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異世界端役の惨憺たる日々  作者: 小物爺
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第二十三話 メタ人形劇と芋の皮

珍しく宵の口に呼び鈴が鳴る。知り合いは誰も鳴らしやしない。誰だろう。


「はーい」


メリッサがパタパタ出ていくと町会の世話役さん。何かな?


「お楽しみ会で何かやってくれないか、ですって」


そう来たか。末端とはいえ芸能人と認識されてしまったからな。協力はいたしましょう、でも勇者警報の騒ぎでああいう芝居はウンザリだ。何か手はないか。フランクが下りてきた。どう思う?


「……前にコモノが作ったパクちゃんで、人形劇やったらどうかなー?」


あ、アレか……台本書けずにイライラしたとき作った、鍋掴みに目をつけただけの人形。パクパクするのでパクちゃんと呼ぶのが決まりである。


「子供に受ける、か……じゃ、何か適当な話、探してでっち上げてみるか」


カンタンに決定。童話を探してアレンジ、二、三回練習すればいいだろう。


◇◇◇


「やりたいー! ねえ、混ぜてくださいよー、メリッサ姉さん」


翌日の朝飯時『優しき巨人』亭のホールを務めるイレーヌちゃんから熱烈なラブコール。人形劇と聞いて自分もできると思ったらしい。ま、問題なかろう。


「どの話にするの? あたしは女の子が主人公だといいと思うけど」


俺もフランクもその方向で考えてたから問題ない。少し相談し、古い民話の『天空城の寂しがり竜とウサ耳娘』に決定した。生贄にされたウサ耳ちゃんが寂しがり屋のグータラ竜をウサパンチでスパルタ更生させて立派な一人前の竜に育て上げ、ついでに嫁になってメデタシメデタシという定番である。

『テンケモ』の撮りの合間にそんな話をしていたら、微妙なお年頃の娘さんを持つサブチーフ、ブロニカさんから意外なダメ出しが。


「子供向けの話を舐めるなよ。その手の話には強力なライバル娘がいないと食いつき悪いぞ。娘やあいつの友達がハマってるのはだいたい、彼女持ちのイケメンを平凡な娘が奪い取るパターンなんだよ」


え、まだブロニカさんトコの御嬢さん十歳前後でしょ、そうなの? 少々トウのたった我が家の御嬢さんよ。


「……みたいね。セルマが貸してくれた本って、ほとんどそんな感じ」


酒乱半エルフの略奪愛願望はどうでもいいんだが、うーむ。じゃあイレーヌちゃんヒロインで、メリッサはライバルの……黒竜の娘とかにして微調整してみるか。なるほど参考になりました。


◇◇◇


夕飯時、今度はイレーヌちゃんの彼氏、シグルド君の在籍する『薄暮の水平線』パーティーと遭遇した。以前のトンデモナイ非礼があるので、ペコペコである。俺たちも町内に貢献しておるのだという自負をこめて人形劇の話をしたら、リーダーのディードさんが劇の粗筋に少々異を唱えた。


「御伽話とはいってもな……実際の竜は九割以上、討伐対象なのだ。個人的には竜は恐ろしく危険なもの、と伝えてほしいものだな」


元騎士だけあって真面目、竜を絶対悪の象徴と考えてるわけね。


「竜を倒す話なら……イレーヌも出るんですよね。僕も混ざれませんか?」


シグルド君はそもそも町が違うでしょと言おうとしてメリッサに足を踏まれた。あー、厳格なパーティーだから2人の接触機会が少ないし、せっかくの機会を応援してやれってことか。世話焼きババアめ。


「……あー……いいですよ。俺たちが仕事終わった夜に数時間、何回か練習する程度ですけど……本番の日の都合もつきますか?」


粗筋変更を前提とするなら、竜の危険度を啓蒙するよい教育になるからということでディードさんもお許しくださるらしい。参ったな……また作り直しか。


結局こんな話に翻案した。闇の精霊少女に心を操られた寂しがりの黒竜が彼女の命に従い公国を襲う。崩壊寸前の国を救うため立ち上がったベーカリーのウサ娘、美味しい菓子パンで次々と魔物を懐柔し黒竜との戦闘に。純真な黒竜が闇少女に操られていることを知った娘は伝説のパン切り包丁で闇少女を倒し、闇魔法の解けた黒竜は固焼きパンの一撃で倒れ、後に残ったのはイケメンの若者。その後二人は公国の繁華街で町一番のパン屋を開き幸せに暮らしました、めでたし。イレーヌがパン屋のウサ娘、シグルド君が黒竜メリッサ闇精霊、大道具フランク、雑魚と雑用が俺と決まり……またもや横槍が入った。


