19(護衛兵たち)
衛兵との会話はこれで終わりになるのが普通だが、彼らはなぜかさがらず、そこにとどまっていた。
エセルは、ディーと名乗った男が、じっと自分に視線を向けているのに気がついた。
「あの……?」
彼女がとまどうと、ディーは藍色の瞳をわずかに細めてほほえんだ。
「失礼しました。吟遊詩人の歌うとおり、きれいなおかただと……」
エセルは頬に血がのぼるのを感じた。
「バラッドのことですね。このあたりでも、やっぱり、はやっているのかしら」
「いいえ、都を通ったときにたまたま耳にしました」
エセルは、なんとなくほっとした。伯爵たちも聞いていたらと思うと、決まりが悪かったからだ。
弁解するような気分になりながら、つけ加えずにはいられなかった。
「あれは単なるバラッドです。わたしは泣き暮らしてなどいませんし、勇者もお城で元気にしていますわ」
「そのようですね」
こころなしか、ディーの微笑が深くなった気がした。
彼はエセルの気持ちを察したように言葉をついだ。
「バラッドというのはそういうものです。歌い手は、事実よりも歌としての完成度のほうがよほど大事ですし、聞き手にしても同じですね」
粉屋の娘のバラッドをご存知ですか、と彼が問いかけてきた。
エセルはうなずいた。かわいらしい粉屋の娘と水車小屋の番人が恋に落ちるバラッドで、恋心をういういしく謳いあげた佳品だ。はずむような旋律も人気が高い。
「あの娘は最近、銀細工の職人と結婚しましたよ。銀の腕輪を贈られて、ころりとまいったとか」
「え……本当に?」
巷では有名な話なのだと、青藍の瞳の衛兵はあっさり言った。
彼によれば、歌はあいかわらず人気があって、誰も事実など気にしていないという。実名は吟遊詩人が気ままに語るだけで、歌詞になってはいないから、粉屋の娘本人だって堂々としたものであるらしい。
「そうだったの……」
エセルが呟くと、ディーは響きのいい声で提案した。
「こんな話でしたら、ほかにもたくさん存じていますよ。よろしければ、お部屋でゆっくり語らせていただきますが」
エセルはうなずきかけたが、承諾するまではいかなかった。横に立っていた女性衛兵のレマが、ディーの頭をはたいたからだ。
同僚の提案を却下すると、レマはしとやかな笑顔を姫君に向けてきた。
「申し訳ございません、姫様。巡回の時間ですので、わたしたちはこれで」
はたかれたディーも、けろりとした表情で続ける。
「残念ですが、お話はまたのちほど」
ふたりの衛兵は、完璧な礼をすると、並んでその場を立ち去っていった。
残されたエセルは、彼らが曲がり角の向こうに消えるまで、ぼんやりとその後ろ姿を追っていた。それから、自分が護衛の兵たちに見とれていたことに気づいて、はっとした。
めずらしいことをしてしまった……いくぶん動揺しながら、エセルは思った。
でも、なぜかとても印象的な人たちだった。どうしてだろう。どこかで似た雰囲気の人に会ったことがあるような……。
礼節を知っていながら、王族に対してまったく物怖じしたところのない雰囲気。鍛えられた剣士の野性味を感じさせるのに、どこか貴族的とすら思える気配。
エセルは、ふたたびはっとした。
ラキスに似ている。
もちろん彼の場合は貴族的とまではいかないし、洗練度もちがっているが──それでもやはり、王族や王城の豪華さに揺らぐことのない、ふつうの護衛兵とは一線を画す何かをもっていた。貧しい農村で貧しく育ったと言っていたのに……。
エセルは頭を振ると、思い出にひたりそうになった自分を引き止めた。
この旅の間に、彼のことをいちいち思い出すのは、もうよそう。せっかく遠出をしてきたのだから、いま自分がいる場所をよく見て、ちゃんと吸収しなければ。
心に決めて部屋に戻ると、姫君は仮眠をとることにした。とりあえず歓迎の晩餐会が待っていたので、旅の疲れを少しでも落としておかなければいけないのだった。




