第三十話 端役 旅でも役柄を全うす
竜車に使うレッサードラゴンはよく躾けられているのが多い。今日のヤツはベテランのオス、これもたいへん大人しい。ガキの時分飼ってた草蜥蜴を思いだし鼻先を撫でてみた。旅の連れよりもよほど好ましい。きみ、ウチの子にならないか。
薄曇りである。道々、各種族の動物・魔物観について披露しあう。
「炎系統の魔物とは交流がないですねー」
「まあ……精霊がペットみたいなものよ」
「精霊さん、その土地や自然にくっついてるんじゃないのー?」
「そういうのは年寄りね。若い連中、特に風精霊なんかは都会志向ね」
「闇の精霊は出不精なんですよー。昼の出勤は別料金だし」
魔法といい精霊といい、自分が如何に無知だったか痛感する。主に痛みとともに学習させられる機会が多いためであろう。
「あたしはコウモリと相性悪い。夜出歩くと、よく絡まれて逃げた」
「あちゃー……話できるの?」
「聞き取るほうは少し覚えた……品のない表現ばっかだけど。喋るのはダメだと思う。歯をこすり合わせてかん高い音出して伝えるって話を聞いてさ、試しに練習したら……奥歯欠けるかと思った」
「ハハハ! 銀歯入れて……銀は体質的にマズイの?」
「ぜーーんぜん。ホラこれもいつも持ってるし」
聖魔法協会発行の銀の十字架はいつも首から提げている。
「フランク、不死属性の連中と少しは交流あったの?」
「ゴーストやゾンビ、アンデッド系ですかー?」
「うん、迷宮ができてすぐに無魂組合が発足してたから」
「なんだそりゃ。どんな活動すんだよ」
「交流と啓蒙活動、あとは月イチのお食事会だった。冒険者撃退数で役員の投票権もらえたんだけど、ボク撃退ゼロだったから一度もやったことない」
「来年あたり町会の役員投票に行ってこい。あ、あそこか?」
◇◇◇
なかなか立派な古武道会館に到着。小規模の道場が併設されている。会館見学は有料で案内がつくという。頼んで閲覧コースを辿っていく。案内精霊の声。
(パスキン流はアレーア地方で独自の発展を遂げた剣の流派です)
「セルマは何ていう流派なの?」
「母方の祖父はアングル流の師範だったんで、いちおうその流れ」
アングル流はアカデミー派の主流剣術、後に興るドラクロア流、印象流と並ぶ三大流派だ。国の抱える騎士団の多くもアングル流である。
「ここの流派はどの系統なんだろな?」
「剣の展示見ると……印象流の後期に似てるわね」
(元は印象流の剣士だったパスキンは、点剣術やシュール派の影響を受けながらも独自の剣術を模索し、貧困の中で娼婦街の用心棒を務めながら、機敏で素早い剣速を生かした剣術を工夫しました。晩年には……)
数少ない経験からすると、ドラクロア流は一撃の重さによる突破力、印象流は諸派乱立で柔軟さと手数、アングル流は邪剣や不意打ちに動じない王道という趣だ。セルマに勝てないと思った理由はそれである。
案内精霊が各種の武器防具展示室に案内してくれた。小型のものが多い。晩年彼が使った、どこか柔らかみのある中型剣が気に入った。愛人の名をもらってルーシークローグという銘を持つらしい。
「この双剣はいいわね……げ。『2人の女友達』だって。銘で引くわ」
流派が異なるためか、セルマには今一つピンと来なかったらしい。
「おまえの剣も銘があったりするのか?」
「フフフ、よく聞いてくれたわ。下卑た顔してたまにはイイトコ気づくわね」
「セルマのは『泉』と『グランオダリスク』っていうんですよー」
「それが剣の名前なのー? 詩的だねー」
「『泉』は一生もの。これ以上の剣は手に入らないだろうなー。『グラン』は少しバランスが悪いんだけど、やはり手放せないわ」
「かっこいいわー。あ、槍、あたしもそういうの使いたいな」
メリッサの戦闘力が更に上がるのは……勘弁していただきたいものだ。
川魚料理の店に移動した。案の定ニルとセルマが軽く飲みたいといい、穀物から作った軽めの酒をとる。俺は竜車の操縦があるから飲まない。
「来たー! 山の幸の前菜だ、このアレンジ見事だわ」
「美しいけど、そんなに凄いものなんですか?」
「たとえばココ。ほら、お皿の絵に繋がるように置いてるでしょ?」
「なるほどー」
ほう……ストラトス焼、『呪われた人々』の複製だ。
「固めに茹でた山菜の茎かしら? これも上手に組んである。手間かかるわー」
メリッサはバイトの影響で盛り付けを絶賛している。
「セルマー。それ食べないならボクに……」
「ダメよ! 最後に残しといたんだから。香ばしさが何とも言えないー!」
川魚の頭の入った澄まし汁(お頭つきの苦手なフランクはニルに手伝ってもらった)、濃い味のタレをつけたスパイシーな野菜の焼き物が続き、メインは焼魚と煮魚、マリネの盛り合わせ。美味くて酒の追加を頼もうとする2名をたしなめる。
「それ以上飲んだら馬に失礼だ。乗馬したいなら我慢しろ」
◇◇◇
ゆっくり食後を過ごして乗馬公園へ。山麓をぜいたくに使ったロケーションに各種の馬、双頭馬、キメラがそこら中に。厩舎にはペガサスとケンタウロスも繋がれて……失礼、ケンタウロスはここの人だった。
フランクの乗れる馬があるか心配していたが、巨体でも乗馬してみたいという希望が多いらしく、初心者向けの双頭馬を勧めてくれた。
「ペガサスは少々難しいですが、どなたかご希望ですか?」
「乗りまーす! 乗ります乗りますわたしが」
経験のあるニルが強引に権利を獲得。メリッサは鹿毛、セルマは茶色の一般的な馬。キメラとか双頭馬じゃなくていいのか?
