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異世界端役の惨憺たる日々  作者: 小物爺
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第零話 タナトスさん家にお邪魔した

『足なが転生さん』シリーズ主演の転生者タナトスさんのお宅に、端役三人が雁首揃えお邪魔している現状には、大した理由なんぞ勿論ないのだ。前日のギャラを受け取りに魔導士ギルドのコーさんを訪ねたら、来週初めのアシテンの脚本に変更が入ったという。タナトスさんは几帳面な人なので、当日急遽変更を伝えるのは避けたいというのも同感である。


「コモノさん、暇だったらシーズまで届けてくれません?」


カリャーマからシーズへは、竜車を二台乗り継ぎ一時間強、義理ある方々の絡む話は断りづらい。承知して一度帰宅し、シーズまで届け物だと伝えたら、午後は非番の吸血皿洗い女と日雇い仕事にあぶれた不死巨人が同行したいと言いやがる。そりゃ狭い安宿でウダウダとぐろを巻いているよりは楽しそうだしな。


「シーズのお住まいの話、伺ったことあるのよ。ちょっと見たいわ」


「大きな墓地があるんだよね。バイトの参考にしたいな、ボク」


届けものついでに物見遊山という算段だなオマエら。だがタナトスさんのお嬢ちゃん、メリッサが別シリーズで演じた女海賊カプリスの大ファンという事実もある。地味女が生まれて初めて書いたサインはウラヌスちゃん宛だ。フランクの演じた大鮫巨人も好評だったそうだし、世話になっている方のお子様に媚を売る機会を生かすのも、バイト末端芸人の処世術かもしれん。同行を許すことにした。


「メリッサ、手土産の一つでも買ってけよ。お前の金でな」


「えー! 共益費から出しなさいよ、フランクいいよね?」


「……じゃ、この範囲で抑えて。交通費はみんな自腹。水筒にお茶つめて」


世知辛いが仕方ない。ギャラはそのまま家賃と飯代に充当するためフランクによる厳重管理の対象となっている。ち、キツイな……。


◇◇◇


シーズは公国のお偉い誰かの奥方様の出身地という土地柄で、ご静養に使われる邸宅を軽武装の護衛騎士が常時巡回している。周辺は一種の観光地化が進み、停竜場前には俺の苦手な小洒落た食物屋と服飾店がズラリと並んでいるのだ。だが山側に向かうローカル竜車に四半時揺られ下りると、戦前と変わらぬ田舎風景が広がり、草の匂いが心地よい。農地に挟まれた緩やかな登り道を入る。


「この花カワイイわね。何の花?」


「よく見ろ。お前の天敵、アスパラガスだ。これほど可憐な花をつける食い物に申し訳ないと思え。せめて5回に1度は1本くらい食ってみろ」


ゲ! という表情のメリッサを笑いながら起伏の続く田舎道を歩き続ける。


「ほれフランク、お前がご執心の地元の墓だ。見学してこい」


顎で小山の麓にある祠みたいな古い墓所を示す。戦前の防空壕跡を利用しているようだ。ドスドス埃を巻き上げてすっ飛んでいったフランクは長い事観察を続け、俺たちがかなり先まで歩いた頃、ようやく追いついてきた。


「柔らかい自然石をそのまま利用してるんだね。苔だらけだけど、風化して岩肌に馴染んでて……真似はできないなー」


「境目が無くなってくってのは、いい墓の条件かもしれねえな」


墓石納品のバイトを数回やったら、怪力を見込まれて名指しで単発の仕事が舞い込むようになり、墓石職人の爺さんと親しくなったのだ。コイツに合ったいい仕事が見つかったと思うんだが、金がねー……安いんだよ。墓掘り人夫ってのはね……。


タナトスさんのお宅は、風情ある……というより年期が入りすぎた少々ボロい石と木の平屋だった。農具や荷車、バケツや麻袋が庇の下に置かれ、裏に広がる畝の一列には、誰かの嫌いなアスパラガスの花が咲いている。