◇◇◇


「なんか楽しそうなことやるんですってね? 混ぜてくださいよー」


ニコニコ暗黒エルフのニル登場。もう役がないよー。


「わたし、森の木その1とかやりたいです。入れてください」


うへー、このニコニコはどっちだ。わきの下に冷や汗掻きながらパン屋娘と森の木の小芝居を書き加える。


「わたしも魔物やりたいわー。あんた達がいつもやってるみたいな雑魚」


セルマもかよー。仕方ない、俺の出番は消滅し「オボエテロヨー!」と言いながら菓子パンくわえて逃げ去るモグラ竜を追加した。脚本は単純だからいいんだけど、工作が面倒くさい。パンウサ娘に黒竜にイケメン、闇精霊に加えて森の木とモグラ竜、雑魚数匹。娘の両親とか王様、騎士団も必要だし……鍋つかみを二十以上使って作る羽目になった。


リハは妙に本格的である。


「イレーネ、黒竜の弱点は背中の逆鱗を避けて、この角度で……」

「うん、わかった。こう?」

「フランク、わたしのバックの木、針葉樹と広葉樹半々でどうかしら?」

「ニル、闇魔法発動の詠唱ってこうだっけ?」

「右手の指が違いますよ、人差し指は折って……」

「コモノ、このモグラ竜の口、もう少し開いて炎出すようにできない?」


プロが半数以上、充分見られる出来になるはずだと思うのだが、どうなるのか。


◇◇◇


町のマーケットの端に作られた多目的広場が会場に割り当てられた。午前と午後に1回ずつの出番である。小道具が予想外に多く、荷車を借りて会場へ。

町会の備品の魔晶に音楽、手持ちの魔力結晶に適当な効果音を入れてある。舞台は食堂の大テーブルを運んで設営した。どうせ手だけの演技である。テーブルの後ろにしゃがみこみスタンバイ。背景を描いたでかい紙はフランクの作。原色を多用したポップな仕上がりは出演者の絶賛を浴びた。ニルがもらうことに。


無事終わったかって? そんなわけありません。なぜかどの場面にも現われる出たがり森の木が粗筋をかき乱し、噛みまくるウサ娘を凶暴な黒竜が常にフォロ-する。


「悠久の時を生きる私に何を尋ねたいというのです心優しき娘よ。美味しいパンを一つ根元に捧げれば町をむしばむ悪役3人組の秘密を一つ、なんでも教えてさしあげましょう。ちなみに大男は白身魚のムニエルをそれはそれは上手に作るのですよ」

「……きょうは……森の大樹さま……」

「イレーヌ、そこは『こんにちは』だよ」


モグラ竜は最後の見せ場にも菓子パンをかじりながら乱入し、闇精霊と好きなパンの名前を言い合う必殺技合戦を開始、唖然と眺める黒竜とウサ娘。森の木ニルは剣技大会の実況アナウンサーの真似事をノリノリではじめた。


「さあ邪悪なる闇精霊の右手が漆黒に輝きましたー! くるか! 来るのか?」

「くらえ! 最上級魔法、大盛りチョココロネタイフーン!」


どっと受ける。子供がたくさん笑ったほうが勝ちというルールが突然確立。


「大技が炸裂―――っ! でもモグラ倒れない! がんばれモグラ!」

「く……まだまだよ! モグラ流奥義その3、ストロベリーホイップ!」

「おーーっと、甘みとフワフワの強烈な波状攻撃! 闇精霊も終わりかー?」

「くっ、やるわね! でもこれで決まりよ、肉じゃがカレーパンストーム!」

「ぬあああああっ! ニンジンが! カレー粉が! シラタキがー!」

「決まりましたー! 7分32秒、闇精霊の勝利! 決まり手、和洋折衷!」


大受けしたメリッサ闇精霊の勝利。森の木からトロフィーとベルトをもらった。もう放置しよう。この方が間違いなく面白いんだもの。


◇◇◇


午後の興行は更にエスカレート。鍋つかみ人形を武器に戦ってたメリッサ、セルマ、ニルが終盤、なぜかパン屋のウサ娘をかばって黒竜に立ちはだかる。


「この娘を倒したいならば、まず季節のケーキセットを3人分用意しろ!」

「若僧竜なんぞにこの娘は倒させません! まず私を切り倒してみなさい!」

「愛は戦うもの、勝ち取るもの、惜しみなく奪うもの! それがモグラの定め!」


もう支離滅裂、集まった大人も呆れて笑いだす。3人で黒竜をギタギタにして、ついでにイケメンまで倒してしまった。どーすんだよ!


