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 あまりの率直さに、ラキスはそれが自分の聞き違いではないかと思った。


「エセルを愛していますか、とはたずねませんよ。あの子を守るために命をかけてくださった勇者様に、そのような質問をしては、失礼が過ぎるというものですからね。そしてエセルの気持ちもわざわざ言ったりはしません。そなたは十分わかっているはず」


 アデライーダはハーブ茶をひとくち口に含んでから、ゆっくりとカップを戻した。


「わたくしはね、待っていたのですよ。そなたとあの子がふたりでやってきて、婚約させてほしいと願い出るのを。ふたりでいる様子を見ていると、いつ願い出てもおかしくないほど親密そうに見えましたからね。そして……」

 ゆるやかだが、何のためらいもない口調で続ける。


「もしその日がやってきたなら、わたくしも言おうと思っていたのです。どうかレントリアの第三王女をよろしく頼みます、と」


 ラキスは答えられなかった。相討ちになる前の天幕で起きたことを、再現されているような気分になってきたからだ。

 あのときも、どうしてそこまで言ってくれるのかと思うようなことを、姫の口から聞かされたが……その母の言葉は、夢物語のようだった娘の言葉とは重みがちがう。


 女王を甘く見ているつもりはなかったが、やはり甘かったかもしれないとラキスは考えた。まずはやんわり気持ちを探ってくるくらいだろうと思っていたのだ。

 だが、貴族でも使い手でもない若輩に、いきなり具体的な話をもってくるはずがないという予想は、どうやらはずれていたらしい。


 女王陛下に相手を探る意図はみじんもなく、探るためにわざわざ人を呼んだりしない。女王が動くのは、決断するときだけだ。

 目の前にいる、風にも流されそうに華奢な女性が、決断することを生業なりわいにしている人物なのだということを、あらためて突きつけられた気がした。


「エセルにも、話があればいつでも聞くと言ってあるのですが」

 アデライーダは、愛娘を思う母親の口調になって続けた。


「あの子は、そなたの体調がととのってからとくり返すばかりで……今回、マリスタークに行く件についても、かわいそうに青ざめていましたよ。あれほど気持ちが顔に出やすい子もいませんからね。わたくしも胸が痛みましたが、必要な公務だったのでやむなく」

「………」

「あまり恋人を待たせるものではありませんよ」


 いたずらをいさめるような微笑が、彼のほうに向けられてきた。


「マリスターク行きは縁談とは別問題ですが、あちらだってエセルが婚約もせずにふらふらしていたら、我慢しづらいでしょう。ほかの候補者たちにしても同じです。意外かもしれませんが、あんなにおてんばでも、王家の末姫はけっこう人気があるのですよ。引く手あまたと言えるくらいにね」


 存じています、とラキスは答えたが、それ以上の言葉が出なかった。

 けれどアデライーダは、押し黙っている若者に腹をたてるつもりはないようだった。何か思うところがあるのなら言ってごらんなさい──そう促してから、部屋のすみに控えていた侍女に退室するよう指示を出す。

 それから、続き部屋とおぼしきほうに向けて声をかけた。

「ヴィアン、そなたも外に出ていておくれ」


 通路とは別の側にあった扉がひらき、ヴィアン・ダズリー伯爵が歩み出てきた。

 彼は女王と同年齢で、めったなことでは笑いそうにない、きびしい雰囲気をまといつけた男だった。銀灰色の長髪をぎゅっと束ねていかにも神経質そうな顔立ちだったが、美男子にはちがいない。


 ヴィアン・ダズリーは、もともとエルランス殿下の側近であり、親友だという話だった。殿下亡きあと、その遺志をついで女王に忠誠を誓い、妻をめとることもなくひたすら仕え続けているという。

 アデライーダも彼を信頼し、その仕事ぶりを認めて長く重用していた。


 扉近くに立ったダズリー伯爵は、ふたりだけにしていいものかと言いたげな視線を、ラキスに向かって投げかけた。だがすぐに女王に礼をとると、無言で部屋を出ていった。

 女王が伯爵に求めているのは愛想のよさではないことが、よくわかった。と同時に、いよいよ自分が何か発言しなければいけなくなったこともよくわかった。

 

