第二十話 端役 女優来襲に難儀す
新居披露パーティーで話した俺のバカ話を助監のカリムさんが未だに覚えていて、台本にしてみろとしつこく言ってくるので苦心惨憺。芸術路線に刺激され、ブロニカさんに言われたエンタメ的視点も脳裏にこびりついていて、ようやくノートに書きあげたのをお見せしてるんだが。
「うーん……イマイチ。イマニ」
『アシテン』に感化されて、魔物の悲哀ってのを描いたらどうかなと思ったんだが……ダメっすか。肩を落とす。
「ラブロマンスっぽい話にならない?」
「げ……だいたいおかしいでしょ。全員ハーレムメンバーですよ。ゲスト冒険者にそんな気配あっただけで、転生者に八つ裂きにされますよ」
「いやいや、転生くんが寝込んでるとか設定すれば平気。準レギュラーに焦点を当てる回ということで」
「え―……」
それは無理だ。百歩譲ってコメディか? それは俺の思い出話と無関係な要素だと思うし……でも先日ブロニカさんも言ってた女性ターゲット路線の件も頭をよぎるし……難しい顔になる。
「あ、悪党オジサン居た」
「ふふふ、真っ黒な臓腑の小人物さん、今日は」
セルマさんとニルさんがスケジュール確認に顔を出した。何とでも言ってくれ。この二人の演技者としての力量は重々承知してるからきちんとご挨拶、ども。
「これ、コモノが書いたの。読んでみる?」
「見せて!」「読みたいです!」
あっという間に奪われた。
「あ、あのお話ですね? フォークのお友達」
ニルさんがセルマさんに引っ越しパーティーの話を。カリムさんが尋ねる。
「これ、魔物じゃなくて、ケモミミガールズの誰かでいくほうがいいよね?」
「ええ。淡いラブロマンスみたいな方が映えると思いますよ」
うわー、プロの見方って共通してるんだな。
「カリム、これ『テンケモ』で使うの?」
「いや、実はね、『あたしたちの転生くん』っていう新シリーズが本決まり間近でさ、その台本も足りなくて」
通称『あたテン』は転生魔導士が主人公。崩壊寸前の王国を支えてきた女性騎士、流浪の凄腕女剣士、謎多き女性神官の3人が禁術を用い、異界から転生者を召喚して見事王国を立ち直らせるというファンタジー。鈍感チート転生魔導士をめぐる複数ヒロイン視点で、恋のさや当てをメインにするラブコメ路線も入れたいそうだ。若い女性層狙い……そりゃ益々俺には無理だよ。
「オーディションやるから、よかったら2人も来てね」
「必ず! もうすぐ『ハガテン』終わるし、私、騎士とかやりたいです」
「剣士! 今回こそお願い! オーディションは剣技の勝ち抜き戦にして」
このお二人が共演か……もしそうなら、全部書き直さないとな……。
「じゃ、次の『ハガテン』の撮りの日くらいには何とか……」
「よろしくー」
「じゃ『ハガテン』で」
「コモノー! まともな食事会、いつやるのよー?」
セルマさんは端役ハウスで上げ膳据え膳の食事会をご所望らしい。飲み会に変貌するのがミエミエである。これも懸案事項である。
◇◇◇
フランクが食堂で湯を沸かしている。
「あ、俺も少しもらいたいな。お茶か?」
それには答えず、さっきまで俺がいじっていた鍋掴みを俺に示した。
「これ、コモノがやったの?」
ミトン型のありふれた鍋掴みに、さっき厚紙で二つの目をつけていたのだ。
「ああ、邪魔なら剥がしてくれ」
「ふーん……ここが口になるんだね……面白いね」
脳内で人を動かすって難しい。息抜き代わりに目に入った鍋掴みを人形に見立てて卓上に置き、ボーッと眺めていたんだが何も浮かばない。
「マトモな話を作るってのは難しいなー……参ったよ」
フランクもメリッサも、俺が台本を書かされてる件は知ってるし、端役ハウスの所得向上のため成功させろと言ってくるが、いっさい役に立たない。二人とも読書好きなくせに、アイデアの一つもくれないのだ。
「まあ頑張ってー」
◇◇◇
数日後。『ハガテン』は佳境に入りアクションも激しくなっている。ドラゴンブレスで黒焦げになる映像が欲しいと言いだしたカリムさんのおかげで3人くじ引き、メリッサが餌食に。
「ギャーーーッ! 本気で灰になるー! イヤー!」
竜使いのスタッフに頼んでかなり温度を下げてくれたらしいが……悲惨な状態。耐火繊維の衣装だけが無事、ってのはどうなんだろう。見事な黒焦げ。
「メリッサ……根性ありますねー、女優魂を見ました」
スタッフさんに回復魔法かけまくってもらい、ニルさんの魔法で全身冷却中。