「この娘は渡さなーい! さあみんな、一緒に叫びましょう!」

「イレーネを守れー!」

「「「「イレーネを マモレー!!」」」」

「愛は奪い取れー!」 

「「「「アイは ウバイトレーーッ!!」」」」

「寝る前に歯をみがけーーっ!」

「「「「ネルまえに ハをミガケーーー!!」」」」

「野菜も残さず食べよーーっ!」

「アスパラガスはー、野菜じゃないぞーっ!」

…………………………。


◇◇◇


パクちゃん人形は子供たちが欲しがったのでまとめて渡してきた。町会の世話役さんからお礼を言われる。今日はでっかいチーズをもらった。牧畜をやってるそうだ。そのうち牛一頭とかくれるのだろうか。


「あそこまで子供が喜ぶとは、やはりプロですね、ありがとうございました」

「バリバリ現役で精神年齢も近いのが若干3名いましたから。では」


シグルド君とイレーヌを放置するか迷ったが、セルマの意見で簡単な打ち上げに同行する。ヘロヘロなので料理は勘弁、『優しき巨人』亭で2卓を確保。ご近所の方が熱演を褒めてくださり、酒がいくつも届き、セルマがグビグビ、ニルもグイグイ。この2人、強いのよ。我々はチビチビ。


プハーッ! と男前な仕草で2杯飲みほしたセルマはシグルド君をサカナにしはじめた。


「冒険者もいいけどさ、女の子、大切にしないと逃げられるわよ」

「そうですよ。ドラゴンより怖いんですよ強いですよー。フフフ」


ニル、そのフフフは止めてー。シグルド君、大弱りだな。店での騒ぎの真相は結局彼の耳にも入っており、俺たちには殊勝に接してくれる好青年である。


「シグ、しっかりしないとまたコモノさん達が暴れちゃうよ。困るよ」


イレーヌのフォローは微妙ですな。二度と関わりたくないよ俺。


「……分かってる。次の討伐終わったら、またどこか出かけよう、2人で」


嬉しそうに紅潮するイレーヌ。はいはい、いいねー、そろそろ解放してあげましょうよお二方。


帰るだろうと思ったら当然のように2人とも我が家に来やがった。女3人カシマシクはしゃいでますな。童心にかえった余波ですか。疲れを見せず台所に立つフランクを放置もできず手伝う。ふとつぶやいた。


「みんな、子供時代の鬱憤を晴らしていたのかもしれないね……」


ニルの話かな? いや、メリッサもセルマも似たようなもんだろう。ガキの時分にああいうガキらしい遊びができなかったのかもな。


「演じる仕事してんのは、過去への落とし前って要素もあるのかもな。お前はどうだ? あんな馬鹿騒ぎやってみて」

「あ、絵を見てもらえて、うれしかったよ。コモノみたいに難しいものは作れないけど、石とか絵は楽しいし」

「そういや、ニルがもらってくれるっていってたヤツ、渡したのか」

「あと少し。ニルに今日みたいなトコがあるって分かったから、また少し修正しようかと思ってて」


「お酒―!」

「氷入れるもの足りないですよー」

「ジャガイモまだー?」

「あとちょっと待てー! イモは1つでいいのかー?」

「あたしもー」

「じゃあ3つでーす! さっきもらってたチーズ載せてくださいよ」

「あたしのはチーズ多めでー」

「ほらフランクこれ持ってけ。チーズは第二弾だと説得しろ。お残しは禁止だ」

「……りょーかーい……」


案の定チーズが載ってないことで文句タラタラである。次の準備をしながら俎板の上に残った焦げた皮を食ってみる。苦いけどパリパリだ。人生、大概のことはこんな按配だ。概ねロクでもなく思い通りにもならねえけど、その中にちょっとした刺激があればそれを頼りに何とかやっていけるわけよ。よし、剥いた皮を洗ってチーズ載せて焼いてみるか。あんな連中にはその程度で十分である、人生の真理をとくと味わいやがれ。俺の分? へへ、薄切りイモに余りものの肉団子をはさんでつぶしてチーズ載せて焼いちゃえ。フランクにはやる。あいつらにはやらぬ。幼児性を発揮できなかった一日へのささやかな復讐というヤツだ。


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