第三話 小物はすぐに自分の秘密を暴露する
転生者の活躍は各地に浸透しており、戦後娯楽路線の定番である。一等公国民や貴族の家には大型魔力水晶が配置されている。異界から時々遷移してくるラーノベという秘本をもとに脚本が書かれ、実際に無双する転生者パーティーに出演交渉、転生活動の取材と俳優を使った物語部分を、映像記録魔法を使える魔導士が立ち会って水晶に記録、これが魔映画作成の大筋だ。転生者は異界から大量に送り込まれてくるしヒロイン人材にも事欠かない。魔物は簡単に調達できるしドキュメンタリー形式で撮影もできる。敵役の高級魔族や邪神は非人間界で大人気の職業であり、昨年末の幼魔園、大人になったらなりたい職業の第一位が魔映画俳優だったそうだ。時代だな。
ギルドで初心者パーティーに絡む、ヒロインを酷い目に合わせようとして痛い目にあう、地元の裏組織の使い走りとして脅しをかけて逆に拷問されてガクブルになるという典型的端役は、物語に必須なわりに目立たないので希望者が不足気味。ギャラが安く、生活も安定しないので続ける奴が少ないそうだ。
俺の中年チンピラ顔、フランクの全身100%人造人間という風体はいいが、メリッサはどうか? 不細工ではないしキツ目の顔立ちだが、ちと地味ではありませんか? 悪役というより被害者タイプの平凡顔ですよ?
「悪役女性は濃いメイクですし、しかもバンパイア。アルトの声質。いけます」
いけるのか。そういうものなのか。俺に地味平凡と連呼されたメリッサが少し凹んでいた。フランクが優しく肩に手を置いた。
「ボクは羨ましいな、地味って。そふいふものに わたしは なりたい」
それはフォローではない。皮肉というのだ。覚えておけ。
長年住んでる俺の安宿は狭い一人部屋、ベッドは一つ、椅子も一つである。そんなところにメリッサとフランクが転がりこむことになった。親父さんに頭を下げてお許しを乞う。ここ半年は宿代を遅らせてなかったのが功を奏し、
「一人部屋にフランケンと吸血ネーチャンか……宿ってのも評判商売だからよー……部屋2つ借りるか、上の階に移るか。早めになんとかしろよ」
端役の件、しばらく仕事を共にすることも説明し、宿代に色をつけることでご猶予を頂いた。腰の低さは俺の売りである。とにかく金だ。
粗末な飯のあと、夜半まで話す。大食いがいなかったのは助かった。さっきの仕事はある程度の稼ぎになりそうだ。迷宮探索を続けるよりもバイトを探せば、飯と住処程度は確保できるかもしれない。
「お前らまず働け。メリッサは教会で働けないのか? 治癒士とか」
「規定で駄目なのよ。添削してくれたシスターに何度も嘆願書書いたけど」
「コモノの本業って冒険者なの?」
「登録上はな。それなりに場数は踏んだが腕前はからっきしだ。続けるか?」
「迷宮かー……仕方ないかな。あたしもギルド登録してるんだし」
メリッサのランクはE。夜に強いから何度か回復役として中堅パーティーに同行した経験もあるらしい。それで暮らす道もあったのでは?
「……難しいのよ、女はね。騙されることも数あるし、女同士ってのも……」
疲れた表情で苦笑する。化粧っ気がなく、気が抜けてるとつくづく平凡な顔だ。まだ若いのに苦労してるのであろう。だから地味な顔なのかな。
「ボクも何か仕事、見つかるかなー?」
「ギルドの掲示板に日雇いの力仕事なら定期的に入るぞ。それやれよ」
「ところでさ、一緒に組むこと前提で……一つだけ約束して?」
真面目な話らしいな。うむ、言ってみろ。
「内緒事は許す。でも……誰かを傷つける嘘はダメ。嫌いなのよ」
俺たちの顔を等分に見つめる。この顔は……茶化すべきではない状況というものがこの世にはある。フランクは真剣に頷いて、口を開いた。
「じゃあボクも……命が無いから、命ってモノに憧れててね……身を守るときはともかく、生き物の命を奪うのは……食べるときだけにしてほしいよ」
どこかの教義にありそうだな。殺すのは食べるときだけ、ね。成程。
「コモノは? いちおう聞いてやるわ」
うーん。溜息をつく。俺はエゴイストだし、いつも思いつきで行動してここまで生きてきた。ひょんなことで出会った不死の化け物二人、このまま上手くやっていく自信なんてない。第一とっとと出ていっていただきたい。永続的関係の維持不能性は、俺の半生が証明しているのだ。
「……嫌だと思ったら、いつでも立ち去り二度と関わらない権利。それだけだ」
二人は少々固まり、次いで相好を崩した。
「初めからそんなこと言うんだー。変わってるわね。……あたしはいいわ」
「ボクもいいですよ。仕事なんとか探します」
ふーむ。ではいつまで続くか分からぬが、とりあえず寝よう。仮初めの関係がいつ終わろうがそれは明日以降の話であり、まずは寝床をどうするかという現実的問題を解決するのが先決だ。
さて深夜、どうにも寝心地が悪い。俺は神経質なのである。怪物どもに寝床を譲る寛容さなど欠片も無いのであり、苦労話を披露しあう二人を放置しさっさとベッドに潜り込んだのであるが……床からは規則正しいフランクの寝息、背後からはぷしゅーとかスピーとか喧しいメリッサの寝息が聞こえるのである。柔らかく質量を感じさせる物体感を無視しろ、ですと? いやいや。男ですよ俺だって。呼吸に合わせて堅いマットレスが微妙にウネるリズムとかさ、いつもはヒンヤリかジットリの二択である安宿の空気が背後でホンワカ柔らかいとかさ、気にはなるよね。うーん寝苦しい。こりゃ早いうち何とかしねえと。
