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異世界端役の惨憺たる日々  作者: 小物爺
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第三十四話 ライアが家にやってきた

朝飯の最中に伝えた。


「ライアから手紙が来た。しばらく俺の部屋に泊める」

「待って。とりあえず、ライアってだれ?」

「アレックスの一人娘」

「アレックスって、だれー? あったことないよ、冒険者の人?」

「公都で護衛騎士をやってる」

「……!? アンタ、護衛騎士に知り合いいたの?」

「あっちが勝手に俺を覚えてて、一方的に時々こき使うだけだ」


昨日ポストにライアからの手紙が届いていた。ポストというのは様々な騒ぎを引き起こす。手紙のやり取りの経験がないフランクがニルと文通を始めたり、メリッサの知己から封書が舞い込んだのが発端で3人の共同生活が破綻しかけたり、碌なことがない。


手紙を見せたほうが早い。二人に回す。


「……綺麗な字だね」

「……学生さんなんだー。何勉強してるの?」

「土魔法科だ。最も安定した仕事だってな」


各種属性魔法の中でもっとも需要の大きいのは土魔法。インフラ構築に不可欠、失業の心配はない。民間でも引く手あまた、建設魔法庁に勤めているといえばエリートの代名詞である。


「わかった。でもお屋敷住まいじゃないの? お母さんは?」

「アレックスとライアの2人暮らしだ。今は官舎に住んでる。明後日来る」


いろいろ聞きたそうな顔だが、すぐ来ると分かって思い直したらしい。黙った。


◇◇◇


朝、竜車場に公都からの長距離中型竜車が到着し、ライアが大きな鞄とともに降りてきた。


13歳のわりには痩せており、浅黒い顔も相変わらず血色がすぐれない。アレックス譲りの金髪をひっつめて、大きな額を出している。


「夜行で眠ってこられたか?」


声を出さず一度だけ首を縦に振る。細い首、目が相変わらず大きい。


「今日は、お久しぶりです。宜しくお願いします」


鞄を持とうとして断られた。顎をしゃくって道を示し歩き出す。


「塒が変わった。広い一軒家だ。2人同居人がいる」

「アレクから聞いてます」

「学校のほうは?」

「課題を全部持ってきました。帰って提出します」


幼い奴隷を酷使している奴隷商の下働きみたいにジロジロ嫌悪の視線を受けながら家に向かう。まだこういう気配りの出来る歳じゃないか。


帰宅して2人に紹介し、家の中と俺の部屋を説明する。


「ライア、ここの掲示板に予定があったら書きこんでね」

「分かりました」


俺たちはかわるがわる、時には一斉に家を空けてしまう。メリッサが尋ねると、


「お台所を借りられれば大丈夫です」


スパリと解決。こういう紋切り型の人間には2人も耐性があり、対応もできる。


「聞きたいことは声をかけてね」

「ボクは2階の左だから」


スタスタドスドス散る。ライアが小声で眉をひそめ、


「……嫌われた?」

「まったく。まあ好きに過ごせ。俺たちも好きにやるから」


俺の部屋の机を使わせることにした。鞄の中身が殆ど本だったのには呆れた。


◇◇◇


3日経過。ライアが風呂に入っているあいだ、食堂でメリッサと立ち話。


「凄い勉強量ね。睡眠と食事以外、ずっと机に向かってるんじゃない?」

「親のしつけの賜物か、本人の自覚の高さか。両方だろ」


フランクが飲み物を取りに来た。最近はニルの好きな発泡水にご執心だ。


「ボクが言うのもなんだけど、笑わないんだね。まだ怖がられてるのかな?」

「いや、2人の素性はとっくに話してるし。昔からあんな感じだ」

「ひたすら机に向かってるわ。外に出るとか、興味ないのかしら」


メリッサが掲示板を見る。臨時に作ったライアの行には、滞在最終日までの学習予定がギッシリ詰まっている。聞いたことのない専門学科ばかりである。


「あたしらは干渉しないから。理由も……別にいいや」

「すまねえ。帰ったら一度奢ろう」

「じゃあ、東のあのレストランがいいなー」

「おお。今度は高いコースを頼んでみたいよな。どのくらい旨いんだろ」


