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異世界端役の惨憺たる日々  作者: 小物爺
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第十三話 トレモロは低音の魅力

初心者迷宮第一層のボスに挑んだのはいつだったか。回転軸と3極を備えたバリアブルレジスターという奴だ。短剣は刃が立たず、フランクの大斧も回転軸に邪魔されて本体に届かない。炎熱にもそこそこ耐え、運悪いことに導電耐候性グリス塗布型のため水魔法も通じない。雷撃は内部のカーボン素材をダメにするのでメリッサに禁止していた。

フランクが凶悪な3極の餌食になる寸前、俺が死に物狂いで投げつけた迷宮の砂で接触不良を起こして勝手に倒れてくれた。いやー死ぬかと思った。それ以降ボス部屋の単独挑戦はご法度、他のパーティーが下の階層に進むときに小銭をお支払いして同行させていただく小判鮫パーティーと化している。


レジスター集めのふざけた戦いでギルド中の失笑を買ってはいるが、メリッサに後衛を任せて俺とフランクで無理なく対応できる場所もある。第二層はセラコン・マイラコンなどのコンデンサ属が中心、まれにそこそこ値段がつく大容量のケミコンもドロップする。レジスターとコンデンサは音魔道具に多用するので量が欲しい。


第三層にはシリコン属のトランジスタやダイオードが現れる。専門用語で能動素子系魔物と呼ばれる連中だ。この連中は過電圧に弱いのでメリッサの雷撃が主力。雑魚の2SC1015や1S1588あたりを麻痺させて大量に狩ることができる。


レジスターとコンデンサ、トランジスタを組み合わせた歪みモノ系エフェクターは山と存在する。トランジスタ2個の『ファズフェイサー』って歪みモノは使い方が難しいが知名度が高く人気が安定している。手間もかからないので運よく素材が手に入るとすぐ作って売りさばく。


庭いじりで痛む腰を伸ばし、昼飯をかっこんでフランクと共に町の迷宮に。今回は第二層に行き、ドロップ率の低い大型マイラを確保するのが目的だ。

先日、以前ベイブクライングを買ってくれた引退冒険者から、別の属性付与で面白い物はないか相談された。少し考えた俺はトレモロってエフェクターを紹介したのである。

こいつは周期的に音量を変化させ、音の攻撃力がマックスからミニマムまで波のように変化して音魔物を混乱、酩酊させるのだ。俺のお気に入り、コーラルサウンドのトレモロを作るにはコンデンサ属の中でありふれたマイラ、ただし大容量のものが必要になる。


「今日はセラコンやケミコンはスルー、大き目のマイラのドロップ狙いだ」

「表面がつるっとしたヤツだよね」


大容量マイラはでっかい小麦袋に似た形状、表面がツルリヌメリとした質感である。加熱すると刺激臭を発するが鈍重、力任せの攻撃も通用する。今日はメリッサ不在なので腕力勝負である。中堅パーティーにいつも通り仁義を通して同行させてもらい、何とか素材は確保できた。


帰宅して製作、手持ちの魔導アンプで最小のブルノーズを使って小音量でテスト。ポーンと弾くとポワ・ポワ・ポワ……音が震える。


「迷宮の中で声が響いてるみたいだね」

「ああ、子供がよくやるこんな遊びがあるだろ、あれと似てる」


胸を両手で叩きながら、子供向きの魔放送でお馴染みの「ワレワレハ テンセイシャダ」をやってみた。フランクは知らなかったようで、さっそく真似。


「ただいまー」

「「オ・カ・エ・リ・ナ・サ・イ」」


メリッサをトレモロ声で迎える。


「まあ、幼いことやってんのね」

「ボクは子供の遊びって全然知らないから。他にはどんなのあるの?」


飯を食いながらガキどもの遊びについてレクチャー。かくれんぼや鬼ごっこのバリエーションを話してやると、


「不死ゴッコってないの?」

「それは聞いたことねえな。ゾンビごっこは人気だぞ」


手振りと表情をまじえてやり方を説明。


「スケルトンとかグールとかレイスとか、迷宮にいなかったの?」

「迷宮ができたあとね、不死属性互助会がすぐに立ち上がったんだけど……」


入会資格に「聖魔法アレルギーの方に限る」という一文が。ほとんどの連中が回復魔法で成仏してしまう中、フランクは回復魔法でふつうに回復する規格外の無魂怪物、ヘルスチェックで引っかかった。


「だから付き合いがなかったんだよ。会費は入れてたけど幽霊会員」

「怪物会員の間違いだろ」


フランクは胸ドンドントレモロを気に入ったようで、バスルームから「ワレコソガ フシノ カイブツナリ」という深みのある低音トレモロが幾度となく響いていた。反響して面白いからな。


ハガテン、今回は第七銀河の次元迷宮『ノーリターン・トゥ・フォーエヴァー』に迷い込んだパーティーがキリットさんと他メンバーに分かれてしまう設定、俺たちはハーレムガールズを襲う雑魚キャラだ。ハーレムガールズNo.6、イーブンタイド神官姫役のキャロラインさんは実際にも聖教会の高位神官であり、資格更新期日の迫っているメリッサがペコペコしながら手数料や提出書類を尋ねている。


「げ! 値上げなんですか? なんで3級だけ値上げ幅大きいの?」

「神の御心のままに。回復量15%アップキャンペーンもやってるのよ」


実際は3級持ちが大勢いるので一番デカい収入源になるからだろう。


「こんにちはー。今日はおもしろい衣装ですねー」


ニルさんがフランクの格好を眺める。普段は素に近い怪物系衣装だが、今日は深宇宙に漂う各種のゴミが結合して生まれた魔物という設定なので無機質が基調。大道具班力作の金属ゴーレムに似た鎧をまとっている。