コーディネーターに逢って脚本をもらうために魔導士ギルドに出かける。フランクとメリッサは間借りの件で気がとがめるらしく、少しでも金になればと思ったのか、仕事探しのついでに朝から迷宮に入っていった。勤勉なのは結構だ。第一層なら昨日同様、フランクがウニ姿になってメリッサの雷撃一発で済むはずだ。危険はないだろう。そもそも死なないし。
事務所で運よく昨日の若者をつかまえる。やらせていただくにあたり、台本とやらを見せてほしいと頼むとすぐに3部持ってきてくれた。
「『鋼の転生者』ですか」
「通称『ハガテン』です。角を折ったページの部分、撮りは明後日の午後」
微妙にマズくないのかその略称。忙しいらしいコーさん(本名は知らん)に挨拶し、冒険者ギルドの待合に向かった。
俺は濫読家である。魔法書や教会教義、摂理問答も楽しく読むし、絵本も英雄譚も公国政界小説も好きだ。異界チート物も楽しめる。どんな話だろう? 無料の薬草茶をカウンターで貰い、空いているテーブルに座り読み始める。
今回は第8回、主人公が二人目の奴隷、ダークエルフの少女を助ける話だ。ちなみに一人目は定番のネコ耳少女、ワンとしか喋れない呪いがかかっていたが主人公のチート能力で呪い解除、主人公に懐くというパターン。俺たちの出番は……ふむふむ、精霊魔法が使えると思い捨値でダークエルフを購入し迷宮に入ったチンピラパーティー、彼女が役に立たず殴るける唾を吐きかけ殺そうとする、そこに通りかかった主人公にボコられるという役だ。いかにもテンプレだが演じるとなると話は別だ。精霊魔法はダークエルフの少女が心を開かないと使えないらしい。異種族差別を露骨に出すのが重要なのか。二人に上手くできるものだろうか? 俺はともかく異種族差別に微妙な葛藤はないのかねー。
「……あ! コモノ、ただいま」
「ただいまー」
ギルド玄関から入ってきた二人が俺を見つけた。暗いのによく分かるな。
「うん、小物感が半端じゃないから」
「コモノのいる一角だけ、暗がりが濃くなってるからすぐ分かるわよ」
うるさい。その顔で仕事が貰えた可能性もあるんだ、バカにするなよ。
「それが台本?」
本好きのフランクはさっそく食いついた。大きな麻袋はかなり重そうだ。
「換金してこいよ。食い物買って、帰って打ち合わせしよう」
「そうそう、こんなのが2個落ちてたのよ?」
メリッサが獲物袋の中からレジスターに似たドロップ品を取り出した。
「お……OA90だぞコレ、珍しいの見つけたな」
OA90はゲルマダイオード属、浅い階層でも稀にドロップするが、シリコン属に比べ温度変化に敏感で脆い素材のため不人気、値段も大したことはない。だが……グフフフフ。
「……買い取り価格で俺が買うよ。少し色をつけてもいい」
メリッサが目を見開き、ついで苦笑する。
「いいよ、宿代代わりにあげる。フランクもいいでしょ」
「うん」
そうか。ではありがたく頂戴します。ついでに俺の道楽を紹介するとしよう。
要領が掴めたのか、2人が午前中に集めたレジスターは昨日よりもだいぶ多かった。運もあろうが大したもの、雑魚でも貴重な稼ぎである。
「……けっこう笑われた」
「……あれは恥ずかしかったわね」
聞けば浅い階層でふざけた戦い方をしているため悪目立ちしたようだ。ハリネズミになったフランケンシュタインがピカッと光るんだから華やかではある。本人たちは真面目なので余計に目を惹いたらしい。
「待て待て。これから大勢の目に触れる仕事をしようとしてるんだぞ。そんなことで恥ずかしがるなよ」
「でもねぇ……」
「次は3人で入ろうよ」
「そうだな……二人の仕事が見つかるまでは入り続けるか。掲示板見てみたか? 気になるのあったか?」
「あー、城壁修理の大岩運びがあったよ」
「覚えとけ。メリッサは?」
「魔物病院の治癒助手ってのがあったけど……あれは苦手。あとは……」
水商売は頑として願い下げだという。例の端役と迷宮、あとどの程度稼げば収支がなりたつのか、ちょっと見当がつかん。
「まあ、慌てずに探してみろよ……じゃ行こうか」
適当に食物を買って宿に戻る。宿共同の水浴び場で埃と汗を落とした二人とボソボソ昼飯を済ませ、脚本を読み合わせする前に、と。少し待っててくれ。5分で終えるから。机の引き出しを開けて道具を並べ、窓際の木箱に突っ込んでおいた作りかけの山の中から……あった、コレだ。作業開始。
「……それ、何してるの?」
「これ、魔道具なの? ボクは見たことないけど、メリッサは?」
「あたしも初めて。装身具かな。コモノって器用なの?」
「まあ待ってろ。道楽なんだけどよ、少しは金になるかもしれん」
先ほどもらったOA90を、小箱の中にチョチョイと組み込む。汎用の006P型魔力結晶を入れ蓋を締めて完成。切り替えスイッチは……よしよし、動作してますな。安物の白色クリスタルがスイッチに合わせて点滅。
「お前たちに、俺の秘密を明かす日が遂に来たようだな!」
「いやいや……」
「まだ会ってから2日しか経ってないよ」
紙の小箱に整然と分類した迷宮産の魔物のドロップ品、俺はこれを組み合わせた『エフェクター』という音属性付与魔道具のアマチュア製作者だ。え? 何それ聞いたことないですと? フフフ、では説明してやろう。長いぜ覚悟しな。