基本的に放置の俺、不干渉の2人。けっこう新鮮だったのか。ライアの方からポツポツ話し出したのは6日後の夕飯時。敬語口調は慣れるに従い自然に消えた。

『優しい巨人』亭の喧騒は珍しいんだろう。あたりをチラチラ伺いながら、大型スクリーンにも目を向けている。痩せのクセして、食う量は一人前だ。


「メリッサは13歳のころ、何してたの?」


メリッサは気負いなく、村を出てからのことを軽い調子で話す。


「バンパイアってお腹減らないとかいうでしょ。アレは嘘。森で3日目、カブトリスの溜めてたどんぐり見つけて、ガリガリかじってお腹こわしちゃった」


こういう人種はライアの周囲には皆無だ。目をふだんより一層丸くして聞き入っている。店内の暖色の照明で、いつもより血色がよく見える。


「ボクはねー……13年目っていうと……本棚が2段になったころかなー」


問わず語りを装いフランクが続けてくれる。トラップ部屋の壁を石で削って作った本棚を作ったらしい。一冊手に入るごとにぴったり嵌るのを作っていたという。


「だから彫刻をしているの?」

「あー、そうかもね。石は好きだねー」

「コモは?」


2人が「コモ?」って顔になる。ノがうまく言えなかった幼いライアが俺を呼ぶときの呼び方だ。そう呼ぶのはアレックスとライアだけである。


「金溜めてたな。2年かけて15で最初のドラキャス買った」

「今持ってる楽機?」

「いや、それがよ、実は……」


3人の魔女と不死の怪物に思い出のドラキャスが粉々にされた件を話す。


「エルフは冷静だってアレクが言ってたけど……違う人いるんだね」

「その2人は規格外だ。よくも悪くも。エルフがみな冷静ってのは偏見かもな」


俺なぞ歯牙にもかけない合理主義者のアレックス、仕事で会うのは高官ばかりだろう。パブリックイメージのエルフは主にそうした連中だ。


「学年のエルフはみんな……凄い人ばかり。ライアよりずっと凄い」


ライアの一人称は感情の機微で「ライア」に戻る。何か凹んでるのか?


「凄いのはエルフばかりじゃないわよ。フランクは芸術の才能が凄いし、かく言う私だって吸血鬼のくせして聖魔法使えるもの」

「ライアの土魔法、凄かったんだよ」


昨日庭の一隅でフランクに断り、土魔法の実習をやっていた。小さい魔法ほど制御が難しいのだが、長い詠唱で現れたのは掌にのるほどの精密な公都聖堂。壊すのをやめさせ、フランクが保護した甲虫の幼虫の住処になっている。


「……いえ。全然です」


そこで黙った。思春期真っ盛りか。親はこういうのと直面して散々頭悩ますんだろうな。ご苦労なこった……アレックスを少々恨む。


◇◇◇


「コモ。課題早く終わる。2日あく。どこか連れてってほしい」

「ふん?」

「帰る日の前、2日ヒマにする。どこでもいい」


どこに行きたい? と聞くのはまともな大人だ。俺がその範疇に入らないことは知人すべてが証明してくれる。俺が連れていきたいところを考える……。


「少し汚れてもいい格好って持ってきてるか?」

「ない」


女の子っぽいスカートばかりだもんな。アレックスの見立てなのか? 意外。


「分かった、何とかする。文句言うな。あとアレックスにもいうな」

「うん。分かった」

「課題は終わるのか?」

「大丈夫」

「掲示板に書いてこい」


翌朝の掲示板、ライアの欄に初めて勉強以外の予定が入った。コモと外出と書いてあり、俺の欄にも。


「コモさん、どこデカケルの? ちなーみにアタクシ1日目はオヒマよ」

「怪物は2日目の午後ならオーケーだよ」

「ライア!」


朝から机に向かおうとするライアに声をかけた。顔を覗かせる。


「バイトの体験2日間だ。アレックスへの土産くらい、自分の金で買え」


アレックスそっくりの眉を少し持ち上げたあと、頷くライア。


「メリッサ、『あたテン』撮りの見学に付き合ってやってくれねえか。フランク、2日目の石切り場の仕事、俺とライアを混ぜてくれ。無理ならギルド経由にする」


◇◇◇


少年っぽいシャツとポケットの多いハーフパンツを着せたライアは線の細さが余計に際立つ。セルマ経由で話を通し、『あたテン』撮りの見学をさせてもらった。メリッサに頼んで楽屋が一緒の女性3人組に紹介してもらい、タオルやドリンクを運ぶ使い走りなどをやらせるよう頼む。