「はぁー……しみるー……そうそうニルさん、『あたテン』決まったんでしょ?」
「ええ! 今回は騎士だから剣を使えるの。楽しみー」
ニルさんもセルマさんも順当に合格。武闘派に刃物、平気だろうか……。
「腹黒盗賊さん、セルマがお祝いしてよって言ってましたよ。何度も」
うーん。フランクと顔を見合わせて苦笑。
「都合のいい日、教えてください。お二人を主賓で」
「あ、僕も行く。コモノ、台本書けた?」
「………はい………。」
難しい。自分の話を物語の一部とするのはとてつもない力量がいるのではないか。俺のはせいぜい私小説の出来損ないである。案の定……。
「うーん……なんか心に沁みてこないな。じゃ、ご飯会の時に次見せて」
継続努力が前提となっている。世話になってる監督サマには逆らえない。努力いたしますです。
「フランク、あっちの水槽に水入れてメリッサ漬けとけ。俺は荷車借りてくる……じゃあニルさん、セルマさんに伝言よろしくっす」
◇◇◇
「『あたテン』の台本、ボクも見せてもらえる?」
夕飯を食ってる最中フランクが言い出した。
「いや……まだ外に出さないってこともあるし、まとまってねえし」
「女性視点の語り口って、ちょっと新機軸よね」
「そこが問題でな……例の話、どうしても男目線になっちゃってよ」
自分の話を女視点で各種脚色し、さらに新シリーズのキャストにまで配慮して書くってのは……降参するか。無理なものは無理。できましぇん。
「騎士がニルさんでセルマさんが剣士……神官はキャロさんじゃない?」
『ハガテン』ハーレムの本職神官さんか。いかにも聖職者タイプだし、いい組み合わせだろう。うー、ダメだ、ノーアイデア。諦めよう。
◇◇◇
俺の取り柄はやらないと決めたら徹底的に逃避する部分である(2人は全く認めてくれぬが)。さてニルセルコンビのあたテンレギュラー獲得記念ゴハン会は、セルマさんの非常に強い要望で昼飲み会に。スパドラ2ダースと共にやってきた。朗報がニルさんからもたらされた。
「カリムさん、急な代役頼まれてしまったそうで来られません」
ラッキー! 嫌な話をさらに先延ばしにできるのは嬉しい。今日は忘れよう。
「今日はこの間の夕飯より本格的なんでしょ? 期待してたのよ」
セルマさん食い気マンマンですね。軽い酒とつまみで繋いで、俺のローストビーフ(材料費は高くても手間がかからず味は保証できる)、フランクのミネストローネ(メリッサの氷で冷やした)、メリッサ渾身の大鍋パエリア(魚は切り身である)がメイン。お二人とも健啖、細い体なのによく食いますねー。スパドラは水のように消費されていく。
俺の部屋に移動。フランクとメリッサが先日のジャガイモダンスをニルさんにせがんだが、笑って固辞された。
「テンポのある無難なヤツでもやるか……メリッサ、なんかやれんだろ?」
えー……という顔になるが、俺はこの苦労人、実はそこそこ踊れると睨んでいた。3-3-2,2,2という複合拍子で歯切れのよい南国調の伴奏を弾いてみる。
「……もー……短いのだけよ」
エプロンを外しただけの普段着で踊り始めた。ほーら見ろ、いけるじゃん。
「「「!!!」」」
舞台の小曲伴奏のような起承転結ハッキリしたのを数分でチャッチャと終える。勇壮さのある舞踊曲、見栄えもするよね。
「何! なになになにメリッサ! カッコいいよ姐さん!」
「ありがと……できるのコレだけだから。もうできませーん」
「フランクさん、歌とか歌いません?」
ニルさんからのデュエットのお誘いをフランクは即座に断りやがった。そんなに得意じゃねーしな。でもフランクの見せ場くらい……お、アレやるか。
書架から小さな本を一冊投げる。
「フランク、『幸せは撃ったばかりの銃』朗読してみろよ。俺が伴奏する」
2人とも知っていた好みの話。これならできるだろ。
「あんまり慌てて読まないで、一文読んだら長い間休んでくれ」
「……分かった。いい?」
「いや……俺からやってみっか。合図したら読み始めてくれ」
童話的なパッセージをちりばめて簡単に2回し。2回目のケツで目で合図。
「………『その白亜の塔は長い間 金色の時を守っておりました……』」
低く深みのある声が流れる。無理に作為的なとこがないから合わせやすい。
◇◇◇
予想通り、ニルさんに絶賛されるフランクは「え?」という表情。この話がうまく伝わって『足なが転生さん』のナレーションとか……どうかな。少し営業活動じみてたか?
