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異世界端役の惨憺たる日々  作者: 小物爺
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第十八話 端役 原点を見つめなおす

遂に待望の『足なが転生さん』はスポンサーが決まり本放送の準備に入っている。タナトスさんの演技は素晴らしかったし、話もシンミリ系ばかりなので俺たちはもちろん喜んだ。ところが驚くべきことに、コーさんが働きかけてくれたおかげで、俺たちに声がかかったのだ! シリーズ総監督はセカイ系お涙頂戴の名作『転生者の空 ウサ耳の夏』で有名な大御所、ニジスキーさん。弟子にあたるカリムさんに輪をかけて軽いノリの人でけっこうとまどった。


「おはつー、コモノ班のオハナシは聞いてるからー。今日はヨロー」


タナトスさんの姿を見かけ、当然の如くご挨拶に。異国風の衣装を既に着て台本をチェックしているタナトスさん、やはり俺たちがふだん出ているアクション系の転生勇者とは一味も二味も違う。撮影所の雰囲気も非常に落ち着いていて、ああこれが文芸作品ってやつの空気なんだな、と三人とも身を引き締める。


「おはようございます。今日は宜しく」

「宜しくお願いします! しかし使っていただけるなんて思ってなかったんで……」

「いや、色々意見を言ってくださったそうで。そうそう、ナレーションが入ることになったんですけど、あれ、カプリス……じゃないやごめん、メリッサさんのアイデアですって?」


うひゃー! あれ採用になったの! 思わず破顔、メリッサの頬に血が昇る。


「本当ですか? ウソ!」

「他のアイデアも聞いたんですけど、どれもいいですね。数話ごとにスタイルを変えてみるかもしれないそうです」


舞い上がりますよ、これは。


「コモノ班! いますか?」


これも初めて見るニジスキーチームの助監督らしき人が呼んでいる。


「じゃ、失礼します」

「頑張って」


◇◇◇


今日の話『準宝石は時の螺旋と引き換えに』も俺の世代にジャストミート。体を売った金で娘を都会の学校にやった未婚の母、誤解で学校を退学させられ路頭に迷い、やはり春を鬻いで凌ぐ娘。二人は真実を隠し、幸せな暮らしを装った手紙のやりとりをしている。たまたま不幸な母娘と別々に知り合った主人公は、『平衡世界往来能力』を永遠に失うことと引き換えに、手紙のやりとりの中にしか存在しない別世界を具現化し、そこに母娘を送る……ホロリときた。もうこのシリーズ、魔映画界の宝ではなかろうか。


助監督さんから台本の説明が。俺は母親を虐げる小金持ち商人、メリッサは都会で街娼を束ねモグリの娼婦をシメるコワイ姐さん、フランクは無認可街娼をさらって売り飛ばす奴隷商の手先。今回初めて3人とも「血まみれにならず死にもしない悪役」を演じさせてもらうのだ。

ニルさんとセルマさんは第一回でダブルキャストの準主演を務めたのでそれ以降は出番なし。タナトスさん以外、ヒロインも毎回交代するという一話完結型。


今日は『テンケモ』の犬耳レイアさんが未婚の母親役、娘役は新人の同じく犬耳少女、ソレイユさん。ソレイユさんは今回がデビューでかなり緊張している模様。彼女を虐げる場面で絡むメリッサとフランクが色々話しかけている。隅の方で3人だけで練習に余念がない。

レイアさんはケモミミ準レギュラー、たびたび逢ってるので挨拶もそこそこにシーンの練習。大人の女優さんっぽい色香のある人なのだ。


「あん。コモノさーん、その蹴り方、いたいでーす」


つい普段の調子でやってしまい色っぽい声で叱られたが、ゾクゾクしている余裕は皆無。撮りの前の練習では、俺たち3人は見る人に憎まれてナンボだから激しく、俺はもっと本気で、メリッサとフランクもかなり注意を受けた。うむ、これは厳しい。レイアさんに俺が普段使っている防刃素材のプロテクターを貸して、何度か練習する。青あざをつけるための特殊染料を塗ってもらい、その位置を覚える。手順を復習。俺は悪徳商人だ、悪徳商人だ……。


「ハーイいくよー、シーン11……スタートっ!」


◇◇◇


……俺は7回、メリッサとフランクの場面も4回ずつ撮り直し、過去最低記録である。雁首並べてお詫びにいく。ご迷惑おかけしてすみませんでした!