「作り直しが面倒だから、ワンテイクで決めろと言われたんだよ。できるかな」

「フランクさん、上手だから大丈夫ですよ」


おだてられて調子に乗ったのか、昨夜のアレをまたやった。


「ワレコソハ ディメンジョン ゴーレム カイロウノ シュゴシャナリ」


撮影班サブチーフ、ブロニカさんの呆れ半分の怒声が飛ぶ。


「おい! 作るの大変なんだ、凹ませるなフランク」


慌てて詫びる様子を向こうで眺めていた助監のカリムさん、


「おお懐かしい、かえって新鮮! それ本番でやって。耳を塞いで悶絶するガールズをコモノがいたぶって」


メリッサがトドメをさそうとして放つ雷撃をハーレムNo.7、暗黒騎士娘のプルートゥさんの冥王剣が吸収し、キャロラインさんの聖魔法で悪役3人が聖なる次元断層に飛ばされることに変更。自由だなー。


「助監督さん、わたしたちも対抗してやったらどうでしょう?」


ニルさんがフランクの真似をする。叩く速度はこう? フランクに聞きながらトライ。ちなみにニルさんの胸部装甲はライト級であることを付記しよう。


「マケナイワ ハガネノ チカイ……うーん、難しいですねー」


どうしてもやってみたいらしく、フランクにアーと声を出させてニルさんがフランクの胸にポカポカパンチ。ア、ア、ア、ア、ア……と震えるフランク。


「……おもしろーいでーす! みんなー、おもしろいですよー!」


ハガテンガールズが次々に挑戦、律儀に低音のアアアアアを響かせるフランク。


「はーい、ではその場面いこー。位置ついてー!」


幸い一発でOK。フランクは吹っ飛ばされるときも律儀にアアアアやっていた。


帰路2人と別れて馴染みの店に寄っていく。


「こんちはー。今回はコレ、一台だけですけど」


店主がさっそくテスト。高度なデジタル魔物素材を使う主流の品と違った前時代的な響きがコイツの持ち味だ。


「ちょうどよさそうだな。あのお客さん、今度はフリートウッディマック迷宮の初期層を狙ってるらしいから」

「ああ、それなら使いやすいっすよ」


あの階層ならアルバトロスというトレモロ系の鳥型音魔物がうじゃうじゃいる。撃退は容易だろう。年配者に手堅い人気のあるテケテケ系迷宮でも使える。あの冒険者さんの年齢だと、おそらく挑戦したいはずだ。


金を受け取り帰る途中、中古品を手広く扱う古道具屋に寄った。ギルドでよく見る掲示板に似たものを食堂に置いて、3人の半月ほどの予定を書いたらどうかとフランクが提案していたのだ。蝋石で書く掲示板の大きいのが安かったので買う。背負って運ぶしかない。でかい板が日没近くの風を受けてあおられる。ヨロヨロしながら何とか戻る。


「買ってきたぞ。フランク頼む」


本当は『優しき巨人』亭の壁にあるような大型の投射型スクリーンをかけたいが……セットでは高い高い、バカ高い。思いがけない安値で分不相応な豪邸に住めてるだけで、ゆとりがあるわけじゃない。もしフランクやメリッサが重い病気にでもかかったらどうする。治療できる人間がいるのかも分からないが、備えくらいはしておいたほうがいいし……贅沢はできん。


飯から帰ったあと、フランクが壁を傷めないよう工夫して配置した。


「コモノ、メリッサ、ボクの予定がここ。魔映画の仕事がこの列」


左に日付があり、残りの4行にフランクの指定通り各々の予定を書き込む。なるほど、8日後はみんなヒマとか、この日は午後俺がダメとか分かる。一番右、魔映画スケジュールはチラホラだ。


「ここがいっぱいになる日がくるのかしら」

「ないない。でもよ、今の倍くらい入ると嬉しいな」


メリッサは洗い場のシフトが整然と並び、フランクも石切り場と石工の店に定期的に通っている。俺のが乱雑で不規則だ。


「……何? 読めないコレ」

「それは絵だ。音魔道具の素材、その日に納める約束だ。絵なら忘れない」

「コモノ、こういうものは『人が見てわかる』ように書くんだよ」


説教されて汚い字で書き直す。


「一週経ったら半分消して書き足すんだよ。ボクが日付を直すから」

「了解。うーん、今日は鍋洗いで疲れた。それじゃお先に、おやすみー」


メリッサが2階に。夜は強いといってた癖に早寝である。


「おやすみー。あ、コモノ、家計簿と清算」


お、忘れてた。食堂にフランクと対面して座る。領収書と余りの金を出す。


「売った金は三等分だから……俺の分とるぞ。あと掲示板の金をくれ」

「ちがうよ。売ったお金から板の代金引いて、残りを三等分だよ」


え、それだと手持ちの金が著しく減るんだけど。


「だめだよ、こういう場合の分け方決めたよね。決まり通り」


厳格公正、冷酷無比の金庫番はゆるぎない。ちぇ。


「コモノ、明日、服買うの付き合ってくれないかな」

「おう……何か小洒落た格好でもしたくなったか?」

「衣装以外も似合ってるって言ってもらえたらいいな、って思った」


お前に似合う服……伝統的な太い横じまの上下、ワイルドな印象を強調する鉄鋲バリバリ髑髏入りの皮ベストあたりか……面白い。でもニルさんキャパが広いし、それも受けるかもしれんな。


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