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エセルシータは自他ともに認める楽天的な姫君だったが、自分とラキスの仲がすんなり許されると思うほど、世間知らずなわけではなかった。
王家の娘と、魔性の血をひく若者の恋。
それがどれほど障害をともなうのかについては、いくら末姫だろうときちんと理解しているつもりだ。
レントリアという国のめざすところが、魔物による被害の根絶と、被害を未然に防ぐための魔物撲滅だというのは、いうまでもないことだった。
ことにアデライーダ女王陛下の御代になってからは、その方針が顕著に打ち出されている。
たとえば、いまは王城付きの討伐隊が地方にも遠征して、地元の要請に応えるかたちができあがっているが、以前は都とその周辺の警備に限られていたらしい。
地方に人手をさいたことで王城が手薄になり、インキュバスの襲撃を招いたといえなくもないのだが──それは女王が、王家の安全よりも民の安全を優先しているという証しにもなっている。そしてその体制は、女王自身や姫君たちの命がおびやかされたあとであっても、変わることはなかった。
したがって、俗に半魔と呼ばれる存在は、以前にもましてレントリア国内で微妙な立場に立たされているのだった。
女王陛下は、何も彼らまで根絶しようとしているわけではない。ただ地域によって半魔に対する感情に差があり、共存できている場所があるいっぽう、まったくできていない場所も多いようだ。
バラッドにまであたりまえのように使われている常套句──「穢れし魔物」。それを善良で無害な半魔たちにも適用してしまっている地域もあると聞く。
たしかに魔物による犠牲者が多い地域の住民が、魔性の血を排斥しようとするのは無理もない側面もあるだろう。何にしても、いまのところ対応は、それぞれの土地柄を把握した領主たちの裁量にまかされた状態になっている。
そんな中で、王室の第三王女の婚姻が、本人の希望通りにいくものなのかどうか……。
幹に押しつけたひたいが痛くなってきたため、エセルは顔をあげると、なんとか気を取り直そうとした。
あんな言葉なんかを真に受けるべきではないわ、と、姫君は一生懸命考えた。
以前だって、掌を返したように冷たくされたことがあったじゃないの。あのときはまんまとひっかかって、無駄に落ち込んだものだけど、結局は身を引くための彼の方便にすぎなかった。だからさっきの台詞だって、きっと。
それにしては、やけに自然体な言いかただったような気も……するけれど……。
エセルは、ラキスとともに母である女王陛下のもとに行き、すべてを話すつもりでいたのだった。
母は、聖獣の加護によって勇者様が永らえたという娘の説明をいまだに信じて、ひとかけらも疑ってはいない。皆の命を救ってくれた彼に深く感謝し、その後の活躍も認め、人柄も気に入ってくれている。
そんな母に、いつまでも事実を隠し通すことなど、できるわけがなかった。秘密を持ち続けたまま交際を続けるなんて、娘としても王女としても論外だ。
もちろん本当のことを話せば、母もいっとき動揺するだろう。ふたりの仲を反対することもあるだろう。だが、心をこめて訴えれば、必ずわかってもらえるはずだ。
自分たちがどんなにお互いを必要としているか。ともに生きる相手であると思い定めているか。お互いのいない人生など考えられないと思っているか。
魔物同様に半魔も穢れているという、一部で流布しているいわれもない俗説。それがいかに的外れなものであるか。ふたりで真剣に、あきらめることなく訴えれば……。
ふたりで。
──エセルは両手で顔をおおい、思わずしゃがみこんだ。
女王陛下どころではない。最大の難関が、ほかならぬラキス自身であることが、身にしみた思いだった。
誰よりも説得が必要なのは、彼のほうだ。そしてわたしは──姫君は打ちのめされながら考えた──いまとても傷ついているけれど、驚いてはいない。こうなることをどこかで予想していたような気がする。
だから話を切り出すのを何日もひきのばして、ごていねいに飲みものまで作って覚悟を決めて……。
エセルシータは大きく息を吸いこみ、次にしようとしていることに備えた。
もう、がまんしないで泣いてしまおう。こらえているなんて身体によくない。どうせ誰も見ていないのだし、あの人が追いかけてきてくれるはずもないし。
そう決意をかため、実行にうつそうとしたとき。
「──大丈夫ですか?」
ひかえめな声がかかった。
エセルは吸いこんだ息を呑みくだしながら、声がしたニレの木陰のほうを振り向いた。
黒褐色の長髪をひとつに束ねた二十代なかばほどの男が、気づかわしげな様子で、じっと彼女をみつめていた。




