第二話 世界の端役達は斯くの如く知り合った
異世界ってのはどれだけあるのか。チート転生者様とハーレム美女軍団は何万存在するのか。無敵の転生主人公、猫・犬・エルフを初めとする全種族美少女選抜、嫁戦士オンパレードの現在、俺達みたいな半端者が何とか生きていけるのは端役不足のおかげである。
一行でまとめて蹂躙される雑魚は演技力不要のエキストラで間に合い、何章にもわたって主人公と壮絶な戦いを繰り広げる魅力的な敵役は、この世界には幾らでもいる。チラと出て二言三言、数分後には粉みじんになって飛び散る小物悪役は隙間のニーズってわけだ。
魂は細部に宿るっていう言葉がある。魔映画が一時のブームで終わらずに後々まで残る名作・傑作となるには、しっかりした仕事のできる端役や脇役が欠かせないと煽てられた。俺たちは人生同様、重厚な脇役って柄ではないが、せめて真面目に端役を務め、人様の物語を支えたいという自負くらいは持っている。
下卑た顔と小物っぽさしか取り柄のない俺は、みなに笑われようと童話やラブロマンスが好きである。冒険者で財を成し名を上げるような腕も無く、毎日をカツカツで暮らしているが、なんていうのかな、創るっていう仕事全般への憧れはある。趣味の域だが物作りも好きだ。カリャーマで暮らすようになって六年目に入ったころ、少々変化が起きた。
鍵解除の腕を誇大に売り込み、珍しく実力のあるパーティーに同行させてもらった時に出会ったのがフランクだ。アンデッド階層の宝箱を開けようと針金を鍵穴に突っ込んだら、いきなり壁の向こうから大斧を下げて出てきやがった。フランケンシュタインはレアな部類に入るので、連中はすぐ討伐しようとしたんだが、開口一番、
「あのー……ボク、『死に至る病』に無縁なんでしょうか?」
お前は孤独な実存哲学者か。話を聞くと、宝箱のトラップとして準備されていたが、殆どのパーティーがスルーする罠系の宝箱だったため(腕のいい盗賊は開ける前に中身を当てる。どうせ俺は下手っぴだ)姿を現す機会が皆無、自己存在に関する自問自答を何十年も続けていたらしい。貴書や奇書を商うパーティーが全滅したときに落としていく本を小部屋に集め、孤独の無聊を読書で慰め続けたという。俺も読書は好きである。何となく心境は分かる。
見かけは縫合跡だらけの大男だが世間知らず。結局B級パーティーの戦利品をかつぐ役を仰せつけられ、そのまま迷宮から外へ出てきた。鍵解除を失敗しまくった俺は報酬をもらえず、コイツを奴隷商に売って足しにしろと、朝方のギルド前で怪物を押し付けられた。
やむを得ずデカブツを連れて朝から開いている奴隷商を探して歩いていると、安宿の定期異端審問に出くわした。細面でキツい感じの美人……といえなくはない、といってもやぶさかではない程度の女が引きずりだされ詰問されている。あ、スタイルはまあまあ色気のあるネーチャンだ。興味本位で野次馬に加わる。
「吸血鬼だな! 聖教会まで来い!」
「そうですけど! 違うんです! 血とか体質に合わなくて飲めません! 日光も十字架も平気です! あ、ニンニクとアスパラガスは苦手ですけど……いや、通信講座で聖職者も3級取ったんです! ほら、回復魔法も使えますから!」
そう叫ぶなり、近くにいたフランクのでっかい傷の一つに手を翳し……お姉ちゃん、フランクはフランケンだからさ、縫合痕は消えないんだよ……。
「ほらこの通り……って……あれ? あれれ?」
一層怪しまれてパクられそうな雲行きに、フランクが割り込んで申し訳なさそうに事情を説明、いきなり俺の左上腕部を愛用の手斧でサクリと撫でた。
「うがああああ!」
その切り傷を治し、聖教会発行の資格証を見せながら必死に弁明したお姉ちゃんは窮地を脱した。仏頂面の宿屋の女将にペコペコ詫びている。腰の低い奴だ。