「それはわざわざ……すみませんでしたね」


年期の入った農夫にしか見えないタナトスさんが、奥さんと一人娘のウラヌスちゃんを紹介してくれた。奥さんは物静かな田舎のおかみさんって感じ、転生者ハーレムに選ばれるタイプではない。ウラヌスちゃんの視線は先ほどから、地味女と人の良さそうな巨人に釘付けである。


「カプリス、きょうは『えんがいかいぞくだん』のお仕事なの?」


『鋼の転生者』第十五回だったよな、メリッサの演じた塩害海賊団リーダーのカプリス様は、捕えた人間を魔物に酷使させ、干潟に海水を撒いて天然の粗塩を大量に作り、それを善良な農民の営む田畑に夜な夜な撒いて地元農業協同組合を窮地に追いこむのである。天然塩を売る方が儲かると思うんだが。


「違うのよ、今日は午前中にジャガドンとエビザウルスをいーっぱい倒したから、子分たちを連れてお散歩に来たの」


下宿から徒歩10分の居酒屋兼飯屋『優しき巨人』亭、筆頭下働きの包丁捌きは、魔法の腕を凌駕しかねない勢いで上達中である。そのうちそういう役が貰えるといいな。吸血家庭料理女とか、血みどろの邪教パティシエとか。


「大鮫巨人さん、今日はヒレないの?」


カプリス海賊団三傑の一人、大鮫巨人の必殺技フカヒレパンチを熱演しすぎたせいで着ぐるみをダメにしたフランクの表情が温和に綻んだ。


「アレはねー、深夜の塩まきと戦闘中しか出しちゃいけないんだよー」


キャッキャと喜ぶウラヌスちゃんに引っ張られ二人が裏庭に消えたところで、俺は脚本をズタ袋から取り出し、コーさんから聞いた変更点を伝える。


「たまたまこちらに来る用があったんで。シーズに旨くて安い飯屋ってありませんかね? 散歩がてら奴らと飯食っていこうと思ってまして」


「そんな! 主人が懇意にしていただいてる方々をそのまま帰すなんてできません」


奥さんが慌てた表情で、とりあえずお茶でもと言い残しダッシュで平屋の中に消えた。


「……ありゃ……本当にお構いなく。お世話になってるのは俺たちの方ですし」


庭に寝そべる年期の入った丸太を勧められ、腰かける。薪にしようと切ってきたものの、休憩用ベンチに重宝なので、そのまま今日に至るらしい。


「家内の両親の実家なんですよ。この木を切ってきたのは十五年くらい前」


「静かですねー。他の方々とは暮らしぶりが違いますよね、タナトスさん」


撮影現場でお会いする転生勇者の面々の八面六臂の活躍と比べるべくもない、地に足のついたという表現が適切な住み馴し方、ごくごくありふれた田舎の農業従事者である。


「あちらで、こういう暮らしに憧れてたとか、あるんすか?」


「いえいえ。考えもしなかったですよ。地方都市のお役所勤め、そんなに自然志向もなかったですし……農業なんて考えもしなかったな」


転生直後、右も左も分からず放り出されたのがこの土地でなかったら、彼らみたいに無双してたかもしれませんねと笑う。


「コモノさんは都会っ子ですか?」


都会っ子! 俺に使ったら都会のほうが裸足で逃げ出す表現ですな。だが確かに喧騒と雑踏は性に合っている。木を隠すなら森、バカを隠すなら愚者の祭りに放り込めばよいのである。田舎暮らしは本質がむき出しにされて、キツそうだ。


「落ち着きないですからねー、刺激がないのはシンドいかもしれないです」


裏からは甲高い悲鳴と悪役2人の笑い声が響き、宴たけなわである。あ、奥さんお茶ありがとうございます、いえいえ本当にお構いなく、このクッキー旨いですね、近くで採れた木の実ですかなるほどー。二人を呼びに行こうとするのを止めて雑談に加わっていただく。あちらの世界の異世界小説の話になった。魔結晶に似た道具が行きわたっていて、その中にできる仮想現実というもののニーズが高かったそうだ。


