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光と闇の間にありて(第一部)  作者: こまの柚里


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 泥壁と茅葺屋根の粗末な家々は、数軒ずつが寄せ集まるようにして建っていた。


 道と庭をへだてる形ばかりの低い柵。共同で使う井戸のひさしはぼろぼろで、風雨を防ぐ役割をほとんど果たしていそうもない。

 牛や山羊を囲っている敷地も共同だし、家の周囲にひろがる畑も皆が共同で耕すのだろう。だが鶏小屋はそれぞれの家が持っているようだ。

 夕暮れが迫ったこんな時刻は、家禽たちも活動をやめておとなしく、訪れた村はしんと静まりかえって暗かった。


 ジンクの住まいは、掘っ立て小屋に近い両隣りにくらべれば、ある程度の大きさを持っていた。

 彼は炭焼きの頭領で、自宅の前庭に、太い幹を輪切りにして作った腰かけをいくつも並べ、人がつどえるようにしていた。話し合いをしたり、茶飲み話をしたりする場として使っているらしい。

 

 抱いていたチャイカをおろして、腰かけのひとつにすわると、ジンクはラキスにも席をすすめた。

 これから双方が知っている事実を話して、おたがいの補完をするのである。つらい内容を再確認するために、あいている席に腰をおろした村人たちは、数人だった。


 マージはドニーを休ませるために自宅に帰ったし、ほかの何人かも夕飯のしたくなどの都合で聞き手には加わっていない。

 いるのは、領主館に飛んできたサンガとゼム──ゼムはジンクの息子だという──や、斧を持ったままのテグなどだ。物腰がおっとりとした中年女性は、ジンクの妻でルイサと名乗った。

 彼らは短い自己紹介をすませたが、その間もチャイカがそばで遊び続けていることが、ラキスにはどうにも気になった。


「この子のことは気にしないでいいぜ。生まれつき、ちょっとおつむが弱くてさ」

 けろりとした顔でジンクが言った。

 それから、真剣な表情に変わると続けた。


「だが、記憶力だけはしっかりしている。嘘をついたり作り話をしたりしたこともない……作るような頭がないとも言えるがな。こんな子が話したことをまにうけて、領主館まで吹っ飛んでいったなんて、おまえからすりゃ馬鹿みたいに見えるだろうよ。しかし、おれらはチャイカの言うことは信用することにしてるんだ」


 つまり、現場を目撃したのはチャイカとドニーだけ。村人たちはドニーの一人言と、チャイカを質問攻めにした結果をあわせて、状況を推測したらしい。

 そのわりに、ジンクの話が当事者のような迫力をもっていたのは、いままで何度となく内容を反芻してきたからだろう。


「ひと月ほど前に、ドニー夫婦はチャイカを連れて、キノコを採るために森に入ったんだ。カーヤは身重だったが働けないほどじゃなかったし、チャイカがついていったのも、まあ、よくある話よ」


 ところが、夢中になって木の根元を探し歩いていたドニーは、ふと、カーヤが自分の近くにいないことに気がついた。チャイカはすぐ横で遊んでいるが、身重の女房の姿がない。やはり夢中で探しまわっているうちに、別方向に離れていってしまったらしい。

 ドニーは気楽な気分で──こういう表現はジンクの脚色なのだが、きっと実際にもそうだっただろう──女房を探そうとした。ところが、大声で名前を呼びかける前に、別の大声が聞こえてきた。