「ごめんなさい、面倒かけちゃって」
案外律儀で、宿屋の食堂で茶を奢ってくれた。親は普通の人間で本人も自覚がなかったが、13の時に馬車に轢かれメタメタになったのにみるみる治ってケロリ、それを見た村人が大騒ぎに。家族に絶縁され、家を出て十余年、現在に至る。女一人で生きてくるには色々あっただろう。血を飲めば能力とか増大して色々できるんじゃねえのか? 魔性の目で見つめ精神支配するとかよ。
「……ダメ。……生理的に無理。飲んだことない。魔法は20過ぎてから独学で必死にやった。魔性の眼とか練習したら近視ですか?って疑われた」
「……ボクの不死は呪いみたいなものだけど、バンパイアって吸血とか眷属とか、日光がダメとか色々あるんですよね?」
「あたしの場足、恩恵がほぼ皆無なのよ。背中から羽も出ないし、血は見るのも苦手、コウモリは来たら逃げる。あ、夜は強いか。歯並びはいいほうかも」
「回復魔法も覚えたって凄いじゃないか。信仰とか必要なんだろ?」
「どーかな……神様を信じてないわけじゃないけど、敬虔な教徒ってわけじゃないし……死なない以外、売りがないから大変なのよねー。おとといパート切られてさー、部屋で不貞寝してたらコレだもん……へこむわ」
伝説の化け物にしてはあまりに地味である。宿の主人と女将がボソボソ話した後、即刻退去を言い渡された地味女はメリッサと名乗った。旅慣れた連中が使う大型ザックを引きずりながら、本日迷宮を出たばかりのフランクと無駄話に興じ、許可してないのに俺の後をついてくる。
「どこ行くの?」
「奴隷商だって。シクシク。語り得ぬ怪物は沈黙しなきゃならないんだよ」
「ひどい話ね。人権って単語の意味を知らないのね。人でなし!」
「お前らどっちも人じゃねーだろ!」
曲がりなりにも探索はやってると話すと、メリッサがくたびれたギルドカードを取り出した。……試しにパーティーを組む話がなぜかまとまっている。フランクの登録をさっさと済ませ(俺が立て替えた)、町の初心者向け迷宮に入ってみた。落ち着きのなさが取り柄だとお褒めの言葉を頂戴した俺が先頭、フランクが大斧をかついで2人目、魔法がそこそこ使えるというメリッサが後衛に。着のみ着のままの普段着パーティーである。パジャマでないだけマシかも。
俺は正真正銘の人間である。不死ではないのだ。お前たちのどちらかが前衛を担当するのが道理だと頼んだが、猛反発にあった。
「女性を先頭にするなんて信じられない。なおあたしは危機に際し即逃げる」
「炭鉱のカナリア、迷宮の盗賊って諺、ボクは正しいと思うんだ」
……博学だな、不死の怪物よ。
こうした即席パーティーが思わぬ実力を発揮してあっという間に最下層まで到達、迷宮主を激戦の末倒し、お宝ザクザク町の英雄に……転生小説じゃねえんだ、大人の社会に絵物語は転がっていないし、たとえ転がってても俺の前を横切ることは過去五年なかった。迷宮最弱のモンスターはレジスター、ヒョウタン型の体の両端に鋭い触角を持ち、チクチク刺してくるだけの雑魚だが、ときどき体力のバカでかいのが混じっている。フランクは斧を振り回してメリッサのカバー、実質戦力は俺一人。触角攻撃を避けて短刀で殴るが、効きやしねえ。
「メリッサ、なんか魔法使ってくれー! キツイぞこっちは」
「氷雪嵐! ……わ、動き速くなったわよ! 来ないでー!」
「冷やしたら動きが速くなるに決まってんだろ! 勉強しとけよ」
「コモノー! この大きいの、まだ襲ってくるよー」
「げ、そのレジスター、470MΩだ。とにかく殴り続けてくれ」
「やー! お尻刺さないで! 地味に痛い! 一張羅に穴開けないで!」
「仕方ねえ、フランク前に出ろ。メリッサ、雷系の魔法を準備できるか?」
フランクを前に出し、そこら中のレジスターがフランクの全身に触角をぶっ刺すのを待つ。ウニみたいになった。