「人生を何度もやり直す話、異界に存在しない技術を持ち込んでお金儲けと社会変革に励む話、異界人のパラメーターを操作して能力を与える話、あとは勇者ゴッコ……あ、あ、これは別に他の転生者を馬鹿にしてるわけじゃなくて……」


慌てるタナトスさんに奥さん同様苦笑する。撮影以外でタナトスさんが能力を使ったのを聞いた覚えがない。こういう能力、使うと寿命が縮んだり大きな代償が求められたりしそうで怖いから自制していると仰るが、おそらくそうじゃないだろう。恥ずかしいのではないかと俺は睨んでいる。罪の文化全盛の時代に、恥の文化を体現している人を前にすると頭が下がる。


「あちらの世界じゃ、そういう類が一般的に読まれてるんですか?」


「……いえ、どちらかといえば内向的な……人付き合いが苦手で大人しい人が多いかも。ストレス発散というのもあるでしょうが……幼稚で未成熟だと思います? そういう見方をする向きも多いですけれど」


「いやいや、そういう意味じゃないっす。好き勝手して何不自由なく暮らす別の人生を夢想したいのは、どこの世界でも変わんねえのかと思って」


「コモノさんも、そんな事考えたりしますか? 仕事柄」


たまたま掴んだ端役の日雇い仕事、嫌いではない。別の自分を思い描いて気が晴れるということもあるだろう。だが。


「読書は好きなんですけどね、バカ話も……ただ、現実から全力で逃避したところで、待ち構えてるのがもっと惨めな別の現実だったってことを知っちまいましたからね、この歳まで生き延びて」


「……それはなかなか……」


辛い話だ、と続けないでくれたのはタナトスさんの年の功というヤツだろう。


「だから御伽噺が好きなのかもしれないっすね。やっぱりガキですよ」


「……ご家族は?」奥さんが尋ねる。


「天涯孤独ってヤツです。ここんところ賑やかで、少々疲れてますけど」


「あ! 忘れてたわ、あなた。お二人をそろそろ解放して差し上げないと」


タナトスさんが裏庭に向かい、しばらく経って二人がやってきた。塩害海賊団に弟子入りして戦闘訓練に興じていたウラヌスちゃんは泥だらけ、見かねたタナトスさんが彼女を横抱きにして水浴びをさせるため風呂場に拉致した。「オノレー テンセイシャメ!」という可愛い悲鳴が聞こえてきて頬が緩む。奥さんが平身低頭するので二人は恐縮し、いえこちらこそイエコチラコソの応酬と、水棲大ムカデの求愛の如きお辞儀合戦が続いた。


二人がお茶を頂いてる間、畑を拝見しようと裏に回ったら、奥さんがついてきた。風呂場の窓からキャッキャとはしゃぐ声が聞こえる。覗きはやりませんのでご安心を。


「娘は転生者って意味、よく分かってないんですよ」


「そうですか……ご主人は本当に穏やかな方ですね。いえ、この世界に合わせてるのかな」


「現場でみなさんと一緒になった日は、帰ってくると必ず話してくれるんですよ。何か主人のことをそれとなく気にしていただいてるみたいで……」


「とんでもないっす、俺らみたいなのを丁重に扱ってくださるからつい気安くお付き合いさせていただいて……本当に、滅多にいない方ですよ」


この世界に放り出されたタナトスさんに初めて関わったのが奥さんだったとの話。双方に幸せなことだったんだな、と素直に思える。


「行き倒れだと思ったんです、あの時。見たことのない薄い生地の服で、泥だらけで、開口一番『駅はどこですか?』って尋ねられて」


「それからずっとこちらにお住まいですか?」


「父が不作で困り果てたころに、独りで炭鉱のアルバイトに行って落盤に巻き込まれて……それ以前は全く普通の人だと思ってました。でも、そのあとも何一つ変わらない素振りで過ごしてます。気を使っているんでしょうけどね。私には有難いんですが」


