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異世界端役の惨憺たる日々  作者: 小物爺
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第十九話 端役達 旨い飯を堪能す

先日の騒ぎの影響で『優しき巨人』亭がどうも居づらい。お店のスタッフさんに平身低頭、以前よりもいっそう静かに飯を食うが、異形の三人組はやはり目につくらしい。自炊を半ば真剣に考える羽目になった。

ハンパに顔が売れているため、アレを魔映画撮影と思った人がいたらしい。「あの日の本放送、いつなの?」と声をかけられることが数回。困り果てる。


厨房の方や副支配人、『薄暮』パーティーからは、共演者のサインを何枚も頼まれた。撮影の合間を縫って頭を下げて回る。当然事情を説明する。爆笑される。「今度はあたしが手伝ってもらおうかしらー」と仰る女優さんも。土下座してお断りする。しばらく経つと業界人全員に知られていた。


冒険者ギルドにもかなり歪んで伝わっていた。カウンターのタリナからこう言われた。


「痴話喧嘩はダメですよー。メリッサがいちばん悲しみますよー」


もはや何も言うまい、ハイ、気をつけますと答えてトボトボ迷宮に入る。


◇◇◇


端役とはいえ、別にお笑い3人組をやりたいわけではない。緊張感が足りないのだろう。たまには初心に還ろうではないか。本日は3人でガッツリ迷宮でマジバトルを展開し、おのおのに眠る野生や魔性や不死性を思う存分呼び起こそうではないか。真剣に取り組む。


マジ顔になると3人とも悪相になる。めったにないくらい真剣に魔物と戦う。ドロップ品よりも戦闘重視で進み、第三層の終着点まで俺たちとしては記録的な速さで進んだ。これ以上先に進んだことはない。


「よし、初の対ボス戦だ。無理なら潔く退く」

「雷撃使っていいのよね?」

「ああ、今回はドロップ品は無視しよう。安全に勝つのが目的だ」

「棍棒も使おうかな?」


先日ぶっ壊したテーブルの脚をフランクは棍棒に仕上げた。


「盾代わりにはなるだろう、使ってみろ。……行くぞ!」


おお、ちょっと転生者みたいだ。


初対戦のボスは2匹の大型パワートランジスタ属、コンプリペアという線対称の動きで襲ってくる強敵。双方のリズムを変えれば熱暴走を起こして自壊する弱点を持っている。雷撃を使えるヤツが2人いれば、大き目の電流を同時に加えて僅かにずらせばすぐ倒せるんだが、メリッサ一人では2本の雷撃の電圧管理がうまくいかない。とにかく負荷をかけて熱ダレを狙うため、激しい動きの戦闘になる。小回りの利く俺が走りまわる。息が上がる。


「メリッサ! 部屋の石壁を炎壁で熱してくれ!」

「直撃させなくていいの?」

「でかい放熱板がついてるから、炎壁の直撃じゃ無理だ! 頼む!」

「コモノー! 気をつけて、挟まれるよ!」


うわっ! 危ない、挟まれる寸前、自分から倒れこんで攻撃を避ける。放熱板を切り離すか、本体との間に空洞を作るかすれば熱に弱くなる。こん畜生! 一匹の放熱板と本体の隙間に無理やり小剣を差し込み捩じる。どりゃっ!……


ふーーーっ。何とか撃破した。時間は短かったが、俺たちにとっては最も密度の濃い戦いだった。大きな怪我も奇跡的にない。


「お疲れ。下行く前に少し休もう」

「第四層って初めてだね。強いのが出るの?」

「あたし何回か入ったけど、むしろ今のヤツよりかなり楽よ」

「オペアンプ属は攻撃が多彩だけど、熱に弱いからな」


第四層には8本の足を持つオペアンプ属、4558とその亜種がゾロゾロ出てくる。ごく稀にレジスターやコンデンサと群れを作って魔導回路攻撃をしてくるヤツもいるが……魔導攻撃は大した威力もなく、一体倒せばそれで終わる。


「ドロップするものがあったら一応拾ってくれ。よし、行こう」


予想通り第四層の戦いは楽だった。俺たちの戦い方と相性が良かったのかもしれない。一層下になるとオペアンプ属でもリニア系が出てくる。高速で動き、静電気以外に弱点のない連中だ。そこまで無理をする気もないので、数時間戦ってへばりかけたのを潮時にして撤収した。ふー、汗かいたな。