「芝居はどこでやってたのー、チミタチ?」


いえド素人でカリムさんに拾っていただきウンヌンカンヌン。


「へー、珍しいねー。まあその割には上出来ジョーデキ。オツカー」


肉体疲労は問題ないはずだが、全身いやな汗にまみれて倦怠感に侵されている。


「……難しいわー。ソレイユさん完璧だったから、余計にパニクった」

「……親方にさ、『作ろうとするな、中に眠ってるものを彫り出すんだ』って言われてるんだけど……なんか、似た気分になった……」


フランクの比喩が適当かはともかく、全く同感。嫌な顔一つせず淡々と撮り直しに付き合ってくれたレイアさんの安定した演技にも驚愕した。プロって凄い。だが厚い壁を感じたものの、人間ってのは欲深くできているもので……再び声をかけてもらうにはどうすればいいのか、なんて考えてる自分もいるのである。


タナトスさんのクライマックスシーンの撮影、これ以上へこみたくないという気持ちと見たいという気持ちのせめぎあい、結局見学することにした。


二台のカメラ、別々のセットの前に立つ母と娘の前に、タナトスさんが能力を使って姿を映し出す。


「……奥さん、御嬢さん、お世話になりました。……せめて私からの、ささやかな……」


レイアさんとソレイユさんの粗末な服が、互いの手紙に書かれた華やかな衣装に変わり、そのまま二人の姿が明るく輝き薄れていく。特殊効果か、タナトスさんの能力か……どっちでもよい。やがて夕暮れの街にタナトスさんだけが残り、自分の掌を寂しそうに眺めたあと、丁寧に補修された胸元と袖の二つの綻びを見て微笑む。色違いの糸だがそっくりのステッチ。…………。


気が付くと終わっていた。いつもの現場で聞こえる拍手とは質が違う拍手が長く続く。話が素晴らしい、役者が達者すぎる。凄い世界があるもんだ。呆けているマヌケ端役三人のもとへ、監督やスタッフに挨拶したタナトスさんが近寄ってきた。貧弱な語彙で褒めるのは諦めた。頭を下げるだけである。


鞄を置いた俺たち用のテーブル(初めて用意されていた)に腰かけ、ふだんの暮らしなどについて雑談する。気を遣ってもらい、恐縮至極。

端役から脇役への第一歩、でもそこには大きな壁があったのを痛感した。この先も収入をあてにするなら、何かしないとならんのか。勉強か練習か見学か? そんな話を道々しながら帰宅した。


◇◇◇


もっとも副業に関して、メリッサとフランクは概ね順調といえよう。メリッサは仕上がった料理のトッピングを見本通りにやる役目も担当しているし、フランクの石像や墓石は丁寧な仕上がりで親方の信頼を得ているようだ。俺も何か考えねば。


痛いほどわかっているので反省会は割愛。飯のあとに思い出し、フランクがニルさんに贈る予定の石像を見せてもらう。白い布がかけてある。ずいぶん小さい。


「いつも見られる大きさがいい、って言ってくれたんで小さくしたんだ」


布を外す……驚いたことに純然たる抽象だ。有名な作品を思い出す。魚という生き物のエッセンスだけを研ぎ澄ましたような鋭い造型だった。フランクは知っているのか?……いや、偶然の一致、これはフランクの作品だ。


「……いいな。俺にはいいとしか言えねえよ」


丹念に磨き上げ滑らかに仕上げた表面のところどころに、ざらついた元の質感を残している。不思議な色の石だな。


「ニムロッドって呼ばれてる石だよ。反逆者の石ともいうらしいんだ」

「へー。……ありがとさん。早く渡しに行けよ。楽しみにしてんだろ」


階下に。メリッサが風呂から出てきた。長風呂だったな。


「フランクの石像見せてもらえよ。スゲエぜ」

「……やめとくー。一日に何度も打ちひしがれるのは勘弁」

「はは。いや、そういうもんじゃない。むしろ救われるかも」

「そういうなら見てやるか。落ち込んだら2メリの貸しね」

「大丈夫。しばらく見てボーッとしてみろよ。寛げると思う」


2階に上がったメリッサ、しばらくして嘆声が上がった。な。言っただろ。明日は遠出してみるか。早寝するとしよう。


◇◇◇


翌朝、2人に今日は遅くなる、メシは済ませてくれと言い残し、ドラキャスと音魔道具を背負って出かける。リバルテまで高速竜車、そこから民間の地竜車で昼前に到着。プログレ地方四大音迷宮の一つ『深紅』のある町だ。

古い探索者カードの期限は幸い切れていなかった。C未満のソロ探索は禁止されているのだ。ここの買い取りカウンターは音魔道具の買い取りも行っている。持ってきた2つを処分し、往復交通費は取り返した。


ドラキャスを首からさげて進入。チームなら各階層の音魔物に合わせた装備を使ったユニゾン攻略が主流だが、ソロなので無手勝流でいく。そこら中に湧いてくるフリップ系音魔物の高速シーケンスに難儀しながら進む。中期層以降、ブリュー系の音魔物とペアで出てきて変態度がアップ、撃退が困難になるので、今日は初期層と呼ばれる第九層までしか進まない予定だ。


各層の愛称は『宮殿』『海』『蜥蜴』『島』『地跳』『お日さま』『暗黒』『限界』『ウサ』。『地跳』層と『ウサ』層は階層の隙間にある中間部のため人気がないが、俺は特に『地跳』層を贔屓している。劣悪な音響空間に歪んだ音色を発する捨て鉢で下品な音魔物が飛び交い、フリップ系の魔物もこの層だけでは自暴自棄と諦念の半ばを行き来する音攻撃を浴びせてくるので楽しいのだ。


