表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光と闇の間にありて(第一部)  作者: こまの柚里


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/50

37

「つかまった奴らは三人だったんだよな」

 地底から唸るようにジンクが言った。

「見回りしていた森番たちが、現場をみつけて取り押さえたって聞いたぜ。だが、実際の犯人は四人いたってわけだ」


「四人目のコンラート・オルマンドだけが、なんでつかまんなかったんだよ」

 ジンクの正面に席をとるサンガが、憤懣やるかたない様子で声をあげる。


 わずかに残っていた春の光は、夕闇の圧力の下に立ち消えて、前庭には先ほどから小さなたき火がたかれていた。

 ゆらめく炎が、つどう人々の青ざめた顔を照らし出す。背中から突き出す両翼は、炎の明かりをうけながらも背後の闇と同化して、まるで火のまわりだけ異界がひらいているかのようだ。


 ラキスはそんな彼らを前に、言葉を選びながら知っている情報を伝えていた。ドーミエ男爵とは以前から知り合いだったのだと説明し──犯行の理由については慎重に避けた。


「四人目は、森番にみつかる前にさっさと立ち去ったんだろうな」

 サンガを見返しながら、ラキスが応じた。

 半魔の青年は不満そうだった。

「でも、つかまえた三人を取り調べりゃわかるじゃねえか。もう一人いたことくらい」


「そうだよな……おれも、どうしてわからなかったのかふしぎに思ってる。ただ、実は三人全部が取り調べを受けたわけじゃない。収監されたのは一人だけだった」

「え? じゃあ残りの二人は」

「死んでいる。もうこの世にはいない」

 

 領主である男爵は、人心を乱したくないとの理由から、村長たちにくわしい事情を伏せていた。だが、廷臣からの使いであるラキスには、信頼してすべてのことを話してくれた。

 すでにこの件について、王城のほうにも報告の使者を出しているという話だった。


 その男爵によれば、加害者と特定されたのは三人。

 ひとりはインキュバスに出身の村を滅ぼされた老人で、魔物と半魔を区別なく憎んでいたらしい。だが老人は、森番たちが現場を発見したとき、すでにその場でこと切れていた。

 外傷はなかったが、かなりの高齢だったから、おそらく心臓麻痺でもおこしたのだろう。


 もうひとりは魔物狩りが生業の剣士で、やはり憎悪の区別をつけない人物だったようだ。こちらは捕らえようとすると、剣を振りまわして往生際悪く抵抗した。森番たちがやむなく彼を斬ったのは、いたしかたないことだったという。

 

 そして、ただひとり捕縛された男は、インキュバスの調査に血道をあげてきた学者だった。ベイドという名のこの学者が、共犯の二人についてしゃべりまくってくれたおかげで、老人と剣士の身元もあっというまに判明したのだ。

 ベイドは、自分自身の罪については徹底的に否定したが、彼の家族から証言を得ることによって、その罪が完全に確定した。


 家族の証言、それはベイドが、妊娠している半魔の女性をさがし続けていたという証言だった。ベイドがたいへんおしゃべりな学者であった証拠に、彼は家でも自分の主張を披露し続けていたらしい。

 インキュバスは、半魔の女の腹から生まれてくる。胎児を調べれば、必ずその証拠が出てくるはずだ──そんな主張である。


 家族は、その主張を気に入っていなかった。司法官が家族のもとを訪れたとき、彼らは家人をかばうどころか、本当に実行するとはなんとばち当たりな人間だろうと、憤っていたという。


 ただ、その説が学者だけの発案だったかといえば、そういうわけでもないようだ。実際に手をくださないにせよ、仮定として似たようなことを考えた人々は、ほかにも存在していた。


 インキュバス──繭を破って成体になると、魔法炎で浄化しなければ討伐できないほど、呪力が強くなる魔物。だが、その幼生体が、ごく貧弱な魔物の姿をとっているというのは、すでに知られている事実だった。

 だから最初のうちに始末できれば、被害を未然に食い止められるわけだが、その幼生体を発見することが非常にむずかしい。個体によって、姿かたちがあまりにもちがっているからだ。


 きっと、生まれ出た瞬間から擬態がはじまっているのだろう。しかし胎児の段階では? 胎児の身体を調べれば、共通点がみつかるのではないのか?

 ……そんな発想は、学者であれば、それほどふしぎな方向性ではないのかもしれない。


 その一方、インキュバスが出現する場所の大半は、半魔たちが暮らす地域と一致しているという、すでに確認された事実があった。夢魔はほとんどの場合、半魔の多い村落の近くであらわれる。

 しかも、その村で生まれた赤子が、数年後にインキュバスに変わったという事例も──少数だが──報告されていた。


 ベイドは、これらの事実を強引に結びつけて、以下の結論にもっていったようだ。

 インキュバスを産み落としているのは半魔の女だ。半魔の女の胎児を調べろ。

 母体になどかまうな。魔物の正体をあばくために、多少の犠牲はやむをえない。


 ──ドーミエ男爵からこの話を聞いたとき、ラキスは当然のことながら、自分が目撃した男はこのベイドだったのだと思った。

 調査欲にとりつかれた、狂信的な学者。まさに、眼下でくり広げられていた光景にふさわしい男だ。ラキスはそのように納得し、ほかに別の人物がいたという可能性など、想像すらしなかったのだが……。