「ずいぶん取れたわね。買い取りは幾らくらいなの?」

「相場だと……4558を30個で、夕飯一人分ってトコだ」

「……それでもレジスターやマイラよりは稼ぎになるわね」


タリナに買い取りを頼む。レジスター、コンデンサ、トランジスタにオペアンプ……気合を入れてボスを倒したおかげで、メリッサのバイト4日分ほどの収入になった。


3分の2はフランクに渡し、たまには『優しき巨人』亭以外で飯を食ってみようという話になった。戻って着替え、ホールのイレーヌに今日は夕飯はいらないと伝えて東へ歩く。公国騎士の宿舎や貴族様のお宅もある、少々ハイソな雰囲気の地区だ。夕飯のコース料理なら何とか足りるかな。予算で間に合いそうな店に入る。窓際の角席がとれた。フランクはこういう店が初めてだ。椅子は自分で引かなくていいんだぞ。


地味顔のメリッサが珍しく薄化粧、フランクは奮発して買ったダブルのジャケット。俺は博打打ちみたいなシャツにベストを合わせている。どう見えるかといいますと……闇世界の小物ボスの情婦にデカブツ用心棒、チンピラ情報屋つき、って感じだ。


「メリッサ、任せた。酒もらうなら、できるだけ軽いのを」

「うん……じゃあ、季節のコースを3つ。メインは魚を2つでお肉を1つ……フランク、最後は紅茶とケーキの方がいい?」

「任せた」真似しやがった。

「じゃあそれで、一つは珈琲」


キョロキョロしたそうなフランクが我慢しているのは可笑しい。


「鷹揚に眺める程度なら構わないぞ。人様の顔をじろじろ見るなよ」


口当たりのいいカクテルが食前酒。かんぱーい、今日はお疲れさまー。


「今度人を呼ぶときは、こんな演出もいいわよね?」

「そうだな……俺、ギャルソンの格好してみてえな」

「衣装部屋から借りられるかな? ボクはシェフの帽子を被ってみたい」

「あたしはアレより、もう少し裾の長いほうが好きだな」


メリッサが女性スタッフに視線を走らせながらいう。最近パンツルックが主流だが、この店は珍しくスカートか。うん、確かにもう少し長めのほうが、より品があるな。秘すれば花である。


料理はどれもこの上なく結構なお味。行儀が悪いけど、肉を2人に少し食わせてみた。フランクもこういうソースがかかっていると旨いと思う、とのこと。

食後に寛いでいると、やや店の雰囲気がザワリ、という感じに。眺めると……あら、ケモミミの女優さん2人連れて撮影チーフのペンタクスさんが入ってきた。あのランクの人ならしょっちゅう来てるんでしょうな。

帰りがけに目が合い、お、という表情になったので各々会釈だけして会計へ。メリッサとフランクはエントランスの外にあるベンチで軽い酔いを醒ましている。満足満足。


「……お客様。少々こちらへ……宜しいですか?」


会計担当のホール長から声がかかる。はい? こんなナリですがちゃんと金はありますよ、お行儀も悪くなかったと思いますよ……はっ! まさか『優しき巨人』亭から回状が出ているとか……うわ、やだなー、出禁とか。


「本日はご利用有難うございました。つきましては恐縮ですが……こちらの帳面に、御三方から一言いただけないかと思いまして……」


のぞき込むとサイン帳……あら、セルマさんのサインが……これが芸能人パワーってものですか。店でそんなこと頼まれたの初めてだ。快く了承すべきだろうなー。フランクとメリッサを呼び、一筆ずつ書かせていただく。


「ありがとうございました。今後のご活躍も拝見しております。またご利用くださいませ。宜しければこちらを……」


お菓子と思われる包みをゲット。3人でお辞儀して帰路につく。


「ラッキーラッキー! デザートに出たケーキかしら?」

「『美味しかったです、また来ます』って書いたから、もう一度来ようよ」

「迷宮で真面目に働いたご褒美だな。今年中にあと1回くらい来られるといいな」


次の撮影のときペンタクスさんにつかまった。


「よく行くのか、あの店」

「いえいえ、初めてですよ、たまたま迷宮の稼ぎがあったんで」

「お前らがまともに上品な店で飯食ってんのが驚きだったよ。案外サマになってんじゃないか」

「いえいえ」

「ま、筋者のスケと用心棒、チンピラ付きって感じだったけどな」


笑って肩を叩いて去っていった。そうか、そうなんだな。俺ってなぜ自己評価が的確なのだろう。喜ぶべきか悲しむべきか。とりあえず2人に知らせ、この微妙な感情を分け合おう。


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