第九話 端役達 転生人情劇に感激す
メリッサの『テンケモ』特典デビューはめでたくも破談となった。教会から横槍が入ったらしい。ワケのワカラン教会放送倫理規定により、獣人や半獣人、異種族女性の入浴シーンはお目こぼしになるが、たとえバンパイアといっても人族と同型ってのはマズイらしい。
残念そうなカリムさんからの連絡を聞き、貧血寸前になるくらいホッとしたメリッサの表情や仕草のごく僅かな部分から、そこはかとなき残念気分が検出されたことは俺とフランクしか知らぬ。墓場まで持っていく秘密かもしれん。
すっかり馴染みの魔導士ギルド事務室、珍しく時間を持て余していたコーさんに付き合って世間話をしている。流行の各種エンタメ作風に関する話になった。
「タイムリープやメタあたりはもうダメですね」
はいはい、同じ時間を何度も繰り返したりするヤツは名作が山ほどありますよね。『ゼロになると終わっちゃう楽しい異界転生記』も有名だが、俺は『ハイゼンベルク:ゲート』ってのが好きだった。改造魔量子レンジに突っ込まれたネコ耳フワフワ少女が犬耳ツンデレ少女に変化した謎が未だに分からないが。
「メタ、ってのはあまり例がないのでは?」
「いや……最近は多世界解釈とか、高位次元の超越者あたりが出てくるだけでメタ扱いにすることもあって。この手の話もお腹イッパイです」
作者が顔を出すだけでメタという安易な発想もあって、そこには辟易しているようだ。真のメタフィクションは、文学的完成度が高くてもエンタメ魔映画市場には使いにくいという。ふーん。コーさんは次に来るのはどんなヤツと睨んでるのだろう。マジカル・リアリズムとか……。
「ひとつはね……『人情もの』ですよ」
人情物……いわゆるドロドロ恋愛の古典悲恋物か。それとも……。
「そう、下町、貧乏、助け合い、そっちのパターンです」
ほー、地味なとこですね。そういうのなら俺たちは演技不要、素でも端役ができそうだ。金もなく小心、けっこうお涙頂戴話に弱い。だがどうやってチート能力の転生者を使うのか想像できない。若い連中には受けなさそうだし。
「ニーズはあるんですかね?」
「大丈夫です。公国リサーチの統計だと、7年前に比べると、転生者の平均年齢が10.8歳上がっています。異世界高齢化は今後加速し続けます」
高齢化ですか……エルフとか数百年生きるんですし、ドワーフや獣人、魔族だって長寿命……そもそも我が家には死なないのが若干2人ほどいるんですけど……そうか。納得できますね。
「カリムさんの知り合いが持ってきた脚本がそういう話なんですよ。まだ決まってないしスポンサーもついてませんが、とりあえずテスト的に1~2話ほど作ってみようかって話が出てます。ボクはいけると踏んでいますけど」
「スポンサーって……聖教会がつくんじゃないんすか?」
コーさんは少々困った表情を作った。
「駄目なんですよ。人情物に感化されて現世が良いところになれば、寿命の延長と高齢化は一層進みます。でも天国に行く人間の数が減少するのは避けたい。天界の神族からは入国税や天人税の減少が顕著に響き、財聖赤字拡大の懸念が示されてるそうです。聖教会は別会計で本質的に無関心なんですが、見ぬふりもできず、体面上反対するわけです」
なるほどねー。佳き人々には大量にできるだけ早く来ていただく方が天界も得なわけか。現世がロクでもないほうが良い。転生者に寛容なのもそのせいですな。だが、転生と人情のコンセプトはどうなるのか? 興味がある。
「……そのテスト撮影って、見学できません?」
「いいですよ。現場をけっこう見てきたプロの意見も聞きたいし。食事くらいおごりましょう」
へへへ、プロだって。飯代も1食浮くぞ。2人は都合つくかな?
早めに声をかけていたのでフランクもメリッサもバイトを空けた。今回は一度も行ったことのない北部の下町、転生者が傷ついて潜伏する場面でよく使われる一角だ。でかい倉庫の一つにいつもの顔なじみがいる。
「おはようございまーす」
放映すら決まってない完全なテストだと聞いていたが、準備はいつもと変わらない。カリム組の面々が揃い、ニルヴァーナさんにセルマさん、ネコ耳のパメラさんもいる。……武闘派女優ばかりじゃないの?
