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光と闇の間にありて(第一部)  作者: こまの柚里


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 いつのまにか、日差しもずいぶん西にかたむき、村人たちの足元からはそれぞれに大きく長い影がのびていた。

 翼と同じように黒々とした異形の影が、石ころと土くれだらけの道を、いびつにおおっている。


 王城のみごとな庭園を眺めていたのは、今日の昼間のことだった。

 あの場所では、影さえも手入れされ、彩られているように見えたのに……思いもかけずマリスタークの庭園をへて、いまはドーミエの、こんなにひなびた田舎道まで来てしまっている。


 民家の方角である前方には、まだ明るさが残っていたが、背後の森からは夕闇の気配がにじみ出していた。人々は自然に足をはやめながら歩いていたが、少しひらけた草地の手前で、これも自然に歩みをとめた。


 そこは茂るにまかせた草地とちがい、藪がとり払われて、小さな花々だけがまばらに残されている場所だった。やわらかな雑草の間には、人の手を加えられない形状のままの大きな石が、間隔をあけて並べられている。


 石板ではないが、それが何を意味しているかは察しがついた。墓碑だ。


 狭い墓地の一番はし、もっとも新しく埋められたように見える細長い石の前には、村人と思われる男がいて、立ち膝の姿勢のままじっと下を向いていた。

 男の背から突き出している黒い翼は、泥にまみれたように光沢がなく、うつろな瞳もまた泥のように暗かった。


 彼は立ち止まった一団にはまったく目を向けることなく、小声で何かを呟き続けていた。

 だらりとさげた両腕には力の気配もなかったが、しゃがみこんでしまわないのは翼が邪魔になっているからだろう。閉じた両翼の先端が、立ち膝でぎりぎり地面に届く位置まで来ているため、それ以上はしゃがめないのだ。


 ラキスと言葉をかわした娘が、一団の中から進み出て、男のそばに歩み寄った。包丁を握りしめていたときとは別人のように、しっかりした理性を感じさせる動きだった。

 彼女は、男の肩にそっと手をおきながら、のぞきこんで話しかけた。

「兄さん。暗くなってきたよ、もう帰ろう」

 

 男はのろのろと視線をあげると、娘の顔を見て呟いた。

「カーヤ」

「あたしはマージだよ。やんなっちゃうね。妹の顔くらい思い出してよ、お兄ちゃん」

 マージが即座に言い返す。きつい調子の言葉とは裏腹に、兄をみつめるまなざしには、いたわりがあふれていた。


 ラキスの横にいたジンクが、やりきれないように呟いた。

「ドニーは廃人になっちまった。よく働く明るい奴だったのに……」


「……どうして?」

 ラキスは問いかけたが、答えはある程度、予想がつく気がした。


「カーヤが……あいつの女房が殺られる現場を見ちまったらしい。仲のいい夫婦で、夏には赤ん坊が生まれるはずだった。ふたりとも、はじめての子をそりゃあ楽しみにしていて……」


 ラキスは無言のまま、動かないドニーと、彼を立たせようとしている妹の姿をじっとみつめていた。それから視線をあげて、つと墓地の右手のほうを指し示した。

「あの花……少しもらってもいいかな」


 墓地の脇には数本の林檎の木が生えていたが、いまはどの枝も満開の白い花を咲かせていた。

 どんなに王城とかけ離れた土地でも、春の訪れは平等なのだ。きっと秋にはたくさんの実をつけて、村人たちの貴重な食料源となるのだろう。


 ジンクがうなずいたので、ラキスは木に近づくと、細い一枝をひかえめに折り取った。それからカーヤの墓に歩み寄り、そのかたわらに膝をついてすわった。

 白い花をいっぱいにつけた枝を、墓碑の前にそっと供える。そして、立ち膝のままでいるドニーの顔を見上げながら話しかけた。


「あんたが見たのと同じものを、おれも見た」

 そばにいたマージの息を呑む気配が伝わってきた。

「……カーヤは今頃、天に還って幸せにしてるよ」


 かけてあげられる言葉など、ほかにみつかるはずもなかった。

 見ず知らずの自分でさえも、頭がおかしくなりそうな光景だったのだ。身内の精神が耐えきれなかったのは当然のことだろう。


「ドナ……」

 鈍い視線をラキスに向けて、ドニーが口走った。

「ドナって?」

 マージにたずねると、彼女はのどがつまったような声を出した。

「生まれるはずだった赤子の名前……」


「──女の子の名前だな」

 ラキスが呟き、かすかに笑った。

 つられてマージも苦い笑いをうかべる。

「絶対に女の子だって、いつも言ってたから。男の子だったらどうするつもりだったんだろうね」


「女の子だ」

 答えたのはドニーだった。

 彼はのろのろと自力で立ち上がったが、そこでふたたび動きをとめてうなだれた。マージが彼の腕をとって、ゆっくりと墓碑の前から引き離した。


 ラキスはふたりの姿を、何ともいえない痛みとともにみつめていた。

 感情も知性も抜け落ちてしまったドニーは、事情を知らない者が見れば、魔性そのものと思ってしまいそうなくらい、人間離れした姿に見える。


 だがマージのほうは、どう見ても人間だった。

 蝙蝠のような翼は兄と同じだったし、兄妹だけに顔かたちもよく似ている──それでも、気遣いに満ちた彼女の表情が、魔性のものであるはずがない。

 心の在りようが、どれだけ外見を左右するのかという例を、見せつけられている気がした。


 視線を返して村人たちの一団を見ると、彼らもまぎれもなく人間だった。

 兄妹が一団に加わるのを待ってから、皆は以前よりゆっくりした足取りで、ふたたび歩きはじめた。



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