『深紅』では稀に音魔道具の完成品がドロップする。夕方まで暴れた結果、EMSVCS3とワウファズ一台ずつが手に入った。

すっかり日も暮れていた。ドロップ品を売り帰路につく前に、深紅迷宮の有名な土産品『赤青黄まんじゅう』を十箱ほど買う。売れ残っていたウエッ豚弁当を竜車の中で食う。深みのある味が素晴らしい、ここでしか買えない知る人ぞ知る弁当だ。ユライ・アヒプ迷宮の中層やエイジアン迷宮でも売っているが、深紅で手に入るのが断然旨い。一度試してみれば分かる。


夜半過ぎに帰宅し2人を起こさぬようシャワーだけ浴びる。食堂に『優しき巨人』亭の限定弁当が置いてある。すまんなメリッサ、気を遣わせた。

静かに2階に上がり、ドアのそばに三色まんじゅうを一つずつ。フランクの寝息は殆ど聞こえないんだが、メリッサは「ウガー」とか「ぐひゅふゆ」とか意味不明の寝言を発している。小さい宿で3人ザコ寝だったときを思いだした。


◇◇◇


翌朝、昨日ドロップ品を売って稼いだ金を見せる。


「……! アンタ! 何やってきたの! まさか……」


いやいや疑うな。お前らと出会ってからパクられそうな事は先日のストーカー監禁放置の一件だけだ。説明して……さてどう切り出すか。


「この間の撮りで俺はかなりへこんだんだよ。基本が無いことをこの歳になって思い知った……そんでな、俺が得意な音迷宮で、原点回帰と思ってやってきた結果がコレ。二人が驚いてくれる程度の額になった」

「コモノ……凄腕なんだね……」

「いや、そうじゃねえんだ。ただ俺が『金稼ぐ』ってことを目的に生きるなら、このほうが暮らしの安定度は高い。問題はよ……上手くもならないヤツが端役仕事を半端に続けたら、迷惑になるかってことなんだ。実はそれでへこんだ」


二人とも真剣に聞いている。似たことを考えたのではないか。食堂の下働きから末は自分の店を持つ道、石運びから墓石作り、彫塑の職人という道も意識してはいるだろう。端役仕事と各々の得意分野。どうバランスをとるか。


「……世間様の判定は二択だと思う。端役から魔映画の業界で出世できるかは分からねえけど、それなら何か手を考える必要もある。足を洗って別の道に邁進するってのもアリだ。それで悩んだが……俺は答えを出した」

「……辞めるつもり?」

「いや。ふざけるなと怒られそうだが……俺はな、このまま全部ハンチクで続けられないかと思った」


グルリと回って元に戻る。一番バカバカしく、思考停止の代表的愚行だ。


「音迷宮は俺の道楽だ。仕事になったら……想像できねえ。正直なところ、仕事でないからたまたまそれだけの稼ぎが出たんだと思ってる。すぐに底が見えるよ。端役仕事のほうだが……実は楽しい。何度もミスって、周囲みんなに謝って回って、でもあれも……楽しかった。ロクなもんじゃねえから楽しいのかもしれないと思った」


腕組みして聞いていたフランクが、真剣な顔でつぶやいた。


「『無駄こそは最大の 贅沢である』」


その警句の続きは『それがやがて富を作る』だ。そうは思ってないんだが。


「いずれにしろ、だ。お前らが何か一つに打ち込もうとしてんなら、俺のハンチクな態度は害になると思ってよ。それで確認しておきたくなったわけ」


するとメリッサが手元から顔をあげ、やや呆れた調子で言った。


「歳食ってると話が回りくどいのねー……三箇条その三、嫌になったら即座に出ていく。アレを行使するってコト?」


「違うんだ。『嫌だと思われたら……』と解釈してもいいかと思ってな……」


フランクが腕組みを解いて卓上で両手を組んだ。手首の運動をしながら、


「いつだっけメリッサ。コモノのことを、押しかけ父親気取りって評価して、大笑いしたことがあったって言ってたね」

「その通りじゃない」

「同感だよ。はい、これまで。コモノ、親がなくても子は育つんだって」

「じゃ鍵、よろしく」

「ボクも出るから。今日は夕方納品だからちょっと遅いよ」

「どこまで?」

「ビーノとマヤボーク」

「うへー! 逆方向じゃないの」


振り返りもせずさっさと消えた。


悩んだ結果、一切変化なし。世間様は必ず叱る。変化するまで考え行動に移すのが立派な大人なのだ。父親気取り、だと? バカを言え。俺は子供なのだ。不死の二人より遥かに。親はなくても子は育つ、か……実例を幾つも見てきた。そうかもしれない。さてこの金、どうするか。自分のために使う気がなぜか起きない。俺が勝手に子供扱いしている保護者2人に相談してみようか。


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