「やあ、今日は血だらけにならなくて済むね」
カリムさん、分かってるなら、たまには毒殺とか楽な死に方の役、くださいよ。
「今日撮るのはどんな話なんですか?」
「はい。一冊あげる。一応部外秘だから外には出さないで」
表紙を読む。のけぞった。
『足なが転生さん』
……人情物だと聞いているんですが。少々ヤバい方向でいくのかこの話? 俺が危惧したのは『育成モノ』ジャンルが好みでないからだ。ピカピカゲンジー帝とムラッサー・キノウエ姫の話を嚆矢とし、古今東西育成コンセプトの作品は途絶えることがない。童話の足長シリーズもその側面で解釈すると、けっこう気持ち悪い部分もある。いい歳の男が薄幸の美少女を援助して最終的に嫁にするんだ。ビクトル雄三の『ある無常』みたいに重厚なのが好きなんだけど。
「まあ毛嫌いしないで……読んでみようよ」
三人で読み始める。あらー! 全然違うよコレ。チート能力満載で転生した足長イケメン青年が下町に転がりこみ、貧民街の人情に触れるごとに自分のチート能力を一つずつ代償にして、誰かを少しだけ幸せにする……という設定。
「いい! いいじゃないコレ! あたしは好き」
「似た話があったよね、黄金の銃と小鳥の出てくるやつ」
オスカル・ワルイダーの『幸福は撃ったばかりの銃』だろ? 撃たれた人を天界へと誘う6発の純金の弾丸を持って生まれた銃が悪用され錆びて捨てられる。もう二度と弾を打たず朽ちようとした銃と渡りの時期を逃したマヌケな小鳥が知り合い、献身的な小鳥が凍えて死ぬ前、最後の一発を小鳥に打ち込み、金の光になって真天界に昇っていく話。
「お前も読んでたか。あれ、究極のハッピーエンドだと思うぞ。この主人公も自己犠牲連続の人生の最期に一つ、大切なものを手に入れるのかもな」
これは大期待である。ワクワクしながら見守った。
主演は初対面のタナトスさん。名前からして格好いい、長身で穏やかな印象の青年である。転生当初から目立たない生活をしており、転生勇者的活動もせずに時々魔映画に出演するだけという珍しい方だ。
第一話は転生して気絶しているところを下町娘のパメラさんに拾われ、異世界の現実を知るところから。ニルさんとセルマさんは今回二人一役、パメラさんと同居する病弱の少女がダークエルフとして迫害されているのを知った主人公が、チート能力を一つ犠牲にして彼女を種族転換してしまうという粗筋。セルマさんのほうが活発な印象、ニルヴァーナさんはやや落ち着きがあるんだが、背格好は似ているので、メイクのおかげでかなり似て見える。
休憩中フランクがニルヴァーナさんに話を聞いてきた。種族的にはちょっと引っかかりもある設定だが、俺たち同様脚本に惚れこんでテスト撮影を快諾したらしい。
「今日は何? 見学?」セルマさんがやってきた。
「いい話だって聞いて、参考にしようと思いまして」
「早耳ね、わたしもよく知らずに放り込まれたんだけど、文芸路線っていうのかな、これはこれで好きだわ」
酒が関係しないと案外マトモな人なのかも。
転生者ではあるが、タナトスさんが図抜けて上手い。なんでしょうね、本当にそういう人がいるんだろうって感じ。一挙手一投足が現実だっていうのかな。俺たちのドタバタ演技と比較するのもおこがましい。能力を失った喪失感と後悔、でもエルフとネコ耳少女が下町に受け入れられるのを遠くから眺めて微笑み、立ち去るシーンはちょっと鳥肌が立った。俺みたいな世代の涙腺を攻めてくる。後に聞いたが、実際に似た体験があり、それで出演を快諾してくださったとか。
女優陣もアクション物とは異なる情感たっぷりの演技、特にセルマさんの激変ぶりは正直見直してしまった。いやー本物の凄さをまざまざと見せていただきました。スタッフにペコペコお辞儀して回り、タナトスさんにもご挨拶とお礼を言わねばと三人で近づいた。すると。
「娘がね、カプリスさんのファンなんですよ。サインもらえないですか?」
しばらく前に女海賊カプリスを演じたメリッサ、大慌てである。フランクが大道具さんに頼んで太いペンを借りてきた。生まれて初めてのサインをタナトスさんのハンカチに、それはもう汗ダラダラで書く。
「あの役、一回だけなんですけど……覚えてくださったんですね、ありがとうございます」
「いやいや、あの回の貴女が格好良く見えたんでしょうね。同じ色の眼帯を買うようせがまれて、その週は海賊ごっこ三昧。貴女が別の役で出ていても『カプリスが今日は、やみのもうじゃ』『カプリスはドロボーもやるの』なんて言って喜んでるんですよ」
……メリッサは御嬢さんのお名前を聞いて、書き加えた。
『ウラヌスさまへ あたしのさいしょのファンになってくれてありがとう』
珍しく立ち会っていたコーさんが約束通り食事に誘ってくれた。撮影陣と別れて近くの食堂へ。
「どうでした? イケルと思うんですけど」
ブンブン縦に首を振る。話がいい、出演者がいい、もう文句なし。これでスポンサーがつかないというのは妙な気がする。フランクが尋ねた。
「この話、毎回タナトスさんが出て、他のキャストが入れ変わるんですね」
