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45話 「鈴木百合」

20160404公開



20160404追加描写(鈴木千恵に関する描写)を追加

 鈴木百合にとって、この世界はどこか現実味が薄かった。


 いつも行く『スーパー織田』の店長をしていたオーナー一族の夫婦とは特に親しくしていた訳ではないが、それでも2人の顔は知っていた。それが突然の失踪事件で姿を消した。

 近所で起きた“事件”だけに色々な情報を聞いたり読んだりしたが、その原因が非現実的とも言える現象だとは思いもしなかった。

 そして、自分も巻き込まれた今回の拉致事件だ。

 床に魔方陣としか思えない模様が浮かんだ時から常識は吹き飛んだ。

 今年53歳になった彼女も『魔法』という言葉は知っていたし、『魔方陣』という言葉を知っていた。

 『魔方陣』という言葉は、日本人なら年寄りは別としてそれなりに知られているだろう。もっとも、知っているが見た事が有る人間は少ないだろうけど・・・

 灰色の線と見知らぬ文字が床に浮かぶ瞬間を偶然に見た時は目の錯覚かと思ったが、娘の千恵が『え?』と呟いて床を見詰めている表情を見た時に現実だと悟った。

 思わず娘を抱き締めた直後に眩しい光が辺りを包み、しばらく記憶は途切れている。

 吐き気に苛まれながらも、意識を取り戻した時には薄暗い石造りの部屋に居た。

 これで現実感が湧く方がおかしい。

 その直後に起こった騒動の時も、どこかで夢にしてはリアルだな、と思ったくらいだ。

 ただ、娘とはぐれた時に感じた焦燥感はリアル以外の何物でも無く、ただ娘を探して回った。

 あの子は鈴木百合という女性にとっての希望であり、夫の忘れ形見だった。

 39歳という高齢で、苦しい不妊治療の末に産んだ最愛の娘だった。

 娘と入れ替わるように病死した夫との最後の絆でもあった。

 見付けた時は声が出たが、それも一瞬だった。千恵を捕まえようとしているヨーロッパの中世風の金属製の甲冑に身を包んだ男の姿が目に入ったからだ。身体が硬直して動かなかった。夢なら動く筈だが、動かなかった。

 叫ぼうと息を吸い込んだ時に、誰かがその男を殴り飛ばした。いや、飛ばしてはいない。男は垂直に崩れ落ちたのだ。

 しばらく経って、男を殴ったのが店長だと気が付いたが、意外としか言えなかった。

 小さい頃から知っているが、「おばあちゃん子」の大人しい子だった。自衛隊に入った事も知っていたし、社長の市さんが病で体調を崩した事を切っ掛けに自衛隊を辞めて戻って来た頃の事も覚えている。

 お嫁さんが居ないのが不思議なほどモテそうな甘いマスクだが、市さんいわく今は仕事に打ち込みたいから40歳になってから結婚すると言ったそうだ。確かに真面目な性格なのか、初めて会った娘の千恵にも丁寧に挨拶をしていた。

 だけど、そんなイメージは、あの時に消し飛んだ。

 店長は鎧を着て大きな剣を持った男たちに素手で立ち向かって、全員を殴り倒してしまった。

 へたり込んだ私たちは、その姿を恐れと共に見上げるしか出来なかった。

 何人もの客が嗚咽を漏らしていた。

 店長は何かを探すように周囲を見渡した後で表情を一変させた。


「ああ・・・」


 それまで彼を覆っていた空気がウソの様に霧散し、力の無い言葉が漏れた。

 フラフラとした足取りで歩いたと思ったら、1人の女性を抱き起こした。



 市さんは死んでいた・・・・・



 あの日、娘も変わった。

 まさしく生まれ変わったと言って良い程の変化だった。


 現実とは思えない状況で、店長の隣で指示を待つ表情には、あの日までのオドオドとしていた面影は無い。

 

 でも、私は未だ生まれ変われていない。




 いつか、娘に追い付けるのだろうか?

 

お読み頂き、誠に有難う御座います m(_ _)m

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