序
ページをひらいてくださってありがとうございます。
下のイラストは例によって落描きなのですが……そして「序」の内容とかなりイメージがちがうのですが……両方あるのがレントリアという国なのでした。
では続編、開幕いたします。
陽のあたらない部屋の片隅に集まった、四人の男たちの目的は同じだった。
目的のためには、もう手段など選ばない。その気持ちも同じだった。
ひとりめの男のしわがれた声が、激情のために大きくかすれる。テーブルの上で握りしめた両のこぶしが、わなわなとふるえた。
「息子夫婦も孫たちもやられた。村長も跡継もみな……畜生、忌まわしき魔物ども。業火に焼かれて朽ち果てるがいい」
こぶしを叩きつけた振動で、木のゴブレットが倒れてころがり、床に落ちた。すでに十分飲んだあとだったので、誰も気にとめなかった。
「もう嘆かれるな、ご老人」
二人目の男が、心からの同情をこめてささやいた。剣士のがっしりした武骨な手が、ふるえ続ける老人の肩を抱く。
嘆き節を聞かされるのは、先刻から何度目になるかわからないほどだったが、何度聞いても同じように痛ましい話だと思っていた。
「インキュバスを憎む気持ちは、よくわかる。おれとて、魔物狩りをする身として何度歯がみしたことか……幼生体でさえあれば、魔法剣などなくても容易に討ちとれるものを」
「生まれたときから、すでに擬態しておりますからな……」
剣士の言葉を受けて続けた三人目の男は、学者であった。
彼は、テーブル上のオイルランプがゴブレットとともに倒れないよう、ランプの台座をしっかり押さえていられたくらい冷静だった。
「一刻も早く、幼生体の共通点をみつけなければ。必ずどこかに兆候があるはず。幼生体か……あるいは」
ひと呼吸おいて、重々しく告げる。
「生まれる前の胎児の身体に」
学者の言を待つまでもなく、幼生体の特徴を発見することが急務であるのはまちがいなかった。無力で小さな魔物の姿をしているあいだに発見できれば、繭をつくる前に退治できる。
学者は魔物の被害にあった人々の間をまわり、繭をつくる以前の夢魔がどんな姿だったのかについて、すでに調査を終えていた。結果は「千差万別」のひとことだったのだが──しかし夢魔が胎生の魔物であることだけは確認できた。
「そうだ、あきらめるにはまだ早い」
涙でうるんだ老人の目に、意欲の光が戻りはじめる。
「そもそも半魔などという言い方がおかしいと、わしは常々思っておったのだ。人間か魔物か。それ以外になんの区別があろう」
同感だ、と、剣士が深くうなずく。
「しかし実際にやるとなると人手がたりん。資金も……」
言いよどむ剣士の声に、今度は別の男の声が重なった。
「ご心配なく。力をお貸ししよう。そのためにわたしがいるのだ」
なんと頼もしい……三人の男たちの視線が、四人目の男に熱く注がれた。彼らはあらためて思いを確認しあった。生ぬるい領主たちにはまかせておけない。自分たちだけで、すべてのことを運ぶのだ。
「ともに力を合わせましょうぞ」
酒の力も手伝い、いつにもまして饒舌になった老人が、四人目の男の手を強く握りしめる。
「微力ながら、わしの力も使ってくだされ。レントリアを守るため、人々の命を救うため。穢れし魔物を討ち果たすために」
後日──。
謙遜でなく、老人の力が本当に微々たるものであったことが、証明された。彼は見物しただけにすぎず、その時間すらほんのわずかなものだった。
老いぼれた心臓には、刺激が強すぎたらしい。
あのときの会合が頭をよぎり、四人目の男はおかしくなる。微力とはよく言った。自分の力のほどを十分わきまえていたとみえる。
剣士のほうはもう少し役立つかと思ったが、腰を抜かして動けないとは、想像以上に小心者だった。
彼らは自分たちの決断を後悔しているだろうか。
興奮しているのは学者だけだが、これは後悔していないようだ。気力もおとろえていないし、手も無駄にふるえてはいない。
ふと頭上に異質な気配を感じて、四人目の男は上を見た。日差しをうけて、白いものが反射した。
天馬?
しかしすぐに興味は失われた。白きものなどどうでもよい。目の前のものがあまりに魅惑的だし、そこから想起されるあまたのものも、さらなる魅力に満ちている。
想起、すなわち割れた樽から噴き上がる葡萄酒。熟れた果実からあふれ出す果汁。ひらききった花弁から、滴りおちる甘い蜜。
この芳醇とこの芳香。吹きつけてくる蒸気と熱気。
いかなる貴石もかなわない。紅玉、珊瑚、柘榴石。そんなものは消え失せよ。
悦楽とともに、愉楽とともに。まごうかたなき喜悦の時を味わいながら──。
笑え、歌え、踊れ、叫べ。
天上の聖に用はない。
これが地上の、聖なる宴。