 無難な言葉を探したあげく、ラキスは声を押し出した。

「わたしは一介のはぐれ剣士にすぎません。姫様と婚約するなどという大それたことはとても……」


「たしかに、ステラ・フィデリスに未登録だったのには驚きました」

 アデライーダは、彼の答えを予期していたかのようにうなずいた。


「それに貴族の出ではないことも、以前のわたくしであれば少しは気にしたかもしれない。しかし、いまのわたくしはちがいますよ。そなたが川に落ちたあと、どれほどエセルが嘆き悲しんだかを、まのあたりにしたのですからね。あの陽気な子が何日も部屋にこもり続けて、泣いて泣いて……このままではあの子も死んでしまうだろうと思えるくらいでした」


 あの子が部屋から出てきてくれたときは、だから本当にうれしかった。あろうことか城を抜け出そうとしたときも、だからこそ黙認する決意をしたのだと女王は続けた。

 リデルライナたちが金子きんすの工面をしているのも黙認したし、最終的には許可も出した。実はひそかに護衛の者にあとを追わせもした。

 ルカナの村の手前で姫を見失ったと聞いたときには、さすがにあぜんとしたが……。


「メイナという子は、追手をまくような面では才覚があったようですね。侍女には不向きでしたが、さすがにエセルが気に入っていただけのことはある」

 女王は苦笑したが、ラキスは別の意味であぜんとしていた。

「ご存知だったのですか……」


「あたりまえです」

 アデライーダは金色の眉を持ち上げた。


「勇者かもしれない若者が川に打ち上げられたという話は聞いていました。まさか本人だとは、誰も信じていませんでしたがね。でもエセルは、自分の目で確認しない限り絶対に納得などしないでしょう。だから、気のすむまで好きなようにさせてやりたかったのです」

「………」

「それが本当に、無事に勇者を連れ帰ってくるとは。こうして生きてふたたび、そなたに会いまみえることができるとは……」


 女王は声をふるわせると、身を乗り出した。

「そなたが生きていてくれたおかげで、エセルもまた生き返った。そしてエセルだけではありません。ラキス、このわたくしとて、どれほどうれしかったことか。これも殿下のお導きだと、どれほどの感謝をささげたことか」


 アデライーダは視線をめぐらせて、部屋の一角を飾る大きな姿絵のほうに目を向けた。

 在りし日のエルランス殿下と女王陛下。仲睦まじく寄り添いあう姿が、鈍い金色の額縁に守られながら永遠の時をとどめている。


 ふたりとも正装で、おそらく即位してからそれほどたっていないころだろう。

 裾を長くひいた金襴のドレスをまとうアデライーダは、まだ初々しさが残る魅力をたたえて、まるでいまのリデルライナ姫を写したように見える。

 エルランス殿下も、大きくふくらんだ袖とにしきのベルト、足元までとどく裾丈のガウンをまとって若々しい。


 明るい灰色の瞳にはどこか愛嬌があり、金髪は女王のそれにくらべれば褐色の影が濃く落ちていた。瞳の色こそちがっているが、もっとも面影を受けついでいるのが末姫のエセルシータであることは、たしかなようだ。


 ラキスはその絵をみつめながら、王城でアデライーダに再会したとき、どれほど彼女が喜んでくれたかを思い出した。

 女王は最愛の夫の悲劇に、自分とエセルをかさねていたのかもしれない。だから目をうるませるほど喜び、いまもこうして、ふたりの行く末を祝福しようとしてくれているのだ。

 だが──。

 

「恋しい人が生きていてくれること以上に、何を願うことがありましょう」

 気持ちのこもった女王の声が続いていた。

「それにくらべれば、身分などなんと小さい問題でしょう。だからそなたが、身分差を気にして身を引く必要はいっさいないのです。もっともそうはいっても、形式上なにがしかの肩書きは必要ですが」

「………」

「それも案ずることはない。爵位と座位のどちらを望みますか?」

「え?」

 ラキスが思わず聞き返すと、女王は当然のことだというように答えた。


「好きなほうをあたえますよ。ステラ・フィデリスも王室の頼みをむげに断ったりはすまい。若いゆえあまり上位は無理としても、第三座あたりでどうですか」

「いえ、わたしは……」

「爵位のほうがよければ、養子縁組できそうな名家に心当たりがあります。ただその場合、実のご両親とは別れなければなりませんが……ご両親はその後、息災なのでしょうね? 手紙のやりとりなどはしているのでしょう?」

「両……両親は……」

「そなた、出身はコルカムですね。国境近くの」



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