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「つかまった奴らは三人だったんだよな」
地底から唸るようにジンクが言った。
「見回りしていた森番たちが、現場をみつけて取り押さえたって聞いたぜ。だが、実際の犯人は四人いたってわけだ」
「四人目のコンラート・オルマンドだけが、なんでつかまんなかったんだよ」
ジンクの正面に席をとるサンガが、憤懣やるかたない様子で声をあげる。
わずかに残っていた春の光は、夕闇の圧力の下に立ち消えて、前庭には先ほどから小さなたき火がたかれていた。
ゆらめく炎が、つどう人々の青ざめた顔を照らし出す。背中から突き出す両翼は、炎の明かりをうけながらも背後の闇と同化して、まるで火のまわりだけ異界がひらいているかのようだ。
ラキスはそんな彼らを前に、言葉を選びながら知っている情報を伝えていた。ドーミエ男爵とは以前から知り合いだったのだと説明し──犯行の理由については慎重に避けた。
「四人目は、森番にみつかる前にさっさと立ち去ったんだろうな」
サンガを見返しながら、ラキスが応じた。
半魔の青年は不満そうだった。
「でも、つかまえた三人を取り調べりゃわかるじゃねえか。もう一人いたことくらい」
「そうだよな……おれも、どうしてわからなかったのかふしぎに思ってる。ただ、実は三人全部が取り調べを受けたわけじゃない。収監されたのは一人だけだった」
「え? じゃあ残りの二人は」
「死んでいる。もうこの世にはいない」
領主である男爵は、人心を乱したくないとの理由から、村長たちにくわしい事情を伏せていた。だが、廷臣からの使いであるラキスには、信頼してすべてのことを話してくれた。
すでにこの件について、王城のほうにも報告の使者を出しているという話だった。
その男爵によれば、加害者と特定されたのは三人。
ひとりはインキュバスに出身の村を滅ぼされた老人で、魔物と半魔を区別なく憎んでいたらしい。だが老人は、森番たちが現場を発見したとき、すでにその場でこと切れていた。
外傷はなかったが、かなりの高齢だったから、おそらく心臓麻痺でもおこしたのだろう。
もうひとりは魔物狩りが生業の剣士で、やはり憎悪の区別をつけない人物だったようだ。こちらは捕らえようとすると、剣を振りまわして往生際悪く抵抗した。森番たちがやむなく彼を斬ったのは、いたしかたないことだったという。
そして、ただひとり捕縛された男は、インキュバスの調査に血道をあげてきた学者だった。ベイドという名のこの学者が、共犯の二人についてしゃべりまくってくれたおかげで、老人と剣士の身元もあっというまに判明したのだ。
ベイドは、自分自身の罪については徹底的に否定したが、彼の家族から証言を得ることによって、その罪が完全に確定した。
家族の証言、それはベイドが、妊娠している半魔の女性をさがし続けていたという証言だった。ベイドがたいへんおしゃべりな学者であった証拠に、彼は家でも自分の主張を披露し続けていたらしい。
インキュバスは、半魔の女の腹から生まれてくる。胎児を調べれば、必ずその証拠が出てくるはずだ──そんな主張である。
家族は、その主張を気に入っていなかった。司法官が家族のもとを訪れたとき、彼らは家人をかばうどころか、本当に実行するとはなんとばち当たりな人間だろうと、憤っていたという。
ただ、その説が学者だけの発案だったかといえば、そういうわけでもないようだ。実際に手をくださないにせよ、仮定として似たようなことを考えた人々は、ほかにも存在していた。
インキュバス──繭を破って成体になると、魔法炎で浄化しなければ討伐できないほど、呪力が強くなる魔物。だが、その幼生体が、ごく貧弱な魔物の姿をとっているというのは、すでに知られている事実だった。
だから最初のうちに始末できれば、被害を未然に食い止められるわけだが、その幼生体を発見することが非常にむずかしい。個体によって、姿かたちがあまりにもちがっているからだ。
きっと、生まれ出た瞬間から擬態がはじまっているのだろう。しかし胎児の段階では? 胎児の身体を調べれば、共通点がみつかるのではないのか?