「数が多くてけっこう痛いよー」
「頑張れ。お前の魂は不滅だ」
「ボク、そもそも魂がないよー」
「気分の問題だ。病は気からという諺も覚えとけ。メリッサ、いいぞ!」
「いくわよ! オーバーワッテージ!」
フランクの全身が雷撃におおわれて輝くと、レジスターは煙を上げて動かなくなった。小容量のは黒焦げだ。1/4w型だからなー。これじゃ売れないや。
「フランク、大丈夫?」
「うん、肩こりが少し楽になった」
動かなくなったレジスターをフランクから抜こうとしてメリッサが「ひゃはっ」と気絶した。感電するでしょ。
この午後捕獲した焦げ残りのレジスターを集め、少しは金になるかとギルドに持ち込んだが一人用の安宿1泊分に満たない。3人で肩を落とす。
「今ね、大陸で養殖に成功してて、相場が下がってるんですよ」
買い取りカウンターの小柄な娘に教えられる。そうだった。時代は変わる。
「コモノは定宿あるんでしょ?」
「ああ」
「ボクとメリッサも泊まらせてくれないかな」
「お前はともかくメリッサはどうなんだ? 女だろ? イヒヒ、襲うぞ?」
「ショート、2時間、翌朝10時まで貸切の料金表あるわよ。ほれ」
ポケットから本当に出しやがった。一応見ますか……や、安くねー?
「え!? そう? 最近の相場って分かってなくてさ」
本職なのかド素人か騙りか。とりあえず適価を教えて修正してやる。何やってんだろう。美人局でもやるか。仕方ない、仕事見つけたら即出ていけ飯代を稼げあくまで成り行きだ雑魚寝だ。ギルドのテーブルから3人で重い腰を上げたところ、実力派パーティーのたむろする明るい一隅から声がかかった。
「あのー……お三方、少しいいですか?」
◇◇◇
冒険者ギルドには似合わないスマートな服装の若者は魔導士ギルド所属のコーディネーターだと名乗った。氾濫する異世界冒険譚魔映画の出演者手配も担当しており、1話で登場の終わる端役が不足しているという。オーディションに受かった主演級パーティーの実力を見るため迷宮最深部を訪れた帰り、たまたま俺たちのすっとぼけた戦いを目にしたらしい。
「単刀直入にいきましょう。あれをもう一度やってくれれば、1人にこれだけお支払いしますよ」
食堂のナプキンにさらさらと書かれた数字を3人でのぞき込む。お! さっき手にした金より若干多い。これが一人に? 前のめりで次々に尋ねる。
「こういうお仕事……定期的にいただける可能性もあるんですか?」
安定収入が得られるかをメリッサが確認。大切なとこだよな。人気なので撮影は毎日複数シリーズで行われており、端役仕事も数日に1本は堅いそうだ。それを聞いたメリッサは背筋を正した。
「ボク、そういう経験……というか、仕事自体の経験がないんですけど」
フランクは真面目に謙虚な質問。テンプレアクションばかりだから問題なし、努力して評価が上がれば少しずつ重要な役ももらえるかも、ギャラも上がる可能性はあるという。半目が見開いた。つぶらな瞳の人造人間って初めて見たぞ。
「えーと……魅力的なお仕事だと思いますけど……毎回死ぬわけですよね。フランクとメリッサは不死属性ですけど、俺は人間なんで死ぬのは少々……」
「大丈夫です。脚本がありますから、迷宮の探索を行う命がけの冒険とは全く異なりますよ。事故もほとんど起きませんし、そちらの女性は治癒魔法も使えるのですよね? その回復分は経費から別にお支払いできますよ」
ほとんどってのは引っかかるけど、俺でも大丈夫だろうか?
「あなたの絵に描いたような下卑た悪役顔は重宝しそうです。人造人間や吸血鬼などの不死属性の方は、撮影側の負担が軽くなるし迫力も出るので、経験問わずお願いしたいんです。いかがでしょう? 事務所の方で詳しいお話を」
こんなわけで、あれよあれよという間に俺たちは出演を決めていたのだ。