「この子がいちばん速そうよ」
「いやいや、あたしの目は確かよ。この子はやってくれるわよ」
俺は……乗ったことがない。ロバとかいたらお願いしようと思っていたのだが、流石にそれはあんまりだということで、一からケンタウロス氏に教わる。一番大人しいという馬にこわごわ跨り……高いなー、フランクに肩車してもらった程度の高さ。とにかく馬に逆らうなと言われ、口輪をケンタ氏に挽いてもらって一周。女性陣はすでに三周以上回っている。フランクも早馬という小走り程度の速度なら操れるようだ。くそー、みんな上手いな。
二周したあとケンタ氏の手を離れ、お馬さん任せで一周。ようやく座り方に馴れ、馬のリズムに合わせた体の動かし方にもなじんできた。オッサンとしては一度も落馬することなく終われて本望。
ニルのペガサスは見栄えがする。さほど速くはないのだが、左右の羽根の優雅な動きが現実感を喪失させる。ゆっくり走るフランクの双頭馬の周囲をクルクル回る。うまいものだ。
やはり、というか、メリッサとセルマが競走したいといいだした。
「並走は危険です。ですからタイムの測定で如何ですか」
ケンタ氏の提案で一周のタイムを競うことに。最初はセルマ勝ち、再戦したら同タイム。最終戦でもセルマが僅差で勝利。
「くーやしー……」
「いやいやメリッサ大したモンよ。経験少ないんでしょ」
ニルとフランクも戻ってきた。
「ケンタウロスさん、少ーしだけ浮かせてもいいですか? 少しだけ」
人の背丈程度まで、半周程度との制限はあるがお許しがでた。精霊魔法で本物ペガサスが飛ぶのを見られるのは貴重な体験である。撮影では白馬を使って魔法でごまかすのだ。ニルが詠唱を終える。
「……はい! いきますよー……それ!」
向こうの柵の方からこちらに走ってくる。ニルが手綱を引き、頸のあたりを叩くのを合図に……おおおおー、浮いた、宙を走ってるよ。凄い。僅かな時間で無事着地。着地が一番難しいそうだ。
ケンタさんに魔晶をお渡しし、ペガサス上のニルを中心に集まり1枚だけ撮ってもらった。あとで見たら俺はペガサスの羽根の影で顔が暗くなり判別できず。
◇◇◇
心地よい疲れとともに宿に向かう。明日は早めに土産を買うとしようか。……宿の入り口周りが今朝と違う。玄関ホール前に裏返しにした大看板が置いてあり、入ってすぐのところに『祝 〇〇竜車店』『歓迎 アレーア商工ギルド一同』など花輪が準備してある。入館後もイヤーな予感がする。
「フランク、表の看板なんて書いてあるか見てきてくれ」
……頭を抱えながらトボトボ帰ってきた。できれば聞きたくないという4人の前に立ったフランクは小声で申し訳なさそうに報告した。
「……『歓迎 転生勇者 チューニー様ご一行』 アレーア観光ホテル」
三者三様の悲嘆を全身で表現する女優陣。畜生、ふざけるな。カウンターに走る。
「すみません! 転生者一行、いつ来るんですか?」
芸能界の末端にいるのが僥倖だった。個人情報だが教えてもらう。
「明日の夕刻より4日ご滞在だと伺っております」
助かった! 入れ違いだ! 喜べお前ら! みるみる4人に生色がよみがえる。喜色と安堵。
「助かりました……闇のご加護に感謝を」
「自分が休めたからノーマークだった……本業のほうか」
「ねえ、予定より早く来るとかないかしら?」
「念のため明日は早めに出よう。さ、とりあえず落ち着け」
いやはや助かった。凝った晩餐の席、転生さん達の本業に関して教えてもらう。
「キリットさんは子作りを一通り終えたらお子さん達に成長促進剤投与して、奥様達と双子惑星の次元迷宮を黒剣なしで攻略するそうです」
理解不能だが、来年の勇者警報避難訓練に来なければどうでもいい。
「クラインさん、武器が強力すぎて使いにくいって転生神に苦情出したんだって」
タキオンガン使わないのか、もったいない。代わりに何もらったんだろう。
「負の球体爆弾3年分って言ってた」
ネガスフィア……悪化してるぞ。チューニーさんは……?
