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 姫君たちは、若者が出て行ったあとも、しばらく扉のほうをみつめていた。

 それから、ふたり同時にため息をつき、印象に残った彼の言葉を心の中で反芻した。


 ──わたしがエセル様にふさわしいかどうかの問題です。


 それを聞いたときには謙遜と返したが、謙遜ではなくあれが本音なのだろう。

 決まり切った事実を告げるように、淡々とした口調だった。強がっているわけでも自分を卑下しているわけでもない。そのことが、かえって姫たちの胸にこたえているのだった。


 たしかに、レントリアという国が建国して以来、生粋でない人間が王族と結婚した例はただのひとつも見当たらない。リデルたち自身にしても、そんな可能性を考えたことさえなかったというのが正直なところだ。


 半魔と呼ばれる人々を差別しているわけではない。わずかな種族の差こそあれ、彼らがれっきとした人間であること、魔物とは根本的に別だということを、王家側ももちろんちゃんと理解している。


 たとえば魔物でも聖獣でもないエルフの存在がそうであるように、この世界は不思議な魔法に満ちていて、人間でさえその魔法の手の内にある。

 そんな場所では、不可思議な魔性の血が一滴混じり込むことだってあるだろう。

 でもそれは髪や肌の色の差異と似たようなもので、恐ろしい魔物たちとは根源的にちがっているのだ。


 ただ、残念なことに──リデルとセレナは再びため息を吐き出した──それがわかっていながらも、彼らの存在が一部の人々に魔性を思い起こさせるという点だけは、やはりどうやっても否定できそうになかった。


 昔ほどではないにしろ、魔物の被害に苦しみ、その存在を憎む人々はいまも国内に数多い。実際に被害を受けていなくても、親世代から伝え聞いた話は根強く皆の印象に残っている。

 エルランス殿下に降りかかった悲劇が、不幸にもそれに追い打ちをかけてしまった。


 しかもラキスは、身分もなく素性さえはっきりしない出自だという。生粋でないことを差し引いたとしても、王家の姫の相手となるには大きすぎる障害だ。

 けれど、それでも──。


 ラキスが相討ちを選んだときのことを、居合わせた兵士たちは当初、レントリアのため民のため──という言葉で語っていた。

 だがそのうちに、あんなふうに勝負を急いだのは、エセルシータ姫が下にいることに気づいたためだという見方が広がっていった。エセルが魔物に近づいたから、危害が及ばないよう剣を刺すタイミングを早めたのではないか、というのである。


 そしてリデルたちにも、その説のほうがしっくり来るように思われた。泣き暮らしていたエセルには、そんなことはとても伝えられずにいたけれど……。


 そのエセルからすべての事実を聞いたときは、姉妹ふたりとも、これ以上驚けないくらい驚いた。勇者様の秘密といい、インキュバスの中に飛び込んでいったことといい、女王陛下でなくてもすぐに受け入れられるはずがない。思わず妹を叱り飛ばしたが、いくら叱ってもたりないくらいだった。


 独断で城を抜け出して、足場の悪い山登りまでして、しかも魔物に呑み込まれるなんて。なんという危ないことを。無事に彼を助け出せたからいいようなものの、一歩間違えれば取り返しがつかない事態になっていたというのに。


 姉たちのそんな叱責を、妹は首をちぢめて、ひとこともなく聞いていた。だが最後の部分で、ふと顔をあげると、小さな声で反論してきた。

──助け出したんじゃないわ。わたしが助けてもらったのよ。彼が手をとってくれなければ、沼に沈んでしまうところだったんですもの。


 つまり……。

 ふたりとも相手のために、あたりまえのように自分の命をかけたのだ。

 ラキスにしてもエセルにしても、死んでしまってもおかしくはなかった。それが奇跡のようにふたりとも助かり、五体満足で生き延びて、こうして王城に戻っている。


 そんなふたりが別れなければならないなんて。この先いっしょに生きていけないなんて──。


「わたくし、彼に酷なことを望んでいるのかしら」

 と、リデルがひとりごとのように呟いた。

「すべてをはねのけてエセルを選んでもらいたいと……そう思うのは彼にとって残酷かしら?」

 セレナが無言で姉をみつめ返す。どう答えていいかわからなかったからだ。


 どんなに彼が勇気を出して覚悟を決めても、どんなにエセルが訴えても、どんなに自分たち姉妹が口添えしても……女王は受け入れないかもしれない。ふたりの仲を許さないかもしれない。

 それが想像できる以上、うかつな返事はできなかった。


 もちろん、やってみるだけの価値はある。行動せずに何かが変わることはありえない。

 懐剣を持つ手をエセルが止めてくれたおかげで、いまの自分たちがあるように。

 それでも──彼女たちは妹ほど楽天的ではなく、妹よりも冷静だった。

 女王の心と決断に立ち入ることなど、誰にもできはしないということを、彼女たちはよく知っていた。



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