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光と闇の間にありて(第一部)  作者: こまの柚里


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 ラキスは地面に足を踏んばれず、よろけながら運び手の男たちから数歩離れた。

 天馬に騎乗して飛ぶのがどんなに楽だったかが、身に沁みる、というより腹に沁みる。うっかり口を開くと中身が出てきそうで、休憩以外のことは何ひとつしたくなかった。


 だが、たいへん残念ながら、休憩できるのはまだまだ先のようだった。でなければ永遠の休憩という線もあるが。


「貴様がオルマンドか」


 憎々しげな男の声に顔を上げると、声にたがわず、ぎらぎらと目を血走らせた男が近づいてくるところだった。

 飛行していた男たちではなく、あらたな半魔の村人だ。黒々とした翼を背負っているだけでも迫力十分だというのに、その手には大きな木こりの斧がある。

 両手で柄を握りしめて、いまにも振りまわしそうな構えをしていた。


 思わず振り向き、助けを求めて運び手たちの姿を探した。だが視線の先にいた三人は、わらわらと寄り集まってきた村人たちに押しのけられて、あっというまに見えなくなってしまった。


 取り囲んだ村人たちは、どうやら獲物をいまや遅しと待ち構えていたらしい。二十人程度の男女だったが、皆、異形の翼を半開きにしているため、黒い壁に囲いこまれたような気分になる。


「こんな若造がカーヤを」

 そう言った中年の男の手には、よく研がれて光る草刈り鎌があった。どう見ても農民だったが、農作業の合間に顔を出したわけでないのはまちがいない。

「半魔を殺すのは、さぞや楽しかっただろうな。おれたちも思う存分楽しんでやるから覚悟しろ。まずは耳からにしようか」


「指にしなよ」 

 叫んだのは、怒りと憎しみを瞳にたぎらせた若い娘だった。こちらに向けられた肉切り包丁は、ふだんなら台所で愛用している品なのだろう。

「十本あるから十人分だよ。手の次は足だ」


 いくつもの凶器が光る黒い輪が、ぐっと縮まり迫ってきた。

 衛兵たちの包囲が、さらに悪い別の包囲に変わったわけか……ラキスがげっそりしたとき、ひどく間のびして場違いな、幼い声が聞こえてきた。


「このひと、ちがうよお」


 翼の壁のすきまから、五歳くらいの子どもが顔をのぞかせている。子どもは翼を押し上げて出てくると、ラキスに近寄り、うすぼんやりした瞳で彼を見上げた。


 くしゃくしゃにのばした黒髪はくすんでいて、着ているチュニックの胸元は、食べこぼしたままなのか汚れ放題だ。ひ弱そうな身体に対して、翼だけは不釣り合いなほどしっかりしているのが、なんだか異様に人間離れした雰囲気をあたえている。


 だが、たぶん女の子だ──彼女は手をのばすと、ラキスの腰より少し上あたりを恐れ気もなくペシペシとたたきながら、続けた。

「チャイカが見たこわいひと、このくらいまで、かみのけあった。おかおも、ちょっとちがうよ」


「チャイカの言うとおりだ。こいつはオルマンドじゃない」

 ラキスを抱えてきた運び手の男が、壁の間からようやく出てきて、のんびりと輪の中心に入ってきた。

「肝心のオルマンドはつかまえそこねた。すまん。かわりといっちゃなんだが」


「この若造で憂さ晴らしか」

 と、斧を構えた男が言った。


「ではなくて、おれらと目的が同じようだったから連れてきた。仲間は多いほうがいいからな。おまえ、ええと」

「ラキス」

 口を開いても平気なくらい回復してきたため、ラキスが名乗ると、男はうなずいた。


「このラキスは、向こう見ずにも、たったひとりでコンラート・オルマンドを斬ろうとしたんだ。なかなか見上げた根性だと思わんか? 剣の腕もかなりのようだし、きっとおれらの味方になってくれる」


 それから彼は、向こう見ずな若者をみつけて助け出したときの状況について、説明した。

 どうやら彼は──あとで名乗ったところによると、ジンクという名だった──この集団の中では人望を集めている人物らしい。


 ラキスとしては、剣をはじき飛ばされたあたりは省いてもらいたいところだったが、村人たちは気にせず、熱心に話を聞いていた。

 それぞれの手にある刃物類が、徐々に下にさがってきたのは、ありがたかった。威圧するように半開きになっていた翼も、こころなしか小さくすぼんできている。


「領主館の衛兵たちが凄腕なのは当然だ。がっかりすんなよ。単身で乗り込んだなんて、たいしたもんだ」

 聞き終わると、草刈り鎌の男が、先ほどまでとはうってかわった励ましの言葉をかけてきた。単身、というところに、とくに感銘をうけているようだ。


「たしかに、度胸は満点みたいだね」

 と、肉切り包丁の娘がうなずきながら続ける。

「こんな状況で逃げ出す素振りも見せないなんて、そうそうできることじゃないもんね。あんた、あたしたちがこわくないの?」


「こわいに決まってる」

 彼女の手元を見ながらラキスが言うと、娘は気がついたように包丁を見下ろして、苦笑をうかべた。そして、腰につけたポーチから亜麻布を取り出し包丁を包みこむと、ポーチの中にそれをしまった。

「そうじゃなくてさ、この翼がこわくないのかってこと」


「それは平気だ。ご同類なんで」

 ラキスは答えてから、彼女たちを安心させるためにチュニックの裾をめくって、ご同類の証拠を披露した。

 おお!というどよめきとともに、人々の瞳が輝いた。


「そんないいもんがあるなら、早く見せんかい!」

「おまえはまさしく我らの同士!」

「よく来てくれたな。歓迎するぜ」


 ジンクといっしょに空を飛んでいた純朴そうな青年が、輪の向こうから進み出てくると、抱えている荷物をうれしげに手渡した。

「ほらよ、大事なもんだろ」


 ラキスは感謝をこめて礼を言うと、背嚢を受けとり背中の定位置に戻した。続いてもうひとりの青年が、さらにいそいそと進み出た。

「これも拾っといた。役立ててくれよ」


 彼が差し出してきたのは、庭園ではね飛ばされたはずの剣だった。まさか拾ってくれていたとは……。


「ありがとう。よく気がついてくれた」

 心底、感謝した。

 魔法剣であれ何であれ、長剣を持たない剣士なんて、それこそお話にもならない。どうやって新しい剣を手に入れればいいのかと、飛行中も本気で悩んでいたのだ。


「立ち話もなんだ。とりあえず、うちに来てもらおうか。狭っ苦しいが、ひとりくらいなら泊める場所もある」

 ジンクが声をかけた。それから、腰にまとわりついていたチャイカを抱き上げると歩き出した。


 黒い翼の輪がほどけ、一同は彼に続いてぞろぞろと移動していった。

 

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