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光と闇の間にありて(第一部)  作者: こまの柚里


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「お母様……」

 エセルが息をひいて呟いた。

 アデライーダは三姉妹の末姫をみつめながら、落ち着いて言葉を続けた。

「頭に血がのぼっているという点では、そなたも彼と同じようですね」


 扉を開けた侍女が、一礼して部屋を出て行く。エセルもあわてて立ち上がって礼をとり、母のために広い席をあけようとした。

 だが、アデライーダは姉姫たちのいるテーブル席ではなく、窓辺の長椅子まで歩を進めていった。

 分厚い城壁をくりぬいて造られたアーチ型の窓の前には、小ぶりの長椅子が二脚、向かい合わせでおかれている。

 女王はその片方に腰をおろすと、立ちつくしている末姫を手招きしてそばに呼んだ。

 エセルは緊張しながら、その正面に腰かけた。

 

 女王陛下が娘たちの私室に入ってくるときは、女王でなく母として、くつろいだ服装をしていることが多い。

 けれど、今日の彼女の衣装にはゆるんだ部分がなかった。直前の会談が正式なものだったのだろう。

 深い瑠璃色のドレスには、銀灰色で織られた幅広い帯がきっちりとしめられ、袖口もひらいたかたちではなく、手首で細く詰まっている。


 母の視線を正面から受けながら、エセルは下腹に力を入れて、自分の意志を奮い立たせようとした。

 ラキスのことをかばってあげられるのは、自分だけなのだ。ひるまず落ち着いて話をしなければならない。


「わ……わたしは冷静ですわ、お母様。彼はきっとひどい人違いをしているんです。けしてコンラート殿を傷つけようとしたわけでは……」

「マリスタークからの文書には、嫉妬にかられた暴漢、とありましたが」

「それはちがいます。そうとられても仕方ありませんけど、でも本当にちがうんです。何か大きな誤解があるんだわ。なんの誤解かは……まだわかりませんけれど……」


 自分でもまったく説得力がないのを感じて、エセルはあせりはじめた。

「あの……彼と話ができさえすれば誤解もとけて、すべてがわかるはずなんです。マリスターク側が、彼の話を聞いてくれさえすれば」

「でも、逃げたのでしょう?」

「逃げたんじゃありません。きっと自分から出てきて……くれると……」


 女王は金色の眉をぐっと寄せて、しばらくの間、娘の顔をみつめていた。

 それから、ため息とともに呟いた。

「こんなにやつれて……どうせ食事もあまりとっていないのでしょう。今夜は滋養のつく食べ物を選ばなければ」

「いえ、わたしのことよりも、あの」

「正直なところ、そなたをここまで悩ませているという罪で、国内に触れ書きをまわしたいくらいですよ。まったく、何を考えてあんな真似をしたものやら」


 エセルは思わず母の顔を見直した。そして、遅まきながらようやく気づいた。

 母は怒っているのだ。騒動の元凶となり愛娘を苦しめた若者に対して、腹をたてているのである。


「お母様、わたし」

「よく考えてごらん、エセル。もしもそなたの言うとおり、嫉妬ではなかったとしても、ことはそなたが思うほどよくなりませんよ」

「………」

「どんな理由であれば、人を殺めても許されると言うのです? 人違いだとしたら、行為が正当化されるとでも? むしろ嫉妬という事情のほうが、はるかに理解しやすい。もちろん正当なわけはありませんが、同情する裁判官も中にはいるかもしれません」


「お母様」

 冷静でいようと思った先ほどの決意は、動揺のあまり吹き飛んだ。エセルは母の膝にとりすがらんばかりになって訴えた。


「信じていただけないかもしれませんけど、これには何かよほどの理由があるんです。でなければ、あの人があんなことをするはずがない。人を殺めようとするなんて、そんなこと絶対に……」

 言いながら思い出がよみがえってきて、声がつまった。


「絶対に、するわけなんかない。以前、わたしが侍女のことで彼に無理なお願いをしたときも、きっと楽ではなかったはずなのに引き受けてくれて……終わったあとにこう言いました。たいしたことはしていないって」

「………」

「相討ちになったことさえ、そんなふうに思っているみたいでした。自分自身の安全よりも、相手を優先してあげることが、あたりまえのようにできる人なんです。そんな人が悪いことをするはずない、これは絶対に何かの間違い……」


「エセル」

 女王はもう一度ため息をつくと、娘の言い分をさえぎった。


「彼の人柄については、わたくしだって知っていますよ。でも、いま問題なのはそんなことではありません。それに……そなたの様子を見ていて、わたくしはますます心を決めました」

「え?」

「エセルシータ。そなた、ラキスのことは忘れて、別の殿方と早く結婚なさい」


 エセルは言葉が出なかった。頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなってしまったからだ。


「そなたのような娘は、早く結婚して安定した生活を送ったほうがいいのです。しかも相手は同じ年代ではなく、型破りな若い姫を包み込んでくれるような、年上の男性のほうがふさわしい。幸い、ぴったりなかたがいらっしゃいますよ。コンラート・オルマンド卿が」


 それから女王は、コンラート卿は嫌な人物であったか、マリスタークは気に入らない場所であったかと娘にたずねた。 エセルは首を振り、双方ともにすばらしかったと、蚊の鳴くような声で答えた。あえて相手を悪く伝えるような思考回路は、彼女にそなわっていなかったからだ。

 アデライーダ女王はうなずいた。


「そなたはコンラート殿から、小さな贈り物をいただいたそうですね。先ほど、リタから少し話を聞きました。好きになれない相手の贈り物をうけとるような、そなたではない。よほど印象がよかったのだろうと思いましたよ」


 女王は続けて、あの青年とは過去にも何度か会ったことがあるのだと告げた。

 いつ会っても紳士的で感じのいい人物だったという。ただ、領地をおさめるための熱意が多少欠けていたようで、それだけが難点といえば難点だった。


 しかし──リタからも聞いたように──いまのコンラートはその点も克服し、たいへん前向きな姿勢であるらしい。興味のなかった領内も熱心にまわり、外泊もいとわず遠方まで足をのばしているという。

 伴の者たちにやらせていたような手配などの雑務も、積極的に自分でおこなっているようだ。


 そして何より、姫君にたいへん心を惹かれ、気づかってくれていたとのこと。彼のような男性とともに暮らせば、若い姫君も、すぐに新しい未来をみつけることができるだろう。したがって──。


「婚儀は二十日後に」


 エセルは愕然として顔を上げた。

 見返した母の顔には、一片の迷いも見当たらなかった。


「忙しくなりますよ。リタと打ち合わせして用意をなさい」

 

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