43話 「包囲」
20160402公開
『店長』はきっと、混乱した状況に置かれた時に一番力を発揮するタイプの“人物”だと僕は思っている。
別の言い方をすれば、自身の一番の才能が発揮される事が少ない人種という事だ。
以前から元自衛官か元警察官だろうなとは思っていたが、実際は元幹部自衛官だった。
しかも、レンジャー徽章持ちだ。防大出で、しかも早くからR徽章を取ったという事はかなり将来を期待されていただろう。だけど、退官した理由を聞くと納得だった。僕自身と少し似た事情(家庭内の問題)だったからだ。
それと、どうしても聞きたかった名前の由来を話す時の表情は人間臭かった。
『親父が昔からの織田信長マニアでさ・・・ 「信長の野●シリーズ」は全部買ってやり込んだってドヤ顔で自慢するのが鬱陶しかったな。もし信長と名付けなかったらコウエ●とか野望とかの名前を付けたかも知れんと直接聞いた時にいきなり反抗期に突入して防大に入ったんだよな。でも、これって、一種のキラキラネームだよね?』
「店長、次の村が終われば、しばらくはゆっくり出来ますね。どうするんですか?」
「そうだな。1度『中の国』に戻って、幸の顔でも拝みに行こうと思っているよ。士長はどうするの?」
「僕もみんなと一緒に『中の国』に戻ります。そろそろお風呂が恋しくなって来ましたし」
「ああ、いいな、お風呂。さすがにシャワーだけでは物足りなくなって来たし。帰ったらすぐに王城のお風呂に入りたいな」
俺と石井青年は警戒を緩める事無く視線をあちこちに動かしながら他愛もない会話をしていた。
辺りは荒涼とした起伏の激しい荒野が拡がっていた。
ところどころに林とも言えない様な低木の群生地が存在している。
あの木が自生している土地は開墾に向かないと経験則から判明しているそうだ。
『西の国』の疎開は順調に進んでいる。国民の1/4近くが疎開先に辿り着いている筈だった。
俺たちの噂はかなり広まっていて、今では疎開支援の為に訪れる村では大歓迎を受ける程だ。
「さあて、もうちょいだ。気を引き締めて行こう」
次の村は飛び地の様になっていて、前の村から3日ほどの距離に在った。
前線から遠いせいで危険度が低く、近くには砦も無い。
開拓するにはこの辺りの荒地は土壌の問題と降雨量の問題も有って難しいが、この先の小さな川が流れている辺りは開拓するには問題が無い為に20年ほど前から開拓され始めていた。
「何か前衛が慌ただしいですね」
確かに前方に動きが見られる。
前方から『益獣』に騎乗した342中隊の騎兵が駆け寄って来るのが見えた。
「報告します。前方に『害獣』の群れを発見。数は30ほど。進行方向は目指している村の様です。『敵獣』の姿は見えません。念の為に殲滅するので、隊長からはしばらく待機して貰えないかとの事です」
「了解した」
伝令はそのまま後方で殿を務めている341中隊の方に向かった。
「どう思います? 事前の情報ではこっち方面には『害獣』の目撃情報は無かった筈です」
「もしかすれば、前線を縮小したせいで新たな侵攻ルートが出来たのかもしれないな。もし、そうならば出来るだけ早くに村に着くべきだが・・・ それ以前にこの辺りも安全では無くなっている可能性が高い。警戒をもっと上げよう」
石井青年は「じゃあ、みんなにも言っておきます」と言って、疎開支援チームが乗っている馬車の方に向かった。
≪教えてくれる情報は?≫
≪採集サンプルMale-3の要請を確認。視界外にも幾つかの群れが存在します≫
インターフェイスは意外と使えない時が有る。
例えば、今の様な状況下では詳しい情報を寄越さない。
その能力を使えば早期警戒は完璧なのだが、あくまでもこちらが知った情報を補完してくれるだけだ。
≪『敵獣』は含まれているのか?≫
≪採集サンプルMale-3の要請を確認。回答不能≫
これは『敵獣』が含まれていると考えて対処した方が良さそうだった。
停車した馬車から全員が出て来て、渡辺親子が梯子を掛けている。
その梯子を使って、千恵ちゃんが馬車の屋根の上に上がった。
彼女は目が良い。単に視力の良さだけでなく、異常を感知する能力が高いのか、時々見落とされそうな情報を齎してくれる。
「てんちょーさん、この先3㌔先に群れが居ます。数は50。そして、こっちとこっちとこっちにも群れがいます。うーん、数はそれぞれ50から60くらい。あ、こっちにも80くらい。こちらに向かっています。でも、見にくい所も有るし、全部、姿勢が低いからもしかしたら、もっと居るかも?」
千恵ちゃんはぐるりと周囲を指差しながら報告してくれた。
俺たちは包囲されていた。
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