「そう。ロードムービー的な、風来坊みたいな存在として描こうと思ってるそうです。ついでに各地の風物をそれとなく取り上げる。落ち着いた感じの転生者って新機軸でしょ?」
「むしろ、そういう作品のほうが後々まで残るんじゃないの?」
「おう、後に伝説になる名作誕生の現場に居合わせたのかな、俺たち」
コーさんは満足げな表情で、片眉を上げて聞いてきた。
「機会があったら出たいですか?」「もちろんです!」
「それじゃこっちも頑張らなくちゃ。……で、どう? 皆さんが見て気づいたことってあった?」
手放しで称賛ばかりしてたんじゃ、せっかく飯を奢ってもらっている義理も返せない。だが素晴らしいトコばかりで……困ったなー。するとメリッサが何か気にする表情を浮かべた。
「あの……このお話、語り手かナレーションが入るんですか?」
「いえ、ドラマ仕立ての予定だけど……欲しい気がした?」
「あ、年配者対象なんですよね……それだとかえって邪魔かな、子供向きになっちゃうか……」
「いや、あまり絞るとスポンサーも限られるんで、大して気にしてないよ」
「そうですか……あたしは、童話っぽさを意識して、小さい子が見ても分かるように、語り手がいたほうがいいと思います」
珍しく言い切った。タナトスさんの娘さんの件から思いついたんだろう。でも一理あるな。童話仕立て……決して子供向けとは言い切れない。
「便乗しますけど、俺もそう思うっすね。その回の準主役が回想として語るって感じですか? 昔、私はこういう人に出会ったんだ、って作りで」
「ふむふむ」
コーさんがナプキンにメモを取ってくれている。フランクも遠慮がちに言い出した。
「あの……セットって、どれもリアルだけど……この間親方に見せてもらった、石と砂だけの庭があって、それで……」
自然石と砂の配置だけで風景を描き出すという芸術があるそうだ。
「そういう場所で、ああいうお芝居がやられたらいいな、ってちょっと思いました。ニルヴァーナさんなんか、凄く雰囲気に合うと思うし」
「それは難しそうだけど……抽象的なセットというのは面白いかもね」
見事なリハーサルだっただけに、あれを引き立てたい、より際立たせたいという思いが強く、素人考えを思いつくままに喋らせてもらった。
「……ふう。いや、掛け値なしで参考になった。来てもらってよかったです、本当に」
少々熱くなって語り過ぎた。冷たいものをいただいて一息入れる。ふと考える。こんな作品に出て、殺されない役を演じる俺達……。
「これ、本決まりになったら、声かけてもらえる程度には頑張りたいもんだな」
「……いやー、無理。あたし、通行人でも十分満足だわ」
「うん。ボクは少し頑張る。どこ頑張るか分からないけど」
メインスタッフのミーティングに合流するコーさんに挨拶し、しんみりとしたいい気分を抱えて宿に帰る。
「ナレーション、か……あれはナイスアイデアじゃねえか?」
「うん……でも、ちょっと嬉しいことが重なった気分」
見事な演技を堪能した上に初のファン。そりゃそうだ。
「ボクのことも覚えてくれてたって」
大鮫巨人もインパクトあったからな。残念ながら俺の演じたドウナガエビモドキは印象が薄かったらしい。大道具さんにそれとなく伝えておこうと決意。
寝るには早い時間、すこし散歩でもすっかと声をかけ、流行らない居酒屋の店先に座り、セルマさんご贔屓の発泡酒を小さなグラスで貰った。俺たちは3人とも下戸、ちびちび舐めて雰囲気だけ味わいたいのである。つまみの豆を丈夫な歯でバリボリ砕きながらメリッサが零した。
「『アシテン』出られるようになる前に、暮らしの安定だわねー」
いろいろ仕事で苦労していたメリッサ、先日居酒屋兼飯屋『優しき巨人』亭の店内で洗い場募集の張り紙を見つけ、顔なじみのオバちゃんに聞いてみたら運よく即日採用。今回は性に合うらしく、店の混み具合で急にシフトが増減する以外は不満なく務めている。
「そうだねー。でもあと少しじゃない? みんな、随分忙しくなってきたし」
フランクは石切り場と石工仕事がそこそこ定期的に入っている。俺はというと、迷宮単独探索はシンドイので不定期、撮影チーフのペンタクスさんに頼んで撮影所の大道具の入れ替えや細々した雑用を引き受け小銭を稼がせてもらっている。
前に酒呑んだのは……ああ、端役の初仕事の晩だったな。あれから8か月くらい経ったのか。
「最初に酒呑んだときより、僅かだが良くなってる気もするぜ。まあ、お前らが出ていく気がねえなら、気長にやってみっか」
「コモノは出て行かないねー。最初に消えると思ってた」
「そうそう。あたしがベッド独占できると思ってたのに。今からでも遅くないわよ」
「言ってろ。さて、今日は何に乾杯……そうだ、地味女に初のファンがついたんだった。コレだろ」
グラスをかざす。フランクがすぐ後に続き、メリッサが渋々。
「……何か言わなきゃいけないの? ヤダ」
それでいいんだと思う。二人のグラスに軽くぶつけて一口啜る。あの夜よりも少し佳い音に聴こえたが、もちろん居酒屋のグラスが少しは上等だったからだろう。特に喋るネタもなく、早仕舞いしたそうな初老の店主に追い立てられるまで、俺たちはしばらく無言で夜の通りを眺め、三者三様の想いに耽ったのであった。




