第十六話 端役 困ったファンに対峙する
コーさんから俺に深刻な打ち明け話が。ニルさんに質の悪いファンがついているらしい。げ。あるんですね、そういう話が。それは困った。
「それがね、かなりエスカレートしていて……心配なんですよ」
「……フランクのバイト休ませて、用心棒させましょうか?」
ヤツなら真っ赤になったあと(元が青ざめているので紫色というのが正しいのだが)あっという間に手斧と棍棒持ってすっ飛んでいくだろう。
「あー……それ、本気で頼めます? 助かります」
俺はだらしない口元を可能なかぎり引き締めた。……俺の推測している状況を基にすると……コレはかなりヤバい状況ではないか?
「分かりました。とにかく連れてきます。収束するまでやらせましょう」
石工の店に走り、緊急事態を告げる。家までの道中で経緯を説明した。
「コーさんに逢って、あっちが片付くまで張りつかせてもらえ。なんかあったら俺がケツを持つ」
懇意にしている上、フランクは憎からず想ってる。そのくらいさせてもらう義理はあると信じたい。
「……分かった。落ち着いてくれてるといいんだけど……」
同感である。全くの同感である。
「いちおう聞く。分かってる、ってことでいいな?」
「何のことかわかんないけど。まあ、りょーかーい」
足早に歩く背中からとぼけた返事が返ってくる。ふふ、こいつは複雑バカだからな。俺よりは信頼できるだろう。
コーさんにフランクを預ける。心配したセルマさんがスケジュールの合間を縫って付き添ってるらしい。本人は闇魔法と精霊魔法が使え、剣の稽古もしているから潜在的戦闘力は恐ろしく高い。だが凶悪な人相の大男が睨みを効かせている方が効果的だと思う。2人はさっそくニルさんの住まいに向かった。
ホール仕事を巌として断っているメリッサ、最近は厨房の食材下拵えをやらせてもらう事が増えてきた。通用口で呼び出してもらい、芋と包丁を持ったままの姿に知らせておく。全く知らなかったという。
「……うわー……それは辛いわね。気持ち悪い……ものなのよ」
お前も似た経験があったか。フランクの件を手早く伝えた。
「……片付くまでは、フランクを張り付かせるほうがいいわね……」
この地味女も薄々分かってるんだろう。
「ちょっとした緊急事態だな。端役がどこまで役に立つやら」
「早めに帰ったほうがいい?」
「いや、問題ないだろ。連絡待ちだろうな」
「……そういう暴力は精神的にクルから」
「ニルさんのヤサ、知ってるか?」
「大体の位置だけね。フランク探して、顔でも出してこよっかな……」
いざというとき動ける頭数は一人でも欲しいだろう……迷宮探索はしばらくパスしよう。
◇◇◇
さてメリッサがニルさんを見舞いに行くことはなかった。そのココロは。
「頼みます。対応策をすでにとっていますから、おそらく一週間ほど」
黄昏時、我が家の玄関で俺とメリッサに両手を合わせるコーさん、その後ろにセルマさんとフランクに挟まれたニルさん……不謹慎だが、ダークエルフも顔色が悪いとハッキリわかることを実感した。女にさせてはいけない表情だ。
「ま、とにかく入ってください。とりあえず食堂でも」
ドアを閉める前に素早くメリッサと視線を交わす。尾けている可能性もある。
メリッサが家中のカーテンを閉め、俺は近所をグルリと一周。大丈夫のようだ。
とりあえずお茶を飲みながら経緯を聞く。初期の熱心なファンがどこから勘違いするのかは諸説あるが、脳内妄想通りに動かない偶像に忠告→苦言→不満→不快→憎悪というパターンだろうか。何より困るのは、そいつが100%善意の塊だと思い振舞っている点か? ある意味善良真面目な人間がハマリやすい陥穽だろう。俺は自分の善良性を全く信じていないが。