「フフフフフ。まずは私の鎧を漆黒に輝くまで磨き上げなさい、人族の娘よ」

「冷えた果汁買ってきて! 間違えてお酒だったらさらにグッド」


暗黒騎士エルフと酒乱剣士エルフが期待通り手加減せずこき使ってくれる。貧弱な体型であるがやはり若者、外に内にと走り回るライアはけっこう足が速い。

あたテン3人娘の最後の一人、神官役のキャロラインさんから尋ねられる。


「子役志望の子? 真面目そうね」

「いえ、古い知り合いの娘です」

「あらー、コモノ班もハーレムメンバー拡充の方向なのー?」


爆笑。セルマ受けすぎだ、剣で殴るな、痛い。


「キャハハハハハ……あー苦しい、メイク崩れる。ライア、化粧箱」


殴られてる俺を、口を大きく開けて凝視していたライアが我に返り、すぐ動く。


「……こちらですか?」

「あー、それはニルの。渡してあげて。ニルも大概な顔だから」


泣いてまで笑うことねーだろ。メリッサがまだ笑いながらニルを手伝う。


ペンタクスさんとブライトさんにも仁義を通し、照明用の魔法反射板を支えて持つ役をやらせてもらう。


「俺の角度と位置を真似しろ。これミスるだけで撮り直しだ、気合入れな」


力強く頷くライア。両手をいっぱいに広げて抱えている。今日の敵役は時々お会いするベテラン召喚士さん。すでに四体の魔獣を召喚済、現場に緊張感が漲る。カリムさんの声。


「では行きます、シーン31、5…4……スタート!」


二度俺の足を踏んだ以外は問題なく務めた。上出来である。


3人娘が上がるタイミングでメリッサを解放し、撮影後の清掃作業や撤収も体験させた。仕事を終えたライアはあちこち汚れて少々汗じみている。


「どうだ、疲れただろ」

「うん。……ニルヴァーナさんもセルマさんも凄かった」

「同級生と比べてもか?」

「もちろん。……お腹減った」


こいつが来てから初めて聞いた、腹減った。


「何が食いたい?」

「……すこし甘いのがたべたい」

「帰って風呂浴びて、『優しき巨人』だ。あ、それ洗っとけ、一晩で乾くだろう」

「うん。これ、もらった」


撮影中にセルマの衣装から落ちた装飾用クリスタルだ。アクションでよく落ちるから豊富にスペアがある。拾って届けたら、あげるよと言われたそうだ。


「フランクは裁縫もうまいんだ。その服のどこかにつけてもらうか?」

「うん。なんか……いい気分。充実した」


◇◇◇


翌朝フランクに同行して石切り場に行き、顔見知りの親方に挨拶する。


「おう、本当に大丈夫か? いいとこの娘さんなんだろ?」

「大して戦力にはなりませんけど……親と親しいし、問題ないです」


嘘も方便。俺はフランクの横に陣取り、手元と呼ばれるアシスタント、ライアは一人用の小型ネコ車に石を載せて運ぶ役。フランクが加減して少な目で運ばせるので一回の分量は少ないが、気合を入れて勢いよく押す姿は危なっかしい。一度ひっくり返して泣きそうな顔になった。


「はやく拾って持ってけー、次の車こないと切り出せねえぞ」


これはきつかったようだ。午前の休憩でへたりこみ、大汗をかいている。


「無理しすぎだ。ほら、あのくらいのペースでいいんだ」


ライアと同じ年恰好の少年が車を押すのを指す。真っ黒に日焼けして、一歩一歩バネを生かして着実に運んでいる。ライアはしばらくその子を見ていた。


休憩後も本人が言い張るのでしばらく車をやらせたが、疲れた様子なので最後は俺と手元を交替した。フランクの使う重い槌や鑿を両手で支えて受け取り、渡す。腕もかなり疲れるだろう。広い額に汗がびっちりだ。