 実際にはいたのである。コンラート・オルマンドが。



「……死んだ二人には、星の神様のばちが当たったんだよ。いい気味だ、あたしたちが手を汚すまでもなかったね」

 ジンクの妻のルイサが呟いた。

 いさましい台詞だったが、声は弱々しく悲しげだった。

「でも……神様はどうせなら、一番悪い奴をやっつけてくれればよかったのに。もちろん、どんなことをしたって、もうカーヤは帰ってこない。ドニーだって、もとに戻りやしないけど……」


 村人たちは、ルイサの言葉にいっせいにうなずいた。彼らは、加害者の身分や死因について、かいつまんだ説明をうけたあと、先ほどから黙りこくっていたのだ。


 そんな彼らの様子を見やりながら、ラキスがふっと呟いた。

「カーヤは──苦しまなかったよ」

「え?」

 ルイサが目を見開く。


「おれがあんたたちに一番伝えたかったのは、犯人たちのことなんかじゃなくて……本当はこのことだ。あの場を見ていたおれにしか、伝えられないことだと思うから」

 彼は、真摯なまなざしをルイサのほうに向けた。


「おれが見たとき、カーヤは完全に気を失っていた。彼女は、自分の身に何が起きたのかまったくわからなかったと思う。こわがりも痛がりもせずに、天に還れたはずだ」

「ほ……ほんと……?」

「本当だ」


 ルイサが口元をおさえ、涙ぐみながらうつむいた。となりにすわっていたジンクが、妻の肩をかばうようにやさしく抱いた。

 ルイサだけでなく、ジンクにもほかの皆にも、何かに癒されたような表情がにじんでいる。

 それはラキスに、自分がこの場所に来たのはこのためだったのかもしれないと、思わせてくれるような情景だった。


 と、そんな情景に、素っ頓狂な幼い声が突然わりこんだ。

「みてみて、じょうずにつかまえたぁ」


 ぎょっとして声のほうを見ると、一同の輪のうしろで遊んでいたチャイカが、両手で何かを握りしめて喜んでいる。丸々と太ったねずみだ。

 あわてた様子でルイサが叫んだ。

「チャイカ、食べちゃだめ!」


 子どもは、あけていた大口を素直に閉じたが、ラキスは完全に意表をつかれて呟いた。

「食べるのか……?」

「た……食べない食べない」

 と、ひきつりながらジンクが首を振る。

「言っとくけど、おれらは絶対食べないぜ!」


 ……それをきっかけに、一同はにわかにお開きの体勢となった。考えてみれば、もうとっくに夕食の時刻になっているのだ。チャイカにも、早く人間の食事をあたえてあげなければならない。


「今夜はうちに泊まってくれよ。狭い家だが、あんたが寝る場所くらいある。食べ物のことも心配すんな」

 頭領らしい気前のよさで、ジンクがラキスに声をかけた。


「邪魔していいのか?」

「もちろんだ。あんただって、まさかいまからマリスタークに戻ろうなんて考えてるわけじゃないよな。あんときはすごい剣幕だったからびっくりしたが、あんたが案外冷静に話せる奴でよかったよ」


 ラキスは思わず苦笑した。

 案外冷静に話せる奴……冷静さにかけては自信があったのに、そんなひかえめな評価をもらったのははじめてだ。

 たしかにマリスターク城の庭園では、人生ではじめてといっていいほど、我を忘れた行動をとってしまった。


 落ち着いて考えなければ。

 いくらコンラート・オルマンドでも、エセルシータ姫を手にかけることなどあるはずがない。なぜならあの男の目的は、誰がどう見ても……姫君と結婚することなのだから。


 暗かったジンクの家の窓に、明かりがともった。

 いったん家に入ったルイサが、いくつかのランタンをさげて出てくると、帰路につこうとしているサンガたちに配りはじめる。彼らは感謝してそれを受けとり、挨拶をかわして前庭から離れていった。


 月がすっかり雲にかくれてしまった晩。常夜灯のある街中とはちがい、これから彼らが帰る道は、足元すらまったく見えない暗闇だ。

 暗い道にとけこんでいく村人たちの、黒々と大きな両翼だけが、闇を歓迎するかのごとく息づいて見える。

 もし街の人々がこの場を通りかかったとしたら、恐怖にふるえあがって逃げ出してしまうかもしれない。


 だが、ラキスは恐ろしいとは思わなかった。

 真に恐ろしいものを、すでに知っていたからだ。


 その恐ろしいものは、長い黒髪を乱したひとりの男の姿をとっていた。

 彼は待ちかねたように女の腹部を切り裂くと、裂けた腹部に素手を突っ込み、血の塊を引きずり出した。それを前にかかげながら高らかに笑った。


 いまならわかる。引きずり出された、あれはドナ。

 子宮に抱かれて、生まれ出るのを待っていた子ども。


 狂気──魔物狩りの旅をしながら様々な光景を見てきたラキスだが、本物の狂気を目撃したのは、あの瞬間がはじめてだった。

 狂っている。正気でなせることではない。正気の人間にあんなことができるとはどうしても思えないし、思いたくもない。

 

 だが、たとえ狂人だったとしても。

 そのあと何食わぬ顔で街に戻り、領主館に戻り、跡取りとして生活するのは狂気のなした技ではないことを、ラキスは知っていた。


 コンラート・オルマンドは、狂気の出し入れを自分の意志でおこなうことができる。

 人間の皮をかぶった化け物──それは、あの男のことをいうのだ。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ここで序章に繋がるのですね。 あの四人目の謎の人物はコンラートではないかと薄々思っていたのですが、状況の背景が判らなかったので、 もしかしたら、闇堕ちしたラキス? とか考えてしまいました。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