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光と闇の間にありて(第一部)  作者: こまの柚里


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 思わず彼の顔を見返すと、深い人間性を感じさせる瞳が、にっこり笑いかけてきた。


「ここにいると、何やら文学的な表現がしたくなってしまうのです。吟遊詩人なら、ここでさぞや多くの作品をものするところでしょう。実はわたくし、そのうち旅芸人など呼んでここで音楽を奏でてもらうという企画ももっておりまして。なかなかよい考えだと思われませんか? 老いも若きも金持ちも貧者も、みな関係なく美しい絵と音楽を楽しみ心をひらいてともに学び、もちろんともに食べたり飲んだりも……おっと、こりゃ失礼、またしゃべりすぎてしまった」


 彼は自分の口を自分でたたくと、急にエセルから離れて戸口に向かった。

 そして、こわい顔でこちらを見ているリタに連れられて、ふたたび別室へと消えてしまった。


 ひとりになったエセルは、いまの館長の言葉で、ふと護衛兵の男女のことを思い出した。

 誰でも楽しみながら学べる場所とはそのとおりだ。彼らは外で待機しているのかもしれないが、せっかくここまで来たのだから、中で護衛をしてもいいのではないだろうか。


 声をかけてみようかと思い、彼女は入ってきた戸口に引き返して通路に出た。

 部屋には二か所の戸口があり、順路からいって出口と思われるほうの戸口にはレブンが立って、じっと中をみつめていた。絵にはまったく興味がないとみえて、部屋に入る気はなさそうだ。

 そんな彼の顔を何気なく見やって、エセルは、はっとした。


 彼がみつめているのは次期伯爵の後ろ姿だった。そして、その目つきは、思わず見間違いかと思うくらい険しかった。

 少なくとも、従者が主人に向けるものとは思えない。

 どうしたのだろう。あの家令は、もしかして主人を快く思っていないのだろうか……?


 そのときエセルが考えたのは、きっとこの施設には、かなりのお金がかかっているにちがいないということだった。

 マリスターク伯爵によれば、レブンというのは非常に仕事熱心で、忠義心も厚い人物らしい。そんな人がにらみたくなる理由といえば、財政面にかかわることくらいしか思いつかなかったのだ。


 でも、たとえお金がかかったとしても、この施設はつくるだけの価値がある。帳簿も大切だが、こういう場所にも理解をしめしてくれればいいのに。算盤のことばかり考えたりせずに、少しは次期伯爵を見習って。

 

 ──だが実のところ……レブンの側からいわせれば。


 エセルの思ったとおり、彼は絵画よりも帳簿のほうにはるかに興味があったし、算盤のほうにずっと価値をおぼえていた。

 けれど、こういう場所が不要だと思っていたかといえば、そんなことはない。彼の父も美術を愛好していたし、財政的に困るほど費用がかかっていたというわけでもなかった。


 したがって、彼がコンラートをにらんでいたのは、そうした理由からではない。

 彼はただ、どうしても違和感を押さえることができずに、主人を鋭くみつめていただけだ。


 オルマンド家には複数の家令がいたが、レブンの父はその中でも、もっとも古くからつとめていた人物だった。だがその父は一年ほど前に突然倒れ、あっというまに他界してしまった。

 倒れる前、父は落馬で怪我をした跡取りのことをひどく心配していた。度が過ぎるほど気に病んでいたといっていいくらいだった。


 だから父のあとをついで家令に任命されたとき、レブンは父の分まで跡取りのために働こうと誓ったのだ。

 彼はずっと父の補佐をしていたし、父譲りの才能は周囲からも認められていた。それで仕事についてはなんの問題もなかったのだが……。

 どうも次期伯爵に関しては、神経質になりすぎているらしい。この得体の知れない違和感も、きっとそのせいなのだろう──要するに、芯からそんなふうに思えるくらい、彼は善意の人間だったのだ。


 芯から善意だったのはロッテンクロックも同じで、彼の場合は諸国を漫遊したおかげで、レブンよりさらに見聞が広かった。

 したがって、もし彼が領主館で暮らしていたなら、コンラートについて何か感じるところがあったかもしれない。


 だが、彼が次期伯爵と面会するときは必ずそばに絵があり、絵を前にするとそれ以外のことは考えられなくなるのが、芸術家の性分だった。

 それに聖母の前で陶酔するのは彼も同様だったので、魅入られているコンラートを見ても、同士だと思っただけだったのだ。


 だから……彼は完全に見落とした。

 次期伯爵がいま見ているものは、聖母の顔や姿ではなく、その衣裳をいろどっている緋色だけであるということを。

 陶酔ではなく酩酊という言葉こそが、コンラート・オルマンドにはふさわしいのだということを。


 もちろん、コンラートの演技が彼を上回っていたともいえる。そういう点では、けしてほころびを見せないように、細心の注意が払われていたのはまちがいなかった。


 いずれにしても、館長や家令でさえ気づかなかったことに、王城で生まれ育ったエセルシータ姫が気づくはずがない。

 次期伯爵が姫君のほうを振り向いて、にこやかに笑いかけてきたので、彼女は護衛兵を呼びにはいかず、部屋の中に戻っていった。

 そして、一階を見たときと同じように肩を並べて、鑑賞の時間を過ごしたのだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ここまで読ませていただきました。絵画館での一幕、多弁ながら人望と知見のあるロッテンクロックの印象的な話に始まり、市井派と天啓派の作品の、生命力の美しさと静謐な時間の違いも、こちらまで絵画を…
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