午前で終了。親方がきちんと日当を用意してくれた。受け取りも体験させる。順に名前を呼ばれる。


「……! ……! ……! ……ライア!」


すっ飛んでいき最敬礼、金を受け取り再び一礼して小走りで戻ってきた。


「……もらった」

「もらったんじゃない。稼いだんだ」

「ライア、昨日は受け取らなかったの?」

「うん」

「じゃ初めてだね。ボクも嬉しかったよ、お金初めて受け取ったとき」

「……腕がブルブルする」


過負荷だったからな。若いんだ、すぐ治る。俺は明後日の朝がヤバい。


「帰って水浴びて飯だ。午後は休んで、それから土産買いにいけ」


帰路、ライアが袖を引っ張る。


「……メリッサはどんな仕事? 治癒士もやってるの?」

「いや、今日は芋や鍋と格闘してるぞ」

「見られる?」


どうかなー、戦場の厨房に素人が入るのは無理だ。あ、暑い日は裏口あけて、外で芋剥いてるときもあるけど……。


「無理だ。諦めろ」

「大変なお仕事、だよね?」

「楽な仕事ってのはない。と思う」

「土魔法士も?」

「もちろん。だと思う」

「…………『と思う』?」


知らない仕事だから推測にすぎないし、将来について悩んでいるライアに先入観を与えたくない、ってのもあって『と思う』と言ってるだけだ。


「アレクはね、……物事は言い切れ、っていつも言ってる」


それはそうさ。騎士や高位の職業はリーダーだ。曖昧な判断を披露しては信頼は得られないし、職業柄若いころから断定した物言いを身につける必要がある。護衛騎士なら当然の習慣。


「コモは信頼されたくないの?」


ああ、と即答しようとした俺の機先を制しフランクが割り込んだ。


「ライアは、みんなに信頼されたいの?」

「うん」

「信頼してくれる人はいないの?」

「……わかんない。ライアはライアだから」


この名のせいで幼いころ『嘘つきライア』というあだ名をもらっていじめられていた時期が僅かにある。それを言ってるのが俺には分かっている。


「コモノは信頼できるの?」

「わかんない」


即答。だよねー。


「そうだよねー。コモノはひどい奴だよ。たとえばさー……」


俺のとばっちりでフランクやメリッサがヒドイ目に遭った話を次々に。短い帰路に語りつくせるはずもなく、食堂でフランクが昼飯をこさえる間も続いている。


フランクに懐いたのか、洗濯を終えざっと乾かしたシャツと昨日のクリスタルを持ってフランクの部屋に上がっていった。音魔道具を組み直している俺の部屋に、しばらくして微かな槌の音が響いてきて、夕飯前まで続いていた。


◇◇◇


昨夜は俺が飯を作って家で最後の晩餐。ライアの作ったパンプディングは俺の口には入らなかった。翌朝早く4人で竜車場に行くと、エルフ二人組がわざわざというか、今日の撮影の出勤ついでに見送りにきてくれていた。


「またおいで。歓待はできないけど。今度はあたしの部屋に泊まればいいわ」

「闇魔法、教わりたかったら気軽にきてくださいねー」

「生意気エルフなんて一度シメちゃいな。つけあがってるだけだから」

「あ、お土産何にしたの? アレックスさんの」


ライアはメリッサの問いに、ワンピースの胸ポケットから、粗削りにした石を一つだけ使ったネックレスを取り出して示した。銀の繊細な鎖にぶら下げられている。


「自分で作った。フランクに教わった。ありがとう」

「いやー、どういたしましてー」

「繊細なデザインで素敵ですね……お父様のお土産にするより、自分で使ってもいいのではないですか?」


ニルの言葉に目を丸くするライア。俺は竜車に彼女の鞄を押し込んだ。


「もうすぐ出るぞ、動きだす前に座れ。気をつけてな」


ライアは相変わらず血色の悪い顔に、それでも笑顔を浮かべ、挨拶をした。


「アレクサンドラ=ブレイドは母です。ではみなさん、お世話になりました。ライア=ブレイド=コモン、様々なことを教えていただきました。ありがとうございました、ごきげんよう!」


一礼後反転、痩せっぽちの細い足が軽やかに一段飛びで竜車のステップを上ると同時に竜車は発車、車内と外から手を振りあう別れの風情もなく、竜車はみるみる走り去り見えなくなった。さて、本日の撮りに向かう。天が墜ちてきたのを目撃したみたいにフリーズしている4人を残し、俺はさっさとギルドに向かう。お前らプロだろ、遅刻するなよ。


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