「なによアンタたち、端役のくせしてソコソコ多才じゃない」
セルマさんに弱い方の酒をすかさず注いで機嫌を取る。
「多才じゃねえっすよ……けっきょく台本書けてないし」
「あー、アレか……諦めたの?」
「惜しいって言ったんだけど、コモノ妙なとこで諦め早くて」
「もうやらないぞ。無理無理。俺にはそういう才はない」
「でも……いい話だし、惜しいですよ。………そうだ! セルマちょっと」
「ん?」
酒のグラスごと、セルマさんをニルさんが食堂に拉致。
「少し待っててくださいねー。覗かないでねー」
え、着替えですか。おいフランク行ってこい、あれはお誘いだ…………冗談だってば地味女。尼僧喫茶の件以降、この手の話題に過敏に反応するのだ。5分ほどで戻ってきた。
「じゃ、始めますね。大して長くないんです」
ニルさんが部屋の隅に座り込み、顔を俯ける。セルマさんは部屋の逆側に立った。膝を抱えていたニルさんが顔を上げ、高い声で何かつぶやいた……何語? 大陸のコトバ? するとセルマさんが柔らかい口調で語り始めた。
「娘は 闇の欠片が ひとつ堕ちるのを目にしました……」
ニルさんは立ち上がり、遠くを見て何かを見つけた演技をしたあと、そこに向かってゆっくり歩く芝居……先日見せてくれた舞踏より無言劇の雰囲気が感じられる。地に堕ちた何かを両手で拾うと……ははあ、人の姿になったのか? また知らない言葉。セルマさんが独白を入れる。翻訳なのか。
「それは 娘が育くみ そして切り落とした 愛のひとつでした」
娘のかつての悲恋が、人の姿をして娘を訪れる。悲恋は永劫の闇に還ろうとするが、娘は悲恋を自分の魂に再び刻もうと必死になる。二人は争い、傷つけあい、最後には一人だけ残る……それがどちらかは分からない。それ、は奇妙に平板な表情で辺りを見回した後、後ろを向いて項垂れ、顔を覆うのである。
拍手は誰もしなかった。そういう次元のものとは違うと思ったのだ。
「……エルフの伝承か、宗教みたいなもんですか?」
ニルさんは額に軽く汗をかいている。かなり集中力のいる演技……祈りといったほうがよいのかもしれない。フランクが絞ったタオルを渡した。顔を拭ったあと、
「伝承です。ただ、私のほうに伝わっているのと、エルフのものとでは随分違った解釈なんですよ」
セルマさんが酒で喉を湿らせた後、
「うちの父方だと、愚かな行為で精霊の加護を受けられなくなる者への戒め、って解釈が主流なのよね。最後に啜り泣きを取り入れる人も多いし。でもニルのほうだと……」
「切り落とされた愛や大切なものこそが、永久の闇に眠っている……ダークエルフという種族ならではの考え方になるんでしょうね。一種の感謝でしょうか」
はー、同じ伝説が両極端の解釈をされてるんですな。
「フランクさんは、どっちが好き?」
ニルさんの得意技、上目遣いが炸裂したが、フランクは顔色も変えず、
「どっちも違うと思うなー。堕ちてきたの、魂じゃないの?」
おお、それは王道の解釈かもしれないぞ。ニルさんは少し頬を膨らませた。
「そういう意地悪な人には罰を与えねば。くらいなさーい!」
先日来2人の間でブームのポカポカパンチ、低音ボイスのアアアアアが響く。
「なんか、この世はこうしてできました、って御伽噺っぽい感じがした」
メリッサの意見にセルマが眉をしかめ首を振った。
「……深い……深いわー。 シラフで深い意見、姐さん凄いわ」
「グ! 失礼な!」
「どうでした? 何か参考になればと思ったんですけど」
……むしろ余計分からなくなった、とも言えん。礼は言う。
「しかしアンタ、避難訓練の時も、あの変態貴族のときも、バカバカしいことはすぐ思いつくじゃない。その調子でチャチャッとやりゃいいでしょ?」
武闘派系の発想っすね、ソレ。全然別物なんすけどね。
……帰りゃしねえ。二階のメリッサの部屋に居座って、フランクもたびたび顔を出してるようだ。立派な女優さんでしょアンタたち、東の高級店あたりに繰り出して気取ったメシを食ってきてくれよ。知的作業に没頭したい俺のイライラは募り、思考は散漫になりノートは一行も埋まらない。
食堂に行き飲み物を探す。流しにうず高く積まれた食器から視線をずらす。あとで地味女がやるであろう。フランクが下りてきた。
「怪物よ、お前の無事が確認できて嬉しい」
「いやー、楽しいよ。書けたら上に来たら? 今は業界ダメ男ランキングをメリッサも一緒になって作ってるトコ」
……誰が行くか。冷たい茶も売り切れである。洗ってあるカップも残りわずか、ふだん使わない極薄の磁器のカップに葉を入れて湯を注ぎ、熱いので鍋掴みを左手に嵌めて部屋に戻った。
諦めよう。寝転がって左手の鍋掴みを動かす。上から嬌声が聞こえるたびに鍋掴みをそちらに向け、無言の文句を吐き散らす如く激しく動かす。あー、こういう罵詈雑言なら無限に出てくるんだけど。ノートには気晴らしにバカ話でも書き綴ろうか……うたた寝した俺は、白紙のノートを差し出してお偉いさん方に叱られる夢を見ることになるのだった。