「古代迷宮に封印されていた超絶波動式人形を手に入れたの知ってる?」
ああ、なんたっけ……シルヴァとかいう戦闘飛行機械に変形する娘か。
「入浴シーンのリハで機械神惑星出身の戦闘妖精の子とケンカになっちゃったんだって。どちらがチューニーさんを乗せるかで大騒ぎ。シルヴァが勝って、妖精の子がすねちゃってさ……その後、楽屋も別でピリピリ」
「2人とも実際にパーティーメンバーですしねー」
よく共演するレイアさんは魔映画出演のみの女優業。勧誘されたらしいが里に彼氏がいることを業界人は全員知っている。やんわり断ったらしい。
「じゃ、仲直り旅行かもねー。ボクの予想」
「タナトスさんは? コモノなんか知ってる?」
「ああ、納屋の横の古い馬房を修繕してるって。さっきので思い出した」
先日の件は未だに内緒である。依頼に伺った際に珍しく奥さんが不機嫌、理由を尋ねたら、現場で配られた聖教会の尼僧喫茶割引券が鞄から出てきて拗ねているとの話。困った顔のタナトスさんが珍しかったが、話すわけにはいかんだろう。
◇◇◇
今後主流になりそうな魔映画の噂話に移る。チート能力もそろそろ頭打ち、濃いキャラの人はいるのか。
「『おさテン』の人、俺まだ会ってねえや。どんな人?」
「シスコン」「回復不能のシスコンさんです」バッサリ。
『幼馴染は転生くん』主演のニブータさんは、元の世界に残してきた義理の妹さんにご執心。チート能力の異次元通信で、毎日1回、全時空と通信ができる、ただし1回32バイトのみ。夜中は寝ないで日付が変わると同時に愛のアスキーアートを気合入れて送るらしい。返信は今のところ「キモ」「氏ね」「サイテー」の3種がランダムで着信するそうだ。哀れ。裏地に妹さんのホログラム映像が入った詰襟を常に着用し、どうやって義妹をこちらに呼び寄せるか研究中。
「時間逆行型転生者って聞いたことあります? コーさんがちらりと」
来るのかな、そのタイプ。J・タペストリーの『故郷へ泳いだ男』で有名な、文字通り自分の時間だけが逆行していく悲劇モノ。俺は好きだな。またタナトスさん主演でお願いしたい。
「バンパイア役って、端役以外聞かないわよね、受けないのかしら?」
地味筆頭のお前がいるからとつぶやいたら鉄皿をぶつけられた。血とか精気というのがイカンのではないかね。魔大陸ではどうなのだろう。
「こっちじゃ不死よりリセット能力のニーズが圧倒的に高いからな。失敗を努力して乗り越える成功体験者、努力友情勝利の吸血鬼はいねえだろ?」
自己啓発系マニュアル本を「キャリアポルノ」と批判してる本に笑ったことがあるが、転生とリセットでできてる異世界モノは「ライフポルノ」とでも言えるだろう。非現実の自分を妄想して興奮するという思考回路は同一である。このあたりの特集を『魔映画旬報』や『魔映画批評』がやってくれんもんだろうか。
◇◇◇
現場とご近所用の土産はフランクが持ってくれた。呆れたことにセルマはあの大瓶を背負っていて、長距離竜車の中で目立つ目立つ。注意したら「ここで呑んで空にして瓶を置いていく。できないほうに賭けろ」と言ったのでそっぽを向いた。
「コモノ、あのあと台本進んでるの?」
嫌なこと思い出させやがって地味女……現実から逃避してたのに。
「いや……いろいろ忙しくってな……」
「おやおや何が忙しかったのかしら、傷心のわたしを放置しておいた腹黒小悪党さんは。ぜひ聞きたいものですね、ふふふ、ふふふふ」
ヤバい誤魔化さなきゃ。すぐ突っ込んできやがるからなー。
「わたし達が金出していい思いさせてやったんだから。無料の取材旅行みたいなもんでしょ? 少しは努力くらいしなさいよ」
「そうよ、いつかのアンタの稼ぎでアレーア来てたら、素泊まり一泊が関の山だったもの。二人に感謝して、何とか台本書いてうちの収支好転させなさいよ」
それができれば苦労ねえんだ……バカな話だけは思いつくんだけどな……旅行って癒しだと思うんだが、俺は今回、癒されたのだろうか。フランクの祈り虚しく、今回も端役仕事を全うしただけであろう。
 




