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アデライーダ・ルノーク・レントリンディア。
建国の母エルフリーデの末裔にして、第三十二代女王。小国ながら千年余の歴史を刻む王国のいただきに立つ、レントリアの星冠。
女王は姫たちと同様にたおやかな姿の女性で、金の髪を高く結い上げ、銀の星々をまぶした繊細な細工の冠をつけていた。
まとっているのは紺瑠璃のベルベット。ふんわりと肩からかけたタフタには、たくさんの星の意匠が銀糸でかたどられている。袖口を大きくひらいた長い袖は、タフタとからみながら膝近くまでとどいていた。
光抱く清流の双眸は、娘のリデルライナ姫とそっくり同じ色だ。だが母の清流は、まだ若い姫君のそれにくらべれば、はるかに遠い高みから流れ出てくるもののようだった。
アデライーダ女王は高座の椅子にはすわらず、人々の輪の中に入ったり、壁際にいる者たちに声をかけたりしながら動いていた。ときには小姓たちにも会釈しながら、優雅に広間をまわっている。
その姿を遠目から見る年配の領主たちは、女王がいまのリデル姫と同じ年齢で即位したことを思い起こして、賞賛のため息をもらすのだった。
先代のフロリンダ女王が、突然の病で崩御したとき、アデライーダはまだ二十一歳だった。初代エルフリーデ女王は、建国したとき少女だったといわれているが、新女王はそれに次ぐ若さでの即位を迫られたことになる。
先代女王を失った悲しみと、若すぎる新女王への同情、そしてそれを上回る不安。人々は国の行く末を案じて嘆き、レントリアはいっとき、明けない雨季が訪れたかのように重い雰囲気に包まれた。
だが、人々はほどなく、それが杞憂にすぎなかったことに気づく。
先代女王の教育は完璧だったし、アデライーダ女王の気質も心構えもまた完璧だった。何よりもエルランス殿下というすばらしい夫君が、若き女王をすべてにおいて支え、ときにはやさしくみちびいた。
即位の翌年にはリデル姫が誕生し、また翌年にセレナ姫が誕生。二年後にはエセル姫。慶事が続いて、王家も国も、すっかり安定したかに思われた。
エルランス殿下が悲劇にみまわれたのは、そうした矢先のことである。
今度こそ女王が立ち直れないのではないかと、誰もが考えたのも無理はない。夫婦仲の睦まじさでも、ふたりは最高の模範だったのだ。
しかし、またしても彼女はみごとに立ち上がった。
長い喪の期間が明けたとき、人々が目にしたのは、以前よりもさらに美しく毅然と前を向いた女王の姿だった。
それから十数年。
彼女の治世のおかげで国はうるおい、近隣諸国とも協調しあって、平穏な時代をむかえている。
領主たちが心からの感謝と尊敬の気持ちをいだくことができるのも、苦難を乗り越えてきた女王陛下の、長い道のりがあってこそなのだった。
読んでくださってありがとうございます。
迷走中のふたりの物語を楽しんでいただけているといいのですが……。
あと数話くらいで、前日譚『星の下の晩餐会』が関係してきますので、未読のかたはそちらを先にのぞいていただけると嬉しいです。