「……そうですねー……あ、吸血鬼や人造人間と暮らすのも実は刺激が大してないんですよ。至って普通でして」


メリッサとフランクとの同居が苦にならないのは退屈しないせいか、予想以上に普通なせいか。奴等は俺のせいで平穏な暮らしが送れないと愚痴るのだが、不死の化物どもには人間様の道理ってのが分からんだけである。


「俺も顔と風体に似合わず根は牧歌的な人間のつもりなんですよ。ああいう非常識な存在と寝起きを共にしてるのは少々」


「ふふ、確かに魔映画の中みたいな毎日なら大変そうですね」


「ええ、………長居しちゃ悪いんで……ご馳走様っす、お二人に宜しくお伝えください。寄る所があるんで失礼します」


あら何のお構いもしませんで、という声に会釈し、二人に顎をしゃくり、来た道をブラブラ引き返す。牧歌的な人間? 言った自分が呆れている。喧騒の中で万物に腹を立て内心文句を垂れ、道端の小石に蹴躓きながらヨタヨタ歩く、それが俺のライフスタイルってやつだ。二人が奥さんに何度も手を振りながら追いついてきた。


「長居しちゃ迷惑かと思ってな。急かして悪かった」


「まあいいでしょ。いいとこねー」


メリッサはスカートの裾をはたいて、土ぼこりを落としている。気持ちのいい音が響く。あ、マットレスと布団を干さなきゃな、と思いつく。


「アスパラガスの畝以外は、でしょ?」


フランクの軽口には取り合わず、


「こういうトコに根を張れたのはタナトスさんの人柄なんでしょうねー」


「同感だな。無双系の転生さんだったらこのあたり、どうなってたことか」


独立国になって公国も手を出せない不可侵地帯になってたか、異界テクノロジー満載の未来都市になってたか。


「ボクもここだったら順応できたかもー」


お前の農夫姿は容易に想像できるよ。役立たずの巨大案山子を一日中演じるんだろ。


「今だって十分順応してんじゃねーか。おまえの順応性はかなり高いぞ」


「あたしはちょっと自信ないわね。町に慣れてるから」


「ほうほう、都会的な自分をアピールしてんのか?」


「ううん、そうじゃないわ。おそらくね、隠れにくいのよ」


ふむ。隠れにくい、か。実感があるな、その感想は。


「少々癪だがそれは同感だ。俺は飽きて逃げ出すことになる気もする」


自然相手の平穏な暮らしに憧れるのは、異界で無双する俺を想像する程度に滑稽な現実逃避であり、見ないふりをして過ごしている現実の醜い側面を暴力的に提示される恐怖への憧憬、つまりは怖い物見たさかもしれない。


「さて。さっき乗った公国竜車の27系統、あれに乗らずに気合入れて歩けば少し金が浮く。停竜所と逆の地元民向け商店街に、飯に揚げ物と濃いタレをかけた激安の丼を出す汚い店があるそうだ。竜車か外食か、選べ」


「えー、あの距離歩くのはヤダー。干からびて灰になるかも」


「フランクは?」


「何の揚げ物なの?」


「魚をすり身にしてまとめたものだってよ。魚嫌いの俺でも食えそうだ」


「……メリッサ、やはり歩こうよ。疲れたら担ぐよボク」


「……ちぇ。それは遠慮する。どんくらいかかるかな」


「気合入れれば1時間少々だろ」


「ひぇー……ま、付き合うわ」


ぶつくさ言いながら歩くメリッサをなだめながらようやくたどり着いた町の定食屋は……定休日だった。向かいにある温かい麺を出す店に入り、俺は差額を負担するよう脅された。ここからカリャーマまで歩く? 嫌だよ。



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