75話 「首都攻防戦」①
20160511公開
『中の国』の首都の名は「ファティエル」と言う。
中央平原を北から南に穏やかに流れるファティエル川の中州に築かれた城塞都市が発展して、現在の姿になった。そしてこの都市は南北と東西を繋ぐ要衝として栄えて来た歴史が有る。
この時代、滅亡した2つの国から流入した難民も多く、人口は6万人を超える。
移り住んで来た難民は中州に造られた『旧市街』は勿論、50年以上も前に拡張された『新市街』にも住めず、対『害獣』用に造られた防壁に守られた区画に新たな街を造って住んでいた。
ちなみに都の名前の由来は「豊穣」を表す「fertile」という英語が語源だが、この時代では両者はまったく別の言葉として使われていた。
「申し訳御座いません。『害獣』の勢いを削ぐ事に成功したものの、残念ながら戦果としては40頭も行きませなんだ」
『中の国』の幸女王は、軍務大臣からの報告に一瞬だけ目を閉じた後、労いの言葉を掛けた。
「ご苦労様でした。それで兵の被害はどれ程ですか?」
「戦死27、負傷により戦線より離脱した者59でございます」
今回の禍は想定外の経過を辿っていた。
漂着した『益獣』と『害獣』の集団を領内に入れない様に虎の子の部隊まで投入して防備を固めた筈だが、まさか『益獣』の集団が防壁を強引に破るとは思ってもいなかった。
おかげで防衛計画は後手後手を踏む事になってしまった。
『害獣』が進化した『敵獣』ですら乗り越えられない5㍍の防壁を(『害獣』系の種族はジャンプが苦手であった。地球の猫などはその体長の5倍の高さを跳べるが、『害獣』系統は体長と同じ高さも跳べなかった)、漂着した『益獣』は自身の身体への損傷など見向きもせずに数の暴力で無理やり抉じ開けた。
その結果、万全と思えた防壁は数十㍍に亘って崩壊した。
無茶な体当たりが原因で瀕死の傷を負った『益獣』を『大型害獣』と『巨大害獣』が襲っている間、『中の国』の軍隊は有効な対策を立てる事が出来なかった。
原因は、選りにも選って崩壊した防壁の上に付近の防衛を指揮する司令部が存在したからだ。
そして、食事中という千載一遇のチャンスを逃した後は、有効な対策を立てる暇も無く泥縄式に近隣と進路上の部隊を投入した軍は、被害に見合う戦果を上げる事が出来ずに現状に追い込まれていた。
迎撃に投入された『中の国』第1集団の部隊は3個大隊だった。
そして、最後の望みを託した迎撃もさほど成果を上げる事無く終了した。
『中の国』の首都「ファティエル」と『益獣』と『害獣』の集団との間に存在する部隊は、偵察任務の小部隊を除いて皆無だった。
「今後の迎撃に関して意見の有る者は居ますか? 限られた戦力でも有効利用すれば、撃退は可能かもしれません。意見が有れば挙手の上、発言を許します」
幸女王は会議に参加していた全員の意見を吸い上げる方針を選んだ。
次々と挙手する人間が現れた。
「こうなれば、「ファティエル」で迎え撃つしか有りません。東の『新市街』と『外市街』の住人を西の『外市街』に避難させましょう」
「万が一、『新防壁』を破られても『旧防壁』で勢いは殺せる筈です。それさえも越えられたとしても『外市街』の建物が障害となって、侵攻速度は大幅に落ちる筈です。そこを近衛大隊が攻撃すれば十分に勝ち目は有ります」
「近隣の部隊の召集はどれ程進んでいるんだ?」
「早ければ3時間後には2個中隊が到着する予定です」
「それじゃ間に合わん。いっそのこと市民から兵を募るのはどうだ?」
「ならば、『女神様が遣わしてくれた神の兵』の残りを使うのはどうだ? これまで散々無駄飯を食って来たんだ。この機会に恩を返して貰っても罰は当たらんだろう」
議論の流れを見ていた幸女王だったが、さすがにこの段階で介入する事にした。
「彼らをこちらの都合で引きずり出す事は私が許しません」
「ですが、女王、彼らも我らが「ファティエル」が蹂躙されれば無関係で済みません。協力を要請する事をしなければ、後々に、彼らも我らも民の恨みを買う事になります。せめて打診だけでもすべきではないでしょうか?」
幸女王の返答はしばらく経ってから発せられた。
「皆の危惧も理解出来ます。彼らには私から話をしましょう」
その後、細かな修正を加えた急造の首都防衛計画が策定された。
幸女王は重い気分を抱えたまま、1年前に無理やり召喚された同朋とも言える人々の許に向かった。
なんとか間に合いました・・・
修正が入っていますが、こちらが正式版です。




