演じる必要がないのよ。なぜかっていうと、いつでも、どんなときでも、ただひとつ、自分を見ているものを、自分の中に持っているからよ」


「……それは、何?」


ここでセルマは、かつてジゼル達に話をしたときのような、得意げな顔を浮かべたのだろう。


「『竪琴の加護』よ」


ライアは納得したようだ。ストンと腑に落ちる答え、それが与えられたからだろう。


「ああいうお母さん持ったら大変だわねー」


「ううん。アレクはアレクだから」


セルマは手を伸ばし、ライアの頭を数回ポンポンと叩いた。


「わたしはねー、……聞いてるでしょ、義理の母をずいぶん悲しませていてね。せめてお兄ちゃんの代わりにと思って……でもそれが一番母を悲しませちゃった。だからさ、前に書いたでしょ。思いやるがゆえに自分を傷つけるのは……ライアはそんなことしちゃだめよ。わたしの舎弟なんだから」


……ライアには知らせていたのか、こいつ。当然アレックスも知っており、そして……ロッコール家まで動かしたことを蒸し返すのはやめよう。アレックスはセルマの言う通り、合理的、融通が利かず、猪突猛進なのだから。


「セルマ、ライア。フランクはニルと外食、メリッサとアレックスは遅いから、飯は先に食っちまうか?」


ものすごい勢いで振り返った二人に睨まれた。


「いっしょに食べる。待ってる」


「あんた一人で食べてきなさいよ。その後で女4人、水入らずで食べるから」


……真面目にその提案を受けたい気もする。ニルがいないのは助かるが、白いのと地味なのもチクチク俺の悪行をチクるのだ。そのたびに俺は4つのハシバミ色のまっすぐな視線で穴だらけになるのである。そうしようか。どうしようか。しばらく考えることにしよう。


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