……そんな発想は、学者であれば、それほどふしぎな方向性ではないのかもしれない。
その一方、インキュバスが出現する場所の大半は、半魔たちが暮らす地域と一致しているという、すでに確認された事実があった。夢魔はほとんどの場合、半魔の多い村落の近くであらわれる。
しかも、その村で生まれた赤子が、数年後にインキュバスに変わったという事例も──少数だが──報告されていた。
ベイドは、これらの事実を強引に結びつけて、以下の結論にもっていったようだ。
インキュバスを産み落としているのは半魔の女だ。半魔の女の胎児を調べろ。
母体になどかまうな。魔物の正体をあばくために、多少の犠牲はやむをえない。
──ドーミエ男爵からこの話を聞いたとき、ラキスは当然のことながら、自分が目撃した男はこのベイドだったのだと思った。
調査欲にとりつかれた、狂信的な学者。まさに、眼下でくり広げられていた光景にふさわしい男だ。ラキスはそのように納得し、ほかに別の人物がいたという可能性など、想像すらしなかったのだが……。
実際にはいたのである。コンラート・オルマンドが。
「……死んだ二人には、星の神様のばちが当たったんだよ。いい気味だ、あたしたちが手を汚すまでもなかったね」
ジンクの妻のルイサが呟いた。
いさましい台詞だったが、声は弱々しく悲しげだった。
「でも……神様はどうせなら、一番悪い奴をやっつけてくれればよかったのに。もちろん、どんなことをしたって、もうカーヤは帰ってこない。ドニーだって、もとに戻りやしないけど……」
村人たちは、ルイサの言葉にいっせいにうなずいた。彼らは、加害者の身分や死因について、かいつまんだ説明をうけたあと、先ほどから黙りこくっていたのだ。
そんな彼らの様子を見やりながら、ラキスがふっと呟いた。
「カーヤは──苦しまなかったよ」
「え?」
ルイサが目を見開く。
「おれがあんたたちに一番伝えたかったのは、犯人たちのことなんかじゃなくて……本当はこのことだ。あの場を見ていたおれにしか、伝えられないことだと思うから」
彼は、真摯なまなざしをルイサのほうに向けた。
「おれが見たとき、カーヤは完全に気を失っていた。彼女は、自分の身に何が起きたのかまったくわからなかったと思う。こわがりも痛がりもせずに、天に還れたはずだ」
「ほ……ほんと……?」
「本当だ」
ルイサが口元をおさえ、涙ぐみながらうつむいた。となりにすわっていたジンクが、妻の肩をかばうようにやさしく抱いた。
ルイサだけでなく、ジンクにもほかの皆にも、何かに癒されたような表情がにじんでいる。
それはラキスに、自分がこの場所に来たのはこのためだったのかもしれないと、思わせてくれるような情景だった。
と、そんな情景に、素っ頓狂な幼い声が突然わりこんだ。
「みてみて、じょうずにつかまえたぁ」
ぎょっとして声のほうを見ると、一同の輪のうしろで遊んでいたチャイカが、両手で何かを握りしめて喜んでいる。丸々と太ったねずみだ。
あわてた様子でルイサが叫んだ。
「チャイカ、食べちゃだめ!」
子どもは、あけていた大口を素直に閉じたが、ラキスは完全に意表をつかれて呟いた。
「食べるのか……?」
「た……食べない食べない」
と、ひきつりながらジンクが首を振る。
「言っとくけど、おれらは絶対食べないぜ!」
……それをきっかけに、一同はにわかにお開きの体勢となった。考えてみれば、もうとっくに夕食の時刻になっているのだ。チャイカにも、早く人間の食事をあたえてあげなければならない。
「今夜はうちに泊まってくれよ。狭い家だが、あんたが寝る場所くらいある。食べ物のことも心配すんな」
頭領らしい気前のよさで、ジンクがラキスに声をかけた。
「邪魔していいのか?」
「もちろんだ。あんただって、まさかいまからマリスタークに戻ろうなんて考えてるわけじゃないよな。あんときはすごい剣幕だったからびっくりしたが、あんたが案外冷静に話せる奴でよかったよ」
ラキスは思わず苦笑した。
案外冷静に話せる奴……冷静さにかけては自信があったのに、そんなひかえめな評価をもらったのははじめてだ。
たしかにマリスターク城の庭園では、人生ではじめてといっていいほど、我を忘れた行動をとってしまった。
落ち着いて考えなければ。
いくらコンラート・オルマンドでも、エセルシータ姫を手にかけることなどあるはずがない。なぜならあの男の目的は、誰がどう見ても……姫君と結婚することなのだから。
暗かったジンクの家の窓に、明かりがともった。
いったん家に入ったルイサが、いくつかのランタンをさげて出てくると、帰路につこうとしているサンガたちに配りはじめる。彼らは感謝してそれを受けとり、挨拶をかわして前庭から離れていった。
月がすっかり雲にかくれてしまった晩。常夜灯のある街中とはちがい、これから彼らが帰る道は、足元すらまったく見えない暗闇だ。
暗い道にとけこんでいく村人たちの、黒々と大きな両翼だけが、闇を歓迎するかのごとく息づいて見える。
もし街の人々がこの場を通りかかったとしたら、恐怖にふるえあがって逃げ出してしまうかもしれない。
だが、ラキスは恐ろしいとは思わなかった。
真に恐ろしいものを、すでに知っていたからだ。
その恐ろしいものは、長い黒髪を乱したひとりの男の姿をとっていた。
彼は待ちかねたように女の腹部を切り裂くと、裂けた腹部に素手を突っ込み、血の塊を引きずり出した。それを前にかかげながら高らかに笑った。
いまならわかる。引きずり出された、あれはドナ。
子宮に抱かれて、生まれ出るのを待っていた子ども。
狂気──魔物狩りの旅をしながら様々な光景を見てきたラキスだが、本物の狂気を目撃したのは、あの瞬間がはじめてだった。
狂っている。正気でなせることではない。正気の人間にあんなことができるとはどうしても思えないし、思いたくもない。
だが、たとえ狂人だったとしても。
そのあと何食わぬ顔で街に戻り、領主館に戻り、跡取りとして生活するのは狂気のなした技ではないことを、ラキスは知っていた。
コンラート・オルマンドは、狂気の出し入れを自分の意志でおこなうことができる。
人間の皮をかぶった化け物──それは、あの男のことをいうのだ。