訥々と、話しにくそうにしゃべるニルさんをセルマさんがやや憤激した口調でフォロー。ニルさんがテンケモ入浴シーンに出ていないのが引き金だったという。うわー真性の変態バカだ。メリッサと顔を見合わせ呆れ果てる。
「わたしのガードが気に入らないらしくて、最近こっちにも手紙来るのよ」
おいおいおい……これ、護衛対象2人にするしかないですよ。
「……済まないけど、シャレにならない状況なんです。スタッフは全員知ってます。コモノ班の力も貸してくれませんか」
何ですか、その班名は。まあ、今は突っ込む場面じゃないか……。
「メリッサ、副支配人に説明してシフト休みもぎとってこい、俺も付き合う。コーさん、俺たちが帰るまで居てください。フランク、俺とメリッサ以外は転生勇者だろうと造物主だろうと絶対入れるな。あ、2人はメリッサに最低限必要な物のメモ作って渡してください。あとで買ってきますから」
かなりの剣幕で説明したので若干引かれたが、地味女の熱心な勤務態度も功を奏し『優しき巨人』亭の話はついた。一度戻って多忙のコーさんにはお帰りいただき、フランクを仁王立ちさせたまま部屋割り変更。2階のフランクの部屋を2人に使ってもらい、一階に男手を集める。この状況では外食に出るのも危険か。俺は買物リストを握って再び夜の街に。
食料と買い物を持って帰宅。顔馴染みに囲まれ男手もあるので安心したのか、ようやくニルさんの顔色も戻ってきた。
「……ごめんなさい、フランクに怒られそうだけど……メリッサもあった?」
「うん……今思うと、マトモな対応してたのが失敗だったかな」
実感のこもった言葉だ。女性3人微妙な表情になる。社会的立場もある。
「安心してくださいよ。ボクが必ずガードしますから。ご飯食べましょう」
そうだな、とりあえず飯だ。腹が膨れれば大抵のことは何とかなる。その夜からフランクと交代で不寝番を開始した。ちょっと本気である。
◇◇◇
異変は2人を泊め始めて5日めに訪れた。ホールの新人イレーヌからの情報である。ニルさんの現場に全員同行した日の翌日、細面の男が『優しき巨人』亭ホールの一人に、
「あのお宅って、『ハガテン』とかに出てる役者の住まいなんですってね?」
などと聞いたという。長居せずに引き上げたらしいが、過去そんな質問をした客が一人もいない(町内全員知ってるんだもの)のでメリッサに知らせにきてくれたのだ。俺は魔導士ギルドのコーさんの元へ。
「帰りにつけられたらしいです。すみません」
「いや、仕方ないですよ、そこまでは。風体からすると間違いないです」
「どうします? そちらで動けないなら……俺とフランクでやっちまいますよ。少々手荒ですが確実です」
「いやー……待って待って、マズイですから。実家が少々知られた家なんですよ」
貴族のボンボンか? 公国政府の高官とか? あーやだ。一番苦手。
「ペンタクスに頼んで、手の空いている撮影班スタッフを張り付かせます。映像で証拠が残れば、色々手も打てるでしょう。今夜までには間に合わせますから……侵入することがあっても、取り押さえるだけにしてください」
◇◇◇
戻って話す。話を伏せるのは却ってよくないと考えた。ニルヴァーナさんは俺たちを信頼して任せると言った。……信頼、ね。じゃ、手の内を少し明かすか。
「まだ早い時間だから大丈夫か……ちょっと、食堂に来てくれます?」
「いえ、食欲はそんなに……」
ごく普通の表情で、ごく普通の調子で、ニルヴァーナさんの目を見ながら、もう一度告げた。
「すいません、食堂に……見てもらいたいもんがあるんすよ」
俺に続いてフランクとメリッサも降りてきた。……ククク。木っ端端役の懸念が何なのか、喋らなくても以心伝心って奴か。さすがコモノ班。
ニルさんとセルマさんが下りてきた。不審気な顔である。
俺はフランクとメリッサを等分に眺めて、軽い調子で尋ねてみた。
「俺からお願いするか? フランクか? メリッサでも」
フランクがすぐ動いた。台所の壁には、フランクが達筆で書いた三行が張り出してある。2人も見たことはあるのだ。
・きずつける うそはつかない
・たべないものは ころさない
・いやになったら いつでもでてけ
フランクが指さしたのは二行目、端役シェアハウス三箇条の第二条。
エルフのお二人、特にニルヴァーナさんの顔が引き締まった。メリッサが気取らない調子で続けた。
「ニルさんとセルマさんも……今は家のお客さんだし。できれば、ね」
◇◇◇
俺が戦闘力十分な女優二人の身の危険を懸念したか? 生理的な不快感、精神的ダメージは別として、玄関先でニルさんの表情を見た時に感じたのは……全く逆の危惧である。気色の悪い変質的ファンの一人が消えちまったとこで多くの奴等は気にしないだろう。しかもそいつは人間だ。こりゃ猶更である。ニルさんが、俺が想像している背景を持っているならば……フランクがすっ飛んでいった目的は、バカを守るためだったわけだ。業腹だが。
セルマさんはメリッサ、フランクを等分に見たあと溜息をついた。何か肩の荷を下ろしたという安堵も感じられたのは気のせいではないだろう。ニルさんは……また口元に手を当てて……クク、フフ……と肩を震わせて笑い出した。不気味な笑いではない。前回同様の呆れたような、でも愉快さを含んだ笑いである。俺たちは笑いが止むのを前回同様待つことにした。
「……フフ……あーあ。傷つきますよフランクさん。私を心配してくれたんだと思ってたのに。プンプンです」
フランクは無言で顔を綻ばせているだけ。大斧の柄を無意識に撫でている。ニルさんの舌鋒は俺をターゲットにしはじめた。ニコニコ顔で、
「……ここまで性根の腐った、腹黒い人間に出会うのは初めてですねー。……それで、この先にどんな悪だくみを予定しているのか伺いたいです」
セルマさんはメリッサに向かい、これ見よがしに肩を竦め、もう関係ありませーんという露骨な態度で食器棚に向かった。先日の高級酒の残りが狙いだろう。
「お褒めに預かれて光栄っす」
「でも……約束しておきますね。フランクさん、もう一度、二行目を指さしてくれる?」
頷いたフランクは一文字目に手を当てた。ニルさんが声に出して読み上げた。
「たべない もの は ころさ ない」
フランクの傍に寄り、あの破壊力抜群の上目遣いで、
「これでいいかしら?」
と宣った。ギルドや魔映画関係の心配はともかく、事実上俺たちにとって、この一件は落着したのである。
◇◇◇
あとはどうやって手を引かせるか、それだけである。死ぬ寸前の傷を負わせてメリッサが回復させるというのを交互にやってはどうかと提案したら、獣を見るような八つの目で射抜かれた。ソレッテ、デレハラデスヨ、ミナサン。
「……あんたって心底ダメダメだわ」
「……わたし、血から人間成分を洗い流したくなった。生まれて初めて」
「……センスの欠片もありません。ヒドイです。暗愚です」
「……はい、次の悪だくみ。よろしくー」
何なのアンタたち。
「ドラゴン借りて、結びつけて大陸にでも飛ばしちまったら?」
はい却下―。
「凶悪姑息な盗賊に恐怖の人造人間、血を啜る吸血鬼、コマ揃ってんのに、なーんにもできないの? 職業意識、低すぎだわー」
セルマさんの言い草、最悪だ。……無力な盗賊、役立たずの怪物、ダメ吸血鬼……。……。……?…………!
「メリッサ。お前に凄まじく不愉快なことをする覚悟があるなら、手があるかもしれない。お前が主役だ。提案と思って聞け。拒否しても構わない」
俺は手早く構想を語った。あっけにとられたニルさんとセルマさんはこの状況で爆笑しやがった。フランクは保留。メリッサは……騙してアスパラガスを食わせた時そっくりの顔で俺を睨んだが、
「いいわ。やる。よくしてもらってるし」
「メリッサ……有難う。ボクがお礼いうことじゃないけど」
さて、戦闘準備だ。もはやエルフ2人はノリノリで化粧箱を引っ搔き回している。
◇◇◇
深夜、やはり来た。別段コソコソもせずに堂々と門をくぐり、郵便受けに分厚いものを押し込んでいる。大作の嫌がらせ書簡集あたりか。こんなのは軽犯罪、騎士を呼んでもせいぜい厳重注意で終わりだ。
自慢の花畑からフランクがのそりと起き上がり立ちはだかる。流石に驚くよな。口を押さえて悲鳴を挙げさせず腹に一発、すんなり気絶。俺は塀の脇から飛び出し、両手両足をきつく縛り上げて目隠しをした。
さて、奇妙な装飾を施した俺の部屋にお通ししよう。窓にも目張りをして太い蝋燭の明かりだけ、準備万端のメリッサが仁王立ち。黒のマントに髑髏杖、メイクはこれ以上ないほどのバンパイアメイク。足元に男を転がし、フランクは男の背後に、俺は男の首元にナイフを当て、ゆっくりと目隠しだけをとる。
さあ、メリッサ先生、お願いします!
「……顔を上げなさい」
冷然と、逆らえない威圧感のアルトが響く。ビクッとした男がこわごわメリッサを見上げる。まだ何が起きているのか分からない表情。
「……あたしの正体を知って追ってきたのね。愚かなヤツ」
男はウーウーうなり始めた。違うといいたいんだろ。言わせなーい。
「……あたしの顔を……見たことはあるわよね?」
重要なポイント。メリッサは蝋燭を持ち、自分の顔を照らし近づく。…………よし、「あ」という顔になった! よかったな、メリッサ。ウラヌスちゃんに続くファン第二号かもしれんぞ。
「……魔導士どもも教会も騙してきたのに……よく嗅ぎつけたものね」
はい、きました。犬歯を見せながら笑う。
「……どうやって知ったか聞いているの。答えなさい」
男の目が泳ぎはじめた。何だか分からないという困惑の表情。
「……眷属よ。お入りなさい。喉が渇いたわ」
俺が扉を開ける。入ってきたのは……もろバンパイアメイクのニルさんとセルマさん。手先の器用なフランク特製の犬歯カバーのおかげで、口元から二本の鋭い歯が覗く。表情は……セルマさんも怖いけど、やはりニルさんは格別である。本物の殺意、気づいた男もかなり驚いた様子。
虚ろな目の俺が前に立つ。ニルさんが俺の右腕をまくりあげ、セルマさんが俺のナイフで……いいいい痛え! 研いでおきゃよかったよ。干からびかけた中年の皮膚に切れない刃物って拷問だよ。もちろん血が滴り落ちる。それをメリッサの目の前に。さあ、頑張ってくれ、耐えてくれ、端役女優!
メリッサの平板な表情が歓喜に震えるような官能的な趣を帯びる。俺の傷をメリッサが舌で舐め(腕は石鹸を使って念入りに三回洗い、ムダ毛は丁寧に処理し、爪も切るように言われた)……持ち上げて、滴る血をすすり始める。耐えろよメリッサ。
突然男が暴れ始めた。よーっし! チラッと見てみれば……目が飛び出そうだ。得体の知れぬ出来事を初めて体験したんでしょうね、真の恐怖ってやつを。唸り声がでかい。フランクが首を軽く絞めて唸りを止める。あと一息か?
「あなたも眷属にしてあげましょう……私たちの持つ血の力の恩恵を与えてあげるわ……さあ、ニルヴァーナ……あなたがおやり」
フランクが男を床にうつぶせに押さえつけセルマさんが首を持ち上げる。男一人が本気で暴れまわるのを押さえつけるのは骨だが、フランクの腕力は規格外だ。瘧にかかったみたいにブルブル震えてやがる。さあ、仕上げです。
ニルさんが男の背後に覆いかぶさり、上半身を密着させ、髪をかき上げて首元を露出させる。何をされるか分からぬ恐怖でもがく男、ニルさんは串焼き用の鉄串を二本準備。
「ニルヴァーナ、その男に永遠の命を授けておやり!」
メリッサの叫びと共に、
「クククククハハハハ、クハハ………!」
滅茶苦茶キレキレのニルヴァーナさんの狂笑が部屋に響き、同時に首筋に二本の鉄串が軽くグサリ。メリッサとセルマさんの不気味な笑いが続く。男は鉄串グサリで静かになった。すかさずニルさんが闇魔法の軽い知覚喪失をかけ、気絶していることを確認。
「よし、仕上げだ! メリッサ口を漱いで休んでろ! 捨ててくる」
目覚めないよう注意して夜の町を疾走。以前練習で使った河原に、下着姿にひんむいて放置する。あちこちに浅い傷などつけて終了。さあ、帰るぜ。
◇◇◇
メリッサがバスルームでゲーゲーやる苦しそうな声と介抱する二人の声が聞こえる。芝居とはいえ、俺の血舐めたって……ないわ。無い。
部屋を片付ける。手の傷は……いいや、仕事に比べたらかすり傷みたいなもんだ。軟膏は……ない。メリッサ用の手荒れクリームで代用。
「ウゲー……ゲ……まだぎもぢわりーーー」
メリッサがようやくバスルームから出てきた。
「メリッサ! ご苦労様ありが……ギャー!」
「ギャー!」
ニルさんとセルマさん、明るい光の下で見たメリッサのメイクに仰天している。。本格バンパイアメイクにうっすら残る本物の血はさっきより怖い、というより気持ち悪い。
「いや……大したこと……うっぷ!」
また生臭さを思い出したんだな、口を抑えて化粧室に走るメリッサ。
「ねえ! 大丈夫メリッサ? 入るよ? ほらハンカチ」
「口直しに何か持ってきましょうか?」
セルマさんとニルさんの呼びかけにも答えない。さて、俺は手拭いで顔をこすってもうひとっ走りだ。
深夜明かりのつく魔導士ギルド事務室へ。案の定、困った顔つきのコーさんと、顔見知りの撮影隊の魔導士さん。拉致して捨てたとこまで既にご承知ですね。河原の映像はできれば廃棄してほしい。
「少々怖い思いをさせて河原に寝かせてきただけっす」
メリッサの名誉のため、極秘にしていただくことをお願いした後で概要を話す。顰められていた眉が呆れ顔になり、興味深そうに変わり、最後は苦笑いになった。
「……分かりました。大事にはならないでしょう。こちらもできる限りは頑張ってみます……メリッサが逆恨みされませんか?」
「問題ないっすよ。不死の怪物が二人揃ってますしね」
するとコーさんは溜息一つ、こう言ったのだった。
「いつかの食事会といい、今回といい……そのシーンを撮れなかったのは……残念ですね」
◇◇◇
ストーカー君は翌朝近所の獣人さんに発見され即座に通報、錯乱が甚だしかったそうで匿名報道。ギルドには予想通り実家筋からご諮問があったそうだが、ウマイこと白を切り通してくれた。俳優ユニオンの非公式な支援を得られたのもデカかったようだ。
フランクがガードしていたのは周知の事実だったので、ニルさんとの親密度が上がったのだと好意的に受け取られ問題なし。あの夜以降、メリッサのアホな自己犠牲に妙に感激したセルマさんが、ふざけて姐さん呼ばわりしはじめているが、まーいいや。
いつも通りワリを食ったのは俺である。端役仕事の終了後、血まみれで回復魔法を頼む俺をメリッサがシカトするケースが多いのだ。
「あんたの顔見ると……口の中が酸っぱくなって吐き気がする」
というのが彼女の言である。セルマさんからは悪党呼ばわり、ニルさんに至っては「おお腹黒き腐れ小物さん、おはようございます」と笑顔で呼びかけるのが通常になった。フランクは近々ニルさんとお出かけするというが、誰からも礼の一つも言われていない。あの変質ファンより俺のほうがよほど気の毒ではないかと思う今日この頃である。