 カーヤの悲鳴だ。


 驚いて、声の方向にかけつけると、木々の向こうに二、三頭の馬が見えた。その馬の前で、男たちが女房を拉致しようとしている。

 彼らはあっというまにカーヤを馬上に押し上げると、森の木々をものともせずに馬を走らせ、視界から消えてしまった。


 だが、ドニーとチャイカはそれを追いかけることができた。翼があったからだ。

 木々の上まで舞い上がって、人さらいの姿をみつけようとした。すぐにはみつからず見当違いの方向に行ったりもしたが、ついに上空から、その姿を確認することができた。


 そこはぽっかりひらいた空き地で、複数の男たちがカーヤを取り囲んでいた。

 そのうちのひとりだけが、やや前に出ている。と、思ったとたんに刃物がひらめくのが見えた。

 前に出た男は、手にした剣でカーヤの身体をためらいもなく斬り捨てた──。


「ドニーの奴は、もちろん必死で下に降りようとしたんだが、焦りすぎて木の枝に羽根がひっかかっちまったらしい」

 ジンクが、声をふるわせながら話を続けた。

「そのまま地面に墜落して、気絶しちまったんだとよ。もっとも気絶しないで突進してたら、自分も斬られて終わりだっただろうがな」


「チャイカ、じょうずに飛んだ」

 ジンクの後ろで草花をひっぱっていたチャイカが、得意そうに口をはさんだ。こんな話を聞いていながら、まったく平然とした顔をしている。

 ジンクが子どもの頭をなでながら、苦笑した。


「そう、チャイカはよくやってくれた。ドニーを村に連れ帰ってきてくれたのは、この子だからな」

「あい」


 子どもはなんの屈託もなく、うれしそうだった。いくら幼いとはいえ、普通なら残酷な場面かどうかくらい、わかる年齢だと思うが……。

 だが、それでかえって救われているのかもしれない。

 気絶から目覚めたドニーは、軽い怪我だったにもかかわらず心に致命傷を負い、廃人になってしまった。正常な発達をしている子が目撃者だったなら、その子がいまも正常な心のままでいられたかどうか。


「そのあと、村長に訴えに行ったんだ」

 と、ジンクが話を再開した。

 このあたりの集落は、ドーミエの村の一部に組み込まれていて、村長はもう少し森から離れた場所の集落に住んでいる。

 ちなみにそちらに住む人々は、半魔ではなく生粋の人間だ。


 当然ながら、村長は最初、まったく聞く耳をもっていなかった。半魔たちの言うことなど信用できない、と言わんばかりの態度だったが、この態度はいまにはじまったことではない。


 だが森林という場所は、ドーミエ自体にとっても大切な資源の宝庫だったから、そこで殺人がおこなわれたとなると、けして捨ておけるものではなかった。

 村長は代官に話を通し、後日、確認できた事実をちゃんとジンクに伝えにきてくれた。


 それによると、驚いたことに、犯人たちはその日のうちに捕えられたというのだった。

 魔物に深い恨みを抱いていた三人の男たち。半魔を魔物と同一視し、抹殺するために手を組んで、たまたま無防備だったカーヤを襲ったらしい。


 ジンクたちの憤りは並大抵のものではなかったが、すでに犯人がつかまっている以上、やるべきことは何もなかった。

 いま自分たちにできるのは、哀れなドニーの面倒をみながら、悲しみを乗り越えていくことだけだ。マージをはじめ、皆はそんな意見で一致し、いったん納得していたのだが──。


「今日の午前中の話だよ。マリスタークに、なんと王城のお姫様が来てるって聞いてな。ひとめだけでも拝んでみたくて、チャイカといっしょにわざわざ川を越えたんだ」


 自分たちのように貧しい者だって、女王陛下を敬い、あこがれる気持ちはきちんと持っている。レントリアの一員だという自覚だって、ちゃんとある。

 それに、残虐なものを見てしまったチャイカにも、たまには本当に美しいもの、尊いものを見せてやりたい……。


「で、ちょうどおれらが木立の陰にいるときに、運よく馬車が通りかかったんだ。残念なことに、お姫様は奥のほうの席にいて、肝心の顔はよく見えなかった。だが、そのかわりに、手前にいる次期伯爵とかいう奴がよく見えたんだよ。そしたら……チャイカが言うじゃねえか」


 ──あのひとが、いちばんこわかったよ。

 チャイカはジンクに、そう言ったのだった。

 ──でも、あのひと、いちばん楽しそうだったよ。


 ジンクは即刻、チャイカをつれて村に戻り、仲間たちに話を伝えた。

 殺人事件の一味が、つかまりもせずにのうのうと、あろうことかお姫様のとなりの席にすわっている。

 しかも、事前に聞いていた話によると、奴はお姫様の結婚相手かもしれない人物だというではないか。考えただけでもおそろしいことだ。


 だが、自分たちの訴えを聞いてくれる場所があるとは、とても思えなかった。ドーミエならまだしもマリスタークとなれば、可能性は皆無といっていいだろう。

 それなら、自分たちが直接、手をくだすしかない。腕っぷしの強い男たちで奴をさらって、報復してやるまでのことだ。

 ちょうどいい、もともと誰かに報復しなければ、気がおさまらないところだった。


「あのとき、あんたが暴れてなけりゃ、うまくかっさらえたのによ」

 正面で聞いていたサンガが、くやしそうに口をはさんだ。


「邪魔してすまなかったな」

 かなり本気で、ラキスはあやまった。


 たしかに自分が衛兵たちの注意をひかなければ、本当に拉致できていたかもしれない。ただし、それを実行した場合、この集落全体が次期伯爵を狙った罪人として、解体させられてしまったにちがいないが……。


「さあ、次はあんたの番だ。知ってることを話してくれよ」

 ジンクが彼をうながした。

 まったく気はすすまなかったが、ラキスはうなずくと